Part 3: The Ninth Autumn
Chapter 3.13: Sapphire Comet vs. the King of Flame
Scene 3.13.1:
“Representative Match 2. Garnet East, Captain Don. そしてSapphire West, Leader Keiko. Mech-horseなし. 使用するWeapons, spearとsword.”
Kassenの”Apex Fighter”の称号を持つ者と, その称号を受け継ごうと挑戦する者がcenter-circleの中で対峙するのを前にして, umpireのmech-giraffeが高らかに両者の名前と対戦方法を告知した. 制限時間は5分. このAutumn Gamesで最も注目すべき時間がいよいよ始まる.
Second-halfの最初のTeam Match (T3) とその後におこなわれる予定のSingles Match (R2) の間のインターミッションに入った時から, それほど強くはないが, 雨がパラパラと降り出した.
いつもであればこういう場合はためらいなくArenaのPetalを閉じてしまって雨粒の侵入を防ぐが, 今日は電力の使用制限のために照明が暗く, しかも当初の想定では甘かったのか, 25%どころか50%近く照度を落としていたため, 雨天であっても外の明るさを求めて, 解放されたままだった. そのため, Hanasakaでの試合では非常に珍しいが, 2人は雨粒が落ちる中で戦うこととなった.
DonとKeikoは軽くおじぎをしたものの, あいさつの言葉はかけなかった. Donのほうは何かを言おうと口を開いたが, Keikoは何度か深く呼吸をして精神を集中させようとしていたため, お互いに無言のままでumpireが笛を吹くのを待っていた.
Teamの仲間もloungeでベンチに座りながら見ている者はなく, 皆, fieldに出て, battle areaの真ん中を見つめていた. スタンドの観客も, 一瞬でも見逃すまいと前のめりになって, 2人のFighterに声援を送っていた.
“Keikoさん. がんばって.”
Chammeiは, 何とか話を長く引っ張ろうとするEmilioとの密談を一方的に終えて, 髪の毛がこれ以上濡れないように帽子をカバンから取り出してかぶり, 胸の前で手を合わせた.
“Keiko. 負けんなよ.”
Kageroは, “Nemophila”の店内で従業員のみんなと一緒に, 壁に設置された大型スクリーンに試合の実況放送を映して応援していた.
“Keikoさん. Half-timeでEISの人から何を聞いたか知らないけど, どうやらそれでブーストがかかったようね.”
Captain Soaは, half-time中にFalconとEISのスタッフ2人が話をしているところにKeikoもいたのをloungeから見えていた. そしてT3では, Keikoの表情から硬さが取れて, 不気味さを誘う笑みを見せるようになったのも認識していた. それゆえ, フフッとほくそ笑んだ. ついにKeikoがDonを倒す瞬間がやってくる予感がしたのだ.
“いける. Keikoさん. 勝利の女神’Nike’はあなたにほほ笑む.”
“Keiちゃん. 私に最強のFighterだと認めてもらうために戦う必要なんてほんとはないのよ. 私にとっては, Keiちゃんはすでに最強なのよ. 絶対一生私を守るって言ってくれたでしょ. その優しさで十分. だから今日は, Keiちゃん自身のために戦ってほしい.”
Hanasaka Castleの地下深くのシェルターで身を隠しているKasgaは独り, 薄暗い部屋の中でsmart gogglesを装着して, Arenaの東側スタンドの特等席に自分がいる場合に, 自分の頭の向きに応じて得られる視覚情報をリアルタイムにAR viewに出して見ていた. ゆっくり落ち着いていすに座って見てられず, 立ち上がって画面を凝視していた.
Kasgaは, KeikoがKasgaを守るためにはApex Fighterになることが前提だと考えて, 身体を痛めながら戦っていることを知っていたし, 心配していた. そのため, 自分の身を守ってくれるFighterを選ぶとすれば, Apex Fighterの称号を持っていることよりも, 彼女を守るためにApex Fighterでありたいと思う意志を持っていることを重視しているとKeikoに言いたかった.
しかし, すべてのFighterたちを見守るべき立場にあるKasgaがKeikoに対し, Apex Fighterを目指す必要はないとは言えない. そこが彼女の苦しいところであった.
Scene 3.13.2:
“雨か… うっとうしいなぁ.”
“Four Star Spear”を両手で握りしめて中段の構えをとったKeikoは, smart gogglesにポツポツと雨粒が当たるのを感じながら, しばらく物思いにふけっていた. 目の前には, 自分より30センチ以上高く, 40キロ以上重たく, 倍以上の筋肉を持つであろう, がたいのいい大男が, 同じくspearを中段に構えて, こちらをにらんでいるのが見えた.
“そうや… ウチは, Akiくんに見てほしかったんや.”
Keikoの脳裏に, あの日のケンカが浮かび上がった. 小雨が降る, 小学校の校舎の裏. 4人の意地悪な男子生徒. 対するは, 毅然とファイティング・ポーズをとるKeiko独り.
“あの時みたいにウチは負けたりせぇへんし, Akiくんにあんなひどいことするやつらをウチはボコボコにできるってことを, 見せたかったんや.”
Captain Donは, 弱い者いじめをするような卑怯者では決してなく, 良き指導者として尊敬されている人物だった.
しかし, Keikoがまだ勝ったことがない強者であった. つまり, 負けたことしかない対戦相手であった. 従って, 悔しい思いしかないという意味では, あのときのケンカの相手と同じであった. そう思い至ったKeikoは, 体の中から闘志が湧いてきて体が熱くなってきたのを感じた.
“Donさんには悪いけど, ウチは, ここで恨みを晴らす!”
Umpireが笛を鳴らし, 2人のSpear Fighterが互いに正対の位置をとってにらみ合いが始まった.
“いつでもかかって来い.”
Donが挑発したが, Keikoは何も返事せず, 構えたspear-headを正確に相手の“Front Torso”に向けたまま, 左に行ったり右に行ったり, 素早く動き続けて, 相手に隙が生じるのを待ち, 早くそっちからかかって来いよと言いたげな態度をとった.
“生意気なやつだ.”
Keikoの無言のリクエストに応えて, Donがspearを手早く次々と突き出した. Keikoはフットワーク軽くそれをよけつつ, 相手との間合いが狭くなった一瞬を逃がさず, “今や!” と思った時に一突きを入れようとした. しかしDonも想像以上に機敏で, かすりさえしない.
“早すぎる.”
焦ったKeikoは, 今度は積極的に攻める側に転じたが, DonはKeikoのspear運びを予想しているかのように素早くよけ, 振り払っていった. そしてKeikoの突いたspearがDonの左に思ったより大きくそれてしまった時を捉えて, Donは, 先ほどのFalconと同じく手加減なしにKeikoの左腰に水平打ちをぶちかました. Keikoは右のほうに吹っ飛んで地面に倒れこんでしまった.
皆, 息をのんだ. 勝負あったか… 実際, Keikoの体は強烈なダメージを食らってしまった. おまけに, Torsoの側面よりやや前方にspearのbladeが当たったためspecial deductionとして5点取られた.
Umpireが笛を吹き時間を止め, Keikoに近寄った. しかし彼女は, 近づくなと手で合図し, 歯を食いしばって立ち上がった.
“悪く思うなよ. Fieldにいる以上, 女だからといって容赦はせんからな.”
“遠慮なんか要りません.”
実際, 彼女は女だからと手加減されるのが嫌いであった. だから, Donが容赦なく攻めてくるのはむしろうれしいことであり, 彼女の闘争心をますますかき立てた.
とはいえ, 今のKeikoは, 男であっても担架で運ばれておかしくないぐらいの痛みを抱えているはずであった. Singles Matchの開始から1分半しか経っていない時点で, この強い痛みを我慢しながら戦うのは, 明らかに不利であった.
“打たれる直前にKeikoさんはわずかに体の向きを変えて衝撃を緩和させていた. それ自体も信じられない芸当だけど, 吹っ飛ばされるぐらいだからかなり痛いはずだ. それでもまだ戦えるなんて, 人間とは思えない…”
隣の国の防衛機関から期間限定でSapphire Westに転籍してきたFalconは, 決してやわな男ではなく, 鍛え抜かれた体はためらいなく自慢できる.
しかしどのような世界でも上には上がいる. 紛争の前線で戦ったことのある者が世界中からたくさん集まってきている, このKassen communityで強そうなFighterと知り合いになって様々なことを学ぼうと思ってHanasakaにやってきたFalconにとって, 今, fieldの上で戦っている, 自分より小柄で筋肉量も少ない女性は, teammateになって2年経ってもいまだに驚かされることの多い師匠であった.
Umpireが再び笛を吹き, 対戦が再開された.
“力で押しても無駄だぞ!”
Keikoも分かっていた. このAutumn Gamesでは今までよりも段違いでパワーを使って戦ってきたが, 体がボロボロになってしまった. そのため最終試合だけは, いつものバトル・スタイルに戻すことにして, 試合前も無理な練習をせず, 筋肉の修復に努め, 今日も, 力でゴリ押しするようなことは控えていた.
それに, Donのパワーが相変わらず健在で, 到底, 力勝負ではかなわないのは明らかだった. そうであれば, Keikoの持ち味であるすばしっこさで動き回り一撃必殺でいくしかない. だが, 先ほどのDonの強打で, 体全体に本来の力が入らないだけでなく, 自分の思う速さで体が動いてくれない状態に陥っていた.
“やばい… スピードで勝負やって思うたけど…”
Keikoはspearを捨ててswordを抜いた. 接近戦に持っていって勝負をつける端緒を見つけようとしたからだ. Donも応じてspearを投げ捨てswordを手にし, 両者, swordを構えたまま出方を探り合い, にらみ合いが続いた. 外面上はswordを持って立っているだけに見えるが, Keikoは, これまでのDonの動きを頭の中で再生し, 冷静に分析していた.
この試合中, SapphireのRanked Fighterの何人かは, Donに対してmech-horseから下りてduelするよう求め, HPをすべて失う覚悟で挑んだことで, 貴重なデータをKeikoに提供していた. それは, Donが力を込めて動作をしたときに, その動きが大きすぎて体勢がよろける場面があるということだった.
Keiko自身もこの2分余りの間で, それを認識した時が何回かあった. DonもFoot Enhancersを使って戦っていたが, 力がありすぎるがゆえに自分のフットワークを制御しきれていないのだ.
“ラインぎわでやってみるか…”
Keikoは先ほどの一撃による左脇腹の痛みで, swordを握る左手に力がしっかり入っていなかった. そしてKeikoがswordを持つ手の位置を少し下げたところ, Donはそれを見逃さず, swordを振ったり突いたりしながら攻めかかってきた.
