Part 2: The Ninth Summer
Chapter 2.7: Stronghold of the Weak
Scene 2.7.1:
5月も下旬になり, 降り注ぐ太陽光線がより一層きつくなってくるに伴い, Castle Officeには, 何者かによるCastle Parkへの物理的攻撃の可能性に関する情報がより多く入るようになってきた. それまでもぽつぽつと断片的な情報は得ていたが, 情報量が少なく, いったいそれがいつ頃実行されるのかよく分からなかった.
ところがそうした情報が積み重なってくると, 6月または7月のどこかの時点で攻撃されてもおかしくないという状況であることも分かってきたが, Castle Officeの対策は極めて限定的だった.
まず, 通常業務として, season gamesの前後の1か月間ぐらいは, Inter-Alliance gameがあちこちで開催され, 彼らはそのサポートで忙しかった.
加えて, 通常でない業務として, この年の6月下旬にTokyoで環境問題を話し合う国際会議が開催される予定で, 環境問題にも積極的に取り組むExperimental City Hanasakaからは, 行政機関のみならず民間団体も数多く出席し, Castle Officeもその1つだった.
さすがにこの時代は, ある団体が木を植えましたとか, ごみを減らしましたとか, そういった成果発表は誰も聞かない. 地球全体の問題を話し合うには小さすぎるからだ. 少なくともHanasakaという都市全体で夏の平均気温を何度下げられたのか, というぐらいのレベルで語らないと世界の人たちには通用しない. そうなると産学官連携のグループで取り組むのは当たり前で, しかも対策の実践には多くの労働力も必要となる.
Castle Officeもそうしたグループに加わり, 人海戦術で何かをするときはスタッフやFighterたちにも手伝ってもらって成果づくりに寄与し, 今回のような会議で発表したり説明したりする場があると, その準備で忙しかったのだ.
そのうえ, 今回の騒動である. 当然ながら, 2人のDirectorの逮捕とKasgaの発症に対する信頼回復の対策が優先された.
とはいえ彼らは, 全く何の対策もしていなかったわけではなく, “Castle Guardians Association”または単に“Castle Guardians”と呼ばれる, Castle Officeが作った警備団体に対してCastle Park内の警備の強化を依頼していた.
Castle Guardiansは, 引退したFighterたちの再就職先の1つであり, 教育を受けて警備員として生まれ変わった元FighterたちがCastle Parkや, 連続放火事件以後はCastle OfficeのDirectorや主要なFighterたちの自宅なども警備していたが, Castle Officeの要請を受けて6月1日から警備員の数を増やしていた.
しかしその想定される“攻撃”が, 個人によるものなのか組織によるものなのか, 城やArenaなど建物への攻撃なのか, あるいは銃の乱射のような人に対する攻撃なのか, Castle Officeから詳しいことは何も知らされておらずさっぱり分からないため, 警備員を増やした以外では, せいぜいその警備員に警戒棒などの護身用の装備を常に持たせてパトロールの回数を増やしていた程度であった.
ただ, 敵が集団で銃などをもって襲ってきた場合だと全く歯が立たない. そのためCastle Officeとしては警察による警備を依頼したものの, Tokyoで開催されるその環境会議の警備の応援をTokyoの警察機関から求められていることを理由に断られた.
6月22日から29日までの期間中はもちろん, その数週間前から, 世界中から規制賛成派と反対派がTokyoに集まってくることから, その対応の支援依頼に基づきHanasakaからも多くの警察官がTokyoに出向き, Hanasaka市内は手薄な状態であったため, Castle Officeの漠然とした不安に警察としても付き合ってはいられなかったのだ.
こうして, 危険な予兆をつかんでおきながら有効な対策を誰も打つことなくいたずらに時間が経過し, Tokyoでの大会議も終わった6月29日, ようやく事態は動いた.
Scene 2.7.2:
まだ空が明るい18時頃, Castle OfficeのGreen HouseのDirector Harukiの机の上に1通の封筒がいつの間にか置かれていた.
“妙だな. さっきはなかったのに…”
Harukiは, CBS (Castle Building Section) のマネージャーであるCastoと事務所内のカフェテリアでコーヒーを飲みながら15分ほど雑談して, 自分のデスクに戻ってきた時にそれが目に入った. 今時, 仕事場で紙の封筒などめったに見ない. 手に取ると, 上質の厚みのある紙で作られた白い封筒だった. 裏返して差出人が書かれているかを確認しようとしたが, 何も書かれていなかった.
封筒のフタはしっかり糊付けされておらず, 意外とあっさりと指だけで開封でき, 中の便せんを取り出した.
“親愛なるHaruki Flinkas様
Castle will fall to dust, As spring sun sinks to night. Flower garden’s god, Will have lost all faith.
第一の危機が迫っています. この一両日中にHanasaka Castleに大きな災難が起こります.
明日または明後日は, Main Keep Areaには誰も立ち入らないことを強くお勧めします. 先日の火事とは比べ物になりません. 非常に危険ですので, Castle Officeの皆様にもお伝えください.
あなたをいつも見守っている, Flora”
Harukiは, 心臓の鼓動が高鳴り, 頭に血が上ってくるのが分かった.
“Castle will fall to dust.. そうか, ついに仕掛けてくるんだな…”
彼は, そこに書かれている内容については, 最初の1行の詩的な文章を含めて, 意味を理解していた. そして, この手紙の最後に書かれた差出人の名前が“Flora”となっていることの意味も理解していた. そのため, なぜこのメッセージが紙の形で届けられたのか, そしてどのようにしてこの封筒がここに置かれたのか解せなかったが, 書かれてある内容はきっと間違いはないと判断した.
Harukiは職場内を見回したが, この封筒を配達したと思える人物は見当たらなかった. 彼は今, Castle Officeが事務所として使っている2階建てのこのGreen Houseの2階の一角にいた.
彼の職場は大雑把に言うと, 1階部分は, 受付のほか, 大小いくつかの会議室, 来客用の展示室, カフェテリア, GAS (General Affairs Section) の職場があり, 2階部分は, それ以外のすべてのセクションの職場が1つの大きな部屋の中に入っていた. Directorたちも独立した部屋は与えられておらず, ほかのスタッフと同じ空間で働いており, Harukiの机は, 彼の所管であるEIS (Equipment Inspection Section) とCBSが使っているスペースの中にあり, 彼の机からは, 柱の陰で見えない部分を除いては, それ以外のセクションの人たちもおおよそすべて見ることができた.
とはいっても, この日はスタッフの半分ほどはリモートワークをしており, しかも17時過ぎにたいていは帰宅するため, この時間になってもまだ残っているスタッフは, ざっと見て15人もいないぐらいだった.
Harukiは, この建物内に残っているすべてのスタッフに対して, 自分のNexus Unitから一斉緊急メッセージを発信した. このメッセージはこの建物内だけで使う業務用の無線で各自のAR viewに直ちに伝えられた.
この時, EISのメンバーではAkioとMatildaだけが, また隣のCBSにはPolinaを含めて4人が, 残っていた. その6人のほか, 2階にいた者のみならず1階にいた者も含めて全員, 一般のスタッフはめったに入れることがない, 地下の電磁シールドルームに集められた. DirectorはHarukiしかいなかったため, これは, 重大な秘密事項を彼から伝えられるのであろうとスタッフたちは予感した.
1階の玄関の扉がロックされ, その時間にその場にいたスタッフ全員がその秘密の会議室に集められた時点で部屋の分厚い扉が閉められ, 外からは中で話されていることを傍受できない状態になった. 部屋の中にはいすがあったが9脚しかないため, 全員立ったままで, いったい何があったのだとざわめいていた.
“急な呼び出しをして申し訳ありません. 先ほど, ‘ESD’の異変検知警戒システムから重大なメッセージを受け取り, 今すぐできる限りの準備が必要と考えて, 集まっていただきました. 今日の深夜0時から48時間以内に, Hanasaka Castleの’Keep Area’のどこかで何らかの大きな破壊が起きる可能性が極めて高いとのことです. それは爆発かもしれませんし, 放火かもしれません.”
室内は驚きの声で満ちた. Harukiは, あの手紙の差出人が何を根拠に警告しているのかはっきりとは分かってはいなかったが, 機械に従順なHanafolkたちには, 何らかのシステム (今回はESD, すなわちCity OfficeのEmergency Services Departmentのシステム) からの連絡だと言っておいたほうが, このにわかには信じがいことも飲み込んでくれるだろうと考えた.
“いきなりこんなことを言っても信じられないかもしれない. そして, 実際には何も起こらないかもしれない. でも, 備えをしておきたいと思います. まず, 今日は, 一般のお客様のKeep Areaの立ち入りは, 予定どおり19時に終えて, 直ちに‘Rose Gate’と‘Lotus Gate’を閉じてください. お客様全員が19時ピッタリにはInner Moatの外に出て行っていただけるよう, 皆さんで協力して誘導してください. 重要なのは, 周りに騒がれることなく, そこを完全に無人化することです.”
補足: Hanasaka Castleの中心部の構造について “Main Keep Area”には2つの門があり, 南面に設置された正門を“Rose Gate”といい, そこから伸びるRose Bridgeという名の橋でInner Moatを渡れる. 他方, その反対側の北東面に設置された裏門を“Lotus Gate”といい, 同様にそこからLotus Bridgeという名の橋でInner Moatを渡れる. そのInner Moatと, さらに外側にあるOuter Moatに挟まれた, 角ばった環状の島を, “Outer Defense Zone”といい, “Angular Ring”という場合もある.
