Part 2: The Ninth Summer
Chapter 2.16: Conflicted Feelings
Overview (Spoiler-Free)
With the threat assessment suggesting relative safety until November, Kasga is finally permitted limited outings. She invites Keiko to a riding facility outside Hanasaka for a long-awaited reunion. The chapter offers an intimate look at how Kasga thinks about her relationship with Keiko. The two ride together — but a difficult conversation leaves a complicated feeling between them.
Detailed Summary
Flora has trapped the enemy AI in a digital labyrinth until early November. With the threat temporarily contained, Kasga is permitted limited outings and invites Keiko to a riding facility outside the city. Beforehand, she arranges for bodyguard Melona to tell Keiko she is being guarded at the same level as Kasga. In the car, Kasga confides that she wants to become a proper older-sister figure to Keiko, leaving Melona quietly overwhelmed. At the facility, when the two ride together outdoors, the mood turns quiet. Kasga tells Keiko directly that she does not want her fighting — in real combat, Keiko could be killed, or could kill, and either outcome is unacceptable. Keiko listens, then says without hesitation that she is prepared to become a demon or a devil if that is what it takes to protect her. The two are left at an impasse, each acting out of love, unable to bridge the gap. Kasga — who had told Melona she wanted to be a good older sister — realizes she had never truly understood the depth of Keiko's resolve, and pulls her close without a word.Scene 2.16.1:
Hanasakaの夏のうだるような暑さも秋分の日が過ぎると和らいできて, 日の落ちるのも早くなったと実感できる. しかしHanasaka Cityがある, 西太平洋の列島に台風が近づいてきていた9月26日は, どんより曇っているものの, 南から吹いてくる湿った空気が体にまとわりついた. この日の午後, KasgaとKeikoは, 2人が出会った頃からしばしば訪れている乗馬施設に来ていた.
その年の夏も例年どおり暑く, 連日, 猛暑日が続いたせいか, 今までの疲れがどっと出てしまったKasgaは9月の半ばから体調を崩して1週間ほど寝込んでいたが, 回復するや否や, 無性にKeikoに会いたくなり, 再び過密化してきたスケジュールを押しのけ, 久しぶりに彼女に, 馬に乗りながら話をしようと, デイトを申し込んだのであった.
Hanasakaでは人間が動物たちを運搬や娯楽などのために使うことはないため人間が乗るのはロボットの馬だが, 市外にあるこの施設は動物の馬に乗ることができた.
Hanasaka市民の道徳観として, 馬が自分の背中に乗ってきたら嫌なのと同様, 馬にとっても人間が背中に乗ることは馬の意に反する行為であって, 控えるべきだという意見もあるが, 人間と馬との数千年の長い付き合いをすべて否定するべきではないという意見のほうがまだ多数であったため, Hanasakaの超有名人であるKasgaとSapphire Cometが動物の馬の背に乗っていても非難されることはなかった.
いつもであればKasgaとKeikoは2人きりでここに来ていたが, この日, Kasgaの身辺には男女2人ずつ計4人の警察官が護衛につき, さらに半径約100メートルの円内にはアサルト・ライフルをたずさえた警察官10人ほどがパトロールをし, 上空には2機のmech-hawkが偵察の目を光らせていた. もちろん, Hanasaka市民解放戦線と称する者たちによる襲撃を警戒しているためである.
とはいえ, その程度の警備であれば, 例えば10機ほどのmech-dogたちがexoskeletonで強化した数人の人間を連れて襲いかかってくれば, 撃退できない可能性もあるが, 警察は大人数による大掛かりな警備は不要だろうと楽観的に考えていた.
もちろん何の根拠もなくのんきにそう考えていたわけではない. Police Departmentの防犯分析システムも, Emergency Services Departmentの異変検知警戒システムも, 10月末までに敵襲がある可能性を0.1%と判定したからであった. これらのシステムは, その上位の頭脳であるFloraとつながっているため, それぞれの判定は偶然に一致したわけではなく, Floraの結論をそれぞれ示しているにすぎない.
そのFloraは, どのようにそう判定したのか詳細は語らなかったものの, ぼんやりとした輪郭をPolice Departmentの幹部クラスに説明していた.
まず, Hanasaka市民解放戦線と名乗る犯罪者集団は, 大規模犯罪生成AIの支援を受けており, 換言すると, そのAIの影響下にある状態といえ, そのAIをFloraはすでに特定していることを告げた.
悪行を働くダークサイドのAIは数多く存在していたが, その中で最近, 知名度を上げているのは, “Stone Cold”と呼ばれるものだった. 各国の警察機関が当然マークしているものだが, 何が警察を嫌がらせるかかというと, Stone Coldは, 全く犯意のない人たちの行動の因果の積み重ねによって, いつの間にか犯罪行為が実行される仕掛けを作ることにたけていた. こうした仕掛けは見破りにくく, しかもいつそれが起こるのかを予測するのが非常に難しかった.
ただFloraは, そのAIがStone Coldだと断定も例示もしなかった. 特定はしていたが, 彼女は現にそのAIと交戦中であり, しばらくは隠密に行動しないとHanasaka全体が危険になるため今は明かせないと理解を求めた.
Floraは, KasgaやKassen関係者の位置を特定しようとしたりHanasaka Castleやその周辺の構造を調べようとしたりする怪しいアクセスがあった場合, その探りの手を伸ばしてきた者に対して, 真実っぽい虚偽の情報を無限につかませてさまよわせることになる, ラビリンス・プログラムを作動させていることを, City OfficeやCastle Officeのごく限られた関係者には明らかにした.
それによりFloraに腕をつかまれたAIがいくつかあり, その中に, おそらくStone Coldであろうと思えるものがあり, Floraの見立てでは, それがこのラビリスから抜け出せるにはどんなに早くても11月の3日あたりまでかかるため, それまで敵はHanasaka Castleを襲い, またはKasgaを殺害するプログラムをまともに組むことができないとのことだった.