Keikoはそれをかわしながらcenter-circleの縁のぎりぎりのところで足を止めた. Donが, さらに踏み込んでswordを振り下ろしてきたところで, Keikoは, Donの右足のすぐ右横の地面に向かって飛び込み, 前転して受け身をとってさっと起き上がり, 背後からswordを握る右手に左手を添えて両手で彼の腰を突き押した.
これはギリギリ反則ではない行為である. Kassenの規則では体当たりをすることは禁じられているが, Weaponsを持つ手が相手の体に当たることは許されている. Donは, 危ないと思って体を反転させようとしたが, 前へ進もうとする力を抑えきれずにcenter-circleの外に足を出てしまった.
これでDonも5点の減点を取られた. Singles Matchでは, center-circle内で戦わなければならず, 外に出てしまうと反則となりHPを5点引かれる. これで双方の持ち点は15点となった. スタンドからは, Keikoらしい軽やかで鮮やかなプレイに拍手が沸き起こった.
“計算していたな.”
King of Flameの闘志に火がついた. 再び, 両者がcenter-lineを挟んで立って戦いが再開されるや否や, Donは今まで以上にKeikoを攻め立てた. Keikoは体をひねってDonの勢いを外側にそらそうとするが, あまりの強さと速さで体がついていけず, 右のArm-guardを軽く叩かれた後, 左肩を強烈に打たれ, その衝撃で足元がふらつき, 後ろに倒れてしまった.
左肩への一撃は幸いTorsoには当たっておらず, その前のArm-guardによる1点の減点で, Keikoの持ち点は14点となった.
“今のは, かなり痛かったはずだ. Donさん, よくやるなぁ…”
Keikoに右肩を思いっ切り叩かれて痛い目に遭ったことのあるTopazのEmilioは, 自分が仮にDonと同じぐらいの力があったとしても, 自分より力が弱いのは明らかな相手に対して, スポーツだからといっても, ここまで明確に力の行使ができるのか考えてしまった.
“やっぱり, Donさんには勝てないかな…”
このSingles Matchは, Chammeiが期待したほどの戦果なく, このままKeikoが負けてしまう可能性が高いとEmilioは思い始めていた. しかし, そう断じるのは早計かもしれないとも考えていた. 少なくとも彼女はまだ負けを認めてはいなかったからだ.
“どうした, Kageroの妹. 兄貴には到底及ばんな.”
Keikoが左肩に手を当てたままじっとして苦痛に耐えている様子を見てumpireが笛を吹いて時間を止めようとしたが, Keikoは, umpireをにらみつけてそれを阻止し, swordを右手で握り, 息を切らしながら立ち上がった.
“Kageroの妹って言わんといてください. 私も1人のFighterです.”
“ならば, Leader Keiko. 覚悟しろ!”
Donの猛攻が再開された. 体全体が自分の意思と力でしっかり制御できない状態に陥っているKeikoはそれでもなんとか防戦した. しかし, 必死の思いで30秒ほど耐えたところで, 彼のswordが左のArm-guardに思いっ切り振り下ろされ, とどめの破壊的なダメージを加えられてしまった. Spring GamesのEmerald Northとの試合でChammeiに加えた一撃を今度は自分が味わうことになった.
Keikoは痛さのあまり, まず左ひざを地につけ, 次に体の左側面から地面にどさっと倒れこんだ.
“Keikoさん!”
思わずChammeiは声を上げた.
“ダメよ. これ以上の戦闘は無理よ. もうやめて…”
誰の目で見ても, Keikoの体はいよいよ限界に来ていると思われた. ここで彼女がswordを手から離してギヴアップを宣言しても, 誰も文句は言わないだろうし, よくぞここまで戦ったとみんながたたえるだろうと思われた.
しかしChammeiは, Fighter Keikoの恐ろしさも理解していた.
ここでkeikoが負けを認めても彼女に対する評価は全く傷つかないにもかかわらず, しかもこのままではKeikoは割に合わないほどの身体的ダメージを被ることになるにもかかわらず, それでも彼女の体から, 見えない闘志のオーラがまだ出ているのをChammeiは感じ取れた.
“Keikoさん, まだ終わりじゃないのね…”
Keikoが肉体的にバトルの継続が困難な状況になっているのは, 機械の目で見ても明らかであったため, さすがに今度はumpireが笛を吹いて時間を止め, “Keikoさん. これ以上は危険です. Umpireの権限で中止を命じます.”と訴えた.
しかし彼女はまだswordを手から離していなかった. そして, 中止などされてたまるかと, 苦しく呼吸をしながらよろよろ立ち上がり, 右手でswordを持ち上げ, ファイティング・ポーズをとった.
観客から大きな拍手が起こり, 彼女の意思を尊重するようumpireに求める声が上がった. こうなるとumpireも中止を宣言するのをためらい, 再開の笛を鳴らしてしまった.
虚勢は張ったがKeikoは, もはや左手はswordのgripをつかむ握力がほとんどなく, 左腰と左肩にも痛みを抱え, 立っているのもやっとの状態であった.
ただ, Donは情け容赦なく打ち込んできたが, それは体の左半分に偏っていた. Keikoの利き手である右手と体の右半分は使える状態にして, 完全にバトルが不可能な状態に至らないように配慮はしていたのだ.
残りあと1分. KeikoはこのSingles Matchの開始から7点減らしているが, Donは5点だけである. このままにらみ合いを続けて時間切れになれば, 減点の多いKeikoが負ける.
“このまま負けたら, あの時と同じや… それは…, それだけは嫌…”
がんばったけど力負けしたという結果を, 彼女は絶対受け入れるつもりはなかった.
Donは, Keikoの自分に対するにらみがますます強烈になっているのにたじろいだ.
“こいつ, あきらめるどころか, 今からおまえを殺すぞっていう目をしてやがる.”
Keikoは, 足元に捨て置かれていたspearを拾い上げて右手で持ち, swordはscabbardに収めた. 左手を添えずに右手だけでspearのgripを握っているので, どうしてもspear-headはふらつき, 明らかに頼りない構えである. Donとしては, こんな状態で自分にspear-headを向けられても, swordで簡単に払い落とせるため, このままswordで戦うことにした.
両者はしばらくにらみ合った. さすがのKing of FlameもそんなボロボロのFighterにさらに攻撃を加えにくかった. まるで一方的にいじめているかのように見えるからだ.
それに, 戦わずに時間を経過させることは, “故意に消極的で時間稼ぎのプレイ”とみなされない限り, Donに有利に働く. 一方のKeikoは, そもそも体がほとんど動かない.
残り時間30秒になり, 周りからカウントダウンの声が聞こえた.
“へへっ.”
この時点でKeikoは, 目をギラギラさせてあの必殺の不気味なスマイルを見せた. 一番驚いたのは対戦相手のDonだった. なぜ笑っているのか, 全く理解できないからだ. この期に及んでまだ勝利を確信しているからなのか, 勝負を越えてバトルを楽しんでいるからなのか, 彼女の心が読めなかった.
Keikoは, 足元がふらつきながら, 右手だけで持ったspearを弱々しく突いたり払ったりして, Donに攻めかかった. といってもそれは全く無力な攻撃だった. フラフラとぶざまな舞をしているといったほうが正しかった. そのためDonは, swordで受けたり払ったりする必要もなく, 落ち着いて足の動きと体の向きを変えながら, 簡単によけ続けた.
いつものような切れや軽やかさはかけらもなく, Abilioに最強のFighterと称賛されたFighterとは思えないような, 見ているのがつらくなるぐらいの彼女の最後の抵抗に, 観客たちは不安と興奮が交錯する複雑な感情を抱いた.
最後の瞬間まであきらめない姿勢を見せ, 周りから大きな声援を受けたKeikoは, よろけながらspearを振り続けたが, 残り15秒の時点で, 力尽きたのか, spearを握ったまま前に転倒した.
だがすぐに顔を起こし, 何とか右脚を立てて, 再び立ち上がろうとしたが, それ以上に体を起こす力がもはや残っていなかったのか, 彼女は息を切らせながらうつむいたままそこで固まってしまった.
“動けない…”
Keikoは, か弱くつぶやいた.
残り5秒. 勝負は決まったと思って, DonがKeikoのもとに近づいてきた.
“大丈夫か?”
Donがそう言い終わるのを待たずして, Keikoは右手に持っていたspearを, 先ほどの動きとはまるで違って, 目にも止まらぬ速さで, 油断して無防備になっているDonのTorsoの前面に突き出した.
タイム・アップ.
“卑怯ですみません.”
Spearを引き戻したKeikoは, 顔を上げずにDonに謝った.
Donは何が起こったのか即座に理解できなかったが, 彼は残り時間1秒の時点で, KeikoにFront Torsoを突かれてspecial deductionをくらった. そのためこのSingles Matchは, KeikoのHPが13点であるのに対し, Donは10点となり, Keikoが勝ったのだ.
Keikoは, 最後まで戦う姿を見せて人々を感動させたかったわけではなかった. 時間切れになるギリギリのタイミングで“一撃必殺”をするつもりでいた. そのために, 手に持つものをswordからリーチの長いspearに切り替えた. そして, そのspearで戦える力はもはや残っていないと思わせる演技をしていたのだ.
“油断したおれの負けだ. 謝る必要はない. おれを倒せて良かったな.”
Donは腰を下ろして, Keikoの右肩を軽くたたき, 彼女の勝利を認めた.
駆けつけたmedicのスタッフによって, 立ち上がることができないKeikoが担架に乗せられ, その場で, helmet, Torso, shoulder protectorそしてArm-guardを外され, Donに打たれた左肩, 左腰, 左手首にアイシングの応急手当てを受けている間, Donは, 自分がボコボコにした相手がcenter-circleから運び出されるまでは自分もそばにいて声をかけ続けようと思い, helmetを脱いで, “悪かったな.”と, Keikoに力を行使しすぎたことを謝った.
“Donさんこそ, 謝らなんといてください. 思う存分, 戦えて良かったです.”
Keikoとしては, 力では明らかに彼より劣る自分に対して, 本気になって戦ってくれたことを感謝したいぐらいだった.
“そうか… おれも, おまえほど強いやつはいないと分かって良かった.”
“ありがとうございます.”
いつか倒すべき相手として目標としてきた最強のFighterのDonにそう言ってもらえて, Keikoは素直に喜び, 白い歯を見せた.