1人のスタッフが挙手をして質問をした.
“すみません. Keep Areaには歴史的に価値のあるものとかいろいろありますが, 今から運び出す時間はないと思いますが, あきらめるのでしょうか?”
“ありがとう. 答えとしては残念ながら, そうです. 一番大事なものは, Keepの中の展示スペースにあった歴史的に価値があるいくつかの城の宝物ですが, 幸い, 先月からの改修工事でKeep自体を閉めた時にこのGreen Houseの中の倉庫に移して入れましたから, それらは大丈夫だと思います. ただ, おっしゃるとおり, それ以外はあきらめています. 城の中心部分といっても広いですし, 今から運び出す時間はありませんし, 万が一, 運んでいる最中に攻撃があった場合, 危険です. 人命を優先します. さあ, 早速取り掛かってください.”
Castle Officeとして本当に観光客の身を案じるのであれば, Main Keep AreaからOuter Defense Zoneに彼らを移動させただけでは不十分であり, さらにOuter Moatを渡って, 完全に城の外に出て行ってもらう必要がある. しかしHarukiは, 一気にそこまでは語らず, まずは第一段階の, Main Keep AreaからInner Moat を渡ってOuter Defense Zoneへ誘導することだけ, スタッフに指示を出した. 彼の指示によって動ける人数は多くなかったからだ.
時刻は18時半を回っていた. Akioは, 同じセクションのMatildaと一緒に, Main Keep Areaのほぼ中心に建つKeepの北側部分にある“Back Garden”と呼ばれる日陰の多い北向きの広場にいる観光客を, 最も近い出口であるLotus Gateに案内し, そこからLotus BridgeでInner Moatを渡って, Outer Defense Zoneの“Northern-section”に移るよう誘導することとなった. (Outer Defense Zoneは東西南北4つのsectionに分けられている.)
Castle Officeが持っている業務用のmech-horseは4機しかなく, Green Houseから遠い位置にあるCastle KeepやPalace付近にいる観光客の案内を担当することになった者が乗ることになったため, それと比べると直線距離では近いBack Garden担当のAkioとMatildaは自分の足で現場に赴くこととなった.
城の外に位置するGreen Houseを出た彼らは, まずOuter Moat沿いに南東の方向に向かい, Outer Moatを渡って城内に入るためのLily Bridgeまで小走りで移動した. そこから橋を渡ると, Lily Gateと呼ばれるOuter Defense Zoneに入るための出入口がある.
Hanasaka Castleのすべて門は, 一部はまだ復元されていないが, すべて2階建ての四角い回廊の形をした, 敵を迎え撃つためのwatchtowerになっている. その一辺の1階が外に向かった門になり, その隣のいずれかの辺の1階が内に向かった門になり, ここで侵入してきた敵兵を直角に曲がらせて速度を落とさせつつ, 2階から攻撃できるような構造になっている.
AkioとMatildaはLily Gateの外門をくぐってOuter Defense Zoneの“Eastern-section”に入り, そこで右に折れて内門をさらに通り抜け, そこから北西の方向に伸びる階段を上っていった.
Hanasaka Castleは丘を利用して建てられているため, Inner MoatはOuter Moatよりも高い位置に作られており, Outer Defense Zoneの内縁と外縁とでは10メートルほどの高低差がある. そのため, そこの中の移動は階段の上り下りを伴い, 侵入してくる敵兵の体力を奪うように作られており, Akioたちもその例外ではない.
Outer Defense Zoneの各sectionの境界は高さ2メートルほどの塀で仕切られているが, 行き来ができるよう小さな通用口がそれぞれに1か所設けられており, AkioとMatildaは, Eastern-sectionからそこを通り抜けてNorthern-sectionに入り, さらにInner Moat沿いに数分歩いた. そして, 左側に見えているMain Keep Areaに入るためのLotus Bridgeを渡り, watchtowerが復元されているLotus Gateを通り抜け, ようやくBack Gardenに到着した.
このBack Gardenは, Main Keep Area全体の北側4分の1近くを占め, ほぼ全面に芝生が敷かれ, そこに様々な花の鉢が並べられ美しく飾られている. Castle KeepやPalaceが建ち並ぶ南側の部分より6メートルほど低くなっており, 南北で段差があるため, 南正面からはその存在が見えず, 隠れた庭園になっている. Back Gardenから南側に行くには, Keepの脇にある急な階段を上る必要がある.
“ふ~っ, きっついですね. Matildaさん, 大丈夫ですか?”
軍事要塞である城は敵襲から守るために, 当然, まっすぐに中枢部分にたどり着けないようにするために, グネグネと方向を変えながら移動する必要があり, しかも真ん中に近づくにつれて高さも増してくるため, Back Gardenに2人が着いた時には, 汗をかきながら息切れをしていた.
“Castle Officeは城を管理するためにあるのに, 馬が少なすぎです.”
Matildaの不平にAkioも賛成した. 城郭内は道が複雑で階段もあるため, 車輪がなくて小回りが利くmech-horseでの移動が適しているにもかかわらず, 4機しか持っていないのは不十分と言えた.
時刻は, もう18時50分. ゆっくり休んでいる暇はなく, さっさと仕事に取り掛からなければならなかった.
すでにCastle Guardiansの警備員数人が閉門の案内をし始めていたため, Akioも早速, 持ってきた拡声器を使って, “ご来園の皆さん, 本日, このエリアは, 工事のため, 19時に閉門します… お, 恐れ入りますが, Lotus Gateのほうに, 移動いただきますよう, ご協力, お願いいたします.”と, 自分が普段使う言語で案内を始め, Matildaも彼女の言語で同様のことを呼びかけた. そして, 周辺の屋外放送用のスピーカーからも, ショパン (Hanasaka式の表記では“Shopan”) の“別れの曲” (Étude Op. 10 No. 3) のメロディーに乗せて同じようなメッセージが流され, 観光客たちは退出を促された.
Harukiが指示した19時ピッタリには間に合わなかったが, 監視カメラの映像も確認し, 19時15分頃にBack Gardenの中には関係者以外は誰もいなくなったと判断し, Akioたちは, 門番をしていた警備員と一緒にLotus Gateを閉め, 自分たちも門の外に出た.
“さて, 私たちもオフィスに帰りませんか?”
Matildaが, 門の下からOuter Defense Zoneのほうに向かって伸びているLotus Bridgeのほうを指差した. しかしその時, smart glassesにHarukiからの次の指示が映し出された. 21時ちょうどには, 関係者以外の一般客をすべて完全にOuter Moatの外に追い出せとのこと.
“やれやれ. まだ夕飯, 食べてないし, 先に食べませんか?”
Main Keep Areaを取り囲むOuter Defense Zoneと呼ばれる環状の島は, そのMain Keep Areaの約3倍の面積を持つ. 従ってその分, 人も多い. このOuter Defense Zoneの閉門時刻は21時であるため, それはいつもどおりだが, そう素直に出て行ってくれる人ばかりではなく, 21時ピッタリに閉めたことは事実上ない.
これは根気のいる作業になるとAkioも考え, Matildaの提案に乗り, いったんLily Bridgeまで戻ってOuter Moatの外に出て, その近くの広場で即席の店舗を構えていたピザ屋で腹ごしらえをすることにした.
屋外の木製のテーブルでAkioとMatildaは, 食欲をそそるにおいをかぎながらピザにかぶりついた.
“はぁ, 本当はビールやワインも飲みたいですね.”
Matildaは肩をすくめて残念な意思を示した.
“そうですね. 仕事中ですから…”
おもしろくない回答が気に入らなかったのかMatildaは, “仕事じゃなくても, Akioさんは私を飲みに誘ったことがないですよね.”と, いきなりAkioに難癖をつけ釈明を求めた. EISのメンバーは, どちらかと言うと内向的な人が多いが, その中でMatildaは, 自分から他人を飲みに誘うことはあまりしないが, 他人から誘われればほとんど断らずに付き合う程度の社交性は有していた.
そしてMatildaの勝手な理屈では, メンバーの中で最も豊満な肉付きの自分にAkioが興味を持ってもおかしくないうえ, Matilda自身もAkioに誘われたら応じる雰囲気を醸し出しているにもかかわらず, AkioがMatildaを一度も誘ったことがないことに, 彼女は納得いかなかったのだ.
“え? いや, お酒, あまり飲まないし…”
“アルコールなしでもOKです.”
そうきっぱり言われるとどう返答すればいいのか分からず一生懸命, 言い訳を探していると, “いきなりそんな質問をして困らせてくる, 面倒くさい人だなって思ったでしょ.”と, さらに突っ込んできた.
“いや, そんなことは…”
“顔に書いていますよ. Akioさん, 心に思っていることがそのまま顔に出ますよね. 何を考えているのか, 他人に当てられませんか?”
それは十分に心当たりがあった. いつも他人に気持ちを読まれてしまい隠し事ができずに困っていた. だから多くの人と交流しようとは思わなかったし, 付き合いのある人とも深く関わろうとはしなかった. そうしないと自分が四六時中, 丸裸で過ごしているような感覚になるからである. その意味では, Fighterと親しい関係になることが禁じられ, 公私両面で制約を課せられるEISの仕事は, 多くの人には窮屈で孤独に感じるであろうが, 自分には向いているのではないかと思うこともあった.
