Part 2: The Ninth Summer
Chapter 2.1: Memories Best Forgotten
Scene 2.1.1:
Part 1では, Experimental City Hanasakaで人気のあるスポーツのKassenに関わる人たちに注目し, その試合がどのようにおこなわれているかについても, 市内のKassen clubの1つであるSapphire WestのFighter, Keikoを中心に据えて紹介した.
そしてそのKeikoが大好きな, 歌手のKasgaは, Castle OfficeからKassen communityのUnifierを演じるよう委託を受けたマスコット的な存在であったが, 明るい太陽のような彼女は市内外に大きな影響力を持つようになり, それがゆえに敵対勢力から嫌がらせを受け, 困惑した彼女を, Keikoは, 最強のFighterに授けられる“Apex Fighter”の称号を得て守りたいと強く望んでいた.
また, そんなKeikoと, Castle OfficeのEIS (Equipment Inspection Section) に所属するAkioは, 小学校の同級生であったが, Kassenの規則上, 親しい関係と思われる行為を互いにとれないため, 試合などの時に決まりきった言葉を交わす程度であった. ところがCastle Officeのシステムがダウンした日の試合前に彼女から, 周りが違和感を覚えるぐらいの態度で話しかけられ, ためらいを覚えた. この些細な出来事はその場限りにはならず, 後に影響を及ぼすことになる.
そしてAkioと同僚のYugoは, Police DepartmentのCyber Patrol SectionのMoglaと会い, Castle Officeが市長と深刻な対立関係にあることを知った.
Hanasaka Cityは, その設立以来ずっと, 市外にいるRusty-believersと対立していた. Experimental Citiesを実質的に運営するFlora sistersが, 人間をこよなく愛し, 個人の尊厳を守り, 市民が生涯, 安全で, 経済的に困らず, 健康的かつ文化的に暮らせるよう善政を敷いていたにもかかわらず, 彼らは, それはAIが人間をペットのように扱っているだけで, 人間のあらゆる能力を低下させ, 深く思考しようとせず, 大胆に行動しようともせず, 低能でおとなしい人間ばかりの世の中になってしまうと恐れ, 実験の停止を訴えていたのだ.
加えて今のHanasaka Cityは, 市内にいる市長が市民の分断を引き起こしていた. Kasgaが多くの市民から愛され, また妥協ばかりで更なる高みを目指す実験を進めようとしない市長に反発する者たちから熱い支持を獲得していることから, 市長もしくは彼に同調する者たちがCastle OfficeやKasgaの影響力を削ごうと暗躍していた.
他方, Akioと会ったMoglaは, 市のいくつかの情報システムが注目している“Stone Souls”という石集めのアプリを使っているAkioが“New Moon in the Dark”と名づけた石が, そのアプリ上で何らかの意図があるとしか考えられないメッセージを出してきたことに強い関心を持ち, この石の存在の意味を思案していると, 彼のエージェントから, その石の所有者であるAkioが要保護対象者であるとの通知を受けた.
そうした状況下, Establishment Eraの9年目 (9 E.E.) のKassenのSpring Gamesが終わった後, いよいよあの大事件が起きるのだが, このPart 2では, その少し前から物語を進めていく.
Scene 2.1.2:
5月の汗ばむ陽気のお昼時, AkioとYugoはHanasaka Castleのそばにある職場を後にして, 弁当を売りに来るワゴンが集まってきている, Lily Bridge付近の場所にプラプラと出向いた. この季節になると太陽の光が真上から容赦なく照りつけるため, できるだけ日陰を選びながら歩いて行った.
Spring Gamesが終わり, EISのメンバーとしても仕事がひと段落ついたところだったが, season gamesを挟んでその前後約1か月間は, Hanasakaのclubが, 同盟関係にある市外のAlliance clubが他のAlliance clubとおこなう試合 (Inter-Alliance game) に, 自らのFighterを派遣して一緒に戦い, 各地方を盛り上げるという, “Alliance tour”と呼ばれる一連の行事があった.
そして, Inter-Alliance gameでは運営の規律が緩いためEIS以外の, 例えばAlliance clubのスタッフがEquipmentの検査をすることも可能にしているが, 各試合にEISに所属する2人のinspectorを派遣して不正行為の監視をすることにしているため, EISのメンバーも各地に手分けして出向くことになり, AkioもYugoも多忙な日が続いている中, 今日は2人ともHanasakaに戻ってきていたのだ.
Spring Gamesは, 結局, 大方の予想に反して, Emerald Northがchampionとなった.
Emerald Northは, 5月5日の試合でSapphire Westに辛くも勝ち, second roundを制した. そして4日後の5月9日に, first roundでトップとなったGarnet Eastとfinal gameで戦った.
Final gameは, 最初からEmeraldが優勢であった. Emerald NorthがカバーするHanasaka Cityの“North”と呼ばれる地区には, Leader Chammeiが通うHanasaka Universityのほかにもいくかの大学があるが, 大学が積極的にKassenに出られそうな者を世界中から呼び集め, Fighterと掛け持ちで就学することを認めていることから, teamのFighterの層が厚くなってきていた.
一方のGarnet Eastは, 過去8年間に実施された16回のseason gamesで8回優勝しており, 他のteamより頭ひとつ出た最強teamである. そのため, Emeraldにとっては全く油断できない相手であるが, King of FlameことCaptain DonがT2の最中に足首を捻挫しその後まともに戦えなかったこともEmeraldに有利に働いた.
また, Chammeiは, Sapphireとの試合でKeikoに左手首を叩かれた痛みが完全にはとれていなかったがそれでも出場したことで味方の士気を大いに高め, それも勝利に結びついた一因といえた.
各clubに所属するFighterは, もちろん出身国の国籍を捨ててHanasakaの市民権を得ているし, 出自を問わない原則 (“The Principle of Non-Inquiry into Origins”) の下, どこの出身であるか自ら明らかにすることはなかったが, それでも出身国側がその自国出身のFighterが活躍すると大きく取り上げ, championship pennantを得るに至れば, 元首クラスがお祝いの言葉をclubやFighterたちに送ることもあった.
こうした華やかさを創出してくれるKassenは, Hanasakaの知名度アップとHanasakaの実験に対する世界各国からの理解の向上に寄与してくれるものであり, そういう効果が得られることを期待して, Kassenは市の誕生とともに生まれ, これまで実施されてきたのである. またCastle Officeにとっても, 国際的な合意に基づいて作られたこのExperimental CityでKassenというスポーツ・イベントをおこなっているからこそ, 世界の人たちにも楽しんでもらえて, これほどの盛り上がりを得られていると考えていた.
“でも今回, 一番印象に残ってるのは, やっぱり, 5月5日ですよね.”
Yugoは, 職場のある木造2階建ての建物から外に出るや, ちょっと調子はずれなハイテンションでAkioに聞いてみた.
“確かに, あの2人には感動した.”
Akioも明るい声で答えた.
あの日, Sapphire WestとEmerald Northとの試合が終わった後, KeikoとChammeiが肩を組み, smart glassesを外して泣いている姿の映像は, Keikoがほおに大きなばんそうこうをつけ, またChammeiは左手首に大きな湿布を巻いていたこともあって, “傷を負いながら戦い終わったbattle friends”と題して, 世界中に配信され反響を呼んだ.
後のインタビューで彼女らも答えているが, Keikoは悔し涙, Chammeiはもらい涙であった. そしてそもそもChammeiは自分のteamが勝利したときに, なぜみんなのところではなくKeikoのほうに駆け寄っていったのか, その訳を聞かれたとき, 彼女は, “Keikoさん, かっこよかったから.”とあっけらかんと答えている. 団体としての活動も大事だが, 個人としてのつながりも大事にするHanafolkらしい答えである.
“Sapphire Cometが見れたのも良かった. あともうちょっとで, 間に合わなかったからこそ, これからも, め, 名シーンとして記憶されると思う.”
Akioの評論に対してYugoは, ”それももちろんそうですが, 私が言いたいのはそのことじゃないです.”と, イメージの共有ができていないことを伝えた.
“え? あぁ, 確かに, あの日は大変だった… システム障害でCocoricoさんにも怒られたし… でも, その後の試合が帳消しにしてくれるぐらい, よ, 良かったから, Fighterたちには, 感謝しないとな.”
“そうですね. 私もFighterたちには時々救われる思いをすることがあります. FighterあってのKassenだと思ってますよ.”
“そのとおり.”
“でも, すみません. 私はそれを言いたかったわけじゃないです.”
Yugoは, お互いにFighterに対する敬意に相違がないことを確認できたにもかかわらず, 自分が最も印象的だったシーンをまだシェアできていないことを伝えた. そして, “はっきり言いますと, 私が一番印象に残っているのは, まさにそのCocoricoさんの文句の後, KeikoさんのAkioさんに対する態度です.”
Yugoに意外なことを言われて, どう答えたらいいのかAkioが迷って黙っていると, Yugoは, “ひょっとしてKeikoさんって, Akioさんのこと, 好きなんすかね?”と, 宙を見ながらつぶやいた.
驚きのあまりAkioは思わず, “はぁ!”と大きな声を出してしまった.
“な, 何それ?”
“でも, KeikoさんがCocoricoさんに, ‘文句を言うヤツは殺す’みたいな雰囲気でにらみつけてたじゃないですか. そりゃあ, 非礼な態度をした自分の部下に怒っていたんだと思いますが, 普通は, あれぐらいのことで殺意級の怒りまで示さないですよ.”
Yugoは, 自分の推論の1つ目の根拠をまず示したが, Akioから, “それはYugoの解釈だろ? EISの人に…, その…, ぶ, 無礼な態度をとる者を許さないという, そ, そういう強い気持ちがあっただけだろ.”とすぐさま反論された.
“いやでもその後Akioさんから名前を呼ばれたら, いきなりかわいらしく返事して, それに単に話がしたいだけとしか思えない質問をAkioさんにしてたじゃないですか.”