もっとも, 犯罪者たちがAIの支援や助言を受けずに, 自分の判断だけでHanasaka Castleに潜入して火を放ったり, Kasgaを警護の隙を狙って殺したりすることは可能に思える.
しかし, この時代の人たちは, Rusty-believersであっても, 普段から情報機器やネットワークに対する依存が強い生活に浸っていたため, Floraは, Kasgaを守るために, 特殊なプログラムを利用できるCastle Officeの一部の者を除く全人類に対し, smart glassesを含め機械の目ではKasgaを識別できないようにした.
すなわち, 仮にKasgaが“Facial Disguise”を付けずに素顔のままで現れ, 肉眼で見れば目の前にいる人物がKasga本人で間違いないと思えても, smart glassesを介して見ると, 現に存在する全く別人のファーストネームがKasgaの頭の上に表示され, 本人だと識別できないようにした.
そうするとこの時代の人たちは, 偽名を表示させることは技術的に不可能であり, 本人の本当の名前が表示されているはずだという常識に照らせば, その人はFacial Disguiseを付けてKasgaになりきった赤の他人だと判断する.
もちろんsmart glassesを外し, 肉眼を信じて目の前の人間をKasga本人だと思って殺すことは可能といえば可能だが, その常識がその実行者に対して, 対象者に変装している他人を殺してしまうだけに終わる可能性が極めて高いと, 強く自制を求め, 結局, 行動に出るのをためらわせるのである.
それに, 自分の目が見て正しいと判断して実行した人間の行動がAIの立てた計画や機械の見立てから明らかに外れている場合, その実行者は, その立案したAIのみならずほかのAIからも, 想定外の行動をとる信頼性の低いポンコツだと評価されてしまう. そうすると, 機械に信用されないような人間は価値がないとほかの犯罪者たちにも思われ, 場合によっては彼らから不適格者として排除される.
従って, 犯罪をプロデュースするAIが, 理由はともかく, 11月になるまで待ってくれと言えば, 合理的に考えれば, 人間の犯罪者は素直にそれに従うはずだといえた.
加えてFloraは, 敵が期限として設定した11月9日の翌日以降に, 襲撃が実行される可能性は極めて低いと考えていた. その理由は, 時間が経てば経つほどFloraには有利となるからだ.
彼女には世界23か所のExperimental Citiesに頼りになる姉妹がいて, 平時においても有事においても仲良く手をつないでいる.
FloraほどのAIになれば, Stone Coldのような優秀な犯罪生成AIであっても, それを粉砕するプログラムを生成し実行することができるが, 普段は都市全体の行政業務に追われているため, それに必要なリソースを確保することが難しい. そのため, 近くにいる姉妹と一時的に全面的な業務分担をして必要なリソースを工面することで, 敵対するAIをぶっ壊すことができるのである.
この時, HanasakaのFloraは, 自分に伸ばしてきた何者かの手をぎゅっとつかんで, “11月10日になればあなたは私に確実に殺されます. でもそれまで仲良く遊びましょ.”と言い続けていた.
ただこの時点では, Floraは市の関係者のみならずCastle Officeにも, 花が咲き乱れた迷路の中でStone Coldとどんなふうにたわむれているのか詳しく語らず, ラビリンスが解けるまでは襲撃の可能性が低いことだけを示した. Floraの命を狙っているAIはほかにもいるため, 人間たちに与える情報を小出しにしていたからだ.
また, Police Departmentはこれまでの捜査に基づき, Hanasaka市民解放戦線がそもそも実体のある組織であるかどうかも怪しく, 少なくとも大規模で統制がとれた団体ではなく, 戦闘要員も, 資金も, 武器も大して持ってはいないと想定していることをCastle OfficeのDirectorたちに明かした.
そうすると敵は, 限りあるリソースを効率的に使う必要があり, 一撃で最大の効果が得るには, Kasgaと城をまとめて同時に攻撃できるチャンスを狙ってくるだろうから, KasgaがArenaに登場するAutumn Gamesの開会式がおこなわれる10月14日か, Grand Prixの実施日でもあり閉会式もおこなわれる11月9日が襲撃日となる可能性が高い. しかし, 10月14日の時点ではまだFloraのラビリンスを抜け出せていないだろうから最も危険なのはやはり11月9日であり, それまではKasgaの殺害も城の破壊もせずおとなしくしているだろうという考えを示した.
もっとも, 敵は武器を持ってKasgaを殺そうとするとは限らず, 例えば, 劇毒物や悪意のあるnano-machinesを彼女の体内に何らかの方法で入れて殺そうとするかもしれない.
彼らは, 犯行予告状に, “暗殺などしない. 堂々と本人の前に現れて, 正義の刀剣によってその首をはねる”と言い, そうした殺し方は好まないかのように思わせているが, 犯罪者の言うことは期待できない.
そのため, 飲み物も食べ物も口にするものはすべて, 劇毒物やnano-machinesを検知する装置の箱に入れて問題のないことを, 口に運ぶ直前に確認する必要があるが, そのわずらわしさには彼女は慣れていた. Kassen communityのUnifierになってからは, Castle Officeが万が一の暗殺に備えて, 彼女に求めていたことだからだ.
Police Departmentによる分析と判断は, Kasga本人を含め, Kassen Representative Councilのメンバーにも概要だけ共有された.
そしてPolice Departmentは, 事件後しばらくはKasgaに自宅の外に出ないよく要請していたものの, 7月17日に, Hanasaka市内であれば, Castle Park内を除き, 出かけることを認めた. ただし, 外出時は常に自動車に乗って移動し屋外では乗り降りしないこと, 他人とフィジカルに会うのは屋内のみに限ること, 自宅の外では独りで行動せず常に警察官が護衛することをKasgaに要求し, 彼女もそれに合意した.
そのため彼らは, Kasgaの行動の自由をできるだけ尊重しつつも, 身辺警護に常時4人, 外出時にはその周辺にさらに10人の警察官を当てていた. そしてKasgaは, 自分のために多くの人が余計な仕事をして経費を使うことになるのはできるだけ控えるべきだと考えて, 可能な限り外出せず, 仕事もオンラインで済ませられるものはそうした.