“まあ, そこはAkioさんの短所でもあり長所でもあります. 例えば, Akioさんが私のふくよかな胸を見て一種の興奮を感じていたらすぐに顔に出て分かりますから, 私はすぐに胸元を隠して防御できます.”
胸元が開放的な半袖のTシャツを着ているMatildaは, 胸の前で両腕を交差させて自分の体を守るポーズをとった. Akioがつい見とれてチラ見していたことは完全にバレていたのである.
“す, すみません. も, もう見ません.”
“冗談よ. あなたが私に触ってこようとまではしないことも, ちゃんと顔に出ていますから, 安心です. だから長所でもあると言ったのです. 何を考えているのか分からない人は信頼できないじゃないですか. だからJuliaさんはMoglaさんに会わせるのをあなたにしたんだと思います. そしてMoglaさんもあなたに重要な情報を提供してくれましたよね.”
そう言われるとAkioとしても自分の欠点が逆に武器になっているのかもしれないと思えたが, あくまで相手方の受け止め方次第だとも心得ていた.
褒めてもらったお返しにAkioは, “あの環境会議の…, Hanasakaのグループに参加したMatildaさんも, すごいじゃないですか… Matildaさん, い, いろんな人と話ができるから, Juliaさんも安心して…, は, 派遣できたと思います… Matildaさんの発表, 見ましたけど…, 分かりやすくて良かったです.”と素直な気持ちで伝えた.
“ありがとう. まあ, 私がしつこく志願したから, Juliaさんも仕方なく派遣したと思います.”
仮にそうだとしても, Hanasaka CityやCastle Officeが, Experimental Citiesとしての基本的な環境保護の方針に沿って, Hanasaka Castleをはじめ多くの建造物に木材をたくさん使ってCO2の固定化を進めていたり, 広範囲に植樹を進めていたりしていることを, Matildaたちの作業グループが会議での発表によって世界に知らしめたことは, すばらしい宣伝をしてくれたと考えていた.
“私は, 正直, EISの仕事に飽きてきたし, とにかく外の人と仕事をしてみたかったのです. あのグループのメンバーになって, City Officeや大学や企業の人たちと知り合いになれて, いろいろ経験を積めて良かったと思いますが, 環境のことが大好きなわけではないです.”
環境に関する国際会議に出ておきながら, Matildaが意外と冷めた意見を持っていることに驚いた顔をしたAkioに対し, 彼女は, 自分の思いをさらに話してくれた.
Scene 2.7.3:
“私は, 保守的な土地と両親の影響もあって, 気候変動には懐疑的で, 環境保護を重視する人たちとは距離を置いていました. 今でも私は, Hanasaka市民の平均的な環境意識のレベルより低いと思います…
“発表の中でも触れましたが, 私の故郷はHanasakaよりずっと乾燥していて, 雨が降らない日が何日も続いて, 毎年, 大きな森林火災が発生して, 実際, 私が高校生の時, 私の住んでいた家も全焼して何もかも失いました. 幸い, 命を落とした家族はいませんでしたが, 友人の父は亡くなりました. 消防士だったのです. 私の家の焼け跡から, 子供の時大好きだったぬいぐるみが黒焦げになって手足が燃えてなくなっている姿を見たときは, とてもショックで悲しかったです.
“でもだからといって気候変動と結びつけて考えませんでした. 地球温暖化を主張する人たちは, 気温が上昇傾向にあることを理由に今後も上昇し続ける前提で話をしますが, 今年がそのピークかもしれないし, 勝手な思い込みだと思っていました. それに地球は昔から暑くなったり寒くなったり繰り返してきたわけですから, それが自然であって, それは受け入れるべきだろうと思っていました.
“ただ…, おばが植樹活動をしていたので, 私もその手伝いを一時期していました. 環境保護に興味があったからではなくて, まあ, その…, おばが参加していた植樹のグループに少し年上のかっこいい人がいて, 一方的に恋心を持っていたからなんだけど, おばはとても喜んでくれました.
“でも, そう長続きはしませんでした. 数年後, そのかっこいい人が引っ越してしまって, 私の片思いもそこで終わって, 元々, こんな木の苗を多少植えたところで気候が変わるとも思ってませんでしたし, 活動をやめてしまったのです. おばはとても残念がって, あの時を境に一気に老けたように思えました.
“活動をやめた私は, 植樹をしている人たちからは継続力のない残念な人と思われ, 保守の人たちからはリベラルな人だと思われ, 自分でも中途半端な存在に感じ始めました. それに私は, 今でもそうなんですが, 1つのことを継続することが苦手なんです. だから, おばから, また植樹を手伝ってほしいと何度も優しく誘われても, 断りました. また, すぐに飽きてやめるだろうと分かっていたからです.
“学校を卒業して働き始めましたが, 仕事は何度も変わりました. 自分の飽きっぽい性格が嫌で何とかしたいと思いましたが, どうしようもありませんでした. いったい自分は何をしたいのか, 何のために生きているのか, さっぱり分からないまま, ダラダラと過ごしていました.
“そして数年経っておばが亡くなった後, 私は同じような夢を見るようになりました. 谷底に, おばが車いすに座ってぽつんといて, 私は崖の上にいるのです. おばは, 地面が熱いから助け出してくれと言うのですが, 崖が急すぎて私は谷底に下りることができなくて, どうしようか迷っておろおろしているのです. そんな夢を週に1度は見るようになって, もしかしたらおばの誘いを断り続けた私に, おばが呪いをかけているんじゃないかと真剣に悩んで, だんだん精神的に不調になりました.
“なんとかしたいと思って, 宗教団体に通ったこともあったのですが, その頃, ウイルス感染の後遺症で聴力が衰えたこともあって, それについてその団体の人から, 前世での生き方が悪かったからだとか言われて, 絶望しました. 当時の私は, こうやって他人と普通に話するなんて考えられないほど落ち込んで, 無気力で, だんだん何をするのも億劫になりました…
“いろいろあって…, このまま生きていても意味がないと思って, 死ぬことも考え始めていた私に転機が訪れました.
“ある日, 私はネットでKasgaさんの開会式の様子を偶然見ました. 一目見てなんて美しいと思いました. その美しいお姫様が美しいOutfitsを着て美しい城を背に, 多くのFighterたちに向かって笑顔で演説をしている姿を見て, しかも最後にはそのお姫様の合図とともにオーッ!とみんなが唱和していました. これがKassenというスポーツのセレモニーであることはレポーターが説明していたので分かりましたが, 女性がリーダーだとは思ってなくて驚きました.
“そしてそのレポーターが言うには, それがおこなわれているのはHanasakaというExperi-Cityで, その女性はUnifierと呼ばれているとのことで, 私はそれと市長の区別が分からず, その女性がその都市のリーダーなんだと思って, さらに驚きました. 女性なのに…って言うとHanasakaでは不適切な言葉になるけど, その時は本当にそう思ったから仕方ないのですが, 女性なのに勇ましく堂々と実験を率いる都市に行けば, どうしようもない自分が変われるかもしれない. そう思って私は, Hanasakaがやっている8日間の短期留学プログラムに応募しました.
“年収に応じて参加に必要な金額は変わりますが, 私の場合はほとんどタダみたいな値段でした. 私は, 今でも不思議ですが, 何かにとりつかれるように一生懸命, 志望の理由を書いて応募したら, 選ばれたのです.”
“そうだったんですね. すごいじゃないですか. それで来てみて, どうでしたか?”
“もう何もかもがあまりにも驚きでした.”
“Hanafolkはクレイジーだと思いませんでしたか?”
“もちろん!”
Matildaはその単語は自動翻訳を介さず, Akioの話す言語でそのまま発声した.
“私の国のRusty-believerの大統領なら, AIが全市民を家畜化しているdigital dystopiaと言うでしょう. 18歳以上の全市民にmicro-chipsが埋め込まれていることについても, Hanafolkは, だから何なの?と問い返してきます.
“ここに来る前に私は少しHanasakaについて調べました. Hanasakaでは, 死ぬまでお金に困らないBasic Incomeを受けられる代わりに, この星や社会への様々な奉仕を求められる. 電力も水も安価な代わりに1人当たりの年間使用量が決められている. 自家用車や動物のペットを持つことは原則禁じられ, 動物肉は魚と虫以外は取引が禁じられ, 紙幣や硬貨などの物理的キャッシュを使うことも所持することも禁じられ, タバコを吸うのも禁じられ, 資産を大量に持つお金持ちは生きているだけで環境負荷が高いとみなされて高額な税金を徴収され, ‘消費を刺激する’とか‘食べ放題’という言葉を使うと野蛮人だと思われ, 何事にも節度を求められる. そんな, 機械が人間たちを効率的に支配できるように作られた, 超不自由で息苦しくなるような都市に誰が住むのかと思いました.”
“でもHanafolkは, 平気な顔をして, ふ, 普通に暮らしてますよね… い, 意識の低い金持ちは出ていきましたが…”
Experimental Citiesを運営するsuper-intelligenceにとっては, 金や権力を持って周りに強い影響を及ぼす人は何かと厄介で手こずるので, 質素でおとなしい人を好み, そうした人が住みやすい都市にしているのだと多くの人が考えていた.