Donもお世辞で褒めたわけではなかった. 相手を欺いたり意表を突いたりするのは, 戦いにおいては, 自分の被害を抑えたり相手の被害を拡大させたりするためには当然おこなうべきことであり, Keikoはその点では高く評価すべき巧者だと認めていた. それをこのSingles MatchでDonは改めて確認でき, 実際, それによって自分は負けてしまったのであり, それは彼から見れば“強いやつ”なのだ.
“でも, さっき, おまえのことを, Kageroの妹って言ったことは謝っておく.”
“気にせんといてください. 事実ですから.”
“そうだな.”
Donは, そう言って腰に手を当てて軽く笑った.
“それなら1つだけ伝えておきたいんだが, あの時…, Kageroがおれの馬に踏まれた時, あいつは仲間のために捨て身になっておれの行く手を防ごうとした. しかしそれは馬にとっては想定外の動きだった. おれの不注意だと言う人たちも少なくなかったけど, あれは不慮の事故だ. そのことだけは信じてほしい. だからといって開き直ってるわけじゃない. あぁいう結果になってKageroにはほんとに申し訳ないと思っているし, おまえにもいろいろ迷惑をかけただろうから, すまないと思っている.”
Keikoは, こんなところでそんな重い話をされるとは思っていなかったが, 決して, 悪い気持ちはしなかった. ある意味, こういう非日常的なシチュエーションだからこそ聞けたのかもしれないと彼女は思った.
“ありがとうございます. Kassenに事故は付き物ですから.”
Keikoは口元を少し緩めて落ち着いて答えた.
“そう言ってくれるとおれも助かる. あいつはおれのことをどう思ってるか知らんが, あいつとは名勝負をたくさんしてきたから, 今でも‘battle friend’だと思っている. その思いをおまえに伝えておきたかった.”
“分かりました. 兄も喜ぶと思います.”
Keikoはそう言って担架に横になった姿勢のままで右手を上に差し伸べた. Donは, その手をさっとつかみ取り, がっちり握った. その時のDonは珍しく静かに優しく笑っていた.
Chapter 3.14: Haruna’s Wish
Scene 3.14.1:
“おはよう, Akioさん. 体調は回復しましたか?”
決戦の日を明日に控えた11月8日の朝8時15分頃, Castle OfficeのDirector Harukiは, Police Headquartersの隣にある病院で治療を受けているAkioを見舞いに訪れた. 深緑色のニットシャツの上にこげ茶色のジャケットを羽織り, 紺のパンツをはいたHarukiは, Akioが朝食をとり, 洗面を終えた直後に, 事前の連絡もなく, 突然, やって来たのだ.
11月1日に, Juliaに誘われてworkshop “Nemophila”を訪問した後, 異変に気づいた彼女にPolice Headquartersまで問答無用で連れてこられ, 直ちにCyber Patrol SectionのLemolainに入院を言い渡され, ちょうど1週間, 悪意あるnano-machinesを注入された患者に対してなされる標準的な治療を受けていたAkioは, この日の10時頃に退院する予定であった. そのため彼はこの時, 病院内で過ごすときの病衣を着ず, この病院に連れてこられた時に着ていたアクアマリン色の厚手のシャツに黒のデニムパンツをはいていた.
入院した当初, Akioは, 電磁シールドがかかった集中治療室で, 感染を防ぐ防護服を着た医師たちによって, 脳や体のあちこちを慎重に調べられ, 応急処置としてnano-machinesが引き起こす効用を打ち消す薬を投与された.
そして医師たちは, その患者を深い眠りに落として低体温状態にしたうえで, nano-machinesが暴れ出さないよう封じ込める施術をし, 成功した.
その後, 徐々に彼の体温を元に戻しつつ, 悪意ある作用が再び発生しないか観察をし, 昨日, 7日に, 主治医が退院の許可を出した.
“あ, はい. も, ものすごく, ぐっすり寝ました.”
Akioは, 人生でこれ以上長く深く眠ったことはなく, まだ少し頭がぼぉっとすると語った.
“そうですか. まあ, 元のAkioさんに戻ったのであれば良かった. Juliaさんやみんなとはもう話をしたんですか?”
“はい. き, 昨日, 自分の‘Glasses’付けて, 外の人と通信していいって, 言われて, JuliaさんとYugoと話をしました.”
治療中の患者は私用のsmart glassesを付けることを禁じられることが多かった. 体内に残っているかもしれない悪意のあるnano-machinesがsmart glassesやNexus Unitから発せられる何らかの電波の信号に反応して暴れ出す危険性が否めないからだ.
HarukiはAkioに, Juliaとどういう話をしたのか聞いてみたところ, 彼は, “Juliaさん, な, 泣いて喜んでました. 良かったって, 繰り返して… ちょっとびっくりしました…”と戸惑いを見せた.
HarukiにとってはJuliaの反応は想定の範囲内であったため, Akioが驚いた理由を問い返してみると, 彼は, “その…, わ, 私なんかのために泣いてくれる人って, は, 初めてだったんで…”と, 少し照れながら答えた.
“Juliaさんは, 君のこと, 信頼しているし, 気に入ってるんですよ.”
Harukiとしては, Juliaがうれし泣きしたことに何ら不思議なところはないと考えていたが, Akioにはそれが理解できなかったため, “私なんか, 何の取り得もないし, く, 口下手だし, Juliaさんみたいな優秀な人からすれば, べ, 別に, 私はあまり役に立たないし…”と言って, 自分がびっくりしたことのほうが不思議なところはないと反論した.
“やれやれ… 君はもうちょっと自分を評価してもいいなぁ.”
Harukiは, 両手を広げて, 少しあきれて見せた.
“そ, そうですか?”
“そうだよ. Akioさんには信じられないことかもしれないけど, 周りのみんなはAkioさんを, 君が思っている以上に評価していることは, 理解しておいたほうがいい.”
Harukiの助言に対して, 明らかに納得していない表情を見せながら, “分かりました.”と答えるAkioを見て, Harukiは安心した. 元の状態に戻っているように感じ取れたからだ.
“それで, Yugoさんとはどんなことを話したんですか? Final gameでSapphireが勝ってchampionになったことも教えてもらった?”
1週間近く外界と情報を完全に遮断していたAkioにとって, Autumn Gamesの結末は, 昨日のYugoとの音声通話で知ることになった.
“はい. 細かく教えてくれました.”
Scene 3.14.2:
11月4日のGarnet EastとSapphire Westとの試合は, Singles Matchですべての力を出し切ったKeikoがDonに逆転勝ちし, GarnetとSapphireのスコアは, 2対5となった.
そしてDonとKeikoの激闘が終わるのを待っていたかのように, 2人がfieldを後にした途端, 一気に雨脚が強くなった.
Hanasaka City Energy Control Agencyによる緊急電力調整介入措置が継続している中, Arenaの照明の明るさは半減しており, 可動式の外壁であるPetalを天頂に向かって伸ばしてドームの形を完成させるわけにもいかず, Castle OfficeのGAMS (Games and Arena Management Section) は次のTeam Match (T4) の開始を雨が小やみになるまで待つことにし, Arena内にアナウンスした.
ところが雨はやむ気配なく, Fighterたちは30分以上ダラダラと待たされた. そこで, この試合をSingles Match (S2) で終了させるかについて, 両teamのCaptainとFC, そしてGAMSのマネージャーがArena内の会議室で急きょ話し合った結果, Captain Donは, Hanasakaの中枢が攻撃されている中, ここまで試合を継続させてくれたことに感謝すると述べて, 試合の打ち切りを受け入れると表明した.
試合の形勢からすると, GarnetはSapphireにこの時点で3点差をつけられており, T4で逆転するのは確かにきついが, 可能性はまだあると誰しも思っていた.
実際, この時の雨は真下に降っていたわけではなく, 南からの風に吹かれて斜めに入り込んでいた. そのためnorthern-endに布陣するSapphireのFighterたちはまともに正面から雨粒をたたきつけられることになり視界が非常に悪くなって不利である一方, southern-endのGarnetはそうした影響は比較的小さく戦える.
しかしそんな不平等な状況で逆転勝ちしたところで素直に喜べないと, DonとEinanは考えた. 平等な条件で戦えない状態になった時点でその試合は速やかに終わらせるべきだと, 彼らのプライドがそう判断させたのである. もっともそれをストレートに言うと賛否両論が出てきそうであったため, 緊急事態であることを理由に挙げたのであった.
こうしてこの試合は, Hanasaka Arenaでは初めて, 悪天候により途中で打ち切りとなり, Sapphire Westがその年 (9 E.E.) のAutumn Gamesのchampionとなった. SapphireのFighterたちは, 控え室から, 雨が降り続くfieldに出て, 雨具で雨をしのいでいるファンたちと一緒に, びしょ濡れになりながら喜びを共有した.
そしてこの日の予定ではこの後に閉会式をおこなうつもりであった. 元々, 閉会式はGrand Prixの後に実施するつもりであったが, そのGrand Prixが中止になったことで, この最終試合の後に, 優勝したteamとヴァーチャルな立体映像のKasgaが参加してこのArenaでおこなうことになっていた.
しかしながら, 敵から攻撃を受けているHanasakaの中枢がその迎撃のためにリソースを大量に使っている最中に, Kasgaが自分の姿をこのArenaに伝送すると, 通常なら守ってくれるFloraのパワー不足によって, 敵が発信元を探知して彼女の潜伏場所を特定してしまう恐れがあるとFloraが判断し, Castle Officeにその伝送をしないよう求めてきた.
そのため, 多くのファンやFighterたちが残念がったが, 閉会式は11月10日以降に実施することになり, 中途半端な形でみんな解散することになった.
もっともその延期を決めた30分後に, Hanasaka側はPolitisに対する攻撃を完全に排除できたとして, City Officeは勝利を宣言し, 緊急電力調整介入措置も解除された.
そうであれば, まだ降っていた雨が入らないようにPetalを閉じて, 照度が戻ったArenaの中で閉会式をすることにしても良かったのだが, Fighterも観客も雨で体を冷やしてしまい, ほとんどがArenaを後にしていた. 従ってCastle Officeとしては, 今さらやっぱりやりますとは言えず, 閉会式は結局おこなわれなかった.
とはいえ, この試合は多くの人に興奮と感動を与え, DonとKeikoが直接対決したSingles Matchは, 後世に伝えたい名勝負の1つに挙げられた.