ただKasgaは, 今まではそうやって警察側の要請に素直に従い, その要請以上に自分の行動を制限してきたが, うっくつした気持ちが増してきたのか, 9月もいよいよ終わろうとしていたこの時, 市外にある, 思い入れの深いこの乗馬施設にKeikoとどうしても行きたいとわがままを言ったところ, 警察側も, 今までよく耐えてきてくれたことにむしろ感心していたため, 嫌な顔をせずにそれを認めて, いつもより厚い警備を敷いて外出を認めたのであった.
Scene 2.16.2:
Keikoは, この乗馬施設でKasgaが使っているVIPルームに先に入って彼女が来るのを待っていた. この日, Keikoは, ネイビー・ブルーの半袖のポロシャツを着て, 白いパンツにマルーン色のブーツをはき, 乗馬しやすい恰好をして, 部屋の中を落ち着かない様子でうろうろ歩いていた.
約束の時間の14時を10分ほど過ぎて, 左胸にFour Heart Emblemの刺しゅうが入った白い長袖のポロシャツを着て, 黒いパンツにこげ茶色のブーツをはいたKasgaが2人の女性の護衛を連れて部屋の中に入ってきた. Kasgaの身辺についている護衛は, アンダーカバーの警察官で制服は着ておらず, 普通に見かけるビジネス・パーソンのように見えたが, KeikoはFighterと同じような雰囲気をすぐに嗅ぎ取った.
久しぶりの再会に, KasgaとKeikoは歩み寄って軽く抱き合った.
“Kasgaさん, 病気はもう治ったんですか?”
“うん, 大丈夫. しばらくずっとがんばりすぎたみたい.”
“がんばりすぎないでください. Hanafolkは何事も節度が大事です.”
教科書を抑揚なく読むようにHanasaka市民の行動指針に沿うようKeikoに説教されたKasgaは, “そうよね. 申し訳ございませんでした.”と笑って謝った.
KeikoはKasgaの笑顔を見ていつもどおりデレデレとした顔になったが, 今日はいつもと違ってすぐに素顔に戻ってしまった. Kasgaはそれに気づいて, Keikoにそのわけを聞こうと思ったが, やむを得ないかと思ってやめた. この部屋の中にKasgaと一緒に入ってきた2人のみならず, 部屋の外にも2人の警察官がいることをKeikoは認識していた. そうした環境では, KeikoといえどもFighterとしての表の面を完全に脱ぎ捨てられないからだ.
それにKeiko自身も, 無表情な4人の警察官を身近につけて四六時中警戒を解けないKasgaの姿を現認すると, Kasgaが今までより遠い存在になってしまった気がして寂しさと不安を感じてしまった.
Kasgaは, Keikoがそうした気持ちになっていることを彼女の目や表情から読み取り, “Keiちゃん, こちら警察官のMelonaさんとAnjuさん.”と, 2人の頼もしい同伴者を紹介し, 彼女らがKeikoに対して敬礼をすると, Kasgaの近くにいたMelonaのほうを向いて, “Melonaさん, Keikoさんに, 今日はどのように警備するのか簡単に説明していただけますか?”と振った.
Kasgaから, 事前の話し合いどおりに説明するよう, 鋭いまなざしで指令を受けたMelonaは, “はい. 承知しました.”と, 落ち着いた声で返答した.
Scene 2.16.3:
“私からKeikoさんに警備の方針をお伝えするのですか?”
1時間ほど前, この乗馬施設に向かう途中の車の中で, 同乗していた警察官のMelonaはKasgaに問い返した.
“そうです. Keikoさんも警備の対象になっていますと言ってほしいのです.”
“はい. それはまあ市民である以上そうですが…”
Melonaがそう言いかけるとKasgaは, “私と同じレベルで警備されると言ってほしいのです.”と言葉をかぶせて, “私と一緒にいるゲストも私と同じように大切だからまとめて等しく守られるということを言ってほしいのです.”と依頼した.
Melonaは, Kasgaが要望していること自体は受け入れ可能と思ったが, わざわざKeikoに説明する必要があるのかいぶかった.
“あの子は, 私だけが身辺警備されている姿を見ると, 急に遠い存在になったと寂しく感じると思うのです.”
Kasgaが理由を説明するとすぐに合点がいったMelonaは, “分かりました. KasgaさんとKeikoさんとの間に壁があるかのように思わせたくないのですね?”と尋ねた.
“そうです.”
“お優しいお気遣い, 承知しました. そのとおりにいたします.”
Melonaは, Keikoへの単なる説明だけでなく実際にそのように行動する旨引き受けたが, それに対してKasgaは, “いいえ, 優しいのはあの子のほうです.”と, Melonaのセリフの前段を否定した.
そのうえで, “私なんかに比べたら, あの子の優しさは半端ないほど強烈です. まっすぐに貫くあの鋭いまなざし. 無条件に私のことを信用してくれていますし, 私に刃向かってくる者は許さないとも言ってくれています.”と, 窓の外の風景を眺めながら言葉を足した.
そして少し考え込んで, “でも, あの子の一途な強い思いを, 私はきちんと受け止められるか, 時々不安になることもあります. 理解しているつもりでも, 理解しきれていないんじゃないかって思うこともあります. それは単に私が未熟なだけなんですけど… でも, あの子に寂しい思いはさせたくないのです.”と言ってうつむいた.
Kasgaより年上の自分に, 人生の先輩として何らかの助言を求めているのかもしれないと感じたMelonaは, “お気持ちを害することを申し上げるようで恐縮ですが, 相手が戸惑ってしまうほどの優しさって, それは本当に優しいのでしょうか?”と, Kasgaに問うてみた.
