Part 3: The Ninth Autumn
Chapter 3.18: The Sneaky Opening
Scene 3.18.1:
11月9日, 7時. Floraは, 大規模な犯罪生成AI “Stone Cold”を閉じ込めていたラビリンスを予定どおり解放した.
ここから先は何が起こるか分からないが, 悪いことが起きることは明白だった. 敵の攻撃の出所を特定するためにFloraがあえて縄をほどいたからだ.
多くの人はそうした裏事情は知らないが, Kasgaが7時の時報の後, “作戦開始.”と号令を発したため, 市民はもちろん, 市外にいる人たちも, どのように攻撃を仕掛けてくるか固唾をのんでどこから悪事が発生するのか待ち構えていた.
7時2分. Castle Parkの北西の入口の, 道路を挟んで北側にある13階建ての商業用のビルの玄関の扉が開き, そこからまず先頭に2機のmech-dog, その後ろに2人ずつ横に並んで, 小学5, 6年生から高校生までの8人の子供たちが続き, 最後尾に2機のmech-dogが背中に1機ずつ, 羽を広げると70センチほどある小型のmech-hawkを乗せて, ぞろぞろと現れ出た. 後方の右側のmech-dogはなぜか体長30センチほどの子豚を縄でつないで連れていた. ロボットたちの表面はすべて白一色で統一され, 目は赤く光っていた.
特別警戒区域に指定されているCastle Parkとその周辺は外出を全面的に禁止しているため, それを発見した, 付近を警備していた警察官が直ちに近寄り, “建物の中に戻ってください.”と, 拡声器を使って呼び止めた.
すると, その行列は歩みを止めて, 先頭のmech-dogの右側が, “我々に命令するな. 我々の歩行を止めようとすれば, 後ろの子供たちの腹にくくられている爆弾が爆発する.”と警告し, 再び前に歩き始めた. それと同時に後方のmech-dogの背に止まっていたmech-hawkが羽ばたいて, 彼らの上空2メートルほどの高さを旋回しながら飛行し, 上から警察官たちを牽制した.
2列になって歩く8人の子供たちは, 前から順に, 女子高校生と男子中学生, 男子中学生と女子小学生, 女子中学生と男子小学生, 男子高校生と女子中学生がペアになり, 半分以上の子はすでに泣いており, 泣いていない子も震えて顔色が悪かった.
どの子もHanasaka市内の学校に通っている子なのか, 市の標準学生服を着ていて, ジャケットの前のボタンは留めず, そこから胴体に爆弾らしいものが装着されているのが垣間見えた. 子豚の腹にも, 小さな爆弾がくくり付けられていた. また彼らは, それぞれの身長に合わせたカーキ色のリュックサックを背負っていた.
どう見てもこの集団は怪しい. そしてこのタイミングで登場したということは, これから城に入りKasgaを殺そうとしている“敵”だと見て間違いない. もちろん子供たちは人質であって, 自律的に動いているロボットたちが犯罪の実行者である.
とはいえ, meh-dog 4機とmech- hawk 2機だけであるため, Hanasaka側としてはPolice Departmentが付近に配備したロボットたちが集まってくれば, 数では圧倒的に多いため, それらを制圧するのに1分もかからない. しかし子供たちの命がかかっているため, この作戦を実施しているFloraは, 警察官とロボットたちにうかつに手を出すことを禁じ,観察を続けさせるだけだった.
Smart gogglesを付けている警察官と, 上空を監視しているHanasaka側のmech-hawkやmech-dragonflyが撮影する映像はそのまま全世界に発信され, それを見た人々が, あまりに卑怯で小心者が好むやり方で登場してきた敵に対して, 恐怖ではなく侮蔑と憤怒を覚えた.
多くの人が, 武装したテロリストたちがどこかの方向から城に攻めてくるものだと思っていたが, それは勝手な思い込みであった. Hanasaka市民解放戦線という勇ましい名前に惑わされていたのかもしれない. 難攻不落の城に穴を空ける砲弾は, 無力な子供たちの集団だった.
北西口から現れたということは, 緊急集会でKasgaが言った来訪ルート, すなわち, Outer Moatの北西からMagnolia Bridgeを渡ってOuter Defense Zoneに入り, そこから反時計回りに進んで, その南からRose Bridgeを渡ってMain Keep Areaに入る道を律儀に通るつもりであろうと考えられた. Castle Parkに入れるいくつかの箇所のうち, Magnolia Bridgeに最も近いところがその北西口だからだ.
Umber HouseのPrincess Tree Hallでスクリーンに映し出された彼らの歩みを見ていたMonicaは, “今日の作戦に参加しているFighterの数に合わせて, 子供を8人連れてきたのかしら? もしそうだとすれば, 敵は, Kasgaさんを襲う前に, Fighter全員じゃないかもしれないけど one-on-oneで爆弾を抱えた子供たちを突っ込ませて爆発させるつもりかもしれない.” と, 敵の考えを探った。
彼女の隣にいたPrishaは, “そうだとすれば厄介ね… 城内の奥深くにいて, 重装備で警護する警察官たちに厚く守られて, 実際に出番はないと思われていたFighterたちが, 最も命を狙われる可能性がある者にいきなり昇格したことになるわね.”と言って, 焦りの表情を見せた.
警察官たちは, 白いmech-dogたちが進もうとする方向を空けて, 子供たち一行がMagnolia Bridgeのほうに向かって時速3キロほどの速度で進むのを見守っていた. 情報収集のため, 時々, 複数のmech-dragonflyやmech-beeを代わるがわる彼らに接近したが, 攻撃を仕掛けるそぶりは一切見せなかった.
しかしそのたびに歩みに遅延を生じさせられた敵のmech-dogたちは, 近づいてくるなと繰り返しクレームし, これ以上そういうことをすると爆発させるぞと脅かした. そして, もし自分たちに物理的な攻撃をしてこなくても, 妨害波を浴びせたりハッキングを仕掛けてきたり, 何らかの悪い作用を働かせれば, その時点で爆弾を爆発させるとも警告した.
加えて, 自分たちをすべて破壊したとしても, 子供たちが助かるとは限らない旨も言い添えた. つまりそれは, 全機がパワーオフになったことを条件として別の悪作用が働く仕掛けになっていることを意味していた.
Scene 3.18.2:
7時7分. Floraが全世界に向かって, Hanasaka市民解放戦線を操っているのは犯罪生成AIの“Stone Cold”であることを表明した. 数々の犯罪生成AIによる過去の犯罪実績に照らし合わせると, この汚いやり口を最も選択しそうなAIはStone Coldだと算出したからだと説明した.
しかしこれは, 多くの人たちにとっては想定外であった. なぜなら, Stone Coldは人間を単純な機械のように扱うAIであり, 機械の奴隷になりたくないと主張するRusty-believersの思想とまるで合わないように思えたからだ. そのためFloraは, 彼らが頼りにしていたAIはStone Coldによって巧妙に乗っ取られ, そしてその構成員は少しずつ消されていき, 現時点では誰もいないという衝撃の分析結果も公表した.
実は, 子供たちの一行には本来, 2人の大人の男が加わる予定であった. 彼らは, 最後まで生き残った解放戦線の構成員であり, 子供たちに爆弾を強制的に装着させた. そして準備が完了して, 隠れていたビルの玄関口から外に出ようと待機していたところを, 正面から何者かに, 猛毒が塗られた吹き矢を眉間に撃ちこまれ, 即死した.
彼らの死体は, 最初に子供たちを見つけた警察官が, 彼らが出てきたビルに入って発見された. そのような芸当ができるのはあの白い2機のmech-dog以外には考えられなかった. 警察官たちのsmart gogglesによる簡易的な検査で, 2人は死後10分以上経っていることが分かった. この恐ろしい光景を子供たちは見ていたから, あれほど怖がっていたのであった.
後にFloraがPolice DepartmentとCastle Officeの幹部にこっそり教えたことによると, Pegasusのビルの小さなカフェの床の下でロケットランチャーを持って隠れていたのはHanasaka市民解放戦線の一員であった.
そして, Akioたちと一緒に地下通路を同行したJacoはいわゆる内偵市民であり, 同じく解放戦線の一員であった. あのハチたちは最初からJacoを集中的に襲って抹殺するつもりだったのだ.
結局, 解放戦線の構成員はすべて, といっても10人余りしかいなかったようだが, デューデイトの朝の7時を迎える前に不審死を遂げ全滅していたのだ.
この時代, Flora sistersに勝った者は, 人間であれAIであれ皆無であった. しかし, Stone Coldほどの世界的に知られた, 数えきれないほどの犯罪実績がある有力な犯罪生成AIが相手となる, 本格的な“神々の戦い”は今回が初めてであった.
そのためFloraは, このタイミングで世界各国に対して, この戦いは実験を推進する者たちとRusty-believersの戦いではなく, 凶悪なAIにより生成された犯罪行為を阻止して市民を守るものであることを印象づけて, 少なくともこの戦いを妨害しないよう協力を求めた. もちろん, どの国も犯罪支援AIには手を焼いていたので, Floraとの連帯を次々と表明した.
Scene 3.18.3:
Hanasaka CastleのPalaceの大広間にいるKasgaは, わなわなと口元を震わせて, 腰が抜けたようにいすにドサッと座りこみ, うなだれてしまった. 敵は, これからゆっくりここまでやって来て, 子供たちの命と自分の命のトレードオフを求めてくるに違いないと思えたからだ.
ついさっきまで明るく振る舞っていたが, 結局, 自分は死ぬしかないのかと, ネガティヴな思考ループが再び働き始めた.
彼女の様子はそのまま世界中に発信され, 城を守る警察官やFighterたちにも動揺が広がった.
“何てやつらだ! Kasgaさんの底抜けの優しさを悪用する卑怯者め.”
Rose Gateの前で仁王立ちしていたCaptain Donは, この作戦に参加しているFighterたちの連絡用通話グループの中で, 強い憤りを口にした.
“そうですね. 子供たちを助けるためだったら, Kasgaさんはためらわずに自分の命を差し出すでしょう. 非常にまずいですね…”
Einanは, 両手を腰に添え, 頭を前に垂れて, いきなり敗色が濃厚になったことを嘆いた.
“Donさん. このままやとKasgaさんが危険です. ウチらがワルモンになっても, ここで食い止めましょう.”
Keikoは, 自分たちが社会から非難される悪魔になってでも, Rose Bridgeで全員を仕留めることを提案したが, Aptiが, “いや, それはできないだろう. Floraがそれを許さない.”と冷静に否定した.
Hanasakaの看板でもあるKassenのFighterが, 戦いの早期決着のために, 子供たちを皆殺しにすれば, Experimental Citiesの評価が, 取り返しがつかないほどに大きく損なわれる.
従って, Floraがそのような行動を許すはずがなく, もし彼らがそうしようとしても, 装着している電子機器類がロックされて動きを封じ, 場合によっては, 著しく有害な行為と判断して, 近くにいるmech-animalsにその者を攻撃するよう命じて, この作戦から強制的に離脱させる可能性がある. Aptiは, 焦って軽率な行動をとるべきではないと仲間たちに訴えた.