試合後の記者会見でDonは, Singles Matchの感想を聞かれ, “真剣勝負をしたが, Leader Keikoには勝てなかった. おれの親友のAbilioも言ったとおり, 彼女は最強のFighterだと, おれも思う.”と, 自分としてはApex Fighterの称号をKeikoに譲るつもりであることを表明した.
そして, あれほどボコボコにしておきながら本当にそう思うのかと記者に尋ねられると, “お世辞で言っているんじゃない. Leader Keikoに最後に一突きされた時, おれは感じたんだ. この人には, 最初から勝てなかったのかもしれないと. 説明が難しいが, どれだけ叩いても負けない人を相手にするというのは, 心底恐ろしい. そして実際, おれは, 最後の最後でやられた. 一瞬の隙を突かれて勝負が決まった.”と, DonにとってKeikoがKassen Fighterの中で最も恐しい存在であることを補足した.
Scene 3.14.3:
“それで, Akioさんは, Keikoさんの記者会見は見ましたか?”
Akioが見た旨を答えると, どう思ったかHarukiに問い返され, どう返答するか困った. 彼にとっては普通に勝利の喜びを語っていたようにしか思えず, 普段それほどよく話さない, 自分の上司の上司を満足させられるコメントが思い浮かばなかったからだ.
頭の中で一生懸命, 言葉を探しているAkioに対してHarukiは, “Singles MatchでDonと戦うにあたってどんな心境だったのか, 記者に問われた時, 彼女は, ‘雨が降っていたんで…’と, ちょっと意味が分からないことを言っていましたよね?”と言って, Akioにコメントしてほしい箇所を指摘した.
“た, 確かに, そう言ってました. う, うっとうしいと思ったとも, 言ってました.”
“そうだね. どういう意味なんだろう?”
そんなことを聞かれても分からないし, どうしてHarukiはそれを自分に尋ねたのだろうといぶかったAkioは, “さあ…”とだけつれなく答えた.
それはHarukiにとっては全く満足できない回答だったが, それを口にすることはせず, 彼は軽くため息をついたうえで, “そうですか. まあいいか… じゃあ, この話はここまでとして, 忘れないうちに, Akioさんにある物を返します.”と言って, ベッドの近くに設置されていた小さなテーブルの上に置いた自分の手提げカバンから, 黒い石を取り出して, Akioに手渡した.
“しばらく黙って借りていて申し訳ない.”
それは, Floraの小さな分身が組み込まれている, Akioが拾った物理上の“New Moon in the Dark”だった. 警察官がAkioの自宅に捜査のために立ち入った時に例のミネラル・ウォーターのボトルとともに持ち出され, 彼が入院している間, Police Departmentで再び分析されていたが, 必要な作業を終えた後, Akio本人への返却をHarukiが引き受けていたのだ.
Akioはそれを受け取ったものの, 全くうれしそうな表情を見せず, “私が, こんなことになったのは, こ, この石のせいですよね?”と尋ねた.
“そんなことはない. これはHanasakaを守る石ですよ.”
Harukiは, 罰当たりなことを言うものではないと言いたげな感じで断言した.
“以前, 警察に調べてもらったんですよね? その時に, そう言っていませんでしたか?”
確かにCyber Patrol SectionのLemolainは, 何かの縁だと思ってこの石を常に自分の手元に置いて大事に持っておくよう勧めた. そして, “きっと, あなたを守ろうとするでしょう.”と言っていた.
“Harukiさんも, そ, そう, 思うんですか?”
“あぁ. この石は実に美しい. まがまがしさを感じない.”
Jascaも, この石を“人を魅了するすばらしい石”だと高く評価していた. しかし, そのような人間の感覚をもってこの石が犯罪集団から自分を守ってくれる効力があると結論づけることはできないはずだ.
それなのにどのような論理で, Director Harukiはこの石は安全だと言うのかAkioが思案していると, それを察したHarukiが, “だって, この石に組みこまれているデバイスを作ってほしいとPrishaさんに依頼したのは私なんだよね.”と, あっさりと衝撃的な事実を告げた.
そして, 驚きのあまり言葉が出ないAkioに対してHarukiは両手を広げて, “今まで黙っていたのはすまなかったと思っています. でも, そうせざるを得なかったんだ.”と, 誠意は感じるものの, 重々しさは全く感じない様子で詫びた.
誰に対しても優しく, 誰からも頼られるHarukiにストレートに謝れられると, 誰も何も反論できなかった. しかしもちろんAkioとしては, 事の経緯を説明してほしいとは思った.
“怪しむべきなのは, New Moonさんではない. ‘Stone Souls’というアプリと, それを運用している‘Stone World’という団体です. そいつが犯罪生成AIとつながっています.”
“えっ? じゃあ, アプリはすぐ, 削除したほうがいいですか?”
“いや. 申し訳ないが, そのまま使ってほしい.”
“い, 意味が分かりません…”
誰だってそう思うだろうと考えたHarukiは, “New Moonさんというか, この黒い石は, Stone Soulsが何をたくらんでいるのかを調べるために我々が用意したものなんだよ.”と, さらに秘密を明かした.
“Akioさんは, 警察からどんな説明を受けたか知りませんが, 私を含めDirectorの皆さんは, 今年, ‘Stone Cold’という犯罪生成AIがHanasakaを攻撃してくるだろうと昨年の時点ですでに予想していました. そして, Stone Soulsというアプリが最初にHanasaka Cityの中でも人気に火がついた頃, どうもこれは彼らの犯罪実行の1つの手段であろうと感じて, この黒い石を作って, それを我々が信頼できる人に拾ってもらって, 撮影してアプリに登録してもらって, Stone Soulsの世界に侵入させたのです.”
この魅力ある黒い石と出会ったのは偶然でも天の導きでもなく, 最初からCastle OfficeのDirectorたちに仕込まれた必然だったと分かったAkioは, 全くいい気がしなかった.
その嫌な気分を感じ取ったHarukiは, “Akioさんの気持ちを著しく害してしまって申し訳ない.”と謝ったうえで, “でも, 我々は慎重に計画したうえで, この石を君に託したんだ. 4人のDirectorの一致した見解としてね. なぜならAkioさんはうそをつけないからね. 正確に言うと, うそをついていたらバレるから, 観察対象として非常に優れていると思ったんだ.”と, 彼の特性であり, 長所もしくは短所を取り上げた.
褒められているのかバカにされているのか微妙に思えたが, Akioは, “ありがとうございます.”と, ぼそっと礼を言った.
“まあ, せっかくこうして2人で話しているから, 大事な情報をもう少し言っておくと, 敵が襲ってくるのが明日11月9日だという前提でKasgaさんや警察が語っているのには理由がある.”
ここでひと呼吸おいたHarukiはAkioの表情を見て, 彼が興味を示してこちらを見ているのを確認して, 話を続けた.
“Hanasakaを統治するFloraは非常に強力なAIで, 攻撃してくる敵を惑わせて, 真実も虚偽もない世界に誘い込んで, ありもしない真実を探し求めさせることにたけている. Stone Coldも今, これにはまっていて, 現時点のFloraの実力だと当面の間はこのまま封じ込め続けることもできる.”
“現時点?”
“そう. Floraは日々進化している. この夏のCastle Keepの炎上は防げなかったけど, その後, 段違いの力をつけている.”
Harukiは, その強化の素材が何かまでは教えずに, 説明を続けた.
“でも封じるだけだと撃退したことにはならない. Floraは敵を迷宮に誘い込んで, その中を歩かせ続けているだけで, 敵を無能化できているわけではない. いつ敵がそこから脱出するか分からないし, 我々の脅威を排除するには, やつの知能を完全に停止させる必要がある. でもそれには相当のパワーと計略が必要だし, やつの動きを封じるリソースを使い続けながら, それをすることはさすがに無理なんだ.
“そこでFloraは, 11月9日に, 迷宮を消し去る. すると敵は歩き疲れた迷宮が幻だったと気づいて一旦, 姿を消すだろうけど, 間違いなくすぐさまFloraに向かって発砲してくるだろう. でもその瞬間, 敵の居場所をおおよそ特定でき, 戦いが始まる.
“翌日の10日になれば, ‘Kochipina’の支援を本格的に受けられるから, そうなると力づくで100%, やつを殺せる. まあ, それなら, 10日になってからそれを消せばいいじゃないかと思うかもしれないけど, 敵もただ殺されるだけなのは避けたいだろうから, 10日以降に開放したところで, 我々を恐れてすぐさま穴倉に閉じこもってしまうだけだろう.
“だから, 事実上, 敵が暴れる余地がある9日にやつを開放する. そうすると限られた時間しかないなら, やつは自由に動けるようになるや, 最大限の悪事を働こうとするだろう.
“であれば, 開放するのはその9日のうち, 遅ければ遅いほどいいんじゃないかと思うかもしれないけど, Stone Coldという知能を維持するのに必要な基盤をすべて無能化して, 知能としての活動を完全に停止させるにはそれなりに時間がかかる.
“それに小さな悪事をこっそり1回だけされても, 居場所を特定するのは難しい. 大規模な悪事をするほど, 実は特定しやすくなる. だから我々は多少の試練を覚悟で, 彼らが大きな悪事を起こすのを容認する必要があるんだ. でも, 24時間も開放するのは危険だとFloraは判断して, 朝の7時に縄をほどくことにした. つまり17時間で勝負をつける.”
深い眠りから目が覚めたばかりでまだ脳の認知力が完全に復活していないAkioだったが, Harukiが非常に重要なことを自分に語っていることは理解できた. しかしなぜ, そんなことを今, 自分に話すのか, そしてなぜそんなことを彼は知っているのかが理解できなかった.
“こいつはいきなり何を言い出すのかって思っているんだろ?”
“え? あっ, いや…, その…, まあ, そうですね…”
おどおどしながら答えるAkioの様子を見てHarukiは顔をほころばした. それは決して小ばかにした感じではなく, Kasgaが時折見せる, 優しく相手を受け入れる意味を持ったものであった.
“私は, いろいろ知っている. Floraについても, 君よりよく知っている. だって, それを作った1人であるHaruna Laligurasは私の娘だし, 私は, 親より先に旅立ってしまったその親不孝者から, HanasakaとKasgaを守ってほしいと託された身だからね.”
こんなことをさりげなく言ってのけるHarukiは, 同性のAkioから見てもかっこよかった. 彼の言葉には, どんなに驚くべきことであっても, 実際そうであろうと素直に受け入れることができる説得力があった. HarukiがHarunaとKasgaの実の父親であることは公表されていなかったが, なんとなく顔が似ているとAkioも感じていたため, 彼の説明に違和感はなかった.