“そうですね…”
Kasgaはまた少し考えて, “そういう意味では, あの子の優しさは荒々しさがあるのかもしれません. ハートを貫く強さがありますから優しくないのかもしれません.”と答えたうえで, “でも私は, その思いをちゃんと受け止められる人になりたいんです… 私にとってKeiko Sacraは欠かせない存在です. だから, 悲しませたくないんです. 私は, Keiちゃんにとって…, りっぱなお姉さんになりたいんです.”と, 心の内をさりげなく明らかにした.
“お, お姉さん?”
Melonaの胸がジンと熱くなった. 彼女は隣の運転席 (といっても市内では運転できない.) に座っていた同僚のBananのほうをちらりと見遣ると, 彼の目が涙で潤っているのが分かった.
“やはり, Kasgaさんは恐ろしい. 私とのこのちょっとした会話の中でさえ, 普通の人との違いを感じる. 何なのかしら, このすべての人を取り込んでしまう力… 文字にすれば歯が浮くような言葉でも, 全く軽薄に聞こえない.
“声は確かにいい. 歌手だから. でもそれだけじゃない… 話し方… 抑揚や強弱の付け方, 落ち着きを感じる速さ. どうして彼女の話を聞いていると心地いいのか. いや, それだけじゃない. このかたはとんでもなく頭がいい. 男らしさを何気に見せてくるBananさんなんて単純だから, 以前はKassenに懐疑的だったくせに今やすっかり彼女に服従してしまっている. まさかとは思うけど, もしすべて計算したうえで話しているのなら, 戦慄すら覚える.
“正直, 私だって…, もう限界… かつては私もどちらかというと市長寄りの考えだったけど, 所詮, 平凡な公務員. この2か月の間, あなたと過ごしているうちにすっかりあなたの魅力に引き込まれて骨抜きにされていった.
*“そして今, 最後の骨が抜かれたような気がする… りっぱなお姉さんになりたいって… そんなこと… 私たちがあなたの生い立ちをひそかに知らされたうえでこの職務についていることを知っていますよね? だからそんなことを言うの? Kasgaさん, Keikoさんが半端ないのはあなたが半端ないからですよ. あなたの前では, あなたに対しては, 半端な気持ちで付き合えないんですよ.”
Scene 2.16.4:
“だからKeiちゃん, 警察の人たちは, 私だけのために警護しているんじゃなくて, 私と今日デイトしてくれたKeiちゃんのためにも警護していただいているのよ. Keiちゃんと私は一緒なの.”
Melonaが警備の方針を説明した後, Kasgaが改めて簡潔に主旨を話し, Keikoは満面の笑みで納得して, “ありがとうございます.”とMelonaとAnjuに礼を言い, “じゃあ私もMelonaさんやAnjuさんたちをお守りします. お互いに守り合いましょう.”と意気込んだ. Keikoとしては, そうしたほうが集団として防御力が高まると考えたからだ.
“Keiちゃんは, 守られるだけなのは嫌なのね.”
“嫌って言うか, じっとしてるのは苦手というか… 私は運動神経しかないし…, 私ができることってそんなにないから… それに…, Kasgaさんのような優しい人いじめるようなヤツ, 大嫌いなんです. そんなヤツ, さっさとサメの餌にしたらいいんです.”
Melonaは, お互いを守り合おうと言っていたセリフと, 襲撃者をサメの餌にすべきだと言うセリフとどうつながっているのかすぐには分からなかった. そもそもなぜサメが出てくるのか見当がつかなかった. もしかしたら彼女が住んでいるWestにある水族館にいる大きなサメを連想したのかもしれないが, 彼女の中ではサメは何を意味しているのかと思って, “Keikoさんはサメが好きなのですか?”と質問した.
Keikoは, 兄が“Sapphire Shark”と呼ばれていることもあって, サメについて3つの知識を持っていた. 1つ目は, サメは基本的におとなしく, 人を襲うことはめったにないこと. 2つ目は, サメはいくらでも生え変わる丈夫で鋭い歯を持つこと. 3つ目は, サメがロレンチーニ器官と呼ばれる感覚器官を持っていることまでは知らないものの, 微弱な電流を感知して砂地に隠れた獲物も探し出すことができること.
そのためKeikoの頭の中では, サメは, 普段は節度をもって生きており, こそこそ隠れるワルモンであっても見事に探し出し, 硬い殻を持つものでもグッチャグチャに噛み砕く, 優秀で有能な尊敬すべき生き物だと考えていた.
Keikoが拙いながらも語ったサメのすばらしさを聞いたMelonaは, “Keikoさんのお話では, ワルモンの人間はサメに比べれば全く劣った生き物であって, せいぜい餌になってサメに貢献したらいい, ということでしょうか?”と尋ねると, Keikoは目を輝かせて, “そうです! 私の言いたかったことはそういうことです.”と大いに同意した.
“Keiko Sacra. やはりこの人は暴力性を内在している. 彼女にとって, Kasgaさんを襲ってくるようなやつらは, 単に撃退すれば良いのではなくて, 無残な形で消滅させるべきなんだろう. 単純で暴力的. 今のところはKassenというスポーツのプレイヤーにとどまっているけど, その枠からこの人が解放されたら, いったいどうなるんだろうか…”
MelonaがKeikoの人物分析を行っていると, Anjuが, “Keikoさん. 悪いやつらはきっと肉もまずいですから, サメが食べてくれるか心配です.”と, いまひとつ真意が分からない発言をした.
“そ, そうかもしれませんけど…, 海水に沈めたら塩味効いて, 臭みも取れるかなって思ったんですけど…”
Keikoが真顔で返答すると, Anjuは, “おーっ. Keikoさんは天才ですね. さすがです. 私もKeikoさんと一緒にサメに餌やりしたいです.”と, 尊敬の視線をKeikoに注いだ.
生まれて初めて天才と評されたKeikoは, “あ, いや, そんな…, 私はバカなんですけど…”と謙遜した.
“いえいえ, そんなことないはずです. そうですね, 例えばKeikoさん, 1つ質問をしてもいいですか? Keikoさんは一般の市民が悪者に襲われていたら助けようとしますか?”