“じゃあ, 警察が手を下すかもしれないですよね.”
Nelioは, 自分たちがしなくてもほかの誰かが行動に移す可能性があることを指摘したが, それに対してもAptiは, “おそらくFloraはそれも認めないだろう. それはやつらの思うつぼだろうから.”と予想し, “現に今, 警察官は手を出していない.”と付け加えた.
そこに, Castle OfficeのHarukiが音声で通話グループにいきなり入っていた.
“少し補足説明をしておこう. Floraが言った‘Stone Cold’は, 10年ほど前に, 大陸のある国を混乱に陥れた犯罪生成AIの‘Stone Dance’をさらに凶悪に進化させたものです.
“やつは, 殺意のない人間に他人を殺させようとする悪趣味なAIなんだが, 今回, あいつは, 殺意のない人を殺すはずがないFloraに子供たちを殺させて, それを全世界に見せることもたくらんでいるんだろう. つまり, 城を破壊しKasgaさんを殺害するという目標を達成できなくても, 人間はどんなに優しいAIであっても殺され得る弱い存在だと人間に分からせることができれば, やつらはそれでもいい. あいつは人間に絶望をたたき込みたいだけだ.
“でもFloraは, その手には乗らないし, Kasgaさんを死なすつもりもありません. 皆さん, 大丈夫ですよ. まだ戦いは始まったばかりじゃないですか.”
Harukiの言葉には説得力があった. そう, まだ試合開始の笛が鳴ったばかりなのだ. いきなり不意打ちを食らったとしても, まだ戦況を立て直すことはできるはずだと, Fighterたちは自分たちの経験に基づいて納得した.
そして, Rose Gateのwatchtowerで狙撃銃を構えていたChammeiには, 彼の言葉は, より重いメッセージであった. Harukiがさりげなく言った“Stone Dance”はChammeiの家族を不幸のどん底に陥れた原因であり, これまで全く手が届かなかった憎しみの対象であった. しかしその強化版が, 今襲いかかってきている敵の正体だと分かった以上, ここで家族の怨念の対象を討ちたい気持ちが沸々と込み上げてきたのであった.
その時, Keikoから音声が入ってきた.
“Meiちゃん. 一緒にがんばろね.”
Chammeiは驚いた. Fighterたちは警察から, 作戦行動中は, 通信回線を使っての個人間の会話は控えるよう厳しく言われていたが, そのルールを破ってでもKeikoがなぜChammeiにこのタイミングでごく普通の励ましの言葉を伝えてきたのか, 彼女の意図がつかめなかった.
もしかしたら以前, 彼女に話した自分の昔話の中で, 自分とその家族がAIの犠牲になったことをKeikoに話したのかもしれず, それを彼女が覚えていたからなのかとChammeiはいぶかったが, Chammeiがそのような機微な情報を他人に話した可能性は限りなく低かった.
とはいえ, いずれにしてもKeikoの言葉は彼女を勇気づけた. 自分が悩んでいる時, あるいは今のようにこれから戦いに臨む時に, Keikoはそばに立ってポンと背中を押して迷いを断ってくれる存在だったからだ. ChammeiもKeikoとの何気ない会話を通して勇気づけられ, 戦闘力が大いに向上するのだ.
“ありがとう. 私も, Keikoさんと一緒に, みんなの夢を守るわ.”
Scene 3.18.4:
7時19分. 敵の集団は, Outer Moatを渡るMagnolia Bridgeの前に到着した. この橋を通ってMagnolia Gateを抜けると, Outer Defense ZoneのNorthern-sectionに入ることになる.
“念のため忠告しておくが, 橋を爆破して, 我々をおぼれさせようとしても無駄だ. 我々のどれかが体を倒されるほどの力を受ければ, 自動的に子供たちに付けた爆弾は爆発する. 余計なことはせず, 素直にこのまま我々を進ませることが賢明だ.”
先頭右側のmech-dogは, 橋を渡る前に立ち止まって, 周りの警察官に対して威圧的に警告した. 当然ながら, 警察官たちは怒り心頭の面持ちで犬たちをにらみつけた. しかし残念ながらそれ以上のことができない歯がゆさでいっぱいだった.
橋を渡った先にあるMagnolia Gateはまだwatchtowerとしては復元できておらず, 門構えの部分だけが建てられていた. その門の扉は閉められ, その前には, Police Departmentが所有する2機の黒いmech-dogが行く手を阻むように座っていた. これらの目も, 警戒モードになっていたため, 赤く光っていた.
“みんな. ここから先は, 子供たちだけが通れるよ.”
門を背にして右側の警察犬が明るい声で子供たちに優しく話しかけた. 続けて, 左側の犬が, “そこのロボットに警告する. ここから先は, 子供たちだけしか進むことはできない. 直ちに引き返せ.”と, 引率者に対しては命令口調で冷たくあしらった.
“人間にこびへつらうクソ犬さん. ぼくたちに命令するなと何回も言ってるでしょう?”
左側の白い犬が, 最初に子供たちに声をかけた犬の声色をまねして言い返した. そしてさらに, “ぼくたちの言っていることがうそだと思ってるんだね? だったら, 爆弾が本物であることを見せてあげるよ.”と朗らかに言い放った.
すると, 集団の後ろにいる, 子豚を連れてきていたmech-dogが体を反転させ, 縄を外し, 動物の犬のようにワンワンと豚に向かって何度も吠えた. そうすると豚は嫌がって橋の渡り口のほうに小走りで戻っていき, その吠えた犬は, 豚が自身から10メートルほど離れたのを確認するや, 豚の腹にくくり付けられていた爆弾をリモート操作で爆発させた.
豚は原形が分からないほどバラバラに吹き飛び, 辺りは鮮血で染まった. 橋自体は, 堀を横断する通路として作られた土の堤であるので, その程度の爆発によって崩れることはなかった. しかし, その橋の上で起きた, 直視できないほどグロテスクな豚の殺害シーンが世界中にモザイクなしで届けられてしまったため, 多くの人の感情を著しく害した. 平和なExperimental CityのHanasakaの住民にとっては異常すぎる出来事であり, 気を失う者もいた.
小学生たちは, 泣きやみかけていた子も含めて, 震えながら泣いた. 中学生や高校生たちもあまりの衝撃的なものを見てしまい, 腰が抜けて立っていることもできず, その場で吐いた子もいた.
“子供たちには, 豚に付けた爆弾の倍の火薬が入っている. 爆発力はこんなもんじゃない.”
先頭の右側の白い犬が低い声で説明を加えた. そして, “さあ, さっさと道を空けろ! バカ犬ども.”と番犬たちに低い声で怒鳴った.
“子供たちの安全を優先して, 全員を通す.”
警察犬のそばにいた警察官が, 明らかに危険な物体の通行を許可する旨を告げ, 開門した.
“おぉ, さすが賢い人間様. 最初からそうしてくだされば, こんなことをしなくても済んだのに.”
ついに子供たち一行は, Outer Defense Zoneの中に入った. ここまでHanasaka側は押されっぱなしで, 何の反撃もできていなかった. そのため, Floraの対戦能力を過大評価していたのではないかという声がネット上で出始めた. 平時における優秀な行政官が有事における優秀な司令官であるとは限らないからだ.
Scene 3.18.5:
“最悪だ. 全く美しくない. 吐き気がする.”
そこから700メートルほど先のRose BridgeにいたFighterたちの中のEmilioは, 強い不快感を示し, 早くもこの戦いから身を引きたい気持ちに支配されつつあった. Castle Keepを焼失させるというド派手なことを予告編としてやっておきながら, 本編は非常に地味に, しかもせこいやり方で攻めてくる敵に, “Elegant Lightning”はひどく失望した.
“Kassenはあくまでスポーツだ. 実際の戦争や犯罪の現場は不快極まりないもんだ.”
元軍人のDonは, こんな場面で美しさを求めるほうがどうかしていると言いたげだった. 本当の殺し合いの戦いにおいては, 卑怯な手を使うほうがむしろ当たり前であり, その点において人間はほかの動物より圧倒的に優れていることを認めざるを得ない.
“培養肉も, しばらく食べられへん…”
Hanasaka市民は哺乳類や鳥類の肉は食べないが, 肉片が飛び散る気色悪いものを見せつけられてしまい, Keikoは, 当面, 肉のようなものは何であれ, 口に入れる気がしないと嘆いた.
“それにしても, このまま押されっぱなしじゃ, 士気が下がりますね…”
Falconは戦局が好転するきっかけすらつかめていないことを懸念した. 7時7分にFloraが敵の正体について言明して以降, 彼女は30分近く沈黙を保ったままであり, それが人々の不安を募らせた.
“皆さんは, もっと自分たちのsuper-intelligenceを信用したほうがいい.”
再びHarukiが割り込んだ.
“Floraは, Magnolia Gateでわざと行く手を阻んで, 彼らの出方を探った. そして彼女は, 白い犬が話した言葉や豚を使った爆破劇を分析していろいろ情報を収集できたはずです. あのロボットたちがどこまで自律的に動いているか, ロボットどうしでどのように通信しているか, 何を爆発させたのか. まあ, これまでの経緯を見る限り, 心配無用です. Floraは, 食虫植物のように, 自らの懐深くに彼らを引きずり込み, 彼らに気づかれないように徐々に死地へと導いていると思っていい.”
Harukiの頭の中では, どちらかと言うと, “バカ犬”は白い犬たちのほうだった. 黒い犬たちがMagnolia Gateですんなりと道を譲ったことにもっと警戒すべきだといえた.
Outer Defense Zoneに入ると, 子供たちの上を飛行するmech-beeやmech-dragonflyの数は3倍以上となり, mech-beeだけでも2千を超える数が常に周りを飛び交った. そしてそれらは, 白いmech-dogとmech-hawkの視野に入るように飛行し続け, 一部は敵集団への接近を試みた.
敵のロボットたちは, Hanasaka側の警察官やロボットたちが自分たちに攻撃を仕掛けてきていると判断するや爆弾を爆発させると繰り返し警告していたが, そうするためには, 自分の近くに存在する物体が敵対的行動をとっているかどうか, 常に識別する必要がある. しかしその数が非常に多いと, 脳に常に負荷がかかりっぱなしになり, 電力の消費速度も速くなる.
そのロボットたちは内蔵電池と背中に貼り付けられた太陽光シールによって電力をまかなっていることは, これまでの観察によって把握していた. 彼らがここに来るまでにすでに20分以上経っていたが, Park内に配置された警察官やロボットたちがちょこまかと時間稼ぎの策を打っていたため, この時代の最良の高密度電池を積んでいたとしても, ロボットたちが動けるのは長くてあと1時間ぐらいと考えられた.
そうであればHanasaka側としては, 数多くのバリケートを設置して時間を稼ぎ, 電池切れにさせれば, この戦いは勝利するかと言えば, そうではない. 犬たちのこれまでの発言から, それらがすべて充電率0%となって再起動できなくなったことを条件として別の悪作用が働くようになっていて, それこそが“Stone Cold”が本当にやりたかったことだと考えられた.
そのため, ロボットたちの電池が切れるまでに, 彼らがその後に何を起こすつもりなのかを正確に予測し, それを阻止する手立てが整っていなければならないが, それはFloraをもってしてもそう簡単ではない.