“ええ. 見渡す限りでは, 息苦しそうにしている人はいませんでした. Experi-Cityは理念ベースのコミュニティですから, そもそもそれが嫌ならこの都市には住まないでしょうし, 当たり前ですね.”
留学プログラムに参加した者たちは, 滞在中, 様々な講師からその理念ベースのコミュニティでの生活について教えてもらえる.
Experimental Citiesを運営するための基本設計思想である”Smart Community Architecture” (略して”SCA”という) が情報システム群に実装されたHanasakaでは, 市民は, Experi-Cityの理念に共感して日々実践しているかどうかを問われ, それを膨大なデータから判定され, 許容の範囲内の人だけが市民権を維持でき, 衣食住は困らない.
その判定には, どれぐらい資産を持っているかとか, 社会的地位があるかとかは関係ない. 頭が良くても悪くても, 健康でも病気でも, 性別も年齢も人種も民族も出身国も身体的特徴も関係ない. だから, みんながいろんなことに挑戦できるのだと教えられる.
Matildaはそうしたことをかいつまんで説明したうえで, “私は, 世界にはこういう都市があるのかと勉強になって, このプログラムに参加して良かったと思いました.”と振り返った.
“そうなんですね. 良かったじゃないですか.”
“ただ, 私はこの都市で暮らせる自信は持てませんでした. 機械に生活スタイルを指図されたくないと思いました. それに, 故郷の人たちから, おかしな宗教に洗脳されたと思われたくもありませんでした.
でも, プログラムの最終日の前日に, Hanasaka市民たちと語り合う機会が用意されていて, 私のグループの市民側にはヘビメタのギターリストだと名乗る男の人が参加していました.
彼は, 私が飽きっぽくて何をやっても中途半端で, ダラダラ生きている自分に悩んでいるって言った時に, 彼は, ‘そんなぜいたくなことで悩むのってさ, 人間だけだぜ. 生きている意味がないからって言って自殺したくなるほど悩むのも人間だけだ. ほかの動物たちを見てみろよ. やつらのように堂々と生きたっていいんだよ. なのにアンタは, いろいろ苦労して, 悩みに悩んで, わざわざ飛行機に乗って遠いとこからこのHanasakaまでやって来たんだろ? それだけでも立派な人間だよ. 尊敬するよ. 生きてるって感じがするぜ.’と言ってくれました.”
“Hanafolkらしい考えですね.”
“そうね. 今はそう思えます. 私はそれを聞いて, とても気が楽になりました. そんなふうに褒められたことがなったんでうれしかったです. だから, 彼にそう言われてからは, ここはそう悪くはないかもって思いました.
“そしてその翌日の朝, 私はふと気づいたのです. あの夢を滞在中の1週間見なかったのです. それに気づいた時, 私は, なんていうか, 目の前が一気に明るくなったように感じました. ようやく私の心の中で何かが解消されたようでした. Hanasakaに滞在する間に少しずつ自分を肯定できるようになったからなのかもしれません. ようやく私は長いトンネルから脱したのです. だから私は…, このままこの状態の自分でいたいと強く思いました. だから私は, Experi-Cityの理念に共感したからではなく, 自分の健康のために, この常識破りの都市に再び戻ってきて, 住むことにしたのです.”
“すばらしいですね… お, 思い切った決断だと思います.”
“ありがとう. このHanasakaは, 私に限らず, 人生を変えたい人や, やり直したい人が集まるところじゃないですか?”
そう言われるとAkioもその一員であることを思い出した. 彼自身もかつて自分がいた国の社会で生きていくことにしんどさを感じて, このHanasakaにやってきたからだ. そしてMatildaと同様, 環境保護やUBIに興味があってこの都市にやって来たわけでもなかった.
“Hanasakaが嫌いな人たちは…, し, 社会になじめなかった, ‘落伍者のたまり場’とも言いますけど…”
自嘲気味にAkioが言うとMatildaは, “いいじゃないですか. だから何なのよ.”と言って両手を広げ, “それに…, その短期留学プログラムの最後の授業は, なんとKasgaさんが講師で来ました. ファンタジーの世界のお姫様みたいな人が本当に現れて私は感激のあまり涙が出ました. Kasgaさんは, Hanasakaにはいろんな理由で苦しんできた人たちのために城があるという話をされました. 400年以上の間, この都市の真ん中に居座り続けるHanasaka Castleは私たちに堂々と生きればいいと教えてくれていると. 私もそう思います. あの城は私たちの心の砦であり, 希望のシンボルです.”と, 誇らしげにCastle Keepのほうを指差した.
Chapter 2.8: Collapse
Scene 2.8.1:
21時半過ぎ, Castle Officeのスタッフたちは, 一般人を無事に城のOuter Defense Zoneから外に退避させ, CBS (Castle Building Section) 以外の者は帰宅してよいとHarukiから告げられた. CBSのメンバーは昼夜3交替で, Castle Guardiansの警備員とともにしばらくの間, Main Keep Areaの見張りをすることとなった.
“Polinaさん. 人, 足りてないようだし, 何か手伝いますよ.”
CBSのメンバーのみならずAkioやMatildaを含め, 一般人の城外への追い出し作業をおこなった者たちの多くは, それが終わった後, “Blue House”という愛称で呼ばれていた建物に立ち寄っていた.
それは, Outer Defense ZoneのSouthern-sectionからMain Keep Areaの南側の玄関と言える“Rose Gate”に渡るための“Rose Bridge”の南に建てられた, 水色の瓦屋根の小さな木造の平屋の事務所で, CBSがおこなっている城の復元工事の現場事務所として暫定的に設置されたものだった.
事務所の外に出ようとしていたPolinaは, 支援の申し出をしたAkioの声に振り返り, 彼のすぐ後ろにいたMatildaが彼に早く帰ろうと促しているそぶりをしているのを見て, “ありがとう. でもあなたたちは帰ってください. なんとかなります.”と答えて手を振った.
彼女の言葉に素直に従ったAkioはMatildaと一緒に帰宅することにし, PolinaやCBSのメンバーと, “Otskale.”と, “Moto natives”の言葉で仕事仲間の間で交わされるねぎらいのあいさつをして別れた. その後, 2人でおしゃべりをしながら東にしばらく歩き, まだwatchtowerが復元されていない“Iris Gate”と呼ばれる, Outer Defense Zoneの南東側の出入口を通り抜け, そこから伸びる“Iris Bridge”を渡って城外に出た.
そして左に折れて, 城の最も外側の輪郭であるOuter Moat沿いに北上し, Green Houseに戻って自分の荷物を取り, 再び2人一緒にさらに北に進み, Pale-pink LineのCastle Park North Stationまで歩いた. MatildaはAkioと反対の西方向に自宅があるため, そこで別れた.
東方向に向かう列車に乗ったAkioは, 珍しく座席が空いていたために座ったところ, 疲れていたせいか5分後ぐらいにウトウト居眠りをしてしまった. すると突然, いつか見たあの変な夢の, 炎に照らし出されたPolinaのほおに涙がつたう映像がフラッシュ・バックされた. そして心拍数が異常に増加し, 息が苦しくなった.
“何なんだ? この感覚は.”
妙な胸騒ぎに対してどうしたらいいか分からないままAkioはただ汗をかきながら車内で十数分過ごし, 列車がHydrangea Stationに着くやすぐに降りた. そして酸欠状態を解消すべく, 深呼吸をしてぼぉっとしばらく, 城がある都市の中心地の方を見ていた.
呼吸が徐々に整い息苦しさはなくなったが, 今回のこの胸のつかえはKeikoに会った時に感じるものとはまるで異質なものだった. もっとドロドロとした何かがもだえ苦しむのを感じ, それが何か分からず不気味であった.
彼の右手に埋め込まれているmicro-chipと, 彼のこめかみに接触しているsmart glassesが脈拍の急な上昇を検知し, 静かな環境で楽な姿勢をとるよう, AR viewに注意喚起のメッセージが表示された. プラットフォーム上で突っ立っている自分の背に生ぬるい風が音を立てて当たり続けていたAkioは, 階下にあるトイレにでも行こうと, 階段のほうにゆっくり歩き出した.
この時期には珍しく台風がユーラシア大陸の東方沖の列島に近づき, 明日の朝, Hanasaka Cityのはるか西方を通過する予想だが, 台風の中心に向かって吹く風が強くなってきていたのだ.
“おや?”
Akioは, AR viewの上のほうにある小さな通知領域に, “Stone Souls”から伝えたいメッセージがあることが表示されているのに気づいた. こんな時に直ちに確認する必要はないものの, 彼は, さして合理的な理由もなく, 自分の体に先ほどから生じている異常について何かヒントが得られるかもしれないと思い, Stone Soulsを起動させた.
“一部の石の異常なデータの変更によりアップデイトに失敗しました.”
Akioは, そのエラーメッセージが具体的に何を意味しているのだろうと思い, 今までに集めた200近い石の一覧をスクロールしながら眺め始めた. そして, 驚くべきことに気づいた.
“ない! ‘New Moon in the Dark’が消えている! どういうことだ?”
このアプリを使い始めてからこんなことは初めてであった. 登録した石に寿命はなく, 自分が手動で消さない限り消えるはずはなかった. 今朝, このアプリを開いた時には存在していたことは間違いなく, これまでのプレイ・ヒストリーにはその存在が記録されているはずだと思って確認してみたが, 3月1日にその黒い安山岩の一種の石ころを撮影し登録したという事実自体も消えていた.