Yugoの出した2つ目の根拠に対してAkioは即座に, “いや, Leader Keikoも女性なんだし, その, か, かわいらしい返事をしても, おかしくない. よく分からない質問をするのも…, か, 彼女の個性ともいえるし…”と反論した.
“いやぁ, どうでしょう. 彼女は強い気持ちを持っている人で, 特に男に対しては強い自分を見せるという感じじゃないですか. Akioさんも知ってるでしょ, 彼女は試合中に相手の男のあそこを蹴って, これまで3回も反則とられてるんすよ.”
“それは, 相手が試合中に, へ, 変なこと言ったり, さ, 触ったりしたから…”
“まぁ, そうですけど, その後のインタビューでも, ‘反則やけど, 悪いのは向こう’と, 腰に手を当てて堂々と言ってたり, clubのスタッフから, 男にとってはあそこを蹴られると強烈に痛いからやめたほうが良いと提案したら, ‘じゃあそんなもん, 付けんかったらいいじゃないですか’って言ったといううわさもありますし, 彼女は強くてたくましい人なんだと思っていました. でもあの日…, あの時…, びっくりしましたよ. Akioさんに対するあの態度. あんなもじもじしながら話すKeikoさんを初めて見ました. おそらく周りの人も, 妙に親しげに話しているなあと感じだと思いますよ.”
Akioは急に顔を曇らせて, “何? 彼女が規則に, は, 反していると言いたい?”と, Yugoに発言の趣旨を問うた.
“いえ. 今のところそういったクレームは受けていないと思います. Akioさんも平静を装った感じで対応されてましたけど, 2人の間に何かあるのではないかと, あの場にいた人の中で私以外にも感じた人はいたと思います. Akioさんがあの時の彼女の態度を不自然に思わなかったとしたら, おそらくAkioさんは我々が知らない彼女の素顔を知っているからじゃないかと思いました… でも言っときますけど, 私は, Akioさんを疑ってはいませんよ. 絶対それはないですから.”
Yugoは, Akioに対して失礼なことを言っていると十分分かっていながらも, 正直に自分の意見を伝えた. Akioは黙ってしまった.
Scene 2.1.3:
その日はLily Bridge付近には5台のワゴンが停まっており, AkioとYugoはそれぞれが望むランチボックスを買って, 近くのベンチに座って食べることにした. 直前の会話が返答に困るYugoのセリフで終わってしまっていたことから, 2人はしばらく黙って食べていたが, やがてAkioが口を開いた.
“Leader Keikoは普通の人だよ… 野獣でもない… つ, 強くてたくましい姿は, みんなが求めるイメージにすぎない…”
Akioはそこで言葉を置いて, ランチボックスと一緒に注文したお茶を一口飲んだ. YugoはちらりとAkioの顔をのぞき, どうやら何か心の奥に閉まっていたことを表に出そうとしていると分かり, 変に口を挟まず, Akioの言葉を待った.
“だ, 誰にも言わないでほしいんだけど…, か, 彼女は小学校で同級生だった.”
YugoにとってはAkioの言葉が想定の範囲から逸脱するようなものではなかったため, “そうですか.”と, 静かに答えるに留めた.
“一緒に遊んだこともあるから, 彼女がどういう人か, ほ, ほかの人より分かっていると思う… で, でも, Yugoが言うような感情を, 彼女が持ってるとは思えない…”
Akioはひと呼吸おいて話を続けた.
“その…, 当時から彼女は, 運動神経抜群で目立つ存在で… お, おれなんか, かっこいいわけでもないし, 頭いいわけでもないし, 運動神経ないし, く, 口下手だし…, そんなやつのこと, す, 好きになる理由がない.”
Akioが理屈だけで自分を過小評価していると思ったYugoは, “まあ, じゃあ仮に, 特に好きではないとしても, Keikoさんとは一緒に遊んだぐらいだったんでしたら, 仲は良かったんじゃないですか?”と探ってみた.
“ある時期までは…, 良かったかもしれん.”
Akioは下を向いてつぶやいた. そして意を決して, “その…, その頃はKeiちゃんって呼んでたんだけど…”と, まじめな調子で話し始めた.
“小学5年のとき…, Keiちゃんの仲のいい女の子がいて, そ, その子が男の子らによくからかわれていてさ…, まあ, 今のHanasakaでいう‘いわれなき侮蔑行為’なんだけど… あいつ, そ, そういうの大嫌いだから, あ, 頭に来て…, そいつらに, あの日…, 小雨が降ってた日…, 放課後に, け, 決闘申し込んだんだ.”
補足: “いわれなき侮蔑行為”について 本人の能力や努力などでは全くどうしようもない不当な理由でその人に対して侮蔑的な行為をとることをいい, HanasakaではExperimental Citiesの“Philosophy”に反する問題行為と捉えられる.
“さすがですね. そういうKeikoさんは大好きです. やっぱ, 子供のときからそんな感じだったんですね. 相手, 何人ですか?”
“4人. でもKeiちゃんは1人… 無謀だよな, ほんとに… あいつ, す, スポーツ万能で, 自信持ってたから… し, 心配でこっそり後つけて, み, 見てたんだけど…, やっぱり多勢には勝てなくて…”
3秒ほど沈黙が入った後, Akioはさらに続けた.
“それで思わず, やめろって言って, た, 助けに出たんだけど…, ‘女の味方しやがって’って, お, おれもボコボコにされて… かっこ悪い話だけど, おれ, 泣いてしまって… Keiちゃん泣いてなかったのに… い, 今でも思い出すだけで, は, 恥ずかいし, だ, 誰にも話してないんだけど…”
Yugoは, 何か重大な真実にたどり着いたときに感じる興奮が湧き上がってくるのを必死にこらえて, 温かく相談に乗っているカウンセラーであるかのごとく振る舞って, “そうですか… Akioさんがそれを今まで話さなかった理由は, とても分かります. つらいと思います. それで…, その…, Keikoさんはどうしたんすか?”と, さらに突っ込んで聞いてみた.
Akioはうつむいたまま, “助けてくれてありがとうって… でも, 男なのに, 情けない話だよな… そ, その後しばらくしてから, Keiちゃん転校したから, それ以来何もないし…, だ, だから, おれが彼女と親しい関係にあるんじゃないかって, お, 思われたとしても…, 100パーセント何もないよ.”と答えた.
そしてまた3秒ほどポーズを置いて, “できれば今のように, 検査する側と, される側の, それだけの関係でいたい… 彼女も, おれに対して, な, 何も思ってないって… け, 検査の時に会っても, あの時の頼んないやつだと思ってるぐらいだよ…”とつぶやいた.
それに対しYugoが, “でも…”と何かを言いかけたが, 珍しくAkioがYugoの言葉を遮って, “こ, この間も, 文句を言われたおれに…, か, 彼女なりの優しさで話してくれただけ… そういうやつなんだ.”と付け足した.
Akioにとっては長めのセリフを, 小休止を挟みながらがんばって話してくれているのを聞いていたYugoは, “分かりました. すみません, Akioさんを疑うようなこと言いまして. 本当にすみません.”と言って頭を下げた.
“いや. 分かってくれたらいい. だけど…, ほ, ほかの人には言わないでほしい. じ, 自分が頼んないやつだって, じ, 自慢するような話だから…”
“何言ってんですか. みんなAkioさんを頼りにしてますよ.”
それは事実そうだった. 彼のまじめな仕事ぶりはEISのメンバーのみならず他のスタッフたちも, またCastle Officeの幹部たちも評価していた. 別に, 彼が飛びぬけて頭が切れたり仕事が速かったりするわけではなく, 当たり前ながら自分の基本業務を手を抜かずに確実におこない, そのうえで全体を俯瞰して業務に改善を加えようとし, そして何よりも好き嫌いをせず誰に対しても公平に接する人柄が彼に対する信頼感を高めていた.
“私はAkio先輩についていきますよ.”
それはYugoの率直な思いだった.
“でもAkioさん… KeikoさんはAkioさんのことがきっと好きですよ. まっすぐで優しい人なんだったら, 今でも自分を助けようとしてくれたことを覚えていますよ. Akioさんは最小限の関係でいいかもしれませんけど, 彼女は…, きっと違いますよ. しかも, よりによってあなたはEISの人ですよ. Equipmentを介してあいさつ程度の会話しかできないなんて, それは彼女にとってつらすぎませんか. Flash Lightningに最強のFighterと言われたKeikoさんは, Kassenの規則上, 好きな人に思いを伝えることもできないんですよ…”
Chapter 2.2: Hypothesis
Scene 2.2.1:
17時半にAkioは仕事を切り上げ, Castle Parkにある彼の職場のGreen Houseを後にした.
その日は寄り道せずに帰宅するつもりであったため, 5分ほど歩いてParkの北門を出てすぐのところの地下にある“Castle Park North Station”に下り, そこから, この駅を通っている“Pale-pink Line”に乗って, 自宅に最も近い“Hydrangea Station”まで向かった.
補足: Hanasaka City内を走る鉄道の路線について Hanasaka Cityでは複数の鉄道会社の路線があるが, すべて色で名づけられ, 市民たちは鉄道会社の名前ではなく, 色で識別している. “Pale-pink Line”は20近くある路線のうちの1つ.
電車1本, 乗り換えなしで15分ほどしかかからず, 自宅から職場まででも30分余りで行けるというのは恵まれているほうだとAkioは考えていた.
つり革につかまりながら, 骨伝導イヤホンのある自分のsmart glassesで音楽を流していたが, 聴いていたわけではなかった. 思いもよらずYugoにあんな話をしてしまったが, まずかったかなと考えていた. Yugoは誰にも言わないだろうとは思ったが, EISに所属する自分が特定のFighterに特別な扱いをする可能性があると, Yugoを含め他人に思われたくなかったのだ.