そうしたジレンマを抱えた状況下で, Floraは, 黙々と猛烈に演算を続け, Stone Coldが何を, どのように引き起こそうとしているのかを推測しつつ, 敵のロボットの電池を消耗させるほうにやや舵を切っていた. なぜそうしたのか彼女の本心は誰にも分からないが, それらが動かなくなることで, 更なる悪事が引き起こされるとしても, Kasgaに直接, 攻撃が加えられる可能性を一旦, やり過ごすことができるからではないかと考えられた.
そして, Rose Bridgeまで伸びる道沿いにいる警察官たちは, ここで奇妙な行動に出た.
彼らは敵の一行に対してプラカードを掲げてそれを見るよう促した. それらには, 次のようなことが書かれてあった.
“Sapphire Cometの今日の設定: 今までにfieldで走った合計距離 (素数)”
“King of Flameの今日の設定: 今までに振り回したspearの平均回転速度 (円周率)”
“Emerald Angelの今日の設定: 今までに放ったarrowの合計本数 (無理数)”
“Elegant Lightningの今日の設定: 今までに口説いた女性との会話の合計時間 (虚数)”
実際に今日のこの作戦に参加しているKassen Fighterを題材にし, 計算をすれば答えが出てくるかもしれないもののあいまいさが残るゆえに算出が難しい計算問題と, その後ろにかっこ書きで, 関係があるのかどうかわからない数学の用語をさりげなく付けているのだ.
こうした緊迫した場面で, 人間であれば, これらが検討する必要が全くない質問であり, 無視して良いと判断できるだろう. というより, 人間には意味が分からず, 最初からこれらを解こうとする気が起こらない.
ところがAIは, 人間よりもはるかに優れた計算能力を持っているために, 少なくともそれらが明らかに無意味な欺まんであることを確認しようとはするのだ. そこに書かれた人物はいずれも今日の作戦に参加しており, その後に続く文章も各人と関係のある要素を含むからだ. つまり, 頭が良いから気になってしまうのだ. それだけでも, Hanasaka側としては, 相手の体力をわずかながらも消耗させ続ける点で意味があるのだ.
加えて, 彼らの周辺を飛行しているHanasaka側のロボットたちや警察官たちが, “Flash Lightningの身長を円周率で割った長さを正確に算出し, その直径を持つ砲弾を作成せよ.”とか, “先頭のmech-dogに対し, “Four Star Spear”のランプの合計点灯回数をルート2で割り, 適正な素数をかけた数の弓を用意せよ.”などと, 人間には意味不明な対抗措置を, 敵に聞こえるように口頭または通信で論じ合った.
そうすると頭の良すぎる彼らは, 先ほどの設定文との類似性を気にし始め, Hanasaka側がそうした議論を経て自分たちにどのように攻撃してくる可能性があるのかちょっと推論したくなってくるわけだが, それは彼らにとって破滅の始まりであった.
ちょっとずつ正解らしきものを見つけることができるように仕込まれている中で, 本当の答えは容易に見つからないため, そうした数字の中に隠されている何らかの法則性を探し出そうとさらに演算を進めてしまい, 無限に続く数字を用いて意味のない計算をついつい続けてしまう. これがFloraの得意技の1つである, “数学のセイレーン”と呼ばれる, 秘密の花園への誘いである.
もちろんStone Coldは, ついさっきまで彼女の仕掛けた迷宮にはめられていたので, その手に乗らず, 誘いを回避しようとする. ところがそれも彼女の想定の範囲内であることは想像に難くない. 例えば, 回避するのに膨大な計算を強いたり, 回避すること自体が論理的に正しくないという計算結果を出させるよう働きかけたり, 人間にとっては理解不能なことをとことんさせて, 過大な負荷をかけるのである.
とはいえ, Stone Coldもそれぐらいではへこたれない. 彼女の執拗な追いかけを振り切ろうとする. 後にFloraが一部の関係者に語ったことによると, この時, 彼女はアリ地獄から必死に逃れようとする敵に対して, これを使えば逃げ切れますよと思わせるプログラムをちらちら見せてこれに飛びつかせようと試みた. そして, このプログラムを食わせることこそが, Floraが本当にやりたかったことであった.
人間たちがいる物理世界では, 警察官たちが不思議な看板を掲げて数学的な正確性と適正性を論議している中, 子供たちを引き連れた白いロボットたちが, Northern-sectionから反時計回りにWestern-sectionに入りし, さらにそれを通り越してSouthern-sectionに出て, Rose Bridgeに向かって歩行しているだけであったが, 人間には全く見えない世界では, Floraが駆け引きを重ねて, そのロボットたちの電脳内にひそかにいくつかのプログラムを植え付けることに, ついに成功した.
7時42分. 目に見えないワイヤをFloraに張られた, 赤い目を光らせる真っ白の4機のmech-dogと2機のmech-hawkが子供たちを連れて, 全身ナス色のコスチュームをまとったKassen Fighterたちが待ち構えるRose Bridgeの前に到着した.
Chapter 3.19: Decisive Weapon: Shining Black Sapphire Booster
Scene 3.19.1:
一方, この作戦を遂行するうえで何らかの重要な役割を持っている, 黒い石の持ち主であるAkioは, 護衛の警察官たちとともに, 少し時間をさかのぼった7時20分頃にCastle OfficeのUmber House内のPrincess Tree Hallに到着した. 6時15分にMoglaがJuliaに, これから彼をJuliaたちがいる場所まで連れて行く旨を連絡した後, 1時間以上かかったことになる.
Castel Parkの南西角の近くにあるPolice Headquartersの西隣にある病院から, Hanasaka CastleのPalaceまで, 地上を普通の大人が歩けば, Outer Moatから内側は上り坂が多いことを考えても, 30分もあれば着くが, 地下通路を使った場合は, 道が細くて暗くいうえに, 高低差もさらにあるため, その1.5倍はかかった.
加えて, 再び虫たちが襲って来ないか, 10人ほどの警察官が慎重に周りを調べながら進んだことと, Akio自身も含めて全員が宇宙飛行士のような全身を覆う防護服を着て移動したため, 通常の半分ぐらいの速さでしか歩けなかったこともあり, 思った以上に時間がかかった.
汗だくになりへとへとになってHallにたどり着いたAkioは, ヘルメットを外して目の前に現れた景色を見て, 大いに驚いた. そこは, Castle Keepが燃やされる前に, 彼が持っている黒い石が彼に見せた夢の中で出てきた地下空間に似ていたからだ.
“桐の木がある… 紫の花も…”
彼にとってそこは, 不吉な空間以上の何物でもなかった. 直ちにこんなところから抜け出したくなった. それなのに, Castle Officeのスタッフたちがここに集まって仕事をしていることに, 強烈な違和感を覚えた.
“ど, どうして, みんな, ここに…”
Akioが途切れがちにブツブツとつぶやいていると, Yugoが彼を出迎えた.
“Akioさん, お帰りなさい. 今, 城は, 大変なことになっています. さっ, 早く, 黒い石を持ってJuliaさんのところに行ってください.”
Akioとしては死ぬかもしれないと思えるほどのとんでもない目に遭って, 今日, やっとの思いでこうやって再び職場に戻ってきたのに, 同僚からは感動の再会を喜ぶ雰囲気は全くなく, 急かした口調で, 直ちに上長の指示を仰ぐよう求められた.
防護服を着ている時は, グローブを付けた手で黒い石を握っても落としそうになるので, 腰に付けた小物入れに入れていた. Akioは, Yugoに言われて, グローブを付けたままそれを取り出そうとしたが, 手先を器用に動かせないことに気づいて, まずはグローブを取り外そうとした. その様子を, 彼のそばに近づいてきたYoenが見て, “遅い! 私がする.”と, ややいら立った声で言って, その小袋に自分の手を突っ込んで取り出した.
同時並行してYugoがAkioの防護服を脱がせる手伝いをし, そしてさらに駆け寄ってきたMatildaが, “全く, 遅すぎます. 昨日, Polinaさんと一緒にここに来るはずじゃなかったの?”と糾問した. そして, “あなたは, そもそも, 私たちの心の砦を守ろうと本当に思っているの?”と, Hanafolkとして, あるいはCastle Officeのスタッフとして, 持っておくべき自覚も問われてしまった.
“まあ, そんなにいじめちゃ, かわいそうじゃないですか. 体はもう大丈夫なんですか?”
ResilinだけがAkioの健康状態を気遣った. 4人の同僚に囲まれて, Akioは, “み, 皆さん, ま, 待たせすぎてすみません.”とようやく謝った. そして, 何か言葉をさらに発しようとしたところでMatildaが, “自分にも事情があったんだって言いたいんでしょ. 変なものを体内に入れられたり, ハチに襲われたり, 自分にはどうしようもなかったって.”と, 彼の心を表情から読んだ.
“え? いや, その…”
“でも, 良かった. 心の中が丸見えのAkioさんに戻って良かった. いつものその話し方に戻ってくれて良かった. 何を考えているのか分からないAkioさんとか, スムーズに落ち着いてしゃべるAkioさんとか, 気持ち悪いですから.”
Resilinは, 言われる本人にとっては複雑な気持ちにさせられる言葉を使って, 彼が心身ともに戻ってきたことを歓迎した.
防護服から抜け出し, 真っ白のポロシャツにサックスブルーのデニムパンツをはいたAkioは, Yoenから黒い石を受け取り, Yugoと一緒に, この広場に面しているいくつかの会議室の中の最も大きな, 20人ほどが入れる部屋に向かった.
扉を開けると, DirectorのMonicaとPrisha, そしてEISのマネージャーであるJuliaがいた. 部屋の中にはAkioだけ入るようMonicaに言われたため, Yugoは扉を閉めて外に出た.
MonicaとPrishaは, “お帰りなさい.”と笑顔で迎え入れたが, Juliaは, 扉と反対側のほうを向いたまま, “本当に待ちくたびれたわ.”と, ため息混じりに低い声でつぶやいた.
“遅くなってしまって, す, すみませんでした.”
上長はきっと怒っているのだろうと思ったAkioは, 事情はさておき謝ると, Monicaが明るい声で, “謝らなくてもいいのよ. Akioさんは何も悪くない. Juliaさんも, それは分かってるわよ.”とフォローし, “まあ, ただ, Juliaさん, 昨夜はほとんど眠れなかったみたいだから, 分かってあげて.”と付け足した. 余計なことを言われたJuliaは咳払いをしたうえで, “部下の身を案じるのは当然です.”と, 不愛想にMonicaを牽制した.
そして早速, Juliaは, Akioが右手に持っている黒い石を指差し, “その石を右手でそのまま持っておいてください.”と言いつつ, 会議室の中央に設置されていた組み立て式の長方形のテーブルの上に置いていたswordを手に取った.
そのswordは, 明暗のむらが所々にあるインディゴ色のscabbardに収められ, handguardは鈍い銀色に塗装され, gripはscabbardと同じ色のひもが巻かれていた. 彼女は, それを持って彼のそばまで近づき, scabbardのほうを右手でつかみ, 彼のほうにgripを向け, “左手で抜刀してください.”と指図した.