つまり, そのような石は最初から存在していなかったことになっているのだ. しかしこの石の存在はYugoやMoglaにも紹介したことがあり, 自分だけが勝手にそう思っていたわけではない.
結局, Stone Soulsを触ったところで不可解さと不気味さが割り増しされただけで, 心拍数が落ち着く要素は何も得られず, ただならぬことが起きる予感が一層強まった.
“予感… あれは予知夢だったんだろうか? 夜, 風, 舞い上がる紙幣, 穴, 木, 炎, Polinaさんの涙… 夜, 風… この風は明日の午後にはやむだろうから, そうすると今夜なのか? Polinaさんを悲しませる何かが起こるとすれば…”
ちょうどその時, Hydrangea Stationのプラットフォームに, 中心地のほうに向かう列車が到着した.
Scene 2.8.2:
“あれ? まだ帰っていなかったのですか?”
23時過ぎ, Rose Bridge前のBlue Houseに, Akioがいるのを発見したPolinaは目を大きく見開いて驚いた.
“城が心配で, 戻ってきました…”
そう言われても彼の行動がさっぱり理解できないPolinaは, “こんな時間にここにいたら終電で帰れなくなりますよ.”と改めて帰宅を促した.
“そ, それは分かっていますが…, こ, 今夜はPolinaさんと一緒にいます.”
いきなり口説き文句とも解釈し得る言葉を, そうしたことをおよそ言いそうにないAkioから聞いたPolinaは, “まあ, 驚いた. Matildaさんと一緒に仲良く手をつないで帰ったのかと思っていたのに, あなたって年が離れた女性が好みなのね.”と言って笑った.
“あ, いや, そ, そういう意味じゃなくて…”
“え? じゃあ, 私のような女性は好きじゃないの?”
“いえ, その, そういう意味でもないです. た, ただ, 心配で…”
Akioをからかってクスクス笑っていたPolinaは, “冗談よ. あなたが私とロマンティックな夜を過ごしたいと思っていないことは, 顔を見ていたら分かります.”と, 少し残念がって見せた.
相変わらず他人に心の内を読まれてしまったAkioは赤面してうつむいた.
“いいですよ. 0時になるまでいろいろやるべきことがありますが, 私の班はWestern-sectionに移って, そこからKeep Areaのほうを向いて暗視モードの‘Glasses’と‘mech-hawk’で監視する予定です. Akioさんも0時になったら一緒に来ませんか? 1人でも多いほうが助かります.”
補足: Mech-hawkについて 彼らが持っている“mech-hawk”は, 羽の付け根に空気を下に押し出すプロペラが付いており, それで揚力を得る, 監視用の飛行ロボットである. 羽は折り畳めて, 広げると端から端まで2メートルほどある.
“結局, 人手は足りていないんだな.”
Polinaから同行の許可をもらったAkioは笑顔を見せた. そしてこの日はすでに8時間働いているものの特にそれを気にすることもなく, 0時になるまでCBSのほかのメンバーの手伝いをして時間を過ごした.
日が変わって6月30日, 0時.
時折, 東南東から湿った風が強く吹き, この時間でも気温が20度以上ある生暖かくて気だるい気分になる, 決して快適とは感じられない夜だった.
17人いるCBSのメンバーのうちの7人と, Castle Guardiansの警備員10人と, Akioの, 計18人がOuter Defense Zoneの東西南北の各sectionに分かれてMain Keep Areaの監視についていた. Main Keep Areaは危険なため門を閉めて無人状態にし, 手持ちのmech-hawk 8機のうち常時4機を飛ばして上から見張ることにした.
Akioは, Western-section担当のmech-hawk 2機を, 羽を折り畳んだ状態で, 左右それぞれの手で持ちながら, いつも落ち着いていて頼れるPolinaのすぐ後をついて行った.
Western-sectionには芝生の広場があり, ここからCastle Keepがよく見えるので, PolinaとAkioを含む監視班4人はここに折り畳み式のテーブルを開いて陣取った. 2人ずつに分かれて1時間ごとに交替することにし, 最初の1時間はPolinaとAkioは待機することとなった. 待機組はmech-hawk 2機のうち1機を飛ばして, その映像を, テーブルの上に置いたモニターで見ることになった.
もっとも, mech-hawkは監視用のロボットであり, 怪しい動きは自動で検知してくれるため, ひらすらじっと見ている必要はなく, 濃いコーヒーを飲みながら休憩していても構わない.
Akioはmech-hawkを飛ばして自動飛行モードにした後, 早速, 自分がかついできたリュックから, お湯の入った水筒とマグカップと粉末のインスタント・コーヒーの瓶を取り出し, 眠気覚ましのコーヒー2人分を用意し, 片方をPolinaに渡した.
AkioとPolinaは, mech-hawkがリアルタイムに送ってくる映像と, 自分のsmart glasses越しに見る目の前の視覚情報とを交互に見ながら, コーヒーをゆっくり味わっていた.
“本当に何かが起こるのでしょうか? 何の気配も感じられませんけど.”
“そうですね. でも, こ, 攻撃されるとしたら, Keepじゃないですか…”
Polinaは, AkioがいきなりMain Keep Areaの中で特にCastle Keepに的を絞った理由が分からず, “それは, どうしてですか?”と尋ねた.
“直感ですけど, 幹だからです.”
“え? 何ですか?”
Polinaが, Akioが言ったことの意味がとっさには理解できず聞き直すと, 彼は, “はい, 木の幹です… 我々にとって, 精神的支柱だからです.”と答えた.
“なるほど. 確かにそうかもしれませんね. この城の中枢ですし, Hanasaka Cityのシンボルですから.”
“苦しんできた人や, 人生をやり直したい人が, 集まる都市の, き, 希望のシンボルだと, Mati…”
“Matildaさんが言ったのね.”
PolinaがAkioの言葉にかぶさってきた. 不意を突かれたAkioは, “あ, はい. そのとおりです.”と言ってきょとんとしていた.
“Akioさんの長所を否定したくはないけど, あまり素直すぎると, かえって損をするわよ…”
Polinaの大人の助言を完全に理解できたわけではなかったが, Akioは, “すみません.”と謝った.
数秒間の沈黙を置いた後, Polinaは, “でも, Matildaさんもいいこと言うじゃないですか. 私もそう思います. Hanasakaは, つらい思いをしてきた人たちに神の恵みが降り注がれる場所だと思います.”と同調した.
“Polinaさんも, な, 何か思うことがあって, Hanasakaにやって来たのですか?”
Akioはそう質問した後, 慌てて, “あ, いや, すみません… 不愉快に, お, 思われたら, い, 今の質問は取り消します.”と付け加えた. 他人の過去に興味を示して質問をすることは, Hanasakaでは基本的には不適切なことと考えられていたからだ.
“気にしないで. そうね… 今までほかの人にはあまり話したことがないけど, 深夜の時間つぶしに話してもいいです.”
Polinaはマグカップを片手に持ちながら, 思い出話を始めた.
Scene 2.8.3:
“私の故郷は, 平和なHanasakaと違って, 陸続きの隣の国と過去に何度か軍事的な衝突があって緊張関係にありました. 私の住んでいた町は国境に近いため, 子供の頃から, 過去の紛争で何度か町を破壊されていることを聞かされ, もし隣国が攻めてきたらどうしようと恐怖心を持っていました.
“私の父は土木建設会社の社長で, 戦争で傷ついた町の復興を支えてきました. 私も父と一緒に建設の仕事をしたと思い, ありがたいことに大学も行かせてくれて, 卒業してから父の会社の従業員として働き始めました. だから私はその頃からずっとこうしてヘルメットをかぶって仕事をしているのよ.”
Polinaはそう言って, 自分が今かぶっている, 緑色の十字のマークを付けた白いヘルメットを軽く叩いた.
“そうなんですね. どうしてそんなに, へ, ヘルメットが似合うのかと思ってたんですが, Hanasakaに来られる前から, お, 同じような仕事をされていたんですね.”
“まあね. ヘルメットは, 私が自分の存在意義を確認できるアイテムなのかもしれません. ヘルメットをかぶっている時が, 私にとっては最も私らしいと思えます.”
“分かります. 仕事道具は大事です.”
“そうね. もちろんちゃんと仕事もしましたよ. 私が最初に任された仕事は橋の修復工事の現場監督でした. 私の町の真ん中には大きな川が流れていて, その川には, 町の経済力には不釣り合いなほど立派な橋が架かっていました. その橋は諸外国の援助で建設されたもので, 私の父の会社も工事の一部を請け負っていました.
“父は, その橋の建設に自分が関わったことをとても誇りに思っていました. 100年に一度起きるかもしれない大洪水でも流されない頑丈な橋だとよく自慢していました. 私が担当したのは, その橋げたの定期点検と傷んだ箇所の修繕をしたぐらいでしたが, 町のシンボルでもあるこの橋に自分が関わることができたのはうれしかったです.
“ところが数年前から, 私の国は隣の国と事実上, 戦争状態になりました. そしてある日, 数機の戦闘機が飛来して, あの橋にミサイルを撃ち込みました. 造るのに10年かかった橋でしたが, 崩れ落ちるのは一瞬でした. 父も私も, 町中の人たちが破壊された橋を見て悲しくて泣きました.”
Polinaは一息入れてコーヒーを口に入れ, その苦みをじっくり舌の上で味わいながら飲んだ.