しかしなぜ彼がそれを今自分に語っているのかはまだ述べられていなかった. そのため, それを理解していたHarukiはさらに話を続けた.
“私は, 明日, Stone Coldが起こす悪事による被害をできるだけ抑えるために, 裏でこそこそと準備をしているんだけど, Akioさんに1つ, 手伝ってほしいことがある.”
“え? わ, 私ですか?”
Akioは, 何の取得もない自分に依頼をされてもできるはずがないし, それに悪者と戦うことに参加すれば今度こそnano-machinesの餌食になって再起不能になるかもしれないから, 非常に迷惑だと言いたげな表情を見せた.
“気持ちは分かる. でも, 君にしかできなんだ.”
“私なんか何もできません.”
珍しくAkioは, きっぱりと言い放った.
“いや. ‘Go towards the blue light.’とその黒い石は繰り返し君に言っていただろう? それを実行する時が来たんだよ.”
次から次へと自分の想定を越えることを平然と言ってくるHarukiにAkioはどうにもあらがいようがないと悟り始めた.
これまで“New Moon in the Dark”は何度も, “Castle will fall to dust, As spring sun sinks to night. Flower garden’s god, Will have lost all faith. You who hold the black stone, Go towards the blue light.”と語っていたが, 最後のフレーズは具体的に何を求めているのか解読できていなかった.
しかしStone Coldとの戦いのためにこの石を作らせたHarukiが, この詩的な文章に込められたメッセージを知っているのは当然といえ, それを今ここで開陳しようとしているのであれば, それを聞いておく必要があるとAkioは思った.
“ここはセキュリティが低いから, 今は詳しく話せない. 悪いけど, 急いでJuliaさんに会って, その黒い石を見せて彼女から指示を受けてほしい.”
Juliaからの指示であれば, それはEquipmentのinspectorとしての仕事といえるが, そうであるならば, この黒い石の持ち主であるAkioがStone Coldによる被害を抑えようとしているHarukiをどう手伝うことになるのか, 彼にはさっぱり分からなかった.
“Akioさんの体調がようやく戻ってきたばかりのときに, 私が朝から変なことをお話ししたから, 君は今, とても混乱しているかもしれない. 本当に申し訳ないと思っている.”
Harukiは, そう前置きしたうえで, Akioの顔にさらに接近し, “でも, 大事なことだから, もう少し言わせてもらうと, その青い光は, 最初から光っているわけではない. 黒い石を持つ者が, ある人のすぐそばまで近づくことで, 青い光が放たれる.”と, ゆっくりと呪文の答えを明かした.
そして, “Akioさん, どうかお願いします. Hanasakaの未来と私の娘の命を救うためには, その青い光を輝かせることが必要なんです.”と, 柔和な笑みを浮かべてAkioの肩にそっと手を置き, 優しい声で発動条件の実施を彼に託した.
Scene 3.14.4:
AkioがDirector Harukiから意味不明な指令を受け取って困惑していた時, HarunaとKasgaの母の姉の配偶者であるDirector Lerhiは, Hanasaka Memorial Park内にある直径2メートルほどの白い半球体の石碑の前に立っていた.
“Harunaさん, いよいよ明日やな. ここまで, 長い道のりやった…”
Lerhiは, これまでの苦労をしみじみと思い出しながら, その磨かれた石の塊に優しく語りかけた.
彼の姪のHarunaは3年前の6 E.E.の秋に悪性の腫瘍によって亡くなったが, それは仲間の裏切りによる精神的ショックが影響を及ぼしているのは明らかであった.
Stone Coldという犯罪生成AIを作ったSapinesという男は, 元々は, Harunaの開発プロジェクト・チームの大スポンサーでありコンサルタントであった.
圧政, 隷従, 貧困のない社会を実現しようとする世界中の科学者たちが共同で創作した“SCA” (Smart Community Architecture) と呼ばれる, Experimental Citiesを運営するための基本設計思想に基づき, 人間の幸せを第一に考え慈悲深い心を持って都市を運営するsuper-intelligenceのFlora, そしてそれと結びついた様々な情報システム群の共通基盤である“PSP” (Public Service Platform) を, Harunaや多くの技術者たちが, Experimental Citiesの設立後も, 日々, 学習を手助けし改善を重ねていた.
AIの設計者であったSapinesは, そうしたExperimental Citiesの構想に共感し, Harunaの開発プロジェクトの一員に加わっていた. しかし, 彼をよく知るほかの技術者たちが, 彼の思想の危険性, すなわち人間を限りなく無価値に見る姿勢に警戒し, Harunaに対して開発プロジェクトから外すよう再三求めるようになった.
彼女はそれを渋った. なぜなら, 彼は少なくとも彼女には誠実に接していたし, 彼女も彼に特別な好意を持っていたからだ.
そして5年前の4 E.E.に, Sapinesは, 評判の悪い自分がいるとHarunaやその仲間に迷惑をかけるからと言って, 自らHarunaのチームを抜けたが, その後も彼は, コンサルタントとして陰でHarunaたちを応援し, 彼女の悩みを聞き, 良き相談役となっていた. 彼女は, 知識も経験も豊富な彼を信頼していたのだ. それに彼は多額の資金援助をHarunaにし続けていた.
もっとも, Harunaの弟子であるMonicaとPrishaはSapinesに疑念を持つようになっていた. 彼の助言のとおりにプログラムを組むと, あまりに人間をないがしろにする結果に至ることが多々あったからだ. 単純に計算すると, 彼の助言を採り入れたExperimental Cityを100年運営すると, 100万人の人口が100人になるという計算結果も出た.
そのためMonicaとPrishaは, Sapinesからの援助を受け取らないようにし, Harunaに対しても彼との付き合いをやめるよう求めたが, 彼女は彼との縁を切る気になれなかった.
とはいえ, そのためらいは長くは続かなかった. 徐々に人間への絶望を深めた彼の考えはますます偏狭になり, 彼の本性をHarunaもよく理解できるようになった. 2人は激しい口論をするようになり, もはや方針の違いは決定的になった.
そして, 1年後の5 E.E.のある日, 彼は, Harunaの開発チームのこれまでの開発の成果を盗み出し, また同時に破壊して, 忽然と姿を消したのであった. 彼女は自分が愛した人に見事に裏切られたのだった.
幸い, 最新の重要なデータはMonicaとPreshaがひそかに別の場所に格納していたため難を逃れ, 作業を何とか継続できる程度には復旧できたが, 彼女たちの師匠の精神的な落ち込みの回復は容易ではなかった. それにこの年, Harunaは体調を崩して寝込むことがたびたびあり, 身体的にも不安が増大していた.
5 E.E.のKassenのAutumn Gamesの後, Unifierの役割を妹のKasgaに譲ることを表明してからは, Harunaは自分の死期が近いことを悟ったのか, Floraの改良に, これまで以上に熱意と執念をもって取り組んだ.
と同時に, 近い将来, Hanasakaを攻撃してくるAIが現れることを想定した迎撃システムの構築にも心血を注いだ. 何度か倒れて病院に運ばれたが, 病床の身でもなお仕事をし続けた. 後世の人たちはその時の様子を撮影したものを見て, 深い感銘を受け, 彼女を崇拝する多くの人を生み出した.
残念ながら天命には逆らえず, 翌年 (6 E.E.) の10月15日, 彼女はまだまだやりたいことがたくさんあったものの, すべてを残してこの世を去った.
全世界23のFlora sistersは, これまでにない深い悲しみを発信し, すべてのExperimental Citiesは翌日を追悼の日として, 故人のこれまでの貢献をたたえ, 別れを惜しんだ.
仰々しい葬式をしないHanafolkは, 遺体を火葬もしくは埋葬する前に, 近親者だけで簡単なお別れの場を持つぐらいであったため, そこに参列したのは, 父であるHaruki, 妹のKasga, 母方のおじであるLerhi, 愛弟子のMonicaとPrisha, そのほか5人ほどであった. 彼女の母は, この時すでに精神を病んで入院し, 自分が生んだ娘を葬送できる状態ではなかったため, その場にはいなかった.
だが, どれだけタフな精神を持つ者であっても, この最後の別れの場はつらいものだった. 棺の横で泣き崩れるKasgaのそばで, Haruki, Monica, Prisha, そしてLerhi, すなわちCastle OfficeのDirectorの全員が, 涙を流しながらそれぞれの胸で悲壮な決意を固めたのであった.
Lerhiは, 石碑の前で手を合わせながら, Hanasaka CastleのBack Gardenで, Harunaが亡くなる1か月前に会った日に交わした会話を思い出した.
まだ残暑が厳しい日だったが, 車いすに座った彼女は薄いピンクのカーディガンを羽織っていた. ほおがこけ血色も良くなく, 一目で病人だと分かるものの, なおも明らかに美しくエレガントであることにLerhiは驚いた. 介助者としてMonicaがそばに立っていた.
とりとめのない話をして, Kasgaのことに話題が移った時に, Harunaが, “私にとって, Harumiはサンタさんからの贈り物なの.”と, 唐突に語り出した.
“幼稚園児だった頃, 妹がほしくてほしくて, 毎年, サンタさんにお願いしていたから… Harumiがうちに来て初めて抱っこさせてもらった時, 私はね, Harumiにとって, 最高のお姉さんになると誓ったの.”
LerhiとMonicaは, とても気分よく話すHarunaを温かい目で見つめていた. そして今にも昇天しそうなほど悦に浸った表情でHarunaは, “今も, そしてこれからも, そうでありたい…”とつぶやいた.
“Harunaさん. きっと, サンタさんは願いをかなえてくれはるよ. 明日, それが分かる.”
Chapter 3.15: Point of No Return
Scene 3.15.1:
HarukiがAkioを見舞いに訪れる少し前, 朝7時ちょうどに, City Officeは市内全域を対象にした“緊急事態予備宣言”を発した. この宣言は, 15時間後の22時に, 30時間の期限が付いた緊急事態宣言を出すことを予告しつつ, 市民に対し, 不要不急の外出をしないよう呼びかけ, essential workersとして特別の地位を市から与えられ, 特別な賃金を得ている者以外は, 職場に出ることを禁じ, 生徒や学生も学校に来ることを禁じた.
補足: Essential workersの特別な地位について Essential workersは, 社会インフラや治安を維持し, 市民の生命や健康を守るために必要不可欠な働き手であり, こうした有事の際にも働いてもらう必要がある. そのため彼らは, 市民全員を救済することが困難な危機的状況に万が一陥った場合, 優先して救済を受けることになっていた. つまり, Experimental Citiesでは, essential workersでない者は, 最悪の場合, 切り捨てられることを覚悟する必要がある.