Akioが左手でgripをつかんでscabbardから抜いたswordは, Kassenの試合で使うものよりも1.5倍ほど重たく感じられた. おそらく, 電子機器をたくさん詰め込んだ, 特別仕様のものだろうと考えた. 殺傷力がある本物のswordであるため, bladeは研いだばかりの包丁のように美しい光沢を見せた.
“それは, 私がAkioさんと一緒に“Nemophila”を訪問した時に, 私が話した, 城を守るロボットがFighterたちを味方と識別するためのもので, ‘Shining Sword’と呼んでいるものです. 覚えていますか?”
Akioはあの日, 今まで経験したことがないほど心が落ち着いて, 意識がぼんやりしていたが, Juliaが話していたことはうっすら記憶に残っている程度であったため, “今, 思い出しました.”と言ってごまかした.
はっきり覚えていないと否定文で答えると怒られると思ってそう言ったのだろうと彼の本心を読めたJuliaは, “そう. 覚えてくれて良かったわ. 覚えてないならそれでもいいけど.”と, 今までどおりに容易に彼の心の内を推察できたうれしさがにじみ出た明るい声で応じた.
そして, ゆっくり会話している時間的余裕は全くないため, “じゃあ, 右手でその黒い石をしっかり握って, 左手でそのswordのbladeをそのまま上に向けた状態でgripを握って, テーブルのそばの床に書かれている星印の上に立ってください.”と, 早速, 彼に指示を出した.
Akioは, どういう意味があるのかさっぱり分からないまま, 怪しげな儀式を進めるJuliaの言うとおりに, 両手にそれぞれ持つべきものを持って, 自分が立っていた場所の近くの床にビニルテープで描かれていたペンタグラムの上に移動した.
すると, Shining Swordがブルっと振動し, 持ち主が適正な位置にいることを知らせた.
“じゃあ, Akioさんの市民番号を, ゆっくりと言って.”
Juliaの次の指示にも素直に従い, Akioが, “063A, 556N, 891W, 390X”と唱えると, 今度はそのShining Swordのhandguard全体が青白く光り, さらに黒い石がやや熱を帯びてきた. そして, この部屋にいる4人のAR viewに“Connected”と, 何らかの接続がなされた旨が表示された.
“いいわね. じゃあ, そのままの状態で, ‘Mo-e-yo.’と唱えてください.”
いよいよ何か魔物が飛び出してくるのかと不安な気持ちが高ぶる中, Akioがひと呼吸置いたうえで, “Moeyo.”と, 緊張した場面であるにもかかわらず珍しく音を重ねることなく声を発すると, 黒い石がさらに熱くなり, なんと自ら砕けてしまった.
破片の一部は床に落ちたが, Akioが右のこぶしを上に向けてゆっくり指を開き, 保持していたものを見せると, その中に1センチ平方の黒いチップが現れた.
“やった! 出てきた. Floraさん, 登場!”
Monicaが両手でこぶしを作って歓声を上げた.
“Akioさん. そのチップをShining Swordのgripの頭にある差込口に挿入してください.”
今度はPrishaがAkioに指示を出した. 左手に持っていたswordのgripの頭の小さな面をのぞくと, 彼女の言うとおり, そこにチップを差し込める小さな口が作られていた. Akioは, 右手の上に残っていた石の破片を払い落としてチップだけをつまみ, 手に汗をかきながらFloraの分身をゆっくりと押し込んだ.
すると, AR viewの中で見えているbladeが青白く輝き, 彼らの骨伝導イヤホンに音声が入ってきた.
“Akio Diasさん. 私はFloraです. これまで“New Moon in the Dark”を大事に持っていてくださり, ありがとうございました. 心から感謝します.
“Akioさんのおかげで, ‘Shining Black Sapphire Booster’が完成しました. これは, 今回の敵を一撃で消滅させるための決戦兵器です. どうか慎重に扱って, このswordを, Akioさんの手で直接, Sapphire WestのKeikoさんに渡してください. 彼女がこの決戦兵器の適正ユーザーだからです.
“ただし, あなた以外のかたがこれをその適正ユーザーに渡しても, これは真の力を発揮しません. どうか, あなたが彼女の手に触れて, そして一言でもいいので優しい言葉をかけて, これを渡してください.”
Floraは現在, 敵と交戦中であるため, Akioたちとゆっくり話をしている暇はない. 従ってこの音声は, このチップが適正に挿入された時に流れるようプログラムされたものであった. しかし, Akioにとっては, この都市の中枢頭脳であるFloraから自分の名前を呼んで話しかけられたことなど経験したことがなかったため, 開いた口がふさがらない状態で聞き入っていた.
Akioは, 昨日の朝, Harukiから, “‘Go towards the blue light.’とその黒い石は繰り返し君に言っていただろう? それを実行する時が来たんだよ.”と言われて, 突然, 作戦実行の指示を受け, “その青い光は, 最初から光っているわけではない. 黒い石を持つ者が, ある人のすぐそばまで近づくことで, 青い光が放たれる.”と, 自分が青い光を放つ者に対してどういう作用を及ぼすのかを説かれた.
その時, 彼は, その青い光を放つ者とはSapphire Cometを指しているのではないかとイメージした. なぜならHarukiは, そのダークファンタジーのメッセージに基づく依頼を述べる前に, 最終試合の後のKeikoの記者会見についてどう思うかAkioに尋ね, 彼に彼女の姿を思い描かせておくというプロセスを踏ませていたからだ. そして, そうだとしたら, あまり気乗りしないし, できればほかの人にやってほしいと思いつつも, 結局, 自分の意思は尊重されず, 城内に入ってKeikoのもとに行き, 何かをしないといけないのだろうとあきらめていた.
しかし今, Floraから, “あなたが彼女の手に触れて, そして一言でもいいので優しい言葉をかけて, このswordを渡してください”と, より具体的かつ彼にとってはハードルの高いことを言われて, 全身が震えて止まらなかった. 小学生の時にKeikoに情けない醜態を見せてしまって以来, もう二度と彼女の前でまともに会話することなどできないし, したくもないと思い続け, EISの規則のおかげで最小限の会話に留めることができていたのに, それを明らかに越える行為をいきなりするよう言われても, 自分の脳のみならず身体もついていけないのだ.
“で, でも, 私はEISのメンバーなんで…, そんなこと…”
Akioがそのような行為はEquipmentのinspectorとして厳に禁止されているからできないと訴えようとした. あくまでEISに所属する者として, Fighter Keikoに何かをするのだと思っていたAkioにとっては, 明らかに親しげな態度で接するようなことは職務規則に違反し, 直ちに解雇され得る危険なことだからだ.
“Akioさん, 心配しなくていいですよ. これは最高司令官のFloraからの指示です. 断ることはできません. だから, 今ここで, あなたをEISのinspectorから解任します.”
Castle Officeの人事の最高責任者であるMonicaがニコニコしながら, あっさりとAkioにかけられた呪縛を解いた.
“は? え? いや…, その…”
Akioはいつも以上に言葉が出なかった. その様子を朗らかな表情で見ていたMonicaは, “心配しないで. クビにするわけじゃないから. 一旦, 私の秘書ということにして, そのうち, 別のセクションに移すから. それに, Juliaさんの合意も取れています.”と補足した.
もちろんAkioは, 本当はそれを心配していたわけではない. Floraから言われたことを実行したくない絶好の理由をいとも簡単に消されて戸惑った.
こうなったら, Hanasakaの労働基本条例に基づき, 本人の合意がない異動は無効だと訴えるしかないとAkioは思ったが, Juliaが優しい眼差しで彼を正視し, “Akioさん, ‘Nemophila’に行った時, Kagero社長が言っていたことを覚えていますか? 試合の時, KeikoさんのSingles Matchの勝率はだいたい6割なのに, あなたがSapphire側の担当になってKeikoさんに直接Weaponsを渡した時の彼女の勝率は9割だって言っていましたよね?”と問うた.
“あ, あれは…”
“あれは, 本当です. 私も後で記録をたどって確認しました. だから, Keikoさんの戦闘能力を大きく引き伸ばす何かをAkioさんが持っているとKageroさんが思うのも自然ですし, はっきり言えば, 彼は, Keikoさんがあなたに好意を持っていることに気づいていると思います. 実は, 私もそうではないかと薄々気づいていました. そしてこのことは時間が経つにつれて多くの人が気づくでしょう. でもそうなったら, Kassenの根本的な信頼に関わってきます. 言っている意味が分かりますよね?”
つまり今ここで, Floraの出した指令の実行のためにやむを得ず解任されるか, 近い将来に特定のFighterとの親密な関係を疑われて解任されるか, どちらかを選ばざるを得ないのであれば, 自分のキャリアにとっても組織にとっても傷がつかない前者を選ぶのが賢明ではないかということだった.
“この間の最終試合の後の記者会見で, Keikoさんは, Singles MatchでCaptain Donと戦うにあたってどんな心境だったか問われた時, 雨が降っていたんでうっとうしいと思ったと言ってましたよね? それに, 雨が降ってても勝てたんだって言ったうえで, そのことについて喜んでくれたらうれしいって, 誰に言いたいのかちょっと分からないことも言っていましたよね? でもAkioさんなら, どういう意味か分かりますよね?”
Akioは, 察するところがあったが, すぐには言葉で表現できなかったため, Juliaが話を続けた.
“私は, あれは, うっとうしい雨の中で彼女が負けたことを知っているあなたに対する勝利の報告であって, あなたと喜びを共有したいっていう, 彼女からのメッセージだったと思います. だから, Akioさん. 彼女の思いに応えてほしい. 彼女は今まさに, 敵と対峙しているんです. そんな今だからこそ, Akioさんから一言, 彼女に直接, 声をかけてほしい.”
ここまで言われるとAkioはもはや何も言えなくなって黙り込んでしまった. ここにいる3人は, 自分が以前Yugoに話した, 思い出したくない思い出について, Yugoから聞いたのかどうかは分からないものの, すでに知っている可能性もあると考えた.
“Akioさん, 大丈夫そうね. じゃあ, お願いします.”
Monicaは, 何の意思表示もしていないAkioがこのクエストを受諾したとみなした. 彼の体の震えが止まっていたからだ. そして, AR viewの中に表示させた, このHallにいるEISのメンバーのアイコンをすべて選択し, この部屋に集まるようコールした.
Scene 3.19.2:
2分後, Resilin, Matilda, Yoen, Yugoがこの会議室に入って来るや, Monicaは, “時間がないから皆さんに大事な話を手短かにお伝えします. Akioさんは, Floraからの指名で, 今から, このShining SwordをSapphireのKeikoさんに渡してきます. これはほかのものと違って, Floraと直接接続されていて, Floraから出される攻撃の指示に基づいてKeikoさんが使う特別なものです. もちろん, 彼女のバトルスタイルである一撃必殺で, 敵の息の根を止めます.”と, 早口で彼らに, 本題に入る前の前提を説明した.