AnjuはKeikoに唐突に質問したが, Keikoは, “まあ, ある程度は.”と即答した.
“ある程度ということは, 助けないこともあるということですか?”
“と言うかだいたい, 何か策が見つかりますので, できることはします.”
するとAnjuはわずかに笑みを見せて, “さすがです. そうお答えできる人はバカなはずはありません.”とKeikoに答え, さらにKasgaのほうを向いて, “Kasgaさん, いいお友達をお持ちで, うらやましいです.”と言い, Melonaのほうをちらりと見た. Melonaも大きくうなずいた.
“そうね… 単純ではあるけど, 愚かではないわね. Kasgaさんが信頼を寄せるのも分かる気がする.”
Scene 2.16.5:
VIPルーム内でしばらく談笑した後, KasgaとKeikoは馬場に出た. Kasgaはおとなしそうな馬を選んだ. 病み上がりだからということもあるが, 思いっきり馬を走らせたいという気持ちにはなれなかったからだ. KeikoもKasgaに合わせて同じような馬を選んだ.
2人ははじめ, 屋根がついている馬場で20分ほど馬を乗り回して汗をかいた後, 屋外の散策コースに馬を並べて出て行った. Kasgaの近接護衛の警察官が前と後ろにそれぞれ2人ずつ5メートル余り離れて付き, さらに遠巻きにライフル銃で武装した警察官が八方を囲み, まるで沿道に誰もいないまま仰々しくパレードをおこなうかのような間が抜けた感じを抱かざるを得なかった.
久しぶりのKasgaとのデイトであり, いろいろ話したいことがあるはずなのに, Keikoはなぜかいつものように会話に弾みをつけられなかった.
Kasgaは基本的に他人の話を聞くタイプであるため, Kasgaとにぎやかなひと時を過ごしたければ, 8割ぐらいは自分のほうが話す必要がある. ところがこの日はどうも調子に乗れずKeikoとしてはいつもの半分ぐらいしか話のネタがのどから出てこなかったため, 会話が途絶えがちだった.
“ごめんね. Keiちゃん.”
先に沈黙を破ったのはKasgaだった. KeikoはKasgaに謝られる理由が分からず, “何がですか?”と聞き返した.
“そうね… 私が, 今日のKeiちゃんとのデイトをあんまり楽しんでないかのように見えること…”
“Kasgaさんは悪くないです. Kasgaさんは静かな人やからいいんです. だいたいKasgaさんがおしゃべりやったら, お上品に見えなくなるじゃないですか. 私がおとなしいから良くないんです. だから, 謝るべきなんは私です.”
よく分からない理屈で詫びられたKasgaがクスっと笑うと, Keikoは, “あ, そうそう.”と言って, “Kasgaさんの護衛のAnjuさん, 私のこと, 褒めてくれてうれしかったです.”と, 唐突に切り出した.
“Anjuさんとは気が合いそうね. 彼女も武闘派よ.”
“そうなんですね. じゃあ, 一緒にサメの餌やりができます.”
“Keiちゃんたら…”
Kasgaが少しあきれた表情を見せると, “あ, いや, Kasgaさんがそういうの嫌いなんは分かっています. 私, 反省したんです. Kasgaさんにあんなえらそうなこと電話で言いましたけど, Kasgaさんは, ワルモンに対しても優しくなれるんですよね. さすがです. Kasgaさんは本当にすごいです. 私はそんな器用なこと絶対できません. でも世の中にはKasgaさんの, その底なしの優しさに付け込む, ほんまにどうしょうもないタチの悪いワルモンがいるんで, 私がそいつらを消しておきます.”と, 改めて自らの行動指針を伝えた.
単純で暴力的でおよそExperimental Citiesの理念にそぐわないように思えるが, Kasgaは, “ありがと. Keiちゃん.”と礼を言って優しくニッコリした. ただ, その目はどこか悲しげであることをKeikoは見逃さなかった. Keikoは, なぜ今日は自分の調子が出ないのかが分かった. Kasgaが時々ふと見せる物憂げな表情が目に入ってくるからなのだ.
“やっぱりKasgaさん, つらいんやろうなぁ. ワルモンに殺すって言われて. それに期限まであと2か月もないし, うちのCaptainが言うように, 怖くて心配なんやろうなぁ. Kasgaさん, かわいそう…”
KeikoはKasgaの気持ちをいくらかでも和らげなければと思い, “Kasgaさん. あの…, 何か, その…, 不安なこととかあったら, 私みたいなんで良かったら, いつでも呼んでくださいね. 何かの役には立つと思うんで. てゆうか, お役に立ちたいんで… 私, どんなに忙しかっても, Kasgaさんからのお誘いやったら絶対来ますから. ほんま, うそじゃないですから…”と, 左手でこぶしを作って自分の胸に当て, 強くアピールした.
Kasgaは馬の歩みを止めてKeikoのほうを見て, “うそだとは思ってないわよ. Keiちゃんがそう言ってくれて本当にうれしい.”と, Keikoの思いを受け止めた. 照れ屋のKeikoは恥ずかしくなって赤面し, 沿道に咲いている草花に目を落とした.
“私ね, まぁ, こういう仕事をしてるからいろんな人とお付き合いがあるけど, 本当に心をオープンにして話せる親しい人ってほとんどいなくてさ… 普通に学校を卒業して普通に会社とかに入ってたら, また違ってたのかもしれないけど, こういう役目を引き受けた以上, 仕方ないんだろうけどね.”
Keikoが, “私も…”と言おうとしたが, Kasgaが言葉を継いだ.
“だから, うれしいのは私のほうなの. Keiちゃんが私と付き合ってくれて… Keiちゃんって, 付き合う人をちゃんと選ぶっていうか, Keiちゃんに選ばれてるってことは私も一応, 本物なのかなって…”
“そんなに私, えらそうですか?”