Hydrangea Stationで電車を降りプラットフォームに立つと, 駅の南側に2本の人工水路の合流地点が見える. そこには水門が設置されており, Hanasaka Cityの中心部のほうに流れてくる水の量を調整している.
駅の改札口を出て水路とは反対側のほうを向き, しばらく商店街の中を通って途中で右に折れ, 狭い路地を2, 3分歩くと, “Ajisai House”という名の, Akioの自宅がある古ぼけた旧世紀末の匂いを残す2階建てのアパートメントがある. Akioはその1階の日当たりの悪い部屋に独りで住んでいた.
世界中から優秀な人材が集まるCastle Officeのスタッフの給料は世の中の人が思っているほど高くはないのだが, かとって古びたアパートの湿気がちな部屋しか借りられないほどではなかった.
ただ基本的に物欲が乏しいAkioは所有している物が極めて少ないため, それに見合った狭い部屋を借りなければ, 空きスペースが目立ってしまいかえって落ち着かないのだ.
そのため, 10平方メートルぐらいの居間が1室と, キッチン, トイレ, 風呂, 洗面所しかなくても十分であり, その小さな板張りの居間には, 1人用の小さなテーブル, いす, 小さな整理棚, スライド式のハンガー, 折り畳み可能な簡易ベッドぐらいしかなく, 清潔ですっきりしていた. 壁にはCastle Officeが販売しているKassenカレンダーがかけられ, 5月はGarnet EastのCaptain Donと仲間たちが紙面を独占していた.
基本的に病気や厄介事の心配がないHanasaka市民であれば, ぜいたくをしなければBasic Incomeだけで生きていけるので, 生活ができなくなることはない. Akioも幸い, 健康面で大きな問題はなく, 金銭的なトラブルに巻き込まれているわけでもなく, 特に不自由はなかったし, Castle Officeのスタッフが入ってくれたことを喜んだ大家さんが, 家賃はまけなかったが, 時々, 食料や生活物資の支援をしてくれることもあり, ある意味, 独りで狭い部屋に住んでいても満足だったのだ.
シャワーを浴びてさっぱりしたAkioは, そのカレンダーを1枚めくって, その紙面の中央でspearを前方に突き出しているKeikoの勇姿をぼんやりと眺めていた.
“Keiちゃんがおれを好き?”
AkioにはYugoの仮説はあり得ない話にしか聞こえなかった. Kassen communityに煌々と輝くFighterであり世界中にたくさんのファンを抱える, Sapphire Cometと比べると, 自分はあまりにスケールが小さく, しかもYugoに話したように, 目の前でかっこ悪い負け方をした男を彼女が好きになる理由などないはずだと信じて疑わなかった.
Akioは, あのケンカの後から, Keikoと敵対する男の子たちから, ‘弱いくせにかっこつけやがって’などとバカにされ, 教室のホワイトボードにでかでかとKeikoとAkioの名前をハートマークをたくさん付けて書かれたり, 逆に ‘あんたみたいな情けない男は大嫌いよ’と書かれたり, 悪乗りしたいじめを受ける羽目に陥った. そして, その悪質な攻撃から身を守るために, また自分にすっかり自信が持てなくなったために, 彼は自分の殻に閉じこもってしまった.
一方, Keikoも, やつらをボコボコにしばき倒したい気持ちを必死に我慢して, 黙ってやり過ごしていた. それでまたケンカをしてしまうと, Akioに対するいじめがエスカレートするおそれがあったからだ.
少なくともAkioはKeikoとはもう関わりたくないという気持ちになり, もはやKeikoとAkioの関係修復は不可能な状態に至っていたが, 数週間後の3月の終業式の日, 式が終わってAkioが帰宅しようと下足箱から靴を取り出そうとした時, 手紙が入っていることに気づいた. それはKeikoからの手紙だった.
“河合秋森くんへ
わたしは明日,引っ越しますが, 今までなかよくしてくれてありがとう. あのケンカのときはごめんなさい. アキくんには悪いことをしたと思っています. いつか, あのときのこと, 気にならないようになったら, また会おうね. その時はもう少し女の子らしくなっていたらいいなあと思います. 元気でね. バイバイ.
朝倉景子”
補足: “河合秋森”はAkioの旧名のKAWAI Akimori, “朝倉景子”はKeikoの旧名のASAKURA Keiko, を漢字で表記したものである.
文章は鉛筆で一字一字丁寧に書かれ, 途中で間違ったりして消しゴムで消して書き直したような跡はなかった. その手紙は真っ白の無地の封筒に入れられ, 封筒の表には何も書かれていなかった.
それを電子的手段で出さなかったのは, 大事に取っておいてほしいという思いがあったからだろうと考えられたが, 加えて, その手紙が入った封筒には1枚の紙で印刷された写真が入っていた.
それは, 小学4年生のときにKeikoとAkioが一緒に, 近くの都市にあった科学博物館に行ったときに, “Obsidian”という名の蒸気機関車をバックに2人を撮った写真で, 通常, すでに引退しているこの機関車は屋内で展示されていたが, 珍しく外に出ていたときに撮ったものだった.
Akioは, その手紙と写真を封筒に入れて, 今までずっと机の引き出しに入れて保管していた. そして手紙は何度も読み返したため文面は完全に暗記していた.
ところがAkioは3年前の6 E.E.の春, Castle Officeに就職しEISに配属された時に, この手紙を破棄しようと考えたことがあった.
元々, Akioは, その前年にCastle Officeから, 卒業後はうちに来ないかと誘われた時に, Equipmentのinspectorのような地味で決まりきったことだけをやる仕事はやりたくないと彼らに言っていた. その“地味で決まりきったことだけをやる仕事”が嫌いなわけではなかったが, EISに入れば, FighterであるKeikoと年に何回も近い距離で会ってしまい, 考えただけで恐ろしく気恥ずかしかったからだ.
Akioは, 学生の時に臨時スタッフとして働いていたときも, EISの仕事の手伝いをしたことは何回かあったが, Sapphire Westの試合があるときは, 必ず病気か用事で休んでいた. しかし無期限雇用のスタッフとしてEISのメンバーになると, そうした逃げが通用するはずがない.
しかしAkioの思いとは関係なく, Castle Officeの人事担当者は, EISしか空きはなく, EISがAkioを強くほしがっていると言ってきた. Akioは悩んだ. 実際, ろくに就職活動をしていなかったため, 今すぐ就職するならCastle Officeを選択するのが最も合理的であるのは明らかだったにもかかわらず悩んだ.
この迷いを断ち, 彼の背中を押したのは, 意外にもKasgaであった.
6 E.E.の1月, Castle Officeで新年会がおこなわれ, そのときにKasgaも出席した. この新年会は職場内での催しであり, Directorや無期限雇用のスタッフはもちろん出席できるが, 当時のAkioのような学生の臨時スタッフは招待されていなかった. しかしこの日, そうしたスタッフの中で特に功労のあった者に対する表彰式をすることになり, その功労者にAkioが選ばれた.
Akioは, 前日に散髪したばかりの頭をなでながら, 買ったばかりの紺のビジネス用のジャケットを着て壇上に上がり, Kasgaから直接, 特別功労賞の表彰状と, 少額ではあるがボーナスが授与された.
そしてKasgaから, “Akioさん, 受賞おめでとうございます. 今まで本当にまじめにこつこつとお仕事をしていただきありがとうございました. これからもずっと, Kassenのためにご尽力いただけると私もうれしいです. 頼りにしています.”と祝辞をもらい, ニコッとされると, なんとも言えない幸せいっぱいな気持ちに包まれ, もはやおっしゃるとおりに従う以外には何も考えられなくなった. それは決して強迫されている感じではなく, この人のためならがんばってもいいと自然に思えてくるのであった.
事実, Akioは, その後に一言求められると, “これからもがんばります.”と, KasgaのみならずDirectorやスタッフがいるみんなの前でうっかり答えてしまったのであった.
結局, Castle Officeに就職し, 不安はあるもののEquipmentのinspectorになることを決心したAkioは, 特定のFighterとの親交を疑われるようなものは捨てておくべきだと思い, Keikoからもらったこの手紙も処分してしまおうと考えた.
しかしAkioはやっぱり捨てるのをやめた. よくよく考えてみると, とりあえずはEISに配属されたとしても, ずっとそのセクションにいるとは限らない. もしかしたらすぐにほかのセクションに異動になるかもしれない.
そう考え直して, 再びその封筒を机の引き出しの奥のほうに戻したものの, 特にこの手紙の存在と内容については, EISの一員となった以上は絶対に秘密にしておかなければならなかった. 万が一それがバレてしまえば, 特定のFighterに対して不公平な取り扱いをしていたのではないかと疑われ, Fighterたちから非難を受けて大問題になるかもしれないし, 何よりもあの情けなくて恥ずかしい記憶とセットになっているものなので, Akioの人生に計り知れないダメージを与え得るからだ.
“女の子らしくって言うけど…, あいつ, 野獣とか言われて, ますます男になってきてるからなぁ… あの手紙のことなんか, とっくに忘れてるだろ.”
Akioとしては, Keikoが“あのときのこと”と一緒にいっそAkio自身もきれいさっぱり忘れてもらっても構わないと割り切って考えていた. Sapphire Cometと自分とでは生きている世界が違うし, 実際, 彼女はそんな小さなことは忘れているか特段気にもしていないに違いないと思えたからだ.
だから, Equipmentのinspectorになってしまった以上, 時々Equipmentを手渡す時だけKeikoとあいさつ程度に会話するのは, Akioにとっては不満ではなく, むしろそれもなくても良いぐらいであった.
しかし, それで良かったはずなのに, 先日の試合の前, Keikoの目の輝きに一瞬どきっとしたことは確かであったし, Keikoの態度を見ていたYugoに, KeikoはAkioのことを好きなのではないかと言われて, 心が揺らぎ出した.