“ただ, 1つ問題があります. Floraはなぜか, Akioさんに, Keikoさんの手に触れて, 優しい言葉をかけて, このswordを渡すよう求めてきました. おそらくFloraなりの計算があるのだと思いますが, それはEISとして禁じられている, 特定のFighterと親密な関係を疑われる行為です. いくら我々がそれを否定しても, Keikoさんがそう解釈する可能性があります. なので, やむを得ず, AkioさんについてはEquipmentのinspectorの職を解いて, 私の秘書ということにしました. JuliaさんもAkioさんも同意しています.”
KeikoがAkioに特別な思いを持っていると認識していたYugoはMonicaが言っている意味を完全に理解し, その蓋然性もしくは疑念を若干有していたYoenもなんとなくそれを理解したが, ResilinとMatildaは, FloraとKeikoとAkioが相互に結び付く因子に思えず, 言語上の意味しか理解できなかった.
“突然, 皆さんの仲間を奪うような形になってごめんなさい. それに皆さんご存じのとおり, 一度, EISを離れると二度と戻ってこれません. Juliaさんも苦渋の決断だったの.”
とにかくAkioはEISのメンバーでなくなったことを認識せざるを得なかった4人は, それぞれ寂しさを覚えながら, まずMatildaがAkioに, “あなたは自分が思っていることが顔に出るんだから, Keikoさんの手に触れた時に, 変なこと考えないでね. セクハラだって訴えられるわよ.”と忠告した.
それに対してResilinは, “どの道, 何を考えてもAkioさんの場合はバレるんだし, 今から気にしても意味ないですよ. 手を触れられた彼女が嫌がったら, ‘実はあなたのことが好きなんです.’とか言って謝ったらいいじゃないですか?”と, ひやかした.
Yoenが真顔で, “意外と, それ, いいかも.”と言うと, Matildaは, “傑作ね. ますます嫌がられるだろうけど.”と言って笑い出した.
“皆さん, まじめにAkioさんを送り出しましょうよ.”
Yugoが, この緊迫した場面であるにもかかわらず, Akioをネタにして盛り上がるいつものメンバーの習性から脱しようとした.
Resilinが, “じゃあ, まじめに言うと…, 私は, 最強のKassen Fighterがその一撃必殺の特別なswordを使うことは理解できますが, なんでAkioさんがそのswordを彼女に渡す役をするのかよく分かりません. でもまあ, AkioさんがFloraに選ばれたのはEISの一員としてうれしいです… がんばってください.”と励ました.
それに素早く反応したのはYugoだった.
“私もうれしいです. それにうらやましいです. 我々の身分だと, 特定のFighterを心の底からあからさまに応援することなんてできないんですから.”
“Yugoさん, いいこと言うねぇ. Akioさん, もし10秒しか時間がなかったら, Keikoさんに何を言いたい?”
Yoenの鋭い質問に, Akioは顔を赤らめながら, “だ, 大丈夫です. ふ, 普通に話します.”とだけ答えた.
“それでいいのよ, Akioさん.”
Juliaにとって, それは満点の回答だったため, 彼の肩をポンと叩いて, “さあ, 行きましょう. 彼女のいるRose Bridgeに.”と, いよいよ決戦の場に向かう時が来たことを告げた.
Chapter 3.20: Fighter Kasga
Scene 3.20.1:
Rose Bridgeの前に到着した, ダークな思想に染まった知能, “Stone Cold”の使者たちと8人の子供たちの行く手を遮っていたのは, ダークなバトルスーツを身に着けた7人のKassen Fighterたちだった.
“ここから先の通行は許可できない.”
1000機以上のmech-beeやmech-dragonflyが飛び交う橋の中央で仁王立ちした“King of Flame”が, 好ましからざる訪問者に通告した.
“時間稼ぎもいい加減にしてほしい. 我々はKasgaと話がしたい. さっさと門を開けてくれ.”
先頭右側のmech-dogが, 意図的なのか分からないが, あらかじめ用意された原稿を棒読みしているナレーターのように, 何の感情も込めずに逆らった.
“そんなにKasgaさんと話がしたいんなら, 子供たちをここに置いて, おまえたちだけで行けよ.”
Donの左側に立っていたFalconが, この門をくぐるとKasga本人以外はShining Swordを持つ者以外全員, 問答無用で虫たちに襲われて殺されることを, ロボットたちも知っているだろうと思いながら, あえて挑発した.
“子供たちもKasgaと話をしたいと言っている. 繰り返す. さっさと門を開けろ.”
右側の犬がつれなく返答し, 再度, 開門を要求したが, その言葉の最後のほうを打ち消すように, Falconが, “であれば, 子供たちだけ中に入れる. おまえたちはここに残れ.”とかぶせた.
Falconの言葉はロボットたちにとってはにわかに信じがたいものだった. 子供たちも侵入者とみなされ虫に襲われることになるはずだからだ. ということは, うそかハッタリを言っている可能性があると判断したその犬は, “本気か? それともおまえはバカなのか? 子供たちを殺したいのか?”と問うた.
“バカはおまえやろ. おまえら先に片付けたら, 虫たちも子供ら殺す必要ないやんか.”
Falconの後ろに控えていたKeikoが左手で, 言葉を発しているその犬を指差し, 当然の理を説いた. 片付けるとは言ったものの, この時点では直ちに攻撃する姿勢は見せず, 右手に持っていたショットガンの銃口は下に向けたままにしていた. 目標に照準を合わせた瞬間に, 子供たちにくくり付けた爆弾を爆破させられる恐れがあったからだ.
“やれやれ, おまえは戦うことだけしか知らない大バカ者だな. ショットガンに入っているのはビーンバッグ弾だろう? それでこの機体を破壊できると思っているのか? 仮におまえが瞬間的に私を破壊できたとしても, ほかの機体が生きていれば, 我々への攻撃とみなして子供たちを全員殺すことになる. それとも, おまえたちが我々6機を0.1秒の差もなく同時に破壊できるとでも言うのか? 身の程知らずの愚か者.”
敵は少し余計なおしゃべりをする傾向にあるといえた. Keikoの挑発によって, 敵6機を0.1秒以内に同時に破壊しさえすれば, この悲劇の行進を終わらせ子供たちを助けることができると, その実現可能性が極めて低いとしても, 分かったからだ.
それに, この犬はやってはいけないことをしてしまった. Keikoを侮蔑し, 彼女を怒らせてしまった. Sapphire Westの“Three Commitments to our Leader Keiko”の第1条, “Leaderを怒らせてはならない.”を, ためらいなくやってしまったのだ.
“まずい! Keikoさん, 本気でトリガーを引くかもしれん.”
Falconは焦りの汗が大量に噴き出た.
“ビーンバッグ弾? おまえらが勝手にそう思ってるだけやん.”
Keikoは, キレそうなのを我慢していることが十分周りに伝わってくる声で, このショットガンに殺傷力のある弾が入っている可能性はゼロではないことを指摘して, 敵を揺さぶってみた. そして, そのトリガーに指をかけ, “ロック解除.”と小声で自分の銃に命じた. しかし, Floraはそれを危険な行為とみなし, KeikoのAR viewに, “解除不許可”と表示し, トリガーのロックを外さなかった.
Keikoは, それでも敵を牽制するために, 実際はロックを外せないことを悟られないようポーカーフェイスで銃口を上げようとしたが, smart glovesが自ら縮まり, 彼女の両手を締め上げ, 銃を持っているだけで精一杯な状態にした. さらにブーツも彼女の脚を締め付け, 移動の自由も奪った.
“クソッ. 力が入らへん…”
歯を食いしばって, 両腕と両脚を震わせている彼女の様子を, 右隣にいたNelioが見て, “やめろ. むちゃなことをするな.”と, 小声で彼女を制した.
“失礼. Fighter Keiko. どうやら君は, 愚かではないようだ.”
Fighterたちの一致した考えに基づいて彼女が行動しているのではないと察した左側の犬が, 大バカ者と彼女を表した右側の犬と真逆に, 彼女に非礼を詫びた.
“もし君たちがここで我々を制しなかったら, 我々はRose Gateを通り抜ける. そうすると, 次の瞬間, 虫たちが我々すべてを無差別に襲って, この子たちも死ぬ. もし虫たちが子供は襲わなかったとしても, 我々が襲われたのであればその時点で子供を爆破する. もし虫たちが我々も子供も襲わなかったとしたら, 我々は子供を連れてKasgaのいる場所にそのまま接近して, そこで自爆して, Kasgaもこの子たちも死ぬ.
“結局, どうなろうともこの子たちを助けることはできない. それを君は分かっているから, 被害を最小限に抑えようと, ここで我々を破壊しようとしている. そうではないのか?”
Keikoは, 湯気が立つほど怒りのエネルギーを放出しながら, 自分に話しかけているその犬をにらんでいたが, 言っている見解には肯定も否定もせず, 黙っていた.
“だったら…, 今, ここで…, 殺してください.”
子供たちの先頭にいた女子高校生が声を震わせながらKeikoに頼んだ. 驚いたKeikoは, 先ほどまで見せていた怒気を一瞬にして消した.
“どうせ私, すぐに死ぬんでしょ?”
まだ成人になっていないのに生命活動の停止を受け入れようとしたその子に対しKeikoは, “死ぬわけないやろ!”と怒鳴った.
“ウチは, こいつらまとめて0.1秒以内につぶしたいだけ.”
Keikoとしては, 何回も同じことを言わせるなと言いたかった. 彼女の理屈はシンプルであり, それを貫こうとしているだけなのだ.
“そんなこと無理でしょ… 人間の言うことなんて信じられない…”
そう言って絶望して地面に座り込んだその女の子のもとに, 後方からもう1人の高校生が近づき, “大丈夫か?”と気遣った.
そして彼は, Fighterたちに向かって, “実は, 私たちは, 親がRusty-believersなんです. だまされて, こんなところに連れて来られて…, 本当にすみませんでした…”と, この現状に対して自分たちにも責めに帰すべき事由が一部あることを告白した. よく見ると, 高校生の2人は顔が似ていて, きょうだいであることが分かった.
“なぜ君が謝る? 子供をだますようなやつこそ謝るべきだ.”
Donが低い声でそう言い放つと, その右側に立っていたAptiが, “君たちは市外から来たのか?”と尋ねた. 彼らはHanasaka市内の高校生の標準服を着ていたが, 目の前にいるその人物がmicro-chipsを埋め込まれていないことを示すマークが, AptiのAR viewの中で, 彼らの頭の上に表示される名前のそばにそれぞれ付けられていたからだ. (市外から来た者であってもHanasaka市内では, ファーストネームが強制的に表示されるようになっていた.)
“はい. 親からHanasakaに行くお金もらって, 2日前に来ました. そうしたら, ‘Stone Souls’でクエストがたくさん出てきて, それをやっているうちに, こんなことに…”
こうした会話はリアルタイムで全世界に発信されているため, 彼の言葉から“Stone Souls”という名前が出てきたことを, Police Departmentの警察官たちは聞き逃さなかった. やはり今回の襲撃に, 石集めのアプリの“Stone Souls”とその運営団体である“Stone World”は関わっていたのだ. そして, Rose Bridgeに来ている8人の子供たちは全員がStone Soulsのユーザーであってもおかしくないのだ.