この予備宣言が出されると, 通常の公共サービスや公共交通機関によるサービスは, 猶予されている15時間の間に段階的に縮小していく.
そして本番の宣言が出されると, 特別な職につく者以外の市民は, 付近をパトロールしている警察官の許可がない限り外出することを禁じられる. 実際は, そのような移動制限に素直に応じない市民もいるが, City Officeは, くれぐれも安易な気持ちで外出しないように呼びかけた.
うかつに外に出ると, 敵勢力を排除するために市内の随所に展開している重装備の警察官や戦闘ロボットたちによって誤って撃ち殺される可能性もあるため, 自宅または頑丈な建物の中に留まり, できるだけ窓や出入口から離れたところに身を置いて, 事が過ぎるのを待ってほしいと繰り返し求めた.
市外とつながっている道路や鉄道などはすべて遮断され, 道路は, バリケード脇に立つ警察官やロボットの許可がない限り, 行き来できなくなり, 鉄道は市の境に近い駅で折り返し運転となる.
また, essential workersによる必要最小限の活動を維持しつつ, 敵勢力に対する迎撃に対して, 限りあるリソースを集中させるために, 電力, ガス, 水道の使用制限も課される.
Energy Control Agencyは, 11月4日の最終試合の最中に何者かによるPolitisへの攻撃の抗戦のために緊急電力調整介入措置をおこなったが, その時よりも大きく制限をすることを予告し, エアコンを使ったとしても数分で強制的に切るかもしれず, 照明はつけたとしても通常の4分の1程度の明るさにしかならないことを市民に告げた.
こうした緊急事態宣言は, 世界に23あるExperimental Citiesにおいてこれまで数回発令されたことがあるが, Hanasaka Cityでは初めてであった. すべての市民に対して日常生活を大きく制約することになるため, City Officeは予備宣言を出すことの予告を1週間前に出し, 市民に対して必要な生活必需品の買い出しや, 市外への一時的な避難などを進めていた.
そのため, 大型の台風が直撃することがほぼ確実な日の前日のように, 決戦の日を明日に控えたこの日, 市民は, 用意し忘れたものを急いで買いに行ったり, 自宅や店舗の周りに放火されたり盗まれたりしては困るものがあればそれを屋内に取り込んだり, 近隣の人たちと有事の際の行動を確認したりして, 嵐がやって来るまでの間にやるべきことを落ち着いておこなっていた.
また警察は, 市内全域の空中に, およそ100機のmech-hawkと, 5000機以上のmech-dragonflyを飛ばして, 上空から不審な人や物がないか目を光らせた. こうした飛行監視ロボットは戦闘機のように機銃を装着できるわけではないが, 空中から対象に体当たりし, ぶつかった瞬間に体内に格納している少量の可燃性の液体を破裂させて火をつけ, 熱によって損傷を与えることもできる.
そして, 上からだと見えにくい, 大型施設や駅などの人が集まる施設の中や地下街には, 銃器を体の左右に装着したmech-dog 1000機ほどを徘徊させた. Mech-dogは, 挙動が不審な人やロボットを見つけると, 吠えて周りに危険を知らせたり仲間を呼んだり, 対象に飛びかかって動きを封じたりすることができる.
さらにCastle Parkの中やその周辺には, 数えきれないほどのmech-roach, mech-fly, mech-beeが重点的に放たれ, 何らかの悪い作用を起こす仕掛けが設置されていないか, 隅々まで探索させ, 見つけた場合は即座に破壊させた.
これらの小型のロボットも, 腹に少量の毒や麻酔剤, あるいは悪意のあるnano-machinesを含んだ液体を持ち, 対象となる人の肌を露出している部分に接近しもしくは潜り込んで, それを注入したり付着させたりすることができる. もちろん猛毒であればたった1機でも人を殺すことができる. しかもこれらは安価に大量に生産できるようになっていたため, 缶ジュース1本分を買うお金があれば, 機体自体は1つ手に入れることができた.
Scene 3.15.2:
Harukiが病室を出て行った後, 市内の厳戒態勢が着々と整えられていく様子を, 室内に設置されていたスクリーンで見ていたAkioは, 退院だと言われても本当に自宅に帰れるのか疑問に思い始めた.
10時少し前にYugoが来て, 身の回りの物の運び出しを手伝ってくれることになっていたが, 今しがた, 来れない旨の連絡を受けた. 詳しいことは言えないが, EIS (Equipment Inspection Section) のメンバー総出でやっている作業があるらしく外出ができないとのことだった.
そのためAkioが自分独りで荷物を持ち出すことを考えていると, 扉をノックする音が聞こえ, 誰何すると, “Cypas (Cyber Patrol Section) のLemolainです.”と返答があった.
Akioが扉を開けると彼女ともう1人同僚と思われる男が立っていた. 面識のない警察官は外で待ってほしいと思いながらも, 彼らを中に入れると, Lemolainがまずは, とんだ災難にAkioを巻き込んでしまったことを詫びた. Akioとしては, 警察に落ち度があったとは思えず, むしろ助けてもらったので, “こちらこそ, ありがとうございました.”と礼を述べた.
それよりも, なぜこのタイミングでPolice Departmentの捜査官が自分に会いに来たのか, さっぱり分からなかったので, そういう表情をしていると, Lemolainが, “こちらは要人警護のスペシャリストのBananです. Kasgaさんが身を隠す前まで彼女の身辺警護をしていました.”と紹介をしたうえで, “いくつかAkioさんにご説明したいことがあります.”と, 早速, 用件を述べ始めた.
“まず, Akioさんは, 特別保護対象者として, 現時点から緊急事態宣言が解除されるまでの間, 我々が身辺警護をさせていただきます. 被疑者として逮捕するわけではありません.”
Akioは, 自分が犯人扱いされないことは良いとしても, 警察に特別に保護されるということは, Kasgaと同様, 悪者に命を狙われているという非常に危険な状況に置かれていたと理解し, 包み隠さずうろたえた.
Bananは, “Akioさん. 平凡な一市民の自分がどうして命を狙われるのかと思っているでしょう?”と, 彼の心を読んだうえで, “ここはセキュリティが弱いので, 安全な場所でお話しさせていただけませんか?”と言って, 別の場所に連れ出そうとした.
拒否する気力も理由もないAkioはおとなしく, “はい.”とだけ答えた.
“荷物はあとで同僚に運ばせますので, 貴重品と, その黒い石をお持ちください. その石は, しばらくずっと肌身離さず持っていてください. それはあなただけでなくHanasakaを守る石です. 盗まれたり壊されたりしたら大変ですから.”
Lemolainはそう言ってAkioにその黒い石を自分の手に持つよう促した. そんなに大事な物なのであれば, 警察が保管してくれたらいいじゃないかとAkioが思っていると, 彼女はさらに, “その石はAkioさんが持っていないとダメなんです.”と言って, あくまで持ち主のAkioが保持するよう求めた.
Akioは, 自分の腰を締めているベルトの上からNexus Unitがしっかり取り付けられていることを手で触って確認し, 身の回りの大事なものを肩掛けポーチに詰め, 黒い石は右手に持ち, LemolainとBananと一緒に病室を出た.
そして, 扉の外にはもう1人の警察官が立っており, 彼は, その3人に前後と右隣をガードされて, 病院の地下にある電磁シールド室に連れていかれた.
そこは, Akioが入院した初日に運び込まれた, nano-machinesに汚染された患者用の集中治療室だったが, 彼がこの部屋に入った時は, 麻酔によって眠らされていたため, 壁も天井も床も白く, 様々な医療器具が置かれているこの空間について全く覚えはなかった.
“30分後から治療の予定が入っているので, 手短に話しましょう.”
病室の外で会った3人目の警察官が部屋の照明をつけ, 入口の扉を完全に閉めた.
“初めまして. Melonaと申します. Bananさんと同じ要人警護をしています. 私もこれからあなたを警護します. 私もKasgaさんの身辺警護をしていました.”
BananにとってもMelonaにとってもKasgaの身辺警護をしていたことは自慢であり, 語っておきたい宣伝文句であったが, Akioにとってはかえって不安を増長させるフレイズだった.
“Akioさん, 早速ですが, 先ほどの話の続きで, Akioさんがどうして命を狙われているのかですが…, 我々も聞きたいです.”
“は?”
Bananから全く想定外の答えを受け取り面食らったAkioは, そうであればなぜ警察は自分を警護することにしたのかさっぱり分からないと思っていると, Bananが, “実は我々は, 光栄なことにKasgaさんから信用いただいて, 直々にご依頼を受けたのです. あなたとその黒い石を守ってほしいと. 残念ながら, その黒い石が何なのかまでは教えていただいていませんが, KasgaさんはHanasakaを守るために必要不可欠だとおっしゃったので, 我々はあなたを警護しているのです.”と, まるでKasgaの指示であれば意味が分からなくても何でも丸のみして, 意のままに動きますと言っている忠実な家来のような口ぶりで, 警護の理由を述べた.
“その黒い石については, Cypasではある程度つかんでいます.”
この石を詳細に分析したLemolainが, ここで自己アピールを兼ねて横から入ってきた.
“物理的な‘New Moon in the Dark’の中には電子デバイスが入っています. そのことはAkioさんにも以前お話ししましたよね. つまり, それは人工的に作られた石ですが, 誰が作ったのか, Akioさんはご存じですか?”
つい1時間ほど前まで, それを作らせたのは自分だと語る人と話をしていたのだが, Akioは沈黙した. プロの警察官にとっては, 彼の表情を見れば彼が知っていることは明らかだったが, そこは問い詰めようとせずに, Lemolainは, “私は, Castle Officeのどなたかだと思っています. たぶん, Harukiさんの発案かと.”と言って, Akioの顔を一瞥し, その表情から自分の推理が正しいと確信した.
“なぜなら, その電子デバイスはFloraと直接通信していて, いわばFloraの小さな分身のようなものだからです. そんなものを作れるのは, Harunaさんに極めて近かった人たち, つまり, MonicaさんとPrishaさん. 彼女らは, 犯罪者の気持ちを理解することにたけているHarukiさんの助言をいろいろ受けながらこれを作ったんだろうと推測します.”