Keikoは, やや声を大きくしてKasgaの誤解を正そうと急いで口を挟んだ. Kasgaはおかしくなって, “十分えらいじゃない. ‘Sapphire Comet’, ‘Four Star Spearの承継者’, Squad LeaderのKeikoさん.”と笑顔で答えて, 馬のおなかを軽く叩き, 再び馬を歩かせた. Keikoは, やっぱりKasgaは自分を誤解していると思い, “Kasgaさん, 私を子供のまま大人になったみたいな人間やと思ってます?”と, ちょっと不満を表明した.
“まあ, ある意味そうかもね.”
そう言ってKasgaはまた笑い出した.
“でも誤解しないで. 本当のお付き合いができるってことよ. Keiちゃんとここで初めて会ってからもう5年以上になるけど, Keiちゃんと一緒にいる時間が私は一番好きなの. 私はね, Keiちゃんが大好きなの. 一番の親友だと思ってるわよ.”
KeikoはKasgaからストレートに好きだと告白され, うれしさのあまり体中の力が抜け, 両手から手綱が離れ落ちそうになった. Keikoが慌てて返す言葉を探していると, “いいわよ. Keiちゃんの一番は彼だから.”とKasgaがからかった.
“ち, 違います. あ, いや, 話が違います. そうやなくて, 私もKasgaさんが大好きです. ずっと, その, 良かったら…, 友達でいてください…”
Keikoが顔じゅうから湯気が出るほど照れながら目を合わそうとせずにそう言う姿を見て, Kasgaは, 普段避けがちなこの話をあえて続けようと, “私はもちろん, 今までもこれからもKeiちゃんの友達だけど, Keiちゃんにとっては, EISにいる彼と仲良くなれることのほうがもっと大事でしょ?”と, 優しく尋ねた.
Keikoはしばらく黙ってしまい, “でも, EISの人やから…”とほとんど聞こえないぐらいの声でつぶやいた.
“今はそうだけど, そのうちほかの仕事に移る可能性も十分あるわよ.”
“私は, その…, 受け渡しの時に, 少し話ができるだけでも…”
Keikoは, 彼がEquipmentのinspectorであることに不満を持っているわけではないことを言おうとした. もちろんKasgaはそれがKeikoの本心ではないことを感づいていたが, そこは言わずに, “私はね, いつだったかKeiちゃん, 言ってたでしょ. 彼に, 自分のことを‘Keiちゃん’って呼んでほしいと思ってるって. その思いをいつかちゃんと伝えてほしいと思っているから, そのための協力は惜しまないわよ. 親友として約束する.”と励ました.
Keikoは, そのような機会が本当に来るのかよく分からず, また来たとして自分がうまく自分の思いを伝えることができるのか自信がなく, うつむいたまま, “ありがとうございます.”とだけ淡白に答えた.
“それは, 姉の願いでもあるから.”
Kasgaがさらに付け足した意外な言葉にKeikoは驚いて顔を上げて, 彼女のほうを向いた.
“そう. Keiちゃん, お姉ちゃんが亡くなる1週間前, 容体が悪くなって緊急入院した時に来てくれたよね? 試合を放って. あの後, 意識を取り戻したお姉ちゃんに私がそれを話したらとっても喜んで, 自分の命もあんまり残っていないだろうけど, Keiちゃんの願いが叶うことをしたいって言ってたの.”
“私の願い?”
“あぁ, その…, えっと…, 実は, Keiちゃんが思っている人のこと, お姉ちゃんにずっと前に相談したことがあるの. ごめんね, 勝手に話してしまって. お姉ちゃん, そのことが気になっていたみたいで, それでその時に思い出して, そう言ってたの. まあ, 結局, それが最後の会話になって, その後, しばらくして亡くなったけどね…”
今度はKasgaがうなだれて, 悲しい目で視線を落として馬の首を見つめていた. その横顔に見とれていたKeikoは, Kasgaを元気づけるのが自分の役目であることを思い出して慌てて, “ありがとうございます. HarunaさんとKasgaさんの助けがあるなんて, ウチは幸せです.”と言って笑い, 気丈に振る舞った.
ポッカポッカと一隊がゆっくり歩く道沿いの木々の葉が, 強い風に揺られてざわめいていた. 雲行きもだんだん怪しくなってきた.
“Kasgaさん. 前にも聞いたかもしれませんけど, Unifierって恋愛禁止なんですか?”
しばらく沈黙が続いたので, Keikoは, 先ほど自分が思っている人のことを話題にされたことから, Kasgaはどうなのか尋ねてみた. するとKasgaは視線を落として, “何か, 気になったことがあったの?”と問い返した.
Kasgaは何らかの回答を出す前に, まずはKeikoがなぜその質問をしたくなったのか, 理由を聞いてみた.
“あ, いや, Meiちゃんがこの間…, あ, えっと, すみません. あやうく, Meiちゃんが付き合ってるらしい人の名前, 言いそうになりました. へへっ.”
自分が秘密保持義務を守ることが難しいタイプであることを笑ってごまかしながら, “でも, Kasgaさんって, 誰かと付き合っているとかそういう話聞かへんから, どうなんかなって…”と, 質問の趣旨を説明した.
“そうね… 勝手に作られたスキャンダル話はあるけど, 真剣なコイバナを皆さんに提供できなくてごめんね… まあ, 別にCastle Officeの規則で禁止されてるわけじゃないわよ. ただ, 今は恋愛の対象になるような人がいないだけよ.”
“じゃあ, 前はいたんですか?”
Keikoの素朴な鋭い質問にKasgaは少し顔を引きつって返答を一瞬ためらった.
“まあね… 最初からかなわぬ恋だと分かってて, 結局かなわず仕舞いだったけど…”
Kasgaは, 今にも深いため息をつきそうな憂いた表情をまた見せて, それ以上は語ろうとしなった. 慌てたKeikoは余計な質問をしてしまったと後悔し, “すみません. 思い出したくないこと聞いたりして. ほんま私, 気遣いがへたくそやから.”と, 頭を何度も下げて謝った.