そもそもKeiko自身はAkioのことをどう思っているのか. Equipmentのinspectorとして時々現れるこの自分が, 小学生のときの近所の友達であったAkioだということは分かっているように思えたが, それ以上に何か思うところがあるのか, あるいは何も思っていないのか.
しかしAkioはそのことについて考えるのはやめにした. Fighterは, Equipmentのinspectorと親しく会話をしたり, 個人的な関係があると疑われるような行為をしたりしてはならないと教育されており, Keikoとしてもそれはわきまえている. 従って, 彼女のAkioに対する認識なり気持ちが明確に現れることはないし, それを推し量ろうとしても限界があるからだ.
結局のところ, Keikoが自分のことを覚えてくれていたとしても, それは小学校時代の元クラスメイトという程度の認識にすぎないと考える程度に留めておくのが賢明に思えた. それ以上考えたところで, 頭の中で堂々巡りの思考に陥り寝られなくなるだけで, 何の益にもならないからである.
“だけどもし, 万が一, Yugoが言うように, Keiちゃんがおれのことを…, 好きだとしたら…, それって, EISにいるおれって, 最低なヤツじゃないのか… なのになぜ, Keiちゃんはあの時, あんなふうにおれに笑顔を見せたんだ? そんなことって…, あり得るのか?”
Scene 2.2.2:
Yugoが指摘した, KeikoのAkioに対する態度に覚える違和感については, Yugoからその上司であるJuliaに報告はされていなかったものの, SapphireとEmeraldとの試合のあった日に彼らとWeaponsの引き渡し場所に一緒にいたYoenからJuliaに翌日, 伝えられていた.
もっともJuliaはすでにそのことに気づいていたし, Castle Officeの中のSection Managerクラスでは最も優秀と身内のスタッフたちから評価されていた彼女からすると, 気づくのにさほど造作なかった.
さりとてJuliaはAkioから聞き取りをしようとしたり, 何らかの忠告をしたりするなどの行動を採ろうとはしなかった. AkioとKeikoが親密な関係にあると疑う人は, 誰もいなかったし, Julia自身もそこまでは思っていなかった. Keikoの前では汗をかいて息苦しそうにしているAkioは, うっかり機嫌を損ねたら殺されそうなKeikoが苦手なのであろうと思えたし, また逆に, 特にハンサムなわけでもなく凡庸に見えるAkioにKeikoが特別な感情を持つ理由もさっぱり見当たらなかった.
そのため, Keikoが, いつまでも緊張して自分に接しているEquipmentのinspectorに対して, そんなにガードを張らなくても良いと伝えたくて, 他のinspectorたちよりも優しい態度を彼に見せているのだろうと解釈していたのだ.
しかし, 先日Akioに会って彼に興味を持ったMoglaがAkioの過去についていろいろ調べた結果, KeikoがAkioと同じ小学校にいたときの友人を見つけ出し, 彼女から, AkioがYugoに話した放課後の決闘について聞き取ることができ, それを, 偶然にも, AkioがYugoに語ったその日に, MoglaがJuliaに伝えた.
Juliaは驚いた. まさかKeikoがAkioに恋愛感情を抱いている可能性があるとは思わなかった. そしてこのことが人々に知られると, FighterとEISのメンバーとの癒着, つまりEquipmentの不当な便宜の隠匿を疑われ, Kassenの信頼を傷つけるとんでもない大問題となる恐れがある.
そこでJuliaは, しばらく頭の中であれこれ計算した後, 自分の上司であるDirectorのHarukiに相談したところ, Floraに聞いてみてはどうかと, あたかも知り合いのコンサルタントを紹介するかのような軽いノリで助言された.
Hanasakaの最高頭脳Floraと直接対話ができるとは思っていなかったJuliaは冗談で彼がそう言っているのかと思ったが, Floraと対話をする方法をHarukiから具体的に教えられ, どうやら本当のことを彼が伝えていると分かるにつれて, 脈拍数がどんどん上がっていった.
やはり, Castle Officeが単なるスポーツ・イベントの企画団体ではなく, 隠れた目的があるのは明らかだと思えてきた. MonicaがFloraを主語にして話すことがあったのも, あれは文学的表現ではなかったのだ.
そこでJuliaはさらに思索を深めたうえで, Floraに対して, 今後どのように対処すべきか直接助言を授かろうと意を決し, Harukiが説明してくれたとおりに, Hanasaka CastleのMain Keep Areaの地下にCastle Officeがひそかに建設していた基地の中に下りていった. (この地下建造物は, 正式には“Castle Underground Base”というが, 通称“Umber House”と呼ばれていた.)
Hanasaka CastleのMain Keep Areaには, 城のシンボルでありかつ最後の砦であるKeepと呼ばれる塔のほかに, かつて城の主が住み, 家臣たちが政務をおこなっていた“Palace”と呼ばれる平屋の建物があった. このPalaceは150年以上前に起きた戦災によって全焼してしまってからずっと跡地に石碑が建っていただけであったが, Castle OfficeがHanasaka Cityの設立直後に新しいPalaceを建てることを発表し, 少しずつ工事を進め, 外観はすでにでき上がっていた.
ただ, Castle Officeは, Palaceを城の歴史や建築について簡単に学べる展示室やレストラン, みやげ店などからなる観光客向けの施設にしたかったため, また, 防災とバリアフリーの観点から効率的に来訪者が動ける形状にしたかったため, 史実に沿って復元しなかった.
元々のPalaceは大小10以上の棟が渡り廊下で連結され複雑な構造になっていたが, 棟の数や配置も全く違うものにした. すなわち, 縦に2つ, 横に2つの合計4つの正方形の棟を建て, それぞれを廊下で結ぶ形とし, 真ん中に空いたスペースには小さな池を造った. 外観はヒノキの樹皮を重ねた屋根で覆われた木造の, その辺りの島々の伝統的な建築物のようにしているが, 内装は全く現代的で, もちろん照明もエアコンもついていた.
このPalaceの4つの棟のうち, 南東, 南西, 北西の3つの棟は一般の人たちに開放し誰でも訪れることができるようになっているが, Castle Officeは北東の棟を, CBS (Castle Building Section) の事務所として使う予定にしていたため, そこは関係者以外の立ち入りを禁止していた.
そしてその隠された棟には, そこからまっすぐ30メートル余り下のUmber Houseに下りられるエレベーターが1機設置されており, これはその当時は, Castle Officeの中でも, DirectorやSection Managerたち, さらにCBSのスタッフや建設請負業者のみしか使うことができないものであった.
この地下深くにあるUmber Houseも未完成であったが, 中心部は稼働しており, そこに, Floraと直接対話ができるコンピューター端末が設置されていた. これはその存在自体, 全く秘密であった.
Hanasakaの一般市民も, City Officeなど様々な行政もしくは司法機関の者たちも, さらに言えば市長であっても, Floraと呼ばれるsuper-intelligenceとは, 直接, 話をすることはなく, Floraとつながっている様々な情報システムによって示される演算結果からFloraの意思を感じ取れたり, その判断が理解できたりするだけであった.
つまりこれは, そこに立ち入ることができるCastle Officeの一部の者だけに与えられた特権といえた.
“私の仮説が正しければ, おそらくFloraは, 私と話をしてくれるはず.”
JuliaはHarukiからこの権利の存在を伝授され, 直ちにそれを使うことにしたのである.
PalaceからUmber Houseへの直通エレベーターで, その最も下の階に着いたJuliaは, エレベーターから外に出るや前方に見えた20段ある階段を下り, そこから直角に右に曲がってしばらく廊下を1分ほど歩いた.
そこは行き止まりになっていて, 白一色に塗られた厚みのある鉄のドアが据え付けられていた. このドアは奇妙なことに, 高さが80センチほどしかなく, 大人が入ろうとすると体を低くして進む必要があった.
彼女が左ひざを折って背丈を縮めて, 2回ノックし, “Juliaです.”と名のり, ゆっくりと右手でノブをつかむと, おのずとドアのロックが外れたような感触が手から伝わってきたので, そのまま手元に引いて, 一旦, 両ひざを床面について中に入った.
身体を完全に部屋の中に入れて立ち上がると, そこは, 壁も天井の床もすべて白一色の一辺10メートルほど, 高さ3メートルほどの正方形の空間が広がり, 天井全体が照明になって, ややまぶしいぐらいだった.
JuliaのAR viewでは, 気温は摂氏23度, 湿度30%と表示され, 空気中の有害物質は検出されず, フィジカルには安全な場所のようであった. そして, 部屋の中央には, 白と黒の2機の, 頭の高さが1.7メートルほどのmech-horseが四つ足を立てて, ドアから中に入ってきたJuliaのほうを見ていた.
Juliaが彼らに近づき, 1メートルほど離れたところで歩みを止めると, 右側にいた白いmech-horseのほうが, “市民番号をお知らせください.”と, 女性の声で機械的に問うた. この市民番号はHanasakaの市民権を得たときに同時に付与されるもので, 名前と違って永久に変わらない固定の個人識別番号である.
“345A, 956D, 110F, 393X”
Juliaは1文字ずつ明確に発音した.
補足: アルファベットの読み方について Hanasakaでは, アルファベットは基本的に英語の読み方だが, 聞き間違いのないように, Dは“dei”, “F”, “L”, “M”, “N”は“efe”, “ele”, “eme”, “ene”と発音する.
彼女が言い終えると, そのmech-horseはその両目を光らせ, “適正資格者であることを確認しました.”と回答した.
そして, もう1機の黒いmech-horseのほうが, “こんにちは, Julia Azaleaさん. Floraとはこの奥の部屋で話すことができますが, その前に, 不快な思いをさせることになり申し訳ございませんが, セキュリティ上, 衣服, smart glasses, Nexus Unit, そのほか身に付けている物をすべてここで取り外して全裸になっていただくことになりますが, よろしいでしょうか?”と女性の声で優しく尋ねた.
“もちろん. それを理解して, ここに来ました.”