“それから数か月後, 私はたまたま, Kasgaさんのコンサートの様子をネットで見ました. 初めて見たその時, なんて美しい人だと思いました. もちろん歌もとてもうまくて, 心に響く声でした. そしてある歌を歌う前に, なんと私の町のあの橋のことを話し始めたのです. あの橋の建設のためにKasgaさんもいくらか寄付をしたらしいのですが, その橋が戦争で壊されてとても悲しいと話し, がれきと化す前の橋の姿をバックに映しながら歌を歌ってくれました… 私は涙が止まりませんでした.”
Akioは, 思っていたよりも深刻な話だなと思って, 神妙な態度で聞いていた.
“私は早速調べました. 所定の金額以上の寄付をした人は全員, 橋の欄干か橋詰めの横にある石のプレートに名前が彫られているはずだからです. そうしたらあったのです. 壊されずに残っていたプレートに, Wisteriaという名前はなかったですが, Kasgaと読める字が書かれていて, それを写真に撮って, 私たちの町に架かっていた橋がこの世に実在していたことを紹介してくれたお礼の言葉と一緒にメールでKasgaさんの事務所に送りました. 私としては, 返答は期待していませんでした. ただ, 遠い異国のお姫様に感謝の気持ちを伝えたかったのです.
“ところが驚いたことに, その1週間後, Kasgaさんから本人証明付きの返信メールを受け取りました. 私が送った写真に写っていた名前は‘Kasga Uesgi’であり自分が以前名乗っていたものであること, そして自分の名前が破壊されずに残っていたことに驚いたこと, それを教えてくれたことに感謝することがまず書かれていました.
“それだけでも私にとっては十分うれしかったのですが, Kasgaさんは, 私が土木建設会社で現場監督をしていることなどいろいろ調べたようで, もし良かったらExperi-CityのHanasakaに来て城の修復を手伝ってくれないかと言ってくれたのです. 中世に建てられた城を復元して市民たちの希望のシンボルにしたいのだと書かれていました.
“Kasgaさんが私を励まそうと思って, そうやって誘ってくれた気持ちはうれしいけど, 私が大陸の東の果てのExperi-Cityに行くなんて, そんなお金の余裕はないしあり得ないと思いました. だから, Kasgaさんの心遣いに感謝しますとだけ書いて返信しました.
“しかし翌日, Kasgaさんは本気であることが分かりとても驚きました. Hanasakaまでの鉄道と航空機のチケットとHanasakaでの当面の滞在費を送るから‘Nexus’のIDを教えてほしいと書かれた本人証明付きのメールを受け取ったのです. 雇用条件も示されました. 私にとっては悪くはないものでした. でもこれは詐欺じゃないかとも思いました. 甘い言葉でHanasakaに来させて強制労働でもさせるのではないかと. そう思いませんか?”
確かにそれは, Akioが聞いても, うそみたいなおとぎ話に思えた. それにそもそも, 仮にKasgaが本当にチケットとお金を送っても, Polinaがそれで本当にHanasakaに行くかは分からないはずなのに, なぜそこまでして1人の女性に来訪を促したのかさっぱり意味が分からなかった.
“とりあえず家族で, は, 話し合わなかったのですか?”
“はい, 話し合いました. 家族の多くは反対しましたが, 姉が一貫してこのチャンスを逃さずHanasakaに行くべきだと強く主張しました.
“その頃, 私の町の近くまで, 隣国の支援を受けた反政府武装勢力が迫ってきていたのですが, 彼らによって町が陥落するのは時間の問題でした. 我々にとっては, そうなる前に身の回りの物だけ持って逃げるか, 武装勢力の支配を受けるかですが, どちらにしても特に女性には危険極まりない状況でした. それに前者であっても, 決して歓迎されないであろう避難先で, 女性である私が, それまでにやっていた仕事をできる可能性は低いし, 後者であれば, 女性が外で働くことさえ禁じる思想の人たちなので可能性はゼロ.
“だから姉は, 家族で唯一, 大学まで行った私の能力が事実上ここで消されることになるのは受け入れられないと訴えました. 夢の国のお姫様がたとえ詐欺師でも, ここを脱出しさえすればなんとかなると言いました.
“長い時間話し合って, 結局, 全員姉の意見に賛成しました. そしてIDを教えると, 10秒後にはHanasakaまでの電子チケットと相当の金額が届きました.”
Akioは, Polinaの話にすっかり引き込まれ, もうmech-hawkから送信される画像など見ていなかった.
“家族や友人や同僚たちと別れるのは本当につらかったですが, 私は必要最小限の荷物をもって故郷を出ました. そもそも外国に行くこと自体が初めてで, まっすぐ首都の空港に行けば飛び立てるわけではなく, 首都に着いてからパスポートの取得やいろいろ手続きをするのに大変でしたが, Castle Officeの人たちがリモートでサポートしてくれて本当に助かりました. そこで1週間待ちましたが, なんとか出国できて, Tokyoを経由してついにHanasakaにたどり着きました.
“私にとってHanasakaは, 未来都市のように思えました. 活気があるものの, 騒がしい感じではなく, 清潔でおしゃれで, リアルの世界だとは思えず, 何か没入感たっぷりのビデオゲームをずっとやっているような感覚でいました.
“ホテルはCastle Officeが取ってくれましたのでそこに泊まって, Hanasakaに到着してから2日後, いよいよKasgaさんとCastle Officeの事務所でお会いすることになりました. とても緊張しました. 私の人生を大きく変えた人ですから… 当日, Monicaさんが対応してくれて, ぎこちない私は, しきりにリラックスするよう促されました.
“応接室で15分ほど待っているとKasgaさんが部屋に入ってきて, ‘こんにちは. Polinaさんですね?’と, 落ち着いた優しい声で私に話しかけてきました. 一方の私のほうはカチコチに体がこわばっていたのですが, 最初だけ暗記した, ‘Moto’の言葉で, ‘はじめまして. お会いできて光栄です.’と言いました.
“Kasgaさんが, ‘本当に来てくださってありがとうございます. きっと来ていただけると信じていました.’と言ってくれましたので, 私も, ‘私のほうこそ, 信じられないほどの厚遇と温情に感謝しています.’と, そこからは自分の言語でちょっと堅苦しい感じで伝えました.
“するとKasgaさんは, ‘いえ, 私はPolinaさんがかわいそうだからと思ってHanasakaに呼んだのではありません. 女性が大学に行って, しかも建設現場で監督者として働くということが普通ではない国で, それをやっているPolinaさんはよほど優秀なかたなんだろうと思って, Polinaさんの能力や将来性に投資したのです.’とほほ笑みながら言いました.
“私は, そういう評価を他人からされたことがなく, 何と答えたらいいのか分からずきょとんとしていたので, Kasgaさんは, ‘ごめんなさい. 変なプレッシャーをかけてしまって.’と気遣ってくれました. そして, ‘今日はPolinaさんに2つ確認したいことがあります. 早速質問してもいいかしら?’と聞かれましたので, ‘もちろんです.’と答えました.
“Monicaさんが1枚の紙を私に渡して, そこに書いてあることを黙読するように言いました. そこには, あの‘Philosophy’が書かれていました. ざっと一読して私が読み終えた旨を告げるとKasgaさんが, ‘では, Polinaさんは, ‘Philosophy of the Experimental Cities’に共感し, 日々実践することを誓いますか?’と問われました.
“私はもちろん, ‘はい, 誓います.’と即座に答えました. 拒否したりためらったりする理由はなかったので. するとKasgaさんは, ‘Hanasakaは, あなたを歓迎します.’と両手を少し広げて笑顔で言ってくれました.
“そして, ‘では次の質問です. 私はHanasaka市民の心のよりどころであるお城を復元したいと思っています. Polinaさんは, 私がお願いしたHanasaka Castleの復元工事を手伝っていただけますか?’と問われました.
“私は, ‘はい, もちろんです. そのために来ました.’と簡潔に答えました. それ以外の答えがあるはずもないので. そうするとKasgaさんは目を輝かせて, あの万人の心をとろけさせる笑顔を見せて, 私の両手を取って, ‘ありがとう. Polinaさん, 私はあなたを心から歓迎します.’と言いました.
“そして, ‘ここでは戦争や不当な支配に脅えることはありません. お金に困って飢えることもありません. だから, 家族や故郷の皆さんのためにも, Polinaさんは, ここで思う存分, 自分の能力を発揮してください.’と優しく励ましてくれました.
“その言葉を聞いた瞬間…, 私は緊張の糸が切れてしまって, どっと涙が出てきて止まりませんでした. 恥ずかしい話ですが鼻水も出てきて止まりませんでした. 顔面ぐちゃぐちゃでした. ずっと私は気が張っていたのかもしれません. それがファンタジーの世界から出てきたようなお姫様に手を触れられ, 優しい言葉をかけてもらった途端に, 本当に心が溶かされたのです.”
Akioも涙が止まらない状態になっていた.
“ちょっと話が長くなったので, 今日はこれで終わりです.”
まだ話の続きがあるようだったが, いつまでも油を売っているわけにもいかないと思って, Polinaは話を切り上げた.
“と, とてもいいお話でした. ありがとうございます. Polinaさんが, Polinaさんである理由が, 分かりました.”
“え, 何? 意味がよく分からないです.”