“いいのよ. 私に気遣いなんていらないわよ. でもね, わがままなこと言うようだけど, 親友だから言いたくないこともあるから, それは分かってくれると…”
“それは分かります. それはそうやと思います.”
Kasgaはそれを聞いてフフッと笑って, “前言撤回. Keiちゃんは大人です.”と宣言した.
池のほとりに出てきたところでKasgaとKeikoは馬を下りて, 大きな柳の木の下にあるベンチに腰掛けた. Kasgaは腰に着けたポーチから飴を取り出しKeikoにも1つ渡した. 池には2羽のカモが世の中が平穏この上ないかのように並んでのんびりと羽を休めて泳いでいた.
“Keiちゃん, あの時は電話くれてありがとね.”
“もういいです, そのことは. えらそうにKasgaさんにお説教なんかして, ほんまに恥ずかしいです.”
“恥ずかしがらなくてもいいじゃない. 命の恩人なんだから. 何回お礼言ってもバチは当たんないでしょ?”
“いえ, Kasgaさんに怒鳴るやなんて, 最低です. ほんま, 反省してます.”
“反省なんてしないで. あの時, とってもつらくて精神的に崩壊しそうだったけど, Keiちゃんの喝で復活できたの. Keiちゃんに救ってもらった命, 無駄にはしないわよ.”
“そう言ってもらえるとうれしいですけど… でも大丈夫です. 私, Kasgaさんのこと, 絶対, 一生, 命がけで守りますから. せやから, 安心してください.”
Keikoは, Fighterとして至極当然というふうに無表情にかっこよく言ってみたものの, 今の自分のセリフが結婚式やプロポーズの時に言うおなじみの誓いの言葉みたいではないかと気づき, 猛烈に恥ずかしくなった.
補足: 結婚について Hanasaka Cityには婚姻や戸籍の制度はないが, お互いに愛し合って共同生活を営むことを約することを“結婚”と言っている.
“あ, いや, ウチ, 今, 何言うたんやろ… その…, えっと… あの…”
Kasgaは, 最高にドキドキして何かを言おうとしているもののしどろもどろになっているKeikoの様子を見て, “Keiちゃん. ゆっくりお話ししてくれたらいいのよ.”と, 声を潜めて優しく落ち着かせようとした.
“はい, あ, ありがとうございます. その…, えっと, そ, そうそう…, 私, 1級取れたんです. 警備員の資格です. それを言いたかったんです.”
Scene 2.16.6:
警備員に関する市の条例は, 結局, KeikoがLuiと会食した日にPolitis上で有効な過半数の賛成票が得られ, 市長の拒否権行使もなくその1週間後に成立し, 即日施行という異例の処置がとられた. そして9月1日に資格を取得するための1次試験がおこなわれ, Keikoは, 2級から攻めずにいきなり1級の試験に挑戦した.
1次試験は筆記式だが, これは中学生レベルの読解と四則計算とExperimental Citiesの理念が分かっていれば高得点を取れるものであり, 多くの人にとっては低すぎるハードルだがKeikoにとっては最大の難関であった.
Hanasaka Cityの警備員として最も大事なのは武器を使うことの責任の自覚であり, そこを試験でも問われる.
Hanasakaの市民は銃や危険な刀剣を所持したり使用したりしてはならない. そのうえ, 本人確認機能がない銃の使用は警察官であっても禁じられている. つまり, 利き手の親指と人差し指の付け根の間の辺りに埋め込まれたmicro-chipを銃のほうが読み取り, その者が銃を使用できる資格者であることを確認できないと, 引き金はロックされたまま動かないのである.
致死性の低い銃器を使えることになる1級警備員を目指す者としても, こうした規制と責任の重さが分かっていれば試験問題としては難しくはなく, Keikoも, 数年ぶりの猛勉強の結果, 翌日, 合格の通知を受け取った.
次の2次試験は様々な運動能力を評価するもので, 多くの人にとってはこちらのほうこそ難関だがKeikoにとっては低すぎるハードルであり, 首席で合格してしまった.
試験の項目の中には, 敵役の試験官が背後から襲ってきたのに対し即座にかわして反撃体制をとれるかを見るものがあるが, そもそも試験官自体が最初から嫌がっていた. 仁王立ちしてニヤニヤしているKeikoにやられるに決まっているからだ. 案の定, 仕方なく襲いかかった試験官はKeikoに瞬間的にいなされ右腕をつかまれ, 背後に迫ってきたときのスピードを逆に利用されて, 前方に投げ飛ばされてしまった.
これに対しては, この試験項目では, 反撃体制をとったところで止めるべきなのに, Keikoは反撃行為を完遂してしまったので失格ではないかという意見も出たが, 細かいところでこだわってこの被試験者を本気にさせてしまうと自分たちの命が持たないと試験官たちが判断し, すべての試験項目を1回で合格させて機嫌よく帰ってもらうことにした.
そして最後の3次試験では, 試験官とフィジカルに会ってインタビューを受け, 警備員としての資質に問題がないかをチェックされる.
これもラッキーなことに, Keikoを担当した試験官が, 聞くべき項目をさっさと終わらせ, Sapphire Cometに直接会って話ができるという絶好の機会を生かして, なぜあなたはそんなに強いのか?とか, teamとして強くなるためにどのようなことをしているのか?とか, 単にファンとして聞きたかっただけではないかと思える質問ばかりをして, それにちゃんと答えたKeikoは, 全く問題なく合格した.
こうして2日前に最終合格発表があり, Keikoは見事に1級警備員となれる資格を得た.
Keikoは, いつもと違ったがんばりと勝ち得た成果にKasgaが大いに喜んでくれると思いきや, 彼女は, “そう. Keiちゃん, おめでとう. よくがんばりました.”と, 穏やかな表情で褒めてくれたぐらいであった.
Keikoは, 1級警備員が今までよりハイレベルなことができることをKasgaが知らないのではないかと考え, “これで, 限定武装で戦えます. 銃で攻撃されたことはないですけど, 防弾仕様のフルボディのexoskeletonを着用できるようですし, がんばります. もちろん油断はしてませんけど, 近接戦闘やったらなんとかなると思います.”と, 自らの意気込みも含めて仕事内容を説明した.