Juliaが何のためらいもなくそう答えると, 黒いmech-horseの背中のふたが上に開き, “ありがとうございます. この部屋は完全に閉ざされた空間です. ほかの人間は一切, この部屋の中を見ることができませんのでご安心ください. では, お荷物を私の胴に入れてください. ふたは自動で閉まります.”と説明されたため, 黙々とすべてのものをテキパキと取り外していった.
2機のMech-horseの前に現れたのは, 胴の部分の前後十数か所に人為的なやけどの跡, 切り傷, あざが残っていた裸体だった. その一糸まとわぬ全身を両方のmech-horseが, 所定の場所に立ってそのままゆっくり360度回るよう彼女に指示しながら, 目から青い光線を出して30秒ほどスキャンした.
そして今度は白いmech-horseのほうの脇腹から引き出しがゆっくり出て来て, “ありがとうございました. この引き出しから, 私たちのほうで用意した, 胴と股間を覆う下着を取り出して, それらを身に着けてください. 引き出しは自動で閉まります.”と指示が出された.
“なるほど. 成人女性が最低限, 隠したいところは, 一応, 配慮してくれるのね…”
Juliaが無言のまま素早く, 白い半袖のアンダーシャツと, ひざの上まで丈があるアンダーパンツを身に着けると, 白いmech-horseが, “ご協力感謝いたします. これでFloraに会うための準備は整いました. では, 少し肌寒いかもしれませんが, そのままの姿で奥のドアから先にお進みください.”と案内した.
Juliaは, 2機のmech-horseの間を通って, 入ってきた方とは反対側に歩いていき, 同じく高さが80センチほどのドアの前に立つと, 今度は自動で内側に扉が開いた. その先の様子が何も見えなかったことから, 自分はこれから暗闇の中に入ることになるのかとやや不安を覚えたが, 5メートルほど両ひざと両手を床に付けながらゆっくり進み入ると、前方に多数の何か小さく光るものが目に入ってきた.
やがて頭を起こせるようになり立ち上がって見上げると, そこは半径が10メートルほどの球体の薄暗い空間になっており, プラネタリウムのように, 球の内面に無数の星が投影され, 天の川が流れていた. だんだん自分の目が暗さに慣れてくると, 暗い星や星雲, 星団のようなものも見えてきて, 赤や青など星の色も識別でき, 時折, 流れ星も見えた.
Juliaは, しばらく時間が経つのを忘れてうっとりと眺めていた.
“なんて美しい…”
十分な星明りがあるため, 自分が今立っているところからまっすぐ平らに, ドームの中心点に向かって, ガラス板の道が伸びているのが分かった. そしてそこには, 高さが1メートルほどの譜面台のようなものが立っており, その台の上に備え付けらえているモニターを使って, Floraと対話をするようであった.
Juliaはゆっくりそこまで歩いて行き, モニターの前で姿勢よく立ち止まった. ほとんど裸に近い恰好で立っていても寒くならないよう配慮しているのか, 足元のガラス板にはヒーターが埋め込まれているようで, 足の裏がじんわりと暖かく, 気温も, 先ほどの白くてまぶしい部屋よりも少し高いように感じた.
“初めまして, Juliaさん. 寒くないですか?”
宇宙空間を映し出した球体のどこから音が発せられているのか特定できないが, やや低めの女性の声で優しくFloraがJuliaに話しかけた.
“はい, 大丈夫です.”
声のする方向を特定できず, どちらを向いて話せばいいかJuliaは迷ったが, モニターの画面が青白くほのかに光を放っていたので, そちらのほうに返答した.
“そうですか. 先ほどは, 大変不快な思いをさせてしまって, 本当に申し訳ございませんでした.”
Floraが何に謝っているのかを察したJuliaは, “この体のことですか?”と問うた.
“はい. ずいぶん, むごい仕打ちを受けたのではないか, そしてあなたにとってはそれを隠しておきたかったのではないかと推察しました.”
Floraは正しかった. しかしJuliaは, “もう過去のことです. 今はこのHanasakaで平和に暮らしています.”と, 自分の視線は時間軸の前方を向いていることを伝え, “あなたのおかげです.”と謝意を付け足した.
“ありがとうございます. 私たちは, 人間たちを守り, 幸せにするための存在です. Juliaさんにそうおっしゃっていただけて, とてもうれしいです.”
AIのFloraは感情を持っているわけではないが, 感謝したり喜びを表したりすることはできる. それが人間とコミュニケーションをするうえで不可欠ゆえに人間以上に学習済みなのである.
“Juliaさんとこうしてお話しするのは初めてですが, 私に何を聞きたいのでしょうか?”
Floraに, 今日ここに来た理由を問われたJuliaは, “2つ質問があります.”と言って, 2本の指を立てた.
“1つ目からどうぞ.”
Juliaは生唾をのんだ. Smart glassesを付けていないので, ここでの会話はすべて自分の生の脳にしか残らない. この時代の人は外部記憶装置にかなり頼っていたので, これから大事な対話をしようとするのに機械の支援が全くないというのは, 誰であっても非常に不安で緊張することであった.
“はい. 私が所属するCastle OfficeのEISにはAkioという名の男性がいます. 彼と, Sapphire WestのFighterのKeikoさんは小学生の時, 同級生だったことがあるのですが, Keikoさんがケンカで男の子から殴られていたときにAkioさんが助けようとしたらしく, それ以来, 彼女は彼に好意を持ち続けている可能性が高いことが分かりました. Akioさんは, そのことに気づいていないようですが, Kassenの規則上, 親しくしてはいけない2人が親しい関係にあるとそのうち周りから疑われるおそれがあると思っています.
“そのようなことになれば, Equipmentの不正使用を厳しく戒めているKassenへの信頼を損ねますので, このまま放置していても良いのか, 2人に何らかの注意喚起をした方が良いのか悩んでいます.”
Juliaは, 自分の疑問を簡潔に伝えた.
“もし, これにFloraが興味を持って反応すれば, 私が本当に確認したい2つ目の質問が意味のあるものになる.”
Juliaは, Floraが自分の質問に対して発言をするまでの3秒という短い間に, 自分のリトマス試験紙がどちらの色に染まるかを待った.
“そうですか. Juliaさんは, そのことについて上司のHarukiさんに相談しなかったのですか?”
Floraは, 直ちに回答しようとはせず, 本当に自分が彼女の助言者として適当なのかを確認しようとした.
“来た! そう来なくっちゃ.”
“はい, しました. Harukiさんは, あなたに直接聞くよう言いました.”
Floraは3秒ほど沈黙した後, “分かりました. では, なぜHarukiさんはそうおっしゃったと思いますか? 今Juliaさんがお話しされたことは, 普段のお仕事に直結することでしょうから, 普通の上司であれば, Hanasakaの行政をになう私よりも, 的確に助言されるはずです. しかしながら, JuliaさんはなぜHarukiさんのおっしゃるとおりに, 私に聞きに来られたのでしょうか?”とさらに尋ねた. Floraは, 至極, 常識的だった.
“2つ目の質問に関係してくるからです.”
Juliaはここで, 本当に出したいカードをちらつかせた.
“とても興味があります. では, その2つ目のご質問を教えていただけますか?”
Floraは, 素直にJuliaの誘導に乗ってきた.
“はい. 私は, 市長でもなく, City Officeの人でもない, 民間団体のCastle Officeのマネージャーにすぎないのにあなたと直接, 話せる権利があるのはなぜなのか, それに, あなたとそうしたことができる場所が, Castle Officeが復元中の城の地下にあるのはなぜなのか, そうしたことはおそらく私なんかには語れない秘密でしょうから, それらについて質問する気はありません.
“ただ, あなたがKassenについて非常に興味を持っているようで, Kassenのすべての試合, clubやFighterたち, Castle Officeのスタッフたち, 城, Arena, Equipment, それらに関するデータを常に収集し, 分析していることは分かっています.
“もちろん, あなたはサッカーや野球など, ほかのスポーツのデータも持っています. でもPolice Departmentの分析によると, Kassenに関してはデータ量が圧倒的に多いようで, サッカーに比べると軽く10億倍はあるとのことです. そこで私は, あなたがKassenに関する膨大なデータを使って何をしているのかを考えてみました.”
Juliaがここで一息入れると, “Juliaさんのお考えをぜひお聞かせください.”と, Floraが続きを話すよう促した.
“あなたは, 人間たちの幸せな生活を実現するsuper-intelligenceとしては最も優秀であると言われていますが, 同時に, 現時点でサイバー空間では世界最強でもあります. Experi-Cityをシステムダウンさせたい敵対勢力はたくさんいるのに, いまだにあなたは負けたことがなく, 私たちを守ってくれています. この2つを同時に成り立たせるのにどういう数理的な処理をしているのかは, 人間の私なんかには分かりません. ただ, 人間らしい表現をすれば, あなたは多くの人が幸せに暮らしていればいるほど, 敵から防衛し攻撃する力が増すようにできているんじゃないかと思っています.”
“私たちの本質的なところを理解いただきありがとうございます. おっしゃるとおり, 私たちは, 人間たちを守り, 幸せにするための存在ですから, 皆さんが幸せになればなるほど, 自らも成長し, 強くなっていきます. でも, そのこととKassenとはどういう関係にあるのでしょうか?”
Juliaは, 自分の話したいことを, Floraがちゃんと促してくれていることにうれしく思った. まるで, 最初からJuliaがたどり着きたいゴールを分かっていて, 彼女の背中を押しながら伴走しているかのようであった.
“人間の幸せとは何かについて, あなたはきっと, フィジカルな快感だとは思っていないでしょう. もしそうであれば, あなたは私たちにハイな気分になれる薬物をひたすら摂取するよう求めるはずだからです.”
“はい. おっしゃるとおりです. お金があればあるほど幸せになれるとも考えていません. 私たちは, 何か1つの数値が高ければ高いほど良いといった, 単純なアルゴリズムでは動いていません.”