この黒い石がHanasakaの中枢頭脳FloraとつながっていることまでAkioは知らされていなかったが, 先ほどのHarukiの説明を踏まえると, この石がStone Soulsの世界に手を伸ばし, 黒幕のAIである“Stone Cold”に探りを入れていたのであれば, 反対のHanasaka側をたどっていけば“Flora”というAIに行きついたとしてもおかしくはないとAkioは思った.
“う~ん, それだけでAkioさんが命を狙われる理由になるかしら?”
Melonaが疑問を呈すると, Lemolainは, “はい. 私も疑問です. やはり, Akioさんが明日, 黒い石を使って何かをする役割を持っていて, それが敵にとってすごく不快だからじゃないかと考えています.”
“不快?”
MelonaとBananが声を合わせた.
“それが何かは分かりません… さっき, Castle OfficeのHarukiさんが来られましたよね? そこで, 何かお話をされたんじゃないですか?”
だんだん尋問じみてきたのでAkioが気分を害した表情を見せると, Bananが, “嫌なことを聞いて申し訳ありません. でも, 我々はKasgaさんのご依頼を受けて, あなたをお守りするにあたって, 聞いておきたいのです. あなたが狙われる理由を. 我々もそれを知っておけば, 先手を打って対処できますので.”と, 警察官の立場でしている質問の正当性を訴えた.
“Harukiさんは, 私のマネージャーのJuliaさんに会って…, こ, この石を見せて, し, 指示を受けるよう, おっしゃっただけです.”
Akioの回答に3人の警察官は全く満足していなかったが, それは真実なんだろうと考えた.
Lemolainが何かを話し始めようとしたところ, Akioが, “あの…, この石を使って, わ, 私が何かをするのも, それって, 結局, Floraの意思なんですよね?”と彼女に尋ねた. Harukiに指示されたこともFloraが書いたシナリオの一環なのかを知りたかったのだ.
“おそらく, そうでしょうね.”
“じゃあ, やっぱり, 私も, Floraに, み, 導かれるままに, 動くだけなんですか?”
“いえ, Akioさんには, Floraの意思に従わない自由もありますよ. そこがStone Coldのような犯罪生成AIとの違いです. Floraは誘導することはあっても, 強制するようなことはしません.”
Akioは, しばらく黙って考え込んでいたが, やがて口を開いて, “Harukiさんは, ‘Stone Souls’は…, Stone Coldにつながっていると言っていました.”と, 先刻の密談の一部を明かした. 言っていいのかどうか悩んだが, 自分がこの黒い石を使って何かをすることが, 自分が命を狙われている理由なのであれば, この点は伝えておく必要があると思えたからだ.
Lemolainは, 自分たちがそのつながりを立証する証拠を得られずに地団駄踏んでいるのに, Castle Officeは自分たちに内緒で何らかの情報を持っているのだとすれば腹立たしいと思い, 若干, その嫌な気分が顔に出たが, すぐにそれを打ち消すスマイルを見せて, “ありがとうございます. やはり, そうですよね.”と, Akioに礼を言ったうえで, “それでAkioさんとしては, その石をどうしますか? 捨てますか? Stone Soulsも消去しますか?”と尋ねた.
彼が返答に困って黙っていると, Lemolainが, “いくらHarukiさんやほかの人たちから, FloraがStone Coldを攻略するためにその石とStone Soulsを使い続けるよう言われても, Stone Coldが仕掛けてくる犯罪に自分が巻き込まれたり, あるいは, 他人を巻き込んでしまったりするおそれもあるわけですから, その気になれないんじゃないですか?”と, 彼が言い出せないでいる彼の気持ちを簡潔に述べた.
彼女の的確な言語化に恐れ入ったAkioは, “はい, そうです.”と言って首を垂れた.
“結論から言えば, Floraは, Hanasaka市民を守るためのAIです. そんな彼女が, あなたを苦しめるようなことをするはずがありません. だから, Akioさんがどちらを選択されようとも, 問題はないはずだと思っています.”
Lemolainは, 自分の本心と裏腹なことを伝えた. それは, 人間がAIにそう期待しているだけであって, 必ずそうしてくれるという保証はないということを, 彼女は分かっていたからだ.
Scene 3.15.3:
Akioがまだ納得できていない顔をしていたので, Lemolainがさらに言葉を補おうかと考えていたところで, ドアのそばに設置されてある小さなスクリーンが光って, 来訪者がドアの外に来ていること, そしてその人物がCypasのMoglaであることを, スクリーンが音声で案内した.
Lemolainは予想外のことで驚いたが, この中に入ってきてほしくない者ではなかったので, 入室を許可した.
Moglaは, 2人の警察官とともに, ある人物を部屋の中に招き入れた. それは, 2年前に隣の国の警察機関からHanasakaのPolice Departmentに派遣され, 捜査情報の漏洩で逮捕され, Pegasus事件で宗教団体の“Awakeners”に拉致されかけ, 妻を殺され, 裁判で執行猶予付きの判決が出た後, 元の職場に帰っていたLuiだった.
Luiは, 自分が逮捕されたことはさておき, 妻を亡くしたことにより精神的に大きなダメージを受けたようだった. 彼がHanasakaに派遣されていた時に比べると, 体重を10キロ以上落としているようで, ほおはこけ, 覇気もなく, 青白い顔色だった.
“ど, どういうことですか? Moglaさん…”
あの夏の日にKeikoとの夕食時の会話を一緒に盗み聞きして彼が重要な情報を漏らすことを待ち構えていたMoglaが, その捜査の対象者を笑顔で堂々と連れてきたことはLemolainにとって全く予期せぬことだった.
また, デューデイトを明日に控えて, 市長と対立していたCastle OfficeのDirectorの指示によって何かをしようとしているAkioがいるこの部屋に, その市長を応援していたLuiを入れて, Akioにいったい何をしようとしているのか, 彼女にはさっぱり意図が分からなかった.
“驚かせて申し訳ない. Pegasus事件で不幸にして奥さんを亡くしたLuiさんが, 我々の敵との戦いの結末をこの地で見届けたいとおっしゃって, それで, Tokyo側との協議で, 今回, 特別に訪問が認められた次第なんですが, 我々の捜査情報を漏洩した人をどうしてこの建物に入れたのだと, 皆さんとしては思っているでしょう.”
Moglaは, Luiがこの場にいる理由をどう説明しようか考えながら話をし始めた.
“そのとおりです. 彼は, Kasgaさんを疎んじるRusty-believersの一味じゃないですか. そんなやつを, Kasgaさんの護衛を任されていた我々の前に連れてくるなんて, Moglaさんは何を考えているのですか?”
Bananは不快感をあらわにしてMoglaに抗議した.
“すみません. BananさんやMelonaさんがいらっしゃるとは思っていませんでした. Luiさんは, ただ, Akioさんと話をしたいとのことです.”
会話の相手として名指しされた本人のみならず, Mogla以外の警察官たちもLuiがAkioに何を語りたいのか見当がつかなかった.
“初めまして, Akioさん. 私は, Lui Cefiroといいます. 弟のYugoと同じEISのかたですよね?”
Moglaの背後にいたLuiはおもむろにAkioの前に出てきて自己紹介した.
“は, はい. そうです.”
Akioは, 愛想笑いすらしないLuiに警戒しながら最低限の返答をした. 目の前にいる男がYugoの兄であることは, なんとなく鼻の形や濃い眉毛が似ているので認識できたが, Yugoからは, ろくに会話をしたことがない関係だと聞いていたので, Akio自身もLuiに対して, 良い印象をまるで持てなかった.
“突然, こんなところで話しかけてすみません. EISのかたがこの病院にいらっしゃると聞いて, それで, その…, 厚かましいお願いになるんですが, Yugoに伝言をお願いしたいと思ったのです. お恥ずかしながら, Yugoは私と話をしたがらないんで, 同僚のAkioさんから伝えていただけると助かるのですが…”
丁寧に申し出されたAkioは, それだけのことであれば問題はないと思い, 了解した旨を返答すると, Luiは長い話を語り始めた.
“Yugoは, ご存じのとおり, Kassen communityのUnifierを演じているかたを神聖視している変なやつですが, その彼女と, この都市を支配するAIと, Castle OfficeのDirectorを名乗る者たちが結託してこれからおこなうイベントがなされると, 世界の歴史が変わってしまうということを, 私は危惧しています.”
“そんな陰謀論を言うためにここに来たのであれば帰れ!”
“彼女の笑顔にだまされて, あっさりと信条を変えてしまうようなやつにとやかく言われたくはない.”
Luiが選択する言葉がいちいち気に障ったBananに対し, Luiも負けずに言い返した. 横槍を入れられたくないLuiは, “すみません, Akioさん. 私の話を聞いてください.”と, やや語気を強めて彼に訴え, Akioが, “わ, 分かりました.”と了承すると, 礼を言って話を再開した.
“私の国でも, これは‘Flora’と‘Stone Cold’の戦いだろうと考えています. もちろん私も警察官ですから, 犯罪を生成する側にくみすることはありません. Hanasaka市民解放戦線はいつの間にかそのStone Coldに頭脳を乗っ取られているようですから, 仮に私がRusty-believerであっても, あんなテロ集団に何の共感も持っていません.
“Floraに勝ってもらうために, 私なりの方法でやつらを内偵して集めた情報を, 先ほどMoglaさんには共有しました. まあ, その情報がなくても, 彼女は, 十中八九, 勝つでしょうけど.
“でも, 勝ったらどうなるでしょうか? Hanasakaの市民は, 行政能力に優れたAIとしか見ていなかったFloraが, 非常に強い戦闘能力を持ったAIでもあることが分かり, 完璧な統治者として崇めて, 市長を正式に廃止して, 彼女に全権をゆだねるでしょう. そしてほかのExperi-Citiesも遅かれ早かれそうなるでしょう.
“もちろんFloraは, これまでも, そしてこれからも, 様々な市民の声を聞きながら市政をおこなうと言うでしょう. それはうそではなく, 実際にそのとおりかもしれません. でも, それは市民が主体となった統治でしょうか? 民主主義でも社会主義でもなく, 独裁政治でも王政でもない. アナーキーな社会です.
“まあ, Hanasaka市民は, それも受け入れられるでしょうけど, 世界は, 選挙で選ばれた者, 王族, 独裁者, 特定の政治集団が支配する国がほとんどですから, 彼らは機械がすべてを差配する統治体が善政をおこない, 物理空間でもサイバー空間でも圧倒的な力を持つことを歓迎しません. 自分たちがこれまで市民を支配してきた正当性を失うからです. あなたがたは世界中の支配者たちから疎まれるのです.