Polinaはそう言いながらも, smart glassesを一時的に外してハンカチで涙を拭いていたAkioに対して, “聞いてくれてありがとう.”と, Akioの使う言語で伝えた.
Scene 2.8.4:
その時, 卓上のモニターが, ピコーン, ピコーンと音を発して, “3号機, 制御不能”と異常を知らせた. Eastern-sectionから上げられたmech-hawkが自動でも手動でも航行不能になり, 緊急モードでフラフラと下降し, Main Keep Areaの中に建つPalaceの裏側辺りに不時着した.
“調子が悪いんですかね?”
Akioがつぶやくと, ほどなくEastern-sectionで監視している者から, “どこからか妨害波を当てられたようです. 替えの1機を飛ばします.”と音声で連絡が入った.
しかし間髪入れず, 今度はWestern-sectionの, Akioたちとは別の組の1人から, “東から接近する飛行体, 発見! 速い!”と警報が入った.
“何?!”
Outer Defense Zoneで監視する全員が一斉に東の空に目を向けると, 一瞬, Castle Keepのてっぺんより高い位置に大型のmech-hawk 1機の姿が見えるも, 1秒後, そのKeepの上から2層目 (Hanasaka CastleのKeepは外から見ると5層に見える.) の東面に斜め上45度ほどの角度でそれが激突し, まばゆい光と大きな爆発音が放たれた.
“なんてことだ… 激しく燃え出した. 燃料を積んでいたに違いない.”
その光景を真正面で捉えたEastern-sectionの監視員から興奮した声で報告が入った. 皆が息をのんで衝撃的な光景に目を奪われていると, Castle Parkの災害対策システムが火災を検知し, 園内全域の屋外スピーカーから, ウワーン, ウワーン, ウワーンと警報音が出され, “火災発生. 火災発生. 直ちにParkの外に避難してください.”と自動音声で, 複数の言語で避難を促すアナウンスが流された.
“Mech-hawk, 全部, 飛ばして. まだ来るかもしれない.”
Polinaは, 監視の目は少しでも多いほうが良いと考え, モニターの画面に向かって監視員全員に呼びかけた. それを聞いてAkioがもう1機の電源を入れて飛ばそうとしていると, Southern-sectionに配置された監視員から, “Keepの上を見て!”と, 死角だったKeepの真上に目をやるよう促された.
見ると, 先ほど見たものよりやや小さい3機のmech-hawkがその屋根から100メートルほど上空を翼を広げて音もなく旋回していた. Mech-harkは, 上昇気流を捕らえている時はプロペラの回転数を下げ, 飛行時の音を小さくすることができるのだ. そしてよく見るとその上にも3機, さらにその上にも3機飛んでいるように見える.
Castle Officeのスタッフは, 市の条例で飛行を禁止されている高さにmech-hawkが飛んでいるかもしれないという想定でパトロールをしていなかったため, それらが静かに旋回しながら, 攻撃のタイミングをうかがっていたとは誰も気づかなかった.
そして9機の猛禽類は下界から見ている人がいるのに気づいたのか, さっきまでの旋回を解いて, 遠心力を付けながら, らせん状に次々, Castle Keepに向かって急降下してきた.
“やめて!!”
Polinaが悲痛な叫びをあげた. しかし誰もなすすべもなく, 自爆仕様のmech-hawkがKeepの東西南北の4面に順次斜め上から2秒間隔で突撃して9連発の爆発を起こした. 最初の大型mech-hawkほどの破壊力はないものの, 立て続けに9回も執拗に全方向から攻撃されると建物としてはもはや致命的であり, 存立を維持することはできない.
Hanafolkの心の砦は, その全体が夜空を焦がす勢いの大きな炎に包まれ, やがてボロボロと少しずつ崩れ始めた.
“やめて…, やめて…”
メラメラと燃え盛るその最後の姿を見つめるほかなかったPolinaはか細い声でうめいていた. 隣にいたAkioは, 彼女の横顔を見た.
“なんてことだ. 正夢だったのか… それに, あの予言… Castle will fall to dust…”
Chapter 2.9: Hanasaka in a Tight Spot
Scene 2.9.1:
9 E.E.の6月30日10時. 朝から晴れて蒸し暑い日だった.
急きょ招集されたKassen Representative CouncilのためにGreen Houseの地下にある電磁シールドルームに集まった, Kasgaを除くメンバー8人は皆, 全く晴々しくない重苦しい面持ちでうなだれ, 時折出てしまうため息を止めることすらできなかった.
“まさかいきなり, しかもここまで派手にやってくるとは思わなかった…”
Castle Officeで城の管理を担当するDirector Harukiがつぶやいた.
この日の0時49分, 正体不明の敵が大型mech-hawkをHanasaka CastleのKeepに突撃させ, その東面が燃え始め, 続いて9機のmech-hawkが次々とその4面に激突し, Castle Keep全体が炎上.
火は容赦なく獲物をなめ尽くし壁も柱も崩落していき, Hanasaka CityのEmergency Services Departmentが総出で, さらに市外からも多数の消防車が応援に駆け付け, 必死の消火活動の末, Keep付近の建物への延焼はほとんど防ぐことができ, 約6時間後に鎮火された.
Hanasakaのシンボルは全焼. 焼きただれた鉄骨と炭や灰だけが残された.
“でも, 人命を失うことがなかったことは不幸中の幸いですね. Harukiさんや皆さんには感謝しています.”
これほどの大火事であったものの死傷者がゼロだったのは, 前日の夜に差出人不明の手紙を受け取ったHarukiとその場にいたCastle OfficeのスタッフやCastle Guardiansの警備員たちにより, Main Keep Areaを閉門し無人にしていたのが功を奏したといえ, Director Prishaは謝意を示した.
“しかし解せませんなぁ. いったい何のためにこのような攻撃をしたんでしょうか. さすがにここまでやりすぎると, 我々のみならず, Hanasakaの全市民, さらには世界中の多くの人たちや機関を敵に回すことになりますが, そんなことをして何の得があるのでしょうか. その点からしても, 今回は市長の差し金とは思えませんが, いったい誰がやったんでしょうなぁ.”
“Lerhiさんは, 今回は市長対Castle Officeという構図では説明がつかない, つまり市外の勢力による犯行とお考えですか?”
Director Lerhiの発言に対して, Topaz SouthのClub ManagerのCristaが質問した.
“おそらく. 多くの人たちが推測するように, 本当に実験に反対する筋金入りのRusty-believersによるものなのかもしれません.”
Hanasaka CastleのKeepへの攻撃とその後の火災は, Castle Officeのスタッフが飛ばしていたmech-hawkやCastle Park内のいくつかの監視カメラが撮った映像のほか, たまたま目撃した市民が撮影したものが直ちに全世界に発信された. そして人々が起きている時間帯であった欧米各国のほうから先に反応が返ってきた.
Hanasaka時間の深夜の3時に, 世界23か所のExperimental Citiesを統率する“League of Experimental Cities”が声明を発表. Hanasaka市民に対する心からのお見舞いと必要な支援の約束, そして攻撃者に対する強い非難と, その攻撃が実験反対の趣旨であるならば断じて屈することはないと表明した.
続けて, その前日までTokyoで開催していた環境会議の主催元である世界環境機構も同様の声明文を出した. 一連の会議が終わった矢先に, 環境問題にも積極的に取り組むExperimental Citiesの1つが攻撃されたことは, 自らに対するテロ攻撃ではないかと捉え, 極めて不快であり野蛮であり愚かであり強い憤りを覚えると事務局長名で激しい調子で非難した.
そして6時に, 隣国“Moto”の政府が, 首相自らが出る会見を開き, 同様の趣旨を直接語った.
彼らとしては, 元々自分たちの領土だったHanasaka Cityが, そこの伝統や文化をどんどん失っていく姿を見て, 憂うべき存在だと内心思ってはいたが, さすがに今回の攻撃はひどすぎるし, 強く非難しないと国際的に疑いの目で見られると考え, Rusty-believersによるテロ行為の可能性に言及し, 政府としてはこのような卑劣な行為は断じて許さず, Hanasaka Cityとの友好に基づきしっかりサポートすると明言した.
“国際的な機関の反応は予想どおりとして, ‘Moto’の政府の早急な, しかもHanasaka寄りの反応はやや意外でした. 現に, Matsudaira首相から我々, Castle Officeと話をしたいと連絡が来て, 先ほど9時過ぎにオンラインで15分ほどお話ししました. 我々に対して美辞麗句しか使わずなんとなく距離を取ってきたこれまでの態度とは違って, 終始心配されていました.”
Director MonicaがBoard of Directorsのメンバー4人で首相との対話を実施したことを紹介すると, Emerald NorthのClub ManagerのAlcesが, “心配? あの首相が? 我々の実験が大失敗に終わって, いつかこのHanasakaを取り戻そうとたくらんで, 我々につれない態度を取り続けているあの首相が, いったい何を心配しているのですか?”と, 薄ら笑いをして問うた.
それに対してMonicaは, “それについては, 後でお話ししたいと思います.”と一旦いなしたうえで, “その前に, Goblino市長が今朝おこなった会見について, 皆さんのお考えを先にお聞きしたいと思います.”と, 最初に意見を募りたい事項に一同をいざなった.
“まず, あいつは8時半になってやっと会見をした. Matsudaira首相は6時という早朝に異例の会見をしたのに. さらに言うと, 我々のライバルである‘Kassen Liberty League’でさえ, 7時にトップ自らが自宅から, 暴力は許されないというメッセージを出したのに, あいつは普通に起きて普通に出勤してきたんじゃないのか?”