“そうでしょうね. 私は, いい意味でも悪い意味でも, 人間は常にストーリーを意識して生きていると思っています. 我々が望むのは, ‘ストーリーのある幸せ’だと思っています. もしあなたもそう思っているのでしたら, あなたが望むのは, Hanasakaの市民が‘ストーリーのある幸せ’を連綿と創出することであって, それを記録したものを, ある意味, 素材にして, 想像もできない数理的な処理で強力な防衛プログラムに変えて, 敵を叩いているのではないかと考えています. でも, Hanasakaの全市民の‘ストーリーのある幸せ’を拾い集めて記録するのは, データが膨大すぎるでしょう.
“そこでこのHanasakaを作った人たちは, Floraが効率的に防衛プログラムを作って強化していくために, Kassenを‘ストーリーのある幸せ’を生産し収穫する農場だと捉えた. 言い換えると, そうした農場が必要だったからKassenというスポーツ・イベントを作った. だから, Castle Officeには様々な特権があって, こうして私もあなたとお話ができている. そう思っています.”
Floraは, 今度は5秒ほど考え込んだ. そして, “Juliaさんのお考えはとてもすばらしいです. 私たちのことを深く理解いただき, 感謝申し上げます. おっしゃるとおり, ‘ストーリーのある幸せ’を私たちは必要としています. ‘ストーリーのある不幸せ’も‘ストーリーのない不幸せ’も, 私たちには必要ありません.”と, Juliaの仮説をおおむね肯定しているかのような返答をした.
“Juliaさんのお考えによると, Kassenの規則上, 親しくしてはいけないAkioさんとKeikoさんが親しい関係にあると周りから疑われて, Equipmentの不正使用を厳しく戒めているKassenへの信頼を大きく損ねることになれば, 私たちの防衛プログラムの素材を生産する農場に異変をきたして, Hanasakaの防衛力が低下する恐れがあるのではないかとお考えなのでしょうか?”
Floraは, Juliaの2つめの質問がどのように1つ目の質問とつながっているかを, 質問者本人を前にして披露した.
“おっしゃるとおりです. 人々の心がKassenから離れていけば, Kassenで‘ストーリーのある幸せ’が創出されるのも減ってしまって, ひいてはHanasakaを危うくさせるかもしれないと思いましたが…”
Juliaはそう言いながらも, Floraにとって実はそれは些細な障害にすぎないなのかもしれないと思えてきた.
“ご心配いただきありがとうございます. でもご安心ください. 私たちにとっては, 十分に対応可能な範囲内のことです. そのまま放置いただいても問題ございません.”
余裕たっぷりなFloraの回答を聞いたJuliaは, “つまり, Kassenは関係ないのでしょうか?”と, 自分の仮説がいい線まで行っていたとうぬぼれていたが, 実は見当はずれなのかが気になった.
“関係はあると思っていただいて結構です. Hanasakaに敵対する勢力は, 現にそこに気づいていると思っていいでしょう. 最近, 彼らが妨害工作のターゲットをあなたがたに絞ってきているのも, きっとそうだと思いませんか?”
Kasgaへの誹謗中傷のみならず, 彼女やCastle OfficeがHanasakaを乗っ取ろうとしているという陰謀論, Kassenや暴力的で厄介事を招くものだという廃止論などは, 今年になって目立って増えていることをJuliaも認識していた.
“そうするとあなたの農場を, Kassenからほかのスポーツに変えますか?”
“いいえ.”
Juliaの一抹の不安を帯びた問いに対してFloraは0.1秒も空けず即答した. そして, “全くその必要はありません. 今, 私たちに襲いかかっている敵は今までで最も強力だと考えていますが, 私たちはあなたたちを守ることに自信があります.”と, 自分に任せておけば何の問題もない旨をためらいなく述べた.
“フフッ. なめんなよってことね. すべてFloraの計算どおりなんでしょう… まあ, それなら, 私が何をすべきかなんとなく分かったわ.”
JuliaはFloraとの対話に満足し, “今日は, 思い切ってあなたに会いに来て良かったです. ありがとうございました.”と, この場を立ち去ることを伝えた.
“こちらこそJuliaさんとの対話はとても楽しかったです. Juliaさんのお役に立てられたのであれば幸いです.”
感情のないAIが社交辞令的な言葉を返した. そのうえで, “これから少し物騒なことが起きるかもしれませんので, どうか身の安全にはご注意ください.”と彼女を気遣い, さらに, “それから, Akioさんのこと, 温かい目で見守ってください.”と, 彼を監視するよう付言した.
“やっぱり, 彼はキー・プレイヤーなのね…”
Chapter 2.3: A Fabricated Conspiracy
Scene 2.3.1:
それは1分ほどの短い動画だった.
Akioが使っている, 撮影した石を擬人化するアプリ, “Stone Souls”のコレクションの1つである“New Moon in the Dark”が, 自分が見た夢を映像化したと言って, Akioにそれを見るようAR viewの中で促してきたのだ.
朝の9時. 自宅で朝食をとり, 歯磨きと洗顔をして, 外出の準備をしているところだったが, AR viewの右下でさっきからStone Soulsの小さなアイコンが点滅してAkioの気を引いていた.
1分なら, まあいいか…”
その夢は, 1メートル先も見えない深い霧が立ち込めているシーンから始まった. 自分がどこにいるのかさっぱり見当がつかなかったが徐々に霧が薄れて, Hanasaka CastleのKeepの土台のすぐそばにある井戸の姿が見えてきた.
“なんか不気味…”
夢の中の自分は, その井戸にゆっくり近づき, そして何のためらいもなくその穴の中に飛び下りた. 10秒ほど重力の作用のまま体を預けていると, 全く何の衝撃もなく, 真っ暗な奈落の底に下り立った.
しかし驚いたことにそこは地上のようだった. 曇天の夜なのか, 空には月も星もなかったが, 自分の手も見えないほどの暗闇ではなかった. 前方20メートルほど先に, 高さが20メートルを超えるぐらいの巨木がぼんやりと光を放って立っていたからだ.
それは, たくさんの薄い紫色の花で飾り立てた桐の木のようだった. 植物にそれほど詳しくないAkioにも, それが桐の木であることが分かったのは, Castle Keepの基台とPalaceの北西の棟との間のスペースに, 5メートルほどの桐の木が植えられていて, それを見ていたからだ. ライトアップされているわけでもないのに, ひとつひとつの花が昼間の太陽に照らされている時のように輝き, 木全体が淡く白いオーラに覆われていた.
“きれいだな…”
Akioがそう思った瞬間, 空と思っていたものが実はドーム型の天井であり, そこに炎の色の亀裂が稲妻のように走り, それによって生じたひびの隙間から, 今はめったに見ることがない紙幣が大量にヒラヒラと舞い降りてきた.
そしてその白く輝く無数の札は, 渦を巻いた風に乗って桐の木に吸い寄せられていき, 木の表面に接触するや燃え上がった. 瞬く間に木の全体が大きな炎にまとわれ, 美しい光を放っていた花たちは無残にも無抵抗のまま灰になっていった.
“やめて…”
弱々しい女性の声が耳に入って, ふと横に首を向けると, 夢の中の主人公のすぐそばにPolinaが立っていて, 木のほうを見つめていた. ゆらめく炎の光に照らされた彼女の顔には, 一筋の涙が流れていた.
“何これ? 朝から気分が沈むなぁ…”
Akioの石のコレクションの中で最も個性的で魅力的な石が見せたその奇妙な夢は, 全く何の脈絡もなく現れたものではなかった. Castle Keepのそばの井戸も桐の木も, AkioがStone Soulsに登録する石を探す際にsmart glassesで捉えた風景から作り上げたものであることは明らかだった. Nexus Unitがユーザーの視覚や聴覚の器官を通して得た断片的な情報を基に, 人間が夜に見る夢のような映像を生成する技術は知られていたが, このStone Soulsにそんなことをする機能があるとは知らなかった.
“大量の紙幣は, 昨日の晩に見た動画の影響か…”
“Hanasaka Castle隠し財産伝説を追う”というタイトルを付けたその映像は, 世界的に大成功した大富豪や巨大企業が自国の政府に目をつけられて財産を没収されることがないよう, わざわざHanasaka Castleの地下深くのどこかに自分の財宝を隠しているという, チープな陰謀論としか思えない話を検証しようという番組で, 隣の国では名の知れたコメディアンのコンビが解説していた.
その番組自体は真剣に自説を論じているという感じでもなく, その検証内容自体も真偽は怪しいが, これは明らかに, 世の中の人たちに, Castle Officeが薄汚いことをしている悪の組織というイメージを植え付けるために作られたものと思えた.
Akioは, 3年前の6 E.E.にCastle Officeに就職する前から臨時のスタッフとしてその様々な仕事に関わってきたため, Hanasaka Castleの変遷はもう5年ほど見てきている. 確かにHanasaka Castleは, Hanasaka City誕生以来, ずっとどこかで工事をし続けていた. これは400年前の姿に可能な限り復元し, 歴史的価値を上げようと進められているものであった.
武士の時代に終わりを告げる騒乱が起きた時に, Hanasaka Castleは大半が焼失し, 堀も埋められ, この城が建てられた時代の人が見ればたいそう嘆かわしいみすぼらしい姿になっていたが, 20世紀末から徐々に復元が始まり, 21世紀に入ってからまず堀が完全に復元され, Hanasaka Cityの歴史が始まって以降はCastle Officeが復元プロジェクトを引き継ぎ, これまでに消失したwatchtowerや塀が少しずつ元の姿に近い形で建て直され, Palaceも新しい姿で復活しつつあった.
そうして, このHanasaka Castleが実は巨大で華麗な軍事要塞であったことを400年後の子孫たちに見せつけ始め, そんな城の進化に, Akioをはじめ多くの市民はうれしく思い, Hanasakaのシンボルに誇りを持ち出した.