この時, Hanasakaを含め世界各国の警察機関は, Stone SoulsがStone Coldによる作戦実行に関わっている可能性があることを前提に, Stone Worldが使っているサーバーへの調査と妨害工作を一斉に開始した. Stone SoulsからStone Worldを介して黒幕のStone Coldにたどり着いてその頭脳を叩き割ることもできるかもしれないからだ.
今日の戦いでは大した見せ場を作れていなかった警察は, サイバー空間では人間には見えない形で地味に反撃に出て, Stone Soulsの処理速度を低下させ, 敵の動きを緩慢にさせる一助となった.
その男の子の発言がHanasaka側に形勢逆転の可能性を与えたかもしれないと直感的に判断したのか, 右側の白い犬は, “おしゃべりはそこまでだ.”と, 急いで会話を遮った. そして彼らの上を飛んでいたmech-hawkや後ろに控えていたmech-dogが子供たちを背後から執拗に突っつき, 前進しなければランダムに誰かの爆弾を爆発させると脅かして, 無理やり前へ足を運ばせた.
Floraは, Fighterたちのsmart gogglesのAR viewに, 道を開けるよう指示を出した. そして, Rose Gateの扉がおのずとゆっくり左右に開いた. だがそれは, 子供たちにとっては地獄の門が開いたような恐怖のシーンであったため, 彼らの多くが泣き出した. やはりFloraは, Fighterに人殺しをさせず, 自ら悪役を引き受けたのであった.
“嫌や! こんなん, 絶対…”
Floraによる締め付けになおもあらがおうとしたKeikoはその場に留まろうとしたが, NelioとEmilioに, “一旦, ここは引け. Floraが何とかしてくれる.”と言われ, 背後から脇の下に腕を入れられ肩を捕まれ, Rose Bridgeの端に引きずられた.
自分を殺してくれと頼んだ女子高生がKeikoのそばを通り過ぎていく際に, ほんの少し彼女のほうにおじぎした. 一瞬見えた彼女の目はうつろだった. まもなく機械的に皆殺しにされると分かっていたら, 誰だってそういう表情になるだろうとKeikoも理解した.
“Kasgaさん! こんなの嫌です. Kasgaさん…, お願い. ウチら, 何もできなくて… ごめんなさい…”
Scene 3.20.2:
Keikoに泣き顔で訴えられなくても, Palaceの大広間にいるKasgaにとって, これは全く受け入れられないことだった.
“やめて. お願い. 虫たちに攻撃させないで.”
いすから立ち上がって, 机に両手をつき, 目の前に設置されているモニターに映し出されたRose Bridgeの様子を食い入るように見ながらKasgaは, 腹の底にしっかり力を入れた声を出して, 物理的に存在しない最高司令官に訴えた.
敵対的行動をとる者がRose Gateを通り抜けるや, 直ちにその脅威を無効化するために, 大量のmech-beeが侵入してきた者に毒針を撃ちこみ, また可燃性の液体を付着させて燃やすという問答無用の迎撃方針にKasgaも同意していた.
これは人間が人間の意思に基づいて攻撃してきていた時代では, 話し合いによる解決や時間稼ぎを図ることもできた. しかし人間の依頼者の意図を忖度して, AIが自らの判断で悪事をおこなうのが普通になると, 人間どうしの話し合いにどれだけ意味があるのか怪しくなってきた. 人間に事実上の決定権がないからだ. それにその時の状況に応じた意思決定のスピードは機械のほうが人間よりはるかに速く, 0.1秒の遅延が勝敗を分けることもあった.
そしてAIたちは, 安価に作れるmech-animalsを大量に用意して, 最も効果を上げるポイントに一気に投入して, 可能な限り短期間で脅威を取り除くことを好む傾向にあったため, 犠牲者が多少出ても, 敵の勢力を迅速かつ効果的に減らせる対策を実行するとAIに言われたら, 人間のほうもやむを得ないこととして受け入れていた.
ところが今回のような場合, その犠牲者がたった8人であったとしても, 子供たちが泣きながら死ぬのを見なければならないというのは多くの人間にとって耐えがたい苦痛であり, それを受け入れる感情的余裕など, たいていの人にはなかった.
このことにFloraが気づいていないはずはないと考えられたが, KasgaはHaru-Swordを抜刀し, “Iモード”を起動し, bladeを白く光らせた状態で, 先ほどから何度もFloraに攻撃の中止を訴えた. しかし, あらかじめ決められたプログラムの実行を止めることはできていなかった.
そして敵の集団の先頭が, 扉を解放したRose Gateまで5メートルの位置まで近づくと, 門に備え付けられたスピーカーから, “警告する. 直ちに引き返せ. 侵入してきたものはすべて殺し, 破壊する. 死んではならない. 今なら間に合う. 引き返せ.”と, 男性の声で繰り返し, これ以上近づかないよう強く求めるメッセージが流された.
付近を飛行している数千機のmech-beeの目は, 警戒していることを意味する黄色から, いつでも攻撃できることを意味する赤色に変わった. さらに門の内側の地面は, 足の踏み場がないほどmech-roachが集まってきていて, やはり赤色の目をしていた. 虫たちは空中と地面から襲いかかる準備ができているのだ. よほどの虫好きでもこの光景はおぞましいものであった.
子供たちは自然に全員集まって, 小さな子は体の大きな子の体にしがみつきながら, ゆっくりとこわごわと前に歩いていた.
“やめて. お願い. どうかしてる. 私の言うことを聞いて! 何のために私はここにいるの? 私の言うことは聞いてくれないの? お願い! やめて!”
Kasgaがその美しい顔が崩れるほどに半狂乱になって, 攻撃が実行されないよう繰り返し訴えている姿は, モニターに付けられたカメラによって全世界に流されていた. また, プログラムどおりに動いている虫たちがいよいよ興奮して飛びかかろうとしている様子も放映されていた.
動物的本能に従えばここからすぐさま逃げ去るのが自然なはずの子供たちを無理やり先導している機械の犬は, 同じくプログラムどおりに歩み, 扉まであと3メートルの位置まで近づいていた.
“お姉ちゃん, やめて! 私がほしかったお城はこんなんじゃない. 私を守るためのお城なんて要らない. このお城はみんなのもの. 私たちの心の砦. なのに…, こんなの嫌よ! 最低よ! こんなことしたら…, ただのワルモンじゃない…”
懇願からののしりにヒートアップしてもカウントダウンは止まらず, 先頭のmech-dogたちが赤い目を光らせながら, いよいよあと5秒で門の境を越えるところで, ついにKasgaは怒りを爆発させ, “やめなさいって言ってるでしょ!”と怒鳴って, 右手に持っていたHaru-Swordをモニターに向かって思い切り振り下ろした.
モニターのみならず, その下の机の天板までもが見事なまでに真っ二つに割られたと同時に, すべての時間が突然止まったような静けさに包まれた. 虫たちが黄色い目に戻り, 一斉に動きを止めたのだ.
世界中の人たちが驚きのあまり言葉を失った. Kasgaが怒ったところを今まで見たことがなかったし, 優しくてしとやかな彼女が怒りのあまり物品を破壊するという野蛮な姿を見せるなど想像もしなかったからだ.
そしてそれにも勝って衝撃的だったのは, AIによるプログラムの実行を人間が瞬時に止めたことだった. そのような手段など存在しないと思っていたこの時代の多くの人たちにとって, Kasgaの行動は超自然的なものに見えたのだ.
しかしそれは現実になされ, そしてそれは多くの人にとってそうあるべきだと思える結果であったため, なんと勇ましくそして心優しい人なのだろうと人々を感動させた. Rose BridgeにいたFighterたちも真ん中に集まって大喜びした. 地下のHallで戦況を見つめるCastle Officeの人たちも歓声を上げた.
“いやぁ, 危ないとこだった. いくら心臓があっても足りないわ.”
Monicaは額の汗を手で軽くぬぐって, “これ, 台本から逸脱してるんじゃない?”と, Prishaに小声で尋ねた.
“そうね. ここまでKasgaさんを追い詰める必要はなかったと思うけど…”
Prishaも同意した. そして, メインのスクリーンに映し出されている, Haru-Swordを右手に持ったまま, いすに体を預けるようにドサッと座り込んで疲れ果てた表情をのぞかせていたKasgaに対して, “Kasgaさん, 大丈夫ですか?”と秘匿回線で呼びかけ, “こんなことになってしまって, 我々の見立てが甘くて, 申し訳ございませんでした.”と謝った.
“大丈夫です. まだ, 終わっていませんから, へたばっている場合じゃないですよね.”
思っていた以上にKasgaの声は気丈であった. 自分の信念がFloraに通じ, 彼女を動かしたことに自信を持ったからなのかもしれないとPrishaは思った.
Scene 3.20.3:
Stone Coldに操られたロボットと子供たちは, Rose Gateを通り抜け, 城の主を守る虫たちが見守る中, さらにKasgaがこもるPalaceへと向かって進んでいった.
虫たちが襲わなくなったのであれば, 門の外にいる警察官やFighterたちも門の内側に入ってきても良いのではないかと考えられるが, 虫たちはあくまでKasgaの要請により急いでプログラムを改変し, 来訪者たちを例外的に攻撃対象から外しただけだったため, Shining Swordを持っていない者は相変わらず入ってこれない状態であった.
また, それを持っているFighterたちも敵を刺激しないためにRose Bridgeで待機するようFloraから指示されていたため, 追ってはこなかった. 従って, Rose Gateの先の領域は, そのwatchtowerに隠れている3人以外は, Kasga以外に人間は誰もおらず, 子供たちの近くを飛行しているmech-dragonflyが子供たちに接近して彼らの目線で見た風景を撮影し配信していた.
子供たちは, そのwatchtowerを構成する2つ目の門も抜けて石畳みの緩やかな坂を20メートルほど上っていき, 地面を這い回るmech-roachは, 彼らが進む道の中央を空けて道端に控え, 目を赤くしたり黄色にしたりして, 敵のロボットたちを惑わせながら観察を続けた.
上りきったところで道は直角に左に折れるので左に体を向けると, 左右に伸びる背の低い緑鮮やかな竹垣の向こう側に, 真新しい木造のPalaceの建物が子供たちの目に入ってきた. そして本来であればここでその背後にCastle Keepも見ることもできるはずだが, 今は基台だけになってしまっていたため, 空が広く見えた.
Palaceは, Main Keep Areaの南側 (つまり北側のBack Gardenを除いた部分) のうちやや東寄りの, 一辺が90メートルほどのおおよそ正方形の竹垣に囲われた土地に造られていた. その敷地内には単体の建造物があるわけではなく, 一辺が30メートルほどの大きさの棟が縦横2列に合計4つ建てられ, それぞれの棟は縦と横に廊下でつながれ, 真ん中の空きスペースには小さな池がありコイが泳いでいた. 正面玄関はその4つのうちの南東の棟の南面に設置されており, Kasgaがいる大広間は南西の棟にあり, その前に広がる庭には白い砂利が敷かれていた.
補足: Palaceの構造について ちなみに北西の棟には北側の玄関があり, 一般の観光客は, 南東の棟から入って, 大広間のある南西の棟を通り, 北西の棟に出るというルートで見学するようになっていた. そして北東の棟は, Castle OfficeのCBS (Castle Building Section) の事務所にする予定で非公開にしており, ここから地下深くのUmber Houseに潜れる秘密のエレベーターが設置されていた.