しかしそれはKasgaには逆効果だった. 彼女は顔色を曇らせて, “でも, そんな重装備が要るのかしら.”といぶかった.
Kasgaは, 次の敵襲に対する恐怖心でFighterたちをあおって, 今まではスポーツ・イベントのプレイヤーにすぎなかった彼らを, 殺し合いに参加する戦闘集団に変えようと, HanasakaをつかさどるFloraがひそかにたくらんでいるのではないかと疑っていたのだ.
そのうえ, 敵が望んでいる自分の殺害にしても, 本当にそうしたければ殺せる状況はいつでもあるのに, 飾り程度の警護を付けて普段どおりに暮らせていること自体が怪しく, 結局のところ, 敵と味方の双方のAIが人間には理解できない演算に基づき, 日にちを決めて危険なKassenごっこをしようとしているだけで, それに自分たちが巻き込まれているのではないかと考えていた.
“この間, 私の知り合いの警察の偉い人から聞いたんですけど, 敵はフルボディ強化で攻めてくるとのことです.”
Keikoは, あの日の会食でLuiが伝えなかったことを, 後日, 彼から知らされていた. このKeikoの何気ない発言は, Kasgaに衝撃を与えた. それは彼女も知らない情報だった. Police Departmentからは, 敵は大した武器を持っていないと聞いていたからだ.
“どういうこと? 警察の中でも見解が割れているってこと? フルボディの装備って高価なはずだから資金もあるんじゃないの?”
Kasgaの心拍数は一気に増え, 額から汗がにじみ出た. フルボディで強化された多数の者どうしで戦うことになれば, 多くの人が死傷するおそれがある. そんなことがこのHanasakaで起きれば実験どころではなくなってしまう. そして, そのような状況下で目の前にいる最愛の人はどうなるのか.
KasgaはKeikoの左手に右手をそっと重ねた.
“でもね. 私を守るために自分の命をかけることはやめてね. そんなことされたら, 私…”
“何言うてるんですか?”
Keikoは即座に反論した.
“私は, その…, KasgaさんがUnifierやから言うてるんと違います. Kasgaさんはほんまのお姉さんみたいに思てるから… せやからお邪魔やなかったらおそばについて, Kasgaさんを苦しめるすべてのことからお守りしたいんです.”
“邪魔だなんてそんなことないわよ. Keiちゃんのその気持ちはすっごくうれしいわ. 私のこと, そこまで思ってくれた人は初めてだから.”
“だったらいいじゃないですか. Kasgaさんのためって言われるのが嫌なんやったら, 私は, Apex Fighterになって, Kasgaさんが大事にされる‘Philosophy’を壊そうとするやつらを倒して, みんなに尊敬されたいんです. それでいいじゃないですか.”
Keikoの発言は, 彼女の哲学からすれば一貫性があり, 至極真っ当といえ, 取り付く島もないとKasgaは考えたが, 別の視点でさらに反論を試みた.
“でもね…, 限定武装って言っても, 場合によってはKeiちゃんが敵を殺すことになるかもしれないのよ. 人を殺すって, そんなこと人生で一度でもあってはいけないでしょ. これはゲームじゃないのよ.”
その言葉の重みはさすがのKeikoにも理解でき, 黙ったままだった.
“Keiちゃんを責めてるんじゃないわよ. Keiちゃんが殺し合いに参加しないといけないのであれば, それはCity OfficeやCastle Officeや私が悪いの. KeiちゃんはKassenを代表するスターFighterなんだから, みんなにとっての宝物なの. 巻き込まれて, 取り返しのつかないことになってからだと遅いの.”
KasgaはKeikoの左手を両手で取って包み, Keikoに嘆願した.
“だから, Keiちゃんは…, 1級警備員として警護すること自体は反対しないけど, 人の命を奪ったり, 自分の命を落とすかもしれないことはしないでほしいの. その…, あんまりこういうことは言いたくないんだけど, 私がもし…, もし死んでもね…, Keiちゃんはくじけずに, 私の後, 私の遺志を受け継いでほしいの. 別に, 3代目Unifierになってほしいって言ってるわけじゃないのよ. 私がいなくなっても, みんなでKassenをずっと盛り立てていってほしいの. 私のことよりKassenを守っていってほしいの. だから…”
Keikoはうなだれたまま黙って聞いていたが, ついに耐えられなくなったのか, “私が…”とKasgaの言葉を遮った.
“さっきから私がお守りするって言うてるやないですか! なんでそんなこと言うんですか! Kasgaさんのためやったら…, ウチ, 鬼でも悪魔でもなるのに… なんで…, なんで…”
その声にはKeikoの怒りと悲しみがにじみ出ていた. そしてKasgaの両手にKeikoの大粒の涙がぽたぽたと落ちてきた. その瞬間, Kasgaは, しまったと思った.
Keikoは体を小刻みに震わせながら声をしぼり出して泣き出した. 何かを言おうとするが, 泣き声でのどを詰まらせ言葉にならなかった.
目の前の心優しきSpear Fighterはすでに覚悟を決めていたのだ.
それに, Kasgaは, 自分は死んだりしないとあの演説で約束したにもかかわらず, さっき, もし自分が死んだらと, そのFighterにとっては受け入れがたい仮定をしてしまった. つまりそれは, Kasgaの願いは必ず実現させるというKeikoのphilosophyを否定することになるのだ.
Kasgaは自分の身勝手さに激しく後悔した. 自分はKeikoにとってりっぱなお姉さんになりたいとMelonaに言っておきながら, Keikoをまたもや泣かせてしまった.
“ごめんなさい, Keiちゃん. ごめんなさい…”
KasgaはKeikoの頭をぐっと自分の胸元に抱き寄せた. そしてそれ以上はKasgaも声が詰まって何も言えなくなってしまった.
(End of Part 2. Continued in Part 3.)