しかし, そんな1つの都市の自己満足的なプロジェクトに誰がお金を出しているのかと疑問に思う人は多かった. というのは, Hanasaka Cityはこの城の復元プロジェクトに一切予算を割いていないからだ. 実際にこのプロジェクトを指揮しているのはCastle Officeであるが, いくらKassenというイベントの収益があるからといって, そんなに豊富な資金を持っている団体とも思えないため, きっとお金持ちの篤志家が裏にいるんだろうと思われていた.
そのため, 陰謀論者たちは話を膨らませて, 財産を隠したい世界中の大富豪がそのスポンサーなのだと主張するのである. 彼らは城の復元をしているように見せかけて, その地下に堅牢な金庫を作って預かった資産を保管しているのだと疑っているのである.
またCastle Officeは, Castle Keepだけは, 400年前の姿に戻そうとはしていなかった. 今のKeepは, 20世紀に史実とは違う形で一度建て直されたものであるため, もしCastle Officeが城全体を完全に復元したければ, それも一旦壊さなければならないはずだが, 彼らは, あれは前世紀に市民の寄付金で再建したものでありわざわざ壊す必要はないと言っていた.
しかしそんな中途半端さにも陰謀論者は目をつけて, あのKeepの真下に地下金庫があるため, それを触ることができないのだと自説を補強するのであった.
さらに, 実際に工事にたずさわっている人の証言として, Castle Parkのあちこちの地下で, ぐねぐねと入り組んだ通路を作っているという情報もあった. この点, Castle Officeは, 地下に埋まっている遺構を調べているとか, Kassenの試合がおこなわれる時の混雑を緩和するためにCastel Park全体のあちこちに手を入れているのだと説明しているが, そんな説明では, 地下通路を随所に作る必要性への疑問は解消できない.
そのため陰謀論者は, Castle Officeが地下の巨大金庫を守るために, 城の地下全体を要塞化しているのだと考え, 彼らは金持ちの番人であるだけでなく, 危険な武装集団であると話を膨らませていた.
Akioはもちろんそんな話を信じているわけではなかったが, そのコメディアンによる9分49秒の解説動画は, 一見, 笑いを取るストーリーであるかのように装いながら, 政府関係者, 市関係者, 工事関係者, Castle Officeの元スタッフ, Hanasaka Castleに詳しい研究者などと称するいろんな人の証言や考察も出てきて信憑性を持たせ, かなり綿密に心理的誘導を図っており, Castle Officeが怪しくて危険な団体かもしれないという疑念をさらに広げるのには役立った.
番組の最後には, “皆さん, Castle Office, すなわち‘Hanasaka Castle Development Association’は, 一般的な中小企業とは思わないほうが良いでしょう. Castle Officeは, ひそかに世界中の大富豪の財産を管理する特殊な団体であるという疑念が相変わらず消えていません. そしてその財力に逆らえる者などいるはずもなく, Experi-City Hanasakaはもはや彼らの支配下にあることを示す証拠はいくらでもあるのです. 我々に勇気と感動を与えてくれるKassenのFighterたちも, 秘密めいた団体とその首謀に, 何も知らされることなく操られているのです. 一般市民であれFighterであれ, 逆らう者や真相を暴こうとした者はひそかに城の地下に連行され, 一生, 日の光を見ることなく, そこで金庫番として働くことになるといったうわさが真実でないことを祈るばかりです.”というナレーションで終わるのである.
“バカバカしい. もしそれが本当なら, 今頃, あの2人は地下牢に閉じ込められているだろうな.”
Akioとしても, CBS (Castle Building Section) がCastle Park内であちこち地下を掘っているのは本当だろうと考えていたが, 陰謀論者の妄想にはついていけなかった.
“おっと, 9時5分. あまりゆっくりしてられない.”
Akioは, 明日おこなわれる予定の, 隣国“Moto”の西のほうにある, Marugame Castleでの“Inter-Alliance game”でEquipmentの検査をする予定で, 半分観光も兼ねて, 今日のうちに現地入りしておこうと思っていた. その時代, 遠隔地間であっても多くの仕事はオンラインでできたが, Equipmentのinspectorは, 現物のEquipmentを現地で扱うためにオンラインで仕事を済ますわけにもいかず, 実際に出かける必要があった.
Scene 2.3.2:
1時間後, Akioは, Hanasakaの北の玄関口である“Andromeda Station”に乗り入れているMotoの鉄道会社が運行している特急列車Shinkansenに乗り, Marugame Castleまでの道程の途中にあるOkayamaという都市に向かった. そしてまだ朝食をろくにとっていなかったため, 座席でサンドイッチをほおばりながら, AR viewの中で業務用のチャット・アプリを開いた.
“仕事中に邪魔かもしれないけど, Polinaさんにちょっと聞いてみようかな…”
Akioは, 昨夜見たCastle Keepの地下に莫大な財産が隠されていると主張する陰謀論の動画と, 今朝, Stone Soulsが生成したCastle Keepの地下の桐の木が燃える夢が気になって, チャットでCBSのPolinaに城の地下について思い切って質問をぶつけてみることにした.
“お仕事中すみません. PolinaさんはCastle Parkの地下で何を掘っていますか?”
明らかに急いで回答がほしいわけではない質問だったので, すぐには回答が来ないだろうと思っていたが, 意外にも15秒後に来た.
“土.”
Polinaの単純明快な答えを受けてAkioは, 自分の質問のまずさを認めざるを得なかった.
“いったい何が聞きたいんだ?と思っただろうな.”
このチャット・アプリは自動翻訳機能が付いているので, Akioが打った文章はPolinaのAR viewでは彼女の使用言語に翻訳されて表示され, 彼女が打った文章はAkioのAR viewで彼の使用言語に翻訳されて表示されるので, 言語的なバリアはない. 問題はAkioの国語力であった.
“Polinaさんは, 金持ちが財宝を隠すための金庫が城の地下にあるといううわさについてどう思いますか?”
“ナンセンス.”
Polinaの反応は, Castle Officeの人なら当然そう答えるであろうものであり, 聞くまでもない質問であった.
Akioは, また変な質問すれば怒られそうだと思い, 次は少し慎重に質問することにした.
“私は, そのうわさの裏には市長がいるのではないかと思いますが, どう思いますか?”
この質問はやや危険であった.
PolinaとAkioとの間では, Castle OfficeやKasgaがいわゆる“Unifierから祝福されない者”から邪悪な存在に思われ攻撃される可能性があることについては考えを同じくしている.
他方で, Moglaから聞いた話はEIS (Equipment Inspection Section) の仲間たちとは共有したものの, セクションが違うPolinaには伝えていないため, もしPolinaがCastle Officeと市長は従来どおり協力関係にあると信じていたらAkioが何を言いたいのか理解できないし, 彼女が市長側と通じている人間であったりすればAkioが市長側からマークされることにもなりかねない.
案の定, 先ほどのような即答は彼女から返ってこなかった. しかし1分後に, “Akioさんは, 市長とCastle Officeは対立していると考えますか?”と, 逆に問い返された.
落ち着いて物事を考える彼女であれば, そう問いたくなるのはAkioも理解できたため, Akioが, はいと素直に答えるかどうか悩んで, 次のチャットをAR viewの中に映し出されたキーボードを打つ手を止めていると, 先にPolinaから補足が入った.
“私も, Castle Officeは市長に不信感を持っていると思います.”
Akioは, Polinaのほうから先に, 彼女が彼と同じような考えを持っていることを明かしてくれたことに驚いた. そして, どうやらPolinaは少なくとも市長側ではなく, 何らかの情報を持っているかもしれないとAkioは考え, 自分の持っている情報, しかもEISの外には言うなと言われていた情報を, 少し丸めて示すことにした.
“市長がCastle Officeに何かを要求して, Directorたちが怒っているという情報を得ました.”
この後3分間ぐらい沈黙が続いた. そしてPolinaから返ってきた答えは驚くべきものだった.
“なるほど. 私は, 市長からの要求によってCastle Parkの土地と城について議論をしているとHarukiさんから聞きました. 詳しくは教えられませんでしたが, 彼は悩んでいました. もしかしたら, これは私の直感ですが, 市長はCastle OfficeにCastle Parkの土地と城を返すよう要求しているのかもしれません.”
サンドイッチを口に突っ込みながらAkioはしばらくフリーズしてしまった.
“返すってどういうこと? Castle Parkの土地も城も, 市のものじゃないの?”
そういぶかっているとPolinaのほうからさらにチャットが4つ連続で入った.
“Akioさんは知らないかもしれませんが, Hanasaka Cityが設立された時に, あのParkの土地と建物をすべてCastle Officeが買い取りました.”
“登記簿を見れば分かりますが, 多くの人は知りません.”
“いくらかは知りませんが, 市はそれによって多額のお金を得て, 市の設立に必要な費用の一部をまかなえたと思います.”
“しかし今, 市長はその土地と建物を返すように要求しているのかもしれません. しかも我々が受け入れられない条件で.”
Akioは開いた口がふさがらなかった. そして頭の中が大混乱に陥った.
まず1つ目の謎は, あの大きなCastle Parkと城を含む建物すべてを買おうとすると, Akioの経済感覚では10億XCぐらい要りそうに思えたが, どうやってCastle Officeはそんな多額のお金を用意することができたのか見当がつかなかった. これでは, あのコメディアンたちが言うように, どう考えても一般的な中小企業とは思えないし, 大富豪の支援があったからとしか思えない.
2つ目の謎は, 仮にその巨額の資金があったとしても, なぜCastle OfficeはそれでParkの全体を自分の所有にしたかったのか不可解であった. Kassenというイベントをおこなうだけであれば, 所有にこだわる必要はなく, 仮にこだわるとしてもArenaとGreen Houseぐらいで良いはずである.
Experimental CityであるHanasakaは, 土地は公のものという基本方針を持ち, 個人や法人が土地を所有することに強い制約をかけていた. そしてUBIを導入する半面, 不動産や高額の動産を所有する者に対して多額の税金をかけていた.