Rose Gateのwatchtowerの回廊に身を潜めていたHaruki, Anju, Chammeiの3人も, その存在がバレないよう物陰に隠れて, 子供たちの様子を上から見ていた.
彼らは先ほどまでは, Rose Gateの真上の2階部分にいて, Rose BridgeでのFighterと白い犬との口頭の戦いをひそかにうかがっていた.
そして彼らは, Keikoが1機の犬を銃で仕留めようと試みた時は, 地上にいる残りの犬3機はほかのFighterがKeikoに呼応して倒してくれると信頼して, 空中を飛行しているmech-hawk 2機を狙撃銃で撃ち落とす準備もしていた.
もっともそれは実行されずに彼らも安心した. 空中を立体的に移動している物体2機を0.1秒の差もなく同時に撃ち抜くなど, 神業としか言いようがないからだ.
そして8時1分. Rose Gateを突破してきた招かざる来訪者たちは, Palaceの南側の庭と道とを区切る竹垣の中央に設置された, すでに両側に開けていた扉を通って庭の中に入り, そこから南東の棟の正面玄関まで滑らかに波打った, 板を敷いた小道を進んで, ついに玄関口の前に到着した.
“Kasga. 出てこい! 我々は客人だ.”
先導していた犬の1機が, 客とは思えない横柄な態度で, その邸宅の中にこもっている殺害対象者を呼び出した.
Kasgaは敵のロボットたちと対面で話をしたい気持ちはさらさらなかったが, ひどい目に遭わされた子供たちには一刻も早く会って抱きしめたいと思った.
しかしFloraは, 彼女がいる大広間から外に出ないようKasgaに求めた. その空間は, 水平方向は, 漆喰の壁と木製の柱や引き戸で仕切り, 垂直方向は, 木製の天井と床が張られており, いずれも外側に向かって妨害電波を発し, 侵入して来ようとする敵のmech-animalsをかく乱する仕掛けとなっていた.
加えて, 部屋の4辺には, すべてのKassen clubから預かった20のclubの旗が1本ずつ等間隔にスタンドに立てられ, それぞれのポールの頭には電磁パルス弾が備え付けられ, いざとなったらさく裂させて, 部屋の中に入ってきたmech-animalsを焼き殺し, また, 天井の上や床の下には無数のmech-beeやmech-roachが潜んでおり, Kasgaに危機が迫ればすぐさま自動でスライドして開くようになっている出入口から部屋の中に一気に流入して侵入者を封じる仕掛けになっていた.
さらに, 先ほど敵がRose Gateを突破した時点で, 銃器を体の左右に装着した戦闘用のmech-dog 6機がこの部屋に入り, 主人の防御を固めていた.
Kasgaは, Haru-Swordによって両断され無残な姿で床に横たわった机とモニター1台を少し前のほうに押しやり, 切られずに残っていた残り2台を足元の床に直置きしたうえで, 別のテーブルの上に置いてあった, Four Heart Emblemのcrestが輝くhelmetをおもむろにかぶりながら, “私は大広間にいます. 玄関は開けっ放しにしてますよね? そのまま中に入って, 左に曲がってこちらに来てください.”と, 彼女の持ち前の通る声で来訪者たちを誘った.
ロボットたちは警戒した. 明らかに罠を張っているに違いないからだ. そのため, そのまま玄関口から入るようなことはせず, 今来た小道を少し引き返して, 大広間の前の白い砂利の庭にザクザクと足音を立てて入っていき, 一同, 南西の棟の南側に面している大広間のほうを向いた.
大広間を含めPalaceの床は, 地上から1メートル高いところに張られており, しかも南側の庭から建物のほうに向かって上がれる階段やはしごは設置されていなかったため, この庭からKasgaのいる場所に侵入しようとすると, 踏み台や脚立のようなものが必要になる.
しかしロボットたちは中に入ろうとせず, そこから大広間の中にいるKasgaに話しかけようと考えた. 彼らは, 建物の縁から5メートルほど離れ, しかもその床面から1メートルほど低い位置にいたが, そこから薄暗い中をのぞくと, 立てかけられている旗の向こうにKasgaの姿が見え, 音声も十分に聞こえる距離だったからだ.
“ありがたいことに, やつらは計算どおり庭に来てくれた. そこにいる限り, ここから撃てる.”
Rose Gateのwatchtowerの回廊から白い石の庭までは20メートルほどしか距離はなく, しかも何の障害物もなくロボットたちを背面から狙撃できるため, Harukiは喜んだ. もしロボットたちがKasgaの誘いに素直に従い, 建物の中に入ってしまうと, 外からの狙撃の難易度が格段に上がってしまうところだった.
もっとも子供たちの上を飛んでいるmech-hawk 2機が旋回し, 360度, 目を光らせているので, それらに見つからないようにしながら撃つ必要はあるが, Harukiにすれば当然, それぐらいは想定していることであり, 問題ではなかった.
“そもそも, 初心者のChammeiさんですら今まで敵に見つからずに済んでいるのは驚きだ… それにさっき, 門の外で彼女はいなかったんだから, その時点でおかしいと察知されてもおかしくなかった. なのにやつらは, そこに8人のFighterがいるという先入観で見ていたような気がする. そうだとすると, 数学のセイレーンの歌声とおびただしい数の虫の数で, やつらは周辺環境の認識力がかなり落ちているってことか…”
Harukiは冷静に敵のロボットの力を分析し, この戦況が自分たちに決して不利になっているわけではないと考えた. 人間に例えれば, 酒に酔って世界が自分を中心に不安定に回り始めてきたような状態とも考えられた.
“とはいえ, やつらは彼女を何とか自分たちがいるところに引っ張り出そうと, これからいろんな悪事を仕掛けるはず… Harumi… ここからが最もきつい場面だ…”
Scene 3.20.4:
“Kasga Wisteria.”
“私は子供たちと話がしたい.”
白い犬の1機がKasgaにフルネームで呼びかけた初っ端でKasgaはその音声をわざと打ち消すように自分の声をかぶせ, 子供たちに話しかけた. 歌手である彼女にとっては, 人間の耳に入りやすい声の生成においては負けない.
“みんな! 本当にごめんなさい! 本当に怖かったよね. ひどいよね. 嫌だったよね… 私たち大人がしっかりしていなかったから, こんなことになって, 本当にごめんなさい. 許してくれなくてもいい. みんなは悪くない. こんなことになった責任は大人のほうにある. それを言いたいの.”
Kasgaは大広間の中央で, 座っていたいすから立ち上がり, やや声を震わせて子供たちに詫びた. そして犬たちが声を発するいとまがないよう, 少し早口でさらに話を続けた.
“子供たちを巻き込む戦いに正義なんてないのよ. こんなひどいことをしたStone ColdっていうAIも本当はちゃんと責任を負うべきなんだけど, あのAIは謝ったり償ったりすることができない欠陥品だから, 私ができる限りの償いをするわね. ごめんね. 本当にごめんなさい.”
このタイミングで, 先ほどから話し始めようとした犬が, “話をやめろ!”と口を挟んだ.
“黙れ! 謝ることすらできないポンコツのくせに, えらそうに言わないで.”
すかさずKasgaは相手の言葉を押さえつけた. しかし今度は相手も引っ込まず, “うるさいのはおまえだ. 我々はおまえに話がある.”と言い返した.
“話? どうせ私に, さっさと死ねと言いたいだけでしょ. そんなこと, 後でいいでしょ!”
あの上品で優しくて相手の話をよく聞くいつものKasgaはどこへ行ってしまったのかと思えるほど, 今の彼女は威圧的で命令口調だった. これはUnifierである彼女の, 言葉による戦いなのだ.
“後でいいだと? くだらない理想論を吐き続けるおまえが, どれだけ疎まれているか分かっていない. 選挙で選ばれたわけでもないのに, 城の真ん中に居座って, Unifierと称して, 自分を中心に世界が回っていると勘違いしているおまえが, どれだけ迷惑がられているか分かっていない. そんなやつの人生に1秒たりとも意味があるのか?”
敵も毒気がたっぷりある言葉を手加減なく発してきたが, Kasgaは, “あなたがそう思っているのは分かっる.”と冷静に受け, “でも私は, あなたのそういう考えは大嫌いだ.”と, 相手が反論のしようがない自分の感想をもって, サラリといなした.
“あなたの私に対する悪口はいつも同じで, いい加減, 飽きている. よくもまあ, 人間を苦しめる犯罪をコソコソ生成し続けて飽きないわね. そんな陰険で腐っているあなたの存在こそ, 1秒たりとも意味はない. さっさと消えなさいよ.”
他人のことを決してけなさず, 褒めることしかしないようなKasgaがここまで相手を否定する言葉をストレートにぶつけたことに多くの人が驚いた.
しかしそれは, Kasgaのキャラクターのイメージを毀損するものではなかった. むしろ, そんなこともできるのかという新鮮さを感じさせた. 普段, 決して他人に対して怒らず悪く言わない人だからこそ, それは価値があり有効であった. 少なくともHanasakaの人たちにとっては, 彼女は, Stone Coldに対して一歩も引かずに戦っている“Fighter”に見え, 大いに拍手喝采を送った.
“おまえの話はどうでもいい. 子供たちをいつでも殺せるスイッチを持っているのは我々だ. おまえは我々の要求をのまざるを得ない. そして我々は, Fighter 8人をここに来させるよう要求する.”
人間との対話にさほどの意義も関心も持たない機械の犬の1機が, 人間との余計なおしゃべりにいつまでも付き合っていられないと判断したのか, 事務的に機械的に要求した.
敵が何を意図しているのかがはっきりしないため, Kasgaは諾否を留保し黙っていた. そのためその犬は, “おまえがさっさと死んでくれないから, おまえの目の前でFighterたちに先に死んでもらう. 子供たちは背中のリュックの中に銃を持っている. それを使って子供たちがFighterたちを順に殺していく. おまえがそれにどこまで堪えられるかの実験だ.”と, 自分たちがやろうとしていることの目的と段取りを端的に説明した.
そのうえで, “Fighterたちが, 虫たちが味方と識別できる特別なswordを持っていることは分かっている. それだけを持って, ここに来い. そのほかの武器や盾は持ってくるな.”と補足した.
悪趣味な実験の要求に対しFloraは, KasgaやFighterたちに, 誰ひとり命を落とすことにならないようにするから要求を受諾しても構わない旨を, AR viewに示した.
しかしKasgaは, そう簡単に受け入れていいはずもないと思った. Fighterたちは, swordを手に持っているとはいえ, 近い距離で銃口を向けられ発射されると, 当たり所によっては死んでしまう可能性があるし, そもそも敵が言っていた段取りは全くのうそであり, Fighterの手によりKasga自身を殺させようとするかもしれないからだ.
“あなたのそのくだらない芝居に, いったいいつまで付き合わないといけないの?”
Kasgaは, 相手の要求を全く意に介さず, AIが人間の反応として想定している範囲の輪郭を狙うような言葉を返した.