Garnet EastのClub ManagerのRudraは, 有事とは思えないほど気持ちがたるんでいると批判した.
Prishaも, “Hanasaka Cityは長時間労働には規制がありますが, 早朝に働いてはいけないという規則はないです.”と同調し, “それに比べたら, うちのスタッフは昨日から長い時間よく働いてくれました. それにあんな衝撃的なものを見てしまったら眠たくても寝られないし, Harukiさんも徹夜ですよね.”と心配した.
“はい. 明け方に1時間ほど寝ました. MonicaさんやGASのメンバーが, 現場に居合わせたスタッフたちやCastle Guardiansの警備員のために, 急いで近くのホテルの部屋を確保していただいたので本当に助かりました. 十分寝られているかは分かりませんが, 今頃, みんな部屋で休んでいるはずです.”
“Castle Officeの皆さんには敬意を申し上げます. しかし気に入らないのは, 市長が会見でCastle Officeについて彼の口からは一言も触れなかったことです. あれは意図的としか思えません.”
Sapphire WestのClub ManagerのAilaがそう指摘すると, Alcesが, “私もそう思います. 対照的に, 消防士や警察官の働きについては最大限にねぎらって, 市民の安全のみならず城を守るのは市の務めであることを強調していました. そうすることで彼は, 城を所有し守っているのはCastle Officeではなく市であるという印象を世間の人に持たせようにしていると思います.”と解説した.
“まあ, City OfficeがしっかりしていればCastle Officeは目立たぬ存在であっても構わないんですが, あれは我々へのプレッシャーでもありますよね. 市長は, 今回のCastle Keepの炎上はRusty-believersによる犯行であることをほのめかしつつ, 今後も彼らの攻撃対象にCastle Park全体が含まれていると考えるのが当然だろうと決めつけて, その全体の管理を強化して, Autumn Gamesも安全に実施できるようにすると力強く宣言しました.
“ということは, この危機に乗じて, Castle Officeでは頼りないからこういうことになったのだと言って, 我々に対して城とCastle Parkの明け渡し, もしくは全面的な管理権の譲渡をより強く求めてくるでしょう. なかなかこれは厄介ですわ.”
Castle Officeの最年長のDirectorであるLerhiは, この会議のメンバーの中では長老のような存在であり, その言葉は重かった.
“あぁ, もう最悪だ. こんな時こそKasgaさんがいてくれたら…”
Cristaが髪の毛をかきむしってうなだれた.
その様子を見てPrishaが空中で指を操作し彼女のAR viewの中で検索をかけながら, “今, Fighterたちのネット上での発信を見ていますが, Cristaさんと同じ思いを持つFighterが多いようです. おもしろいことに, Fighterたちは市長の会見に特に何の反応も示していませんね. 各々, 自分たちの城への熱い思いを述べています. Kasgaさんが休業宣言をされたときと同じです.”とFighterたちの反応を紹介した.
そして, “例えば, GarnetのCaptain Donはこんな感じです.”と言って, それを指でホールドして, 部屋の中にいる全員に投げ渡して各人のAR viewに見せた.
“人生で最悪の朝だ. 我らの城が燃やされた. こんなにつらくて悲しいことはない. 心の中に大きな穴ができてしまった. 私は立ち直れるのだろうか. こんな時こそ, やはり我々にはあの方しかいないと思う. Kasgaさんが優しい一言をかけていただければ少しは救われるのだが. 我々がしっかりとKasgaさんとお城をお守りしていなかったために, こんなことになってしまった. 本当につらい.”
Prishaはさらに続けて, “彼らに共通するのは, Hanasaka Castleは自分たちの城だと言っていること. それから, 自分たちがしっかり守っていなかったからこんなことになったのだと. だからこれからは自分たちが城を守る役目を持ちたいと. そして, Kasgaさんのお言葉がほしいという思いです.”と補足した.
最後の一言を聞いてRudraはニヤリとして, “やはりKasgaさんのほうがGoblinoよりはるかに格上だということだ. こういう非常時にこそ, 日頃の徳性のレベルが万人の下であらわになる. あいつの言葉など‘路傍の石のつぶやき’にすぎない. Fighterたちにも市民の皆さんにも聞こえない.”と言って, いすの背もたれに体を預けた.
“Fighterたちには助けられます. Kassenの主役は彼らです. 彼らが今のこの状況を安易に他人のせいにすることなく, 自分たちの問題として向き合う姿には頭が下がります. 本当にありがたいです. Club Managerの皆さんにも感謝します.”
Harukiが4人のClub Managerのほうに順次視線を向けて礼を述べた.
“で, そのKasgaさんは, 大丈夫なんでしょうか?”
Cristaが恐る恐る尋ねた.
“それが…, せっかく病状が回復しつつあって, 来週ぐらいには帰国できるんじゃないかと思ってましたけど, 今朝, 現地でこの事件を知って, えらく落ち込んでしまったようで, 朝食の際に気分が悪くなって立ち上がれんようになったらしくて, 今, ホテルの近くの診療所で休養しているようです.”
LerhiがNaoe社長から聞いた今朝のKasgaの状況について知らせると, 一同, ますます深いため息を何度も吐いた.
“はぁ…, Hanasakaは終わった. 我々の切り札が…”
Cristaがつぶやくと, Rudraが, “いや, 終わってない! 私は, あんな低能なGoblinoに負けるつもりはないです. 勝負はこれからだ. 多くの市民だってKasgaさんを必要としているはずです. Kasgaさんには, なんとか元気になってもらって, Hanasakaの精神的支柱として存在感を出していただけるだけでいいんです. あとは我々の仕事です.”と, Lerhiに向かって, なんとかならないかと訴えた.
“そのことに関してですが, 実は, Matsudaira首相から今朝言われたのも, Kasgaさんのことでした.”
Monicaの意外な発言に4人のClub Managerたちは顔を上げて彼女に注目した.
“ご存じのとおり, 隣の国の政府とは微妙な関係, つまり協力と緊張の関係ですが, Experi-City Hanasakaが彼らから生まれたという事実によって, 彼らは世界から先進国の一員だと認知されているわけですから, 何かと面倒なHanasakaをこの機に乗じてつぶしたり縮小したりするようなことは画策していないと首相はおっしゃっていました. そんなことをわざわざ言うのも変な話ですが, まあ, その点は我々もそうだろうと考えています.
“彼らは, すぐ隣で起きたこの大事件の後始末をおろそかにしていると自国に悪影響を及ぼしかねないと心配しているのです. 混乱の火が自国に延焼してくる前に消したいのです.
“彼らにとっても, 我々が平和的に実験を進めている限りは, Hanasakaの存在は問題ないということであって, 物騒なことを引き起こす過激な因子が暴れ出すようなことは, 両者で協力して防止すべきだと首相はおっしゃっていました. つまり攻撃的なRusty-believersと攻撃的な実験推進主義者を警戒し抑え込む必要があるということですが, その点も我々としては賛成できます.”
“ちょっと, いいですか?”
Alcesが割り込んで, “そういうことは首相と市長で話し合うべきことではないのですか?”と常識的な視点で質問した.
“おっしゃるとおりです. とてもいいご質問です. なぜこういう話をCastle Officeにしてくるのか. 実のところ彼らは, Goblinoの能力では, そもそもこの国際的なExperi-Cityを, 世界から合格点がもらえるレベルで統治することはできないと考えています. そのため今回の大事件後の混乱をGoblinoではまともに収拾できないのではないかと疑問を持っています.
“先ほどRudraさんがおっしゃったとおり, 市民にとっては市長の発言は‘路傍の石の寝言’程度であって, 彼がいくら平静を呼びかけても動揺が一向に収まらない可能性があります.
“そうすると, Hanasaka市民の中の攻撃的な人たちが報復を宣言してRusty-believersと思える者に対して攻撃を加えるでしょう. つまり次はこちらが加害者となるのです. そしてまたその報復がなされ, 連鎖していきます. 彼らとしても我々としてもそれは絶対に防ぐ必要があります.
“だから首相は, Hanasaka市民の悲しみに温かい心で寄り添いつつ, 攻撃的な人も含めて全市民に対して平静を呼びかけ動揺を抑えることができる人が可及的速やかにメッセージを発信してほしいと求めてきたのです. もうお分かりですよね. そのかたが誰なのかは.”
“Monicaさん, ありがとうございます. Kasgaさんは, 大きな存在になってきましたね.”
“Alcesさん, それは違いますな. Kasgaさんは最初から大きな存在です. 周りが過小評価していただけだ. Fighterたちもそれに気づいて, 今, 彼女との関係を再定義しようとしていると言えるでしょう.”
Rudraは, 自分は最初から彼女の真価を分かっていたとアピールした.
“しかしそのKasgaさんは, 今, 病の身で動けない… 困りましたね.”
Prishaはそう言って腕を組み, Ailaを見据えて, “どう思われますか?”と, ゆっくりと丁寧に語りかけた. それは, あなたが答えを持っているでしょと言っているに等しかった. そしてそのとおり, Sapphire Westは答えを持っていた.
“Prishaさん, 分かっております. ただ, 彼女も今回のことにはショックを受けているでしょうから, 精神的な状況を確認してからとさせてください.”
“もちろんです.”
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