そのためCastle Park全体の土地と建物に対する固定資産税は毎年とんでもない額になる. それにもかかわらずあの土地と城の所有権にこだわるとすれば, やはり別の目的があるからに違いなく, あの陰謀論も全く的外れと言えなくなってくる.
3つ目の謎は, 市長側がなぜ今, 返還を求めているのか, そして返還してもらって何がしたいのか, あるいはCastle OfficeがCastle Parkの土地と城の所有権を持つことに彼らが嫌がる理由は何なのか, 全く不明であった. これがMoglaの言っていた, “Castle Officeに秘密裏に要求しているとんでもないこと”であり, “Directorたちの激怒を買っていること”だと言えそうだが, 陰謀論的にいえば, Castle Officeによる隠然たる支配に対して勇気ある抵抗をし始めたのであろうか.
“来週, Harukiさんに一緒に相談しませんか?”
PolinaのいるCBSも, AkioのいるEISも, それぞれのSection Managerの上はDirector Harukiが共通のボスであった. そして, 直属のボスを飛び越えてその上のボスに直接相談することも, Castle Officeとしては風通しの良い組織作りのために認めていることであった. そのため, Akioが提案したような, セクションが違う2人が2つ上の共通のボスに相談することは特に不自然なことではなかった.
単なる憶測にすぎない段階での相談になるので軽率だと言われるかなと思いながらAkioはPolinaの返答を待った. しかしチャットはそれ以上進まず沈黙を守った. もっとも就業時間中でもあり, Akioの好奇心にリアルタイムでいつまでも付き合えるわけでもないことは分かっていたので, AkioはチャットのウィンドウをAR viewの外に追い出してぼんやり車窓を眺めていた.
いつしかうとうと居眠りをし, まもなくOkayama Stationに到着する旨の車内アナウンスで目が覚めたとき, スリープ状態から復帰したばかりのAkioのsmart glassesが反応した. Polinaからの返答だった.
“Harukiさんに相談できません. なぜなら先ほど彼が逮捕されたから. Lerhiさんもです. ニュースを見て.”
驚いたAkioは慌ててAR viewの中で検索をかけてそのニュースを見ようとしたが, Yugoから音声でのコールが入った. Akioは座席から立ち上がり, 荷物も持ってデッキに向かい, そこで, 5分後にかけ直すことだけ告げた. 彼が乗っている列車がまもなく駅に到着するところで, デッキにはすでに, そこで降りようとしているほかの乗客もいたからだ.
列車を降り, ここから分岐してMarugame方面に向かう別の列車に乗り換えるべく, 階段を下って, その乗り場に歩いていく途中の, 人通りの多い通路で, Akioは壁側に寄って, そこで立ち止まった.
そしてAR viewの下のほうに表示されてあるコミュニケーション・ボタンを人差し指で叩いて, 出てきた名簿からYugoを選び, コールバックした. 多くの人が行き交うところのほうが, 近くに立ち止まっている人がいないことを確認さえできれば, 立ち聞きされる可能性は低いし, 内緒話をするにはむしろ安全だろうと考えたのだ.
“あ, もしもし…”
“Akioさん, ニュース見ましたか?”
“あぁ, いや, これから見ようと…”
“もう, のんびりしているんだから.”
相変わらず先輩に手厳しいYugoが口頭で事件の要約をしてくれた.
5月11日10時頃, “Moto”の東方にある巨大都市, Tokyoの市内で, 許可なく正当な理由もなく刀剣類を所持している可能性が高い人物が所有する作業場に警視官が捜索令状をもって踏み込んだときに, その場にCastle OfficeのDirector Harukiが居合わせ, 刀剣類に関するその国の法律に違反した容疑でその場にいた3人とともにまとめて逮捕されたとのことである.
またDirector Lerhiが, 同じくTokyoの市内の路上で警察官に呼び止められて職務質問され, 警察官の任意の求めに応じて所持していたカバンを開けたところ覚せい剤の入った袋が見つかり, 10時過ぎにその場で逮捕されたのであった.
“信じられない… Harukiさんがそんな所にいたなんて.”
Akioの声はひどく疲れていた. この日は驚かされることが多すぎて, 頭がついていかないのだ.
“そうですよね. もしかしたら立入検査に行っていたのかもしれませんが, EquipmentのinspectorじゃないHarukiさんが独りで行かれるなんて不自然ですし, 仮にその必要があったとしても, 我々に黙ってひそかに行くなんて変ですよね…”
“そうだな…”
EISのメンバーがEquipmentを扱う怪しい事業者に立入検査をする場合は, 市の条例に違反するような殺傷性のあるものが出てくるかもしれないため, 警察に連絡を入れてから行ったり一緒に来てもらったりする. そうすることで, 自分自身が条例違反で疑われるようなことを防いでいるのだ.
“それに, 市外で立入検査って, やったことないし, い, いきなりTokyoで検査って…”
“おとり捜査の可能性もありますよね.”
“ていうか, 単にはめられたのか… でも, どうして, ‘Moto’の警察が…”
Akioの質問に対してはYugoも特に有益な推察を持っているわけではなかった.
“Lerhiさんのほうも不自然ですよね. もし本当にLerhiさんが覚せい剤を所持していることを認識していたら, わざわざ無防備にカバンを開けることなんてしないでしょうし.”
“し, 市長側の嫌がらせかな?”
“確かに, 彼らがMotoの警察の協力を得て, 我々に嫌がらせをしているのかもしれませんが, こんなことしても我々を本気で怒らせるだけで, 彼らが何をしたいのか分かりません. 彼らの目的を達成するのに効果があるとは思えませんね…”
Scene 2.3.3:
AkioやYugo以上に, この意味不明の逮捕に困惑したのは, 彼らが逮捕された隣国“Moto”の政府の中枢だった.
そもそもMotoとHanasaka Cityは微妙な隣人関係にあった. Experimental Citiesの1つであるHanasaka Cityは, 自らに領土を与えてくれた隣の国の法律も行政も司法も及ばない完全に別の統治体であった.
そしてHanasaka市民の多くを占める, その国の出身者も, Floraによる善政に満足しているせいか, 市の建設からまだ10年も経っていないのに, 自分がその国の人であったという帰属意識を急速に失いつつあった.
この状況はMotoの政府にとっては嘆かわしいことだった. 9年前にいくつかの国が, その領土の一部を“League of Experimental Cities”に引き渡して, そこにExperimental Citiesを建設することを認めたが, 当時は, 早々に失敗して, その領土は戻ってくるだろうとたかをくくっていた. AIに任せていればうまくいくなど, 寝ぼけた理想論に思えたからだ.
ところがExperimental Citiesの実験は思ったよりもうまく進み, 逆にAIによる統治と人間による統治との比較検証が可能になったことで, 人間による統治の問題点が次々とあぶり出されることになった. つまり, どこの国も自らが持つ統治の正当性がじわじわと色あせていったのだ.
そうであれば, Hanasaka Cityが敵対勢力から攻撃を受けて, 多少なりとも自滅の方向に進むことは, Motoの政府としてはほくそ笑むべきことにも思える. 実際, その国の人たちの中には, 外国人たちが自分たちの領土の一部をだまし取ったと批判し, 政府に対してもっと強い態度でHanasakaに臨み, ゆくゆくは返還させるべきだと主張する者も少なくなかった.
しかし, そう簡単なことでもなかった. 彼らにとってExperimental Citiesは, 国内では様々なしがらみや意見の対立があって容易にできないことを試してくれる, 都合の良い実験エリアでもあったからだ. そしてExperimental Citiesのほうとしても, そうしたことを請け負ったり受け入れたりすることで, UBIの原資の一部にしており, 持ちつ持たれつの関係にあった.
それに, その時の内閣総理大臣であったMatsudairaは, Flora sistersを危険な策士だと考え, 決して敵に回さず, 距離を置いて付き合うべきだと警戒していた.
彼女たちは, 合理的な批判は素直に受け入れていたし, 健全な議論には好意的だった. しかし敵対的とみなされる言動をするや, 彼女たちは恐ろしい面を見せた.
Matsudaira首相が知る限りでは, いくつかの国の諜報機関が彼女たちに挑戦した結果, 彼らが使っていた情報システムはいつの間にか, 素数の魅力に取りつかれて素数が出現する法則性を無限に調べ続けたり, “全能のパラドクス”にはまってその例をひたすら挙げ続けたりするなど, 彼女たちが用意した花園で永遠にさまよって自滅した例があった.
慎重で現実的なMatsudaira首相は, 国政の本拠地であるTokyoでCastle Officeの2人のDirectorが警察官に逮捕されたことを聞くや顔から血の気が引いた. もちろん彼は, 彼らに対して2人を逮捕せよと命じてはいないし, Hanasakaに対して弱腰な自分に対する保守派の嫌がらせなのかとすら考えた.
“こんな逮捕に何の意味がある? HanasakaのFloraは, いったい何をたくらんでいるのか?”
Matsudaira首相は, このような強引でむちゃな逮捕劇を実際に仕掛けたのは, Rusty-believersか, Hanasakaの“Pro-Mayor Faction”と呼ばれる, Goblino市長とその同調者たちであろうと考えたが, そのことに憤ってはいなかった. 疑い深い彼は, そうしたことを彼らが起こすよう, Floraが暗に誘導したのではないかと推察した. 今回の事件をTokyoで引き起こし, それに対して政府内の誰がどのように反応するかを, 彼女は注意深く観察しているのだろうと考えた.
“全く迷惑な話だ… みんな, 彼女の恐ろしさを分かっていない. 彼女に見つめられたら, 抵抗の意思がないことをすぐに示して, 距離を取るべきだ. 間違っても彼女に近づいてはならん. 手を触られ, お花畑で遊びましょと誘われたら, それはすなわち, 死を意味する.”
| <- Previous | -> Next |