“とはいえ彼らも, 人間が機械のsuper-intelligenceには勝てないことを分かっています. 哀れな矛盾ですが, 彼らは, 機械に頼ってそのうち再びExperi-Cityに襲いかかってくるでしょう. その意味では, 明日のHanasakaでの出来事は非常に良い勉強材料になります. 世界は, FloraとStone Coldとの好カードを見て, ロボットやnano-machinesをどれぐらい用意してどのように使えば勝敗を決せられるのかを学習するでしょう.
“そして, 人間はもはや, AIによって殺されるか, 殺すよう操作されるか, それだけの存在になることが分かってしまうでしょう. これは悲劇です. あなたがたは分かっていない. 人間の幸せを追求する, 神のような優しくて強力なsuper-intelligenceに頼りすぎることの副作用を分かっていない.
“私が言いたいのは, 今回の戦いにHanasakaが勝ったとしても, 不完全な人間による不完全な統治もある程度受け入れて, 世界の支配者たちが持つ支配の正当性を覆さないよう, 賢く振る舞ってほしい. でも, たぶん, それは期待できない. だったら, この戦いに勝たないでほしい. 負けない程度で引き分けてほしい.”
“勝たないでほしいだと? きさま, おれたちにケンカ売ってんのか?”
腰にたずさえた小銃をLuiに向けたい衝動を抑えながらBananは, こぶしを胸の前で作って怒りをぶつけた. そして, そのかたわらにいたMelonaは, Luiの言った最後の言葉に引っかかり, “引き分けって, どういうこと?”と, 彼にぶっきらぼうに尋ねた. Luiは沈黙をもって, 答えたくない意思を示した.
“なるほどね… 犯罪生成AIが勝ってしまうことは世界各国としても許容できない. だからFloraには勝ってもらう必要がある. でも, 勝ちすぎは困る. Floraの圧倒的な強さと統治能力が示されると, 世界各国の支配者としては都合が悪い.
“そこで, Hanasaka市民の精神的支柱であるKasgaさんには犠牲になってもらって, Floraは完璧な存在ではなく, 最も守りたかったものは守れなかった印象を世界中にさらしてほしい. そういうことでしょ? 外の世界の人らが考えてるのは.”
LuiはMelonaの分析に対しても沈黙した. つまり否定しなかった.
“ふざけんなよ! こいつ!”
BananがLuiに向かって腕を伸ばして胸倉をつかんだところで, Moglaが間に入って, Bananの腕を持ち, “やめろ. 市民の前で警官どうしでケンカするな.”と言って, Bananを後ろに下がらせた.
“さっさと出ていけ! Kasgaさんの殺害を容認するなど, 言語道断だ!”
“私は何も言っていない.”
“うるさい! Hanasaka市民がどれだけ彼女を敬愛しているか, おまえは分かっていない. 市民に対する重大な侮辱だ. おまえの国の政府に抗議するからな.”
BananとLuiが言い争っているそばで, Akioは, “あ, あの…”と声を発して, 発言していいかを探った. Moglaがその声を拾って, 周りの者に彼の言葉を聞くよう, 両手を前に広げて注意喚起した.
“あの…, わ, 私は, Kasgaさんが殺されるのは, 嫌です. 外の人たちがそう思ってても, 嫌です. Kasgaさんがいなくなったら, Kassenの火は消えます. そうなったら…, Fighterたちの, い, 居場所がなくなります. そうなったら…, みんな, 悲しみますから…, その…, そういうのは嫌なんで, Kassenの火は消したくないです. だから, Kasgaさんは…, 死んでほしくないです.”
Moglaは, 彼に初めて会った日に, 彼が一生懸命話してくれたことを思い出して, ほくそ笑んだ.
“それに, Kasgaさんは, ぜ, 絶対に殺されないと誓うと, おっしゃっていました.”
“そうだ! さすが, Akioさん. そのとおりだ!”
決起集会でのKasgaの演説を思い出させてくれたAkioに, Bananは激しく同意した.
“Kasgaさんは, 死にたくないはずです. だから…, わ, 私は, 何か, やるべきことが, あるみたいなんで…, それをやります.”
Akioは静かに意を決した. 皮肉にも, Luiの自重を促す説得が, 彼の迷いを断ち切ったのだった.
Luiは深いため息をつき, “あなたが何をしようとしているのかは知らないが, ここで引き返さなければ, 取り返しのつかないことになる. きっと後悔するだろう.”と, Hanafolkの物分かりの悪さを嘆いた.
そしてさらに何かを言おうとした瞬間, 首を垂れて, 意識を失い, その場で前方に倒れ, 慌ててMoglaが彼の上体と床の間に自分の腕を差し入れて, 間一髪, 床に頭をぶつけないよう彼の体を支えた.
“体調が悪いんだろう. 気を失ったみたいだ.”
Moglaは, さほど心配していない様子で, 彼を床に寝かせた. これ以上Luiにしゃべってもらう必要はないとMoglaが判断して彼を眠らせたに違いないと, その場にいた警察官全員が理解した.
するとその時, AkioやMoglaたちがこの部屋に入ってきた時に使った扉と反対側の壁に備え付けられていた, “Storeroom”と書かれた札が掲げられた引き戸を外側から叩く音がした.
電磁シールドルームはできるだけ外部と行き来できる口を設けないのが基本だが, 別の出入口がもう1つあるということは, この部屋が特別な意味を持っていることを暗示していた.
とはいえ, 物品の保管場所であるはずの場所からノックされるという怪奇現象に, 数人が驚きの声を思わず上げた. しかしMoglaはニコニコして, “どうぞ, 鍵はかかっていないですよ.”と応答した.
そしてガラガラと音を立ててその引き戸が開けられると, そこには, 白いヘルメットをかぶって作業着を着た女性が立っていた.
“Polinaさん!”
この日は朝から病院の中で複数の予期せぬ人が自分の目の前にやってきたが, Polinaの出現には心臓が止まるほど驚いた.
“Akioさん, あなたを迎えに来ました. Juliaさんがいる場所に, これから一緒に行きましょう.”
人間がいるはずのないところから現れた幽霊か天使に, これからあの世に行きましょうと話しかけられたかのようなことが起きて腰を抜かしたAkioは, 全く返答できなかった.
“驚かせてごめんなさい. 城という建物は, 観光客を集めるために作られたものじゃなくて, 軍事要塞です. だから, 城の外の重要な機関と地下でひそかにつながっていても不思議じゃないでしょ?”
Polinaは, Hanasaka Castleの復元や増改築にたずさわっている担当者として簡潔に種明かしをした.
そして, “警察の皆さん, 私はCastle OfficeのCastle Building Sectionに所属しているPolinaと言います. 同僚のAkioさんを安全な方法で引き取るために, この秘密の通路を使う特別な許可を得ています.”と言って, Police DepartmentとCastle Officeとの間で情報を共有するチャネルを使って, Lui以外のその場にいる者のAR viewに, 許可状を見せた.
“事前に申請いただいていた, Lemolainさん, Melonaさん, Bananさんについても, Castle Office側の許可が取れましたので, 一緒に来ていただけますか?”
もちろん3人とも異存はなかった. BananがAkioの両脇の下に腕を入れて上体をかつぎ上げ, 彼が自力で立って歩けることを確認すると, LemolainがMoglaに, “では, 行ってまいります.”と言って敬礼のポーズを取った.
“気をつけて. いかなるときも油断は禁物ですから.”
Moglaは, 黒い石の持ち主と行動を共にする3人の警察官に敬礼した後, “Akioさん. 3人の優秀な警察官があなたを守りますから, どうか安心してください. 私からAkioさんにお願いしたいのは1つだけ. 青い光を発する者はあなただけを待っています.”と言って, 彼の肩に手を置いた.
“ありがとうございます. 分かりました.”
Akioは, 不安な気持ちに満たされながらも, 最大限の空元気をもって明るく答えた.
Scene 3.15.4:
Akio, Polina, Lemolain, Melona, Bananの5人が部屋を出て引き戸を閉めた瞬間, City Officeにもある電磁シールドルームの中にいた, Police DepartmentのDirector Toppoは, “黒い石を持つ者の身柄がCastle Office側に移りました.”と, その場にいた者に低い声で報告した.
Toppoがいた部屋は, 物理的には天井も壁も床も黒く薄暗かったが, smart glassesを通して見ると, 清々しい快晴の空の下, 見渡す限り青々とした草原が広がっていた. 時々, 小鳥のさえずりが聞こえ, かすかに小川のせせらぎの音も聞き取れた.
部屋の中央に, 半径1メートル余りの丸い木のテーブルが据えられ, そこに3人の人間, すなわち, この週の市長代行であったFinance DepartmentのDirector Nora, Police DepartmentのDirector Toppo, そして23のExperimental Citiesの間の連絡や監視のためにヴァーチャルに設置された, “League of Experimental Cities”の中にある“League Office”と呼ばれる組織からHanasakaに派遣されてこの都市に駐在しているZeronainが, 120度の間隔でいすに座り, 卓上の中心にフワフワと浮いている光の球を見つめていた.
“彼の意思は確認できました. 予定どおり, 我々は前に進みましょう.”
この3人の中では最年長の白髪のZeronainが穏やかな笑顔を見せてNoraに決断を促した.
“では, ToppoさんもZeronainさんも異存がないようなので, 私からFloraに話しかけます.”
ひと呼吸おいてNoraは, その空中に浮いているように見える小さな光源に対して, “Flora.”と呼びかけた.
“はい, Noraさん.”
Floraは, 落ち着いた女性の声で応答し, Noraの次の発言を待った.
“私たちは, 明日予想される敵襲の撃退のために, 現時刻から, 9 E.E.の11月10日4時ちょうどまでの間, このHanasaka Cityの統治と防衛のために必要なすべての権限をあなたに付与します. 私たちは, この作戦の実行中は, あなたの判断が優先されることを承認し, その結果を受け入れます. なお, この権限付与の期間はいかなる理由をもってしても, 延長されないものとします.”
Noraは, 市長代行として, あらかじめ用意しておいた文章をそらんじて一音ずつ明確に発音して, 敵の排除を彼女に託した. Hanasaka Cityの市民は, この瞬間, super-intelligenceのFloraに対して, 一時的な独裁を認めたのである.
“謹んでお受けいたします. 私たちに全幅の信頼を示していただきありがとうございます. 私たちは全力で市民の皆さんのご期待にお応えし, 必ず勝利いたします.”
“もちろん, あなたを信頼しています. あなたの本当の実力を見せてください.”
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