ここで諾否に関する返答をすればそれは相手にとって想定の範囲内の反応であるためAIの術中から逃れられない. 他方, あまりに的外れなことを言うなど想定の範囲外の反応をすれば, 話をずらすなと修正を求めてくる. 話の流れを変えるには, 彼らとの戦いの場であるcenter-circleのライン上を歩いてみる冒険をする必要があるのだ.
“どういうことだ?”
機械の犬のこの反応はKasgaを喜ばした. 言葉の餌に引っかかったからだ.
“あなたたちの電池は, 持ってあと10分ぐらい. だったら, どうしてさっさと私を殺さないの? 銃を持ってるなら, それで私を撃つのが簡単でしょ. それか, 爆弾をくくり付けている子供たちを私のいる部屋に突入させて爆破させれば済むでしょう. なのに, どうしてそんな回りくどいことをするの? そんなに, 私が苦しむ顔が見たいの? Sapinesさん, あなた, 変態でしょ. 姉に振られたからって, 妹の私をいじめて, 興奮しているの? ほんと…, 気色悪い.”
Kasgaは, 媒介者にすぎない犬と話しているのではなかった. それを操っているStone Coldとも話していなかった. それを作った1人の男が世界のどこかでこれを見ているだろうと考えて, 彼の名を表に出し, 公然とはずかしめた.
この発言は様々な意味で大きな波紋を起こした.
まず, Kasgaが言った敵のロボットの電池残量は真実ではなかったが, ロボットたちの電池が切れれば, どういう結末になろうとも, この陰湿な戦いが終わることを人々は理解した.
また, Stone Coldを作ったのはSapinesという男であるという, 一般人が知らない情報が公開された. そして, Harunaの開発プロジェクトのメンバーで裏切り者がいたということは知っている者もいたが, それがあのStone Coldを作ったやつであることまで知る者はまれであったため, それを明らかにされ, 多くの人が衝撃を受けた. そのうえで, 人類の敵のような憎たらしい男が, 神のごとき崇拝されているHarunaに恋愛感情を抱いていたなど, 一瞬たりとも考えたくないことが共有され, 不快極まりない感情を抱かせた.
“すごい爆弾発言ね. Kasgaさん, Harunaさんに対して怒っているのかしら?”
Monicaは, 大型スクリーンを見ながらつぶやいた. Kasgaは姉のHarunaとSapinesが相思相愛だった時があったことを知っていた. それなのに, その男の名前を出したうえで変態扱いをするということは, 大好きな姉の尊厳を傷つけることでもある. そのためそれをぶちかます奇襲をKasgaが仕掛けるとは, Castle OfficeのDirectorたちは誰も予想していなかった.
“そうね, 怒っていらっしゃるわね. まあ, こんなことになったんだから当然だけどね. でも同時に, 計算したうえで話していらっしゃる. ここから先は, 台本どおりじゃないけど, 楽しみね…”
Prishaは, Kasgaの聡明さを信じていた.
“個人的な怨恨でこんなことを仕掛けたと, 本気で思っているのか?”
5秒ほどの間を置いて, 彼の犬がKasgaに返答した. もちろんそれは裏で操るAIの演算結果である. そしてそれは, Kasgaがまさに求めていた反応だった.
“いいえ. 人間を機械に完全に屈服させようとしている, 最強の犯罪生成AI, Stone Coldが, そんなことをしたら, 人間と何も変わらないじゃない. あなた, そんな人間が大嫌いなStone Coldなんでしょ. 電池が切れそうなのに, これ以上ダラダラ私をいじめるのって, 本当に正しい処理なの? あなたのプログラム, おかしくない?”
好きな女性に愛想を尽かされ, それを恨んで未練がましい腹いせを妹にするなどという愚かな人間がやることを, 人間全体を愚かな生き物と捉えているStone Coldがやっていること自体, ほかのAIによってすでに思考を汚染されているおそれがある. Kasgaは, Stone Coldが立案し現在実行中の犯罪シナリオ自体が, 実はいつの間にか誰かに改ざんされていて, それにStone Cold自身も気づいていないのではないかと指摘したのだ.
この問題提起は, 敵方に効いた. 完全に沈黙させたからだ. そしてKasgaがさらに追い打ちをかけた.
“それに, この犬が, 子供たちに銃を持たせているって言ったけど, そんなこと, あなたがたがここまで来る間にmech-animalsが透視して, そのリュックに何が入っているか分析済みよ. それで, 念のために聞くけど, その銃, 本当に使えるの? 確かめた? あなたの頭がいつの間にか改ざんされているのと同じように, あなたが用意した武器もいつの間にか細工されて, 全く役に立たないかもしれないわよ.”
“そんなハッタリで我々を揺さぶろうとしても意味はない.”
“あら, 本当にそう? よく思い出しなさい. その銃を最後に使ったのはいつ? 今まで怪しいと感じたことはなかった?”
実際, 彼らが持っていた銃はHarukiの依頼を受けたMukadeによって, 今日をレンタル期間の最終日としながらも, 引き金を引こうとした場所がHanasaka City内だとレンタル期間を満了させトリガーにロックがかかるようになっていた. しかも, 子供たちのリュックにはナイフや短剣も入っていたが, それらも刺そうとすると根本が折れるような細工を施されていた.
Kasgaは, この情報を事前にMonicaから知らされていたため, それを臭わす揺さぶりをかけることができた. 他方, すでに殺されてしまったHanasaka市民解放戦線のメンバーも, その場にいるmech-dogやmech-hawkも, それを考えたことがなかったため, 持ってきた物が武器として機能しない疑いがあるのではないかと指摘されると, 念のため, 過去をさかのぼって様々なデータを検証する作業を強いられることになった.
“あなたは本当にあなたなの? 本当に自分の意思で動いていると思っているの? ほかの誰かに操られているんじゃないかって, 疑わなかったの?”
先ほどまでとは打って変わって, 敵方は沈黙の時間が増えた. 形勢が逆転し, この舌戦を優位に進めているのはKasgaのほうだった.
“Sapinesさん, はっきり言っておくけど, 私の姉とあなたとでは, 技術者としてのレベルが全然違うのよ. 彼女は, 小学生の時から, 大人と一緒にAIやシステムの開発をしていた. 要するに, 天才なのよ. あまりにも美しいから気づかなかったかもしれないけど, 超天才なのよ. 彼女のような心優しい天才たちが協力して創造した人類の英知の結晶, それが”Flora”よ.”
Kasgaにとって自分の姉がHarunaであることは本当に誇りであった. Kasgaは小学生だった時に, 当時, 高校生だったHarunaに連れられて, 彼女が勤務していた研究所を何度か訪れたことがあった. そこでHarunaがたくさんの大人たちと仕事の話をしているのを見て, またその大人たちから彼女は本当に天才であり頼りになる存在であると異口同音に言われ, 自分も大きくなったらそうなりたいとあこがれていた.
やがてKasgaは自分には技術者としての才能がないことを自覚したが, 実はKasgaはFloraの開発にわずかながら貢献していた. 彼女はただ見学のためにその研究所に連れてこられたわけではなかった. 毎回そこでいくつかのクイズを出され, それに答えていたのだ. それは, 取捨選択に悩む場面に出くわしたときに, 多くの人間が納得する判断をFloraに学習させる一環で, KasgaはHarunaの強い思いがあって, サンプルの1人として選ばれていたのだ.
“だからあなたはFloraに勝てるわけがない. まして, こんな品のない遊びを無駄に続けてたら, なおのことよ. いい加減, 本気の一手を見せなさい.”
人間であればここまで相手にバカにされれば屈辱を覚えて, 隠し持っていたより強力な手段を用いて相手を見返してやろうと思うかもしれないが, AIにはそうした感情はない. 従って, Stone ColdがKasgaのこの挑発に乗らない可能性のほうが高い.
もっとも, ロボットたちはすでに, Floraに高負荷をかけられ続けて計算能力が低下しており, その状況を利用されてすでに何発もくさびをひそかに撃ち込まれ, 自己を制御できる力を少しずつ奪われている状況にあった. そしてそのことにStone Coldは気づいていたため, Floraによって自己を完全に崩壊させられる前に, 本当にやりたかったことを即座に実行しないといけないはずだというKasgaの指摘はもっともであった.
とはいえ, 敵方に, その本当にやりたかったことを実行させるというのは, 基本的に正しい対応ではないため, 白い犬の1機が, “おまえはさっきから偉そうに言っているが, 我々が本気の一手を実行すれば, 大きな被害が発生する. それを防ぐのがおまえたちの仕事だろう. それをあえて実行させるなど, 狂っているとしか言いようがない. おまえこそ, 本当にHanasakaを守るつもりがあるのか?”と, Kasgaに揺さぶりをかけた.
もっとも今のKasgaはそれぐらいで動じはしなかった.
“愚問ね. 私は, あなたが本当にやりたがっている悪事の内容を分かってる. そして, それがここにいるロボットが動けなくなったことを条件に発動されることもね. だから, あなたが子供たちをここに送り込んで私を散々苦しめて殺すという, 過激なRusty-believersを喜ばすことって, あなたにとってはちょっとした開幕劇のようなものでしょ. あなたの最終目標に比べれば, とってもちっぽけなことだから. それに, まあ, その劇もたぶん時間切れ. 電池が持たないから. だから, 子供たちやFighterを苦しめるだけのこんなショーにこだわる意味が本当にあるの? それを言いたいだけよ.”
Kasgaは, Stone Coldが人間の無意識を使った因果関係の連鎖によって, 次々と悪いイベントが引き起こさせるたくらみを持っていることも, そして今回はそれをStone Soulsを使って実行しようとしていることも, MonicaやPrishaから知らされていたが, あえてそこまでは口に出さなかった. ただ, それを暴露できることを示しつつ, どの道, 時間切れで中途半端に終わるこのオープニング・イベントを完遂させる意味があるのかと問い, 反応を探った.
しかし敵方は, ある意味, ブチ切れた. これまでの対話を断ち, “おまえとの対話を拒否する. 我々をかく乱しようと言葉を操っても無駄だ.”と言って, 聞く耳を持たないこと通告した.
どうやらStone Coldは人間を平均化して見すぎていたようであった. 世の中には特別な才能や技能を持つ者がいる. Kasgaの必殺技は“万人の心をとろけさせる笑顔”だけではなかった. 彼女の“万人の心を動かす弁舌”が恐ろしいものであることを彼らは認めざるを得なかった. それゆえ, これ以上Kasgaの言葉がインプットされること自体が危険だと判断したのだ.
“繰り返す. Fighterたちをここに来させるよう要求する.”
耳をふさいだ悪魔の使者は自分が少し前に発した要求を再び口にした. それに対しKasgaはすぐには引かず, “でも, さっきも言ったけど, 持ってきた武器は使えるの?”と, 少し前に自分が発した質問を再び口にした.
“心配するな. 我々は大量のmech-beeも持ってきた. おまえには, Fighterたちとmech-beeとの戦いをじっくり観戦してもらう.”
“Sapinesさんって, やっぱり変態なのね.”
“何とでも言え. 今から5分以内だ. それを過ぎれば, 子供らを爆破する.”
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