Part 2: The Ninth Summer
Chapter 2.14: A World Without Violence
Overview (Spoiler-Free)
Julia meets privately with Yugo to address concerns about his half-brother Lui’s presence in Hanasaka. Their conversation opens up into something more personal — both share glimpses of painful pasts that shaped who they are today. The chapter also revisits a moment from Castle Office’s New Year party, where Yugo asked Kasga a question that has stayed with him ever since.
Detailed Summary
Julia meets Yugo privately to ask whether he has been leaking information to his half-brother Lui, suspected of Pro-Mayor sympathies. Yugo denies it, and Julia accepts his answer — his discomfort around Lui already told her enough. The conversation drifts into personal territory: Julia briefly mentions her own brother nearly had her killed through false accusations; Yugo reveals that Lui physically abused him as a child for refusing to obey him. After multiple runaway attempts, Yugo transferred to a boarding school and eventually found in Hanasaka's Philosophy the worldview he had always believed in — with Kasga and Haruna seeming like heroic figures from his beloved books. A flashback recalls a New Year party where Kasga visited the EIS team and Yugo asked her how to eliminate violence from the world. Kasga replied that a violence-free society may only exist after humanity itself is gone — unless the experiment continues. Julia also notes with quiet concern that Stone Souls is run by an entity called "Stone World" — possibly connected to a dangerous AI known as Stone Cold.Scene 2.14.1:
EIS (Equipment Inspection Section) のマネージャーであるJuliaとその一員であるYugoは, それぞれ飲み物を入れたカップを持って, Castle OfficeのGreen Houseの1階にある少人数用の会議室に入っていった.
いつもと違って何となく重苦しい空気が周りに漂っていたため, 息苦しくなるのを避けようと窓を開けて換気をしたくなったが, 8月の上旬は最も暑い時期で, 真昼の外の気温は摂氏35度を超えることも多く, 窓を閉めてエアコンをつけていた. 正確には, 暑さのためではなく, 外に会話が漏れるとまずいので, 窓を閉めていた.
JuliaとYugoは, 会議室で常備されている3人用の正三角形のテーブルを使って, 斜めに向き合う形で座った.
“何か大事なことですか?”
Yugoが恐る恐る聞いてみた.
“ん~, それほどでもないけど, お兄さんのことで, ちょっと…”
兄のことを持ち出されてYugoはドキッとして, 一気に顔を曇らせた.
“あ, いや, これは取り調べとかじゃないから. ただ, ちょっと教えてほしいこともあってね…”
“分かりました.”
Yugoは, しばし沈黙してから硬い表情のまま短く答えた.
“あまり緊張しなくてもいいんだけど, まあ, じらすのも良くないから, Yugoさんに単刀直入に質問します. Yugoさんのお兄さんは, 今, Hanasakaに来られているようですが, もしかしたらYugoさんも分かっているでしょうけど, お兄さんのLuiさんは, 表向きはHanasakaの政策に反対していませんが, 旧体制を維持しようとする思想を持っていて, Pro-Mayor FactionというかRusty-believersの1人として見られているようです.
“だから, Castle Officeにも敵対的かもしれなくて…, その…, 弟であるあなたが, 私たちの仕事を通じて見聞きした秘密情報をLuiさん漏らしているのではないかと疑いたくなる人もいます. もちろん私としては, 情報漏洩はしていませんときっぱり言いたいのですが, 間違いないですか?”
Yugoは, 質問の趣旨と, 質問される理由を即座に理解し, “はい. 一切, 兄には伝えていないです.”と答えたうえで, “お気遣い, ありがとうございます.”と付け足した.
“そう… うん, 分かりました. ありがとう. じゃあ, もういいわ. この話はこれで終わり.”
あまりにもあっさりとJuliaが納得したので, 逆にYugoが, “え? 私の返事を鵜のみにしていいんですか?”と問いただした.
“Yugoさんがうそをついているようには思えなかったから, 私としては, 問題はないと思っているけど… 直接聞いて確認するよう言われたからそうしただけだし…”
“まあ, それならいいんですが, そんなに簡単に信用する話でもないかなと思いまして…”
自分に対して気を遣ってくれたYugoがかわいく思えたJuliaは顔をほころばして, “どうもありがとう. そうね, もう少し言うと, 失礼ながらYugoさんの態度を見ていると, あなたがお兄さんのことを快く思っていないようだったから, 情報を漏洩する気などそもそもないだろうと思いました.”と補足した.
Yugoが沈黙したままだったため, Juliaは頭の後ろで両手を組んで, 斜め上のほうをぼんやり見つけながら, “私も兄がいるんだけど, 仲が良くないの… 気が合わないとかそういうレベルじゃなくて, 兄の虚偽の告げ口によって私は殺されかけたんだよね… そんな人…, きょうだいだからと言って好きになれるわけないし, きっと一生, 和解することもないと思う.”と独り言のように語った.
Yugoは黙ったままだった. どう返事をすればいいのか分からなかったのだ.
“まあ, 思い出したくもない昔の話… 世の中には, 家族だったら, きょうだいだったら, お互い信頼し合って助け合うのが普通だと思っている人たちもいるけど, もし私がそういう人たちの1人であれば, Yugoさんにもっと突っ込んで質問したかもしれないですね.”
Juliaにも何か暗い過去があるのは間違いなさそうだった. ただ, 出自不問の原則があるHanasakaでは, 日常の会話において, 他人の過去を詮索するようなことは控えるべきであって, 野暮で失礼なことだと考えられていた. 本人が自発的に語るのを聞くことはあっても, 質問は慎重を要した. 特にJuliaが今語った昔話は血の匂いがするのでなおさらだ. そのためYugoは, “私も昔のことはあまり思い出したくないです.”とだけ答えた.
“そう… Yugoさんも私もそこは同じね. まあ, ここはHanasakaだから, 過去のことは過去に置き去りましょう. 大事なのは, 今, そしてこれから. 自分のため, 社会のため, この星のために, 何ができるのか, 何をしたいのか, ですよね. それがHanafolkの生き方だと我々は常々そう言われて, そう信じているわけですが, 多くの人にとってはなかなかそう考えられないのが残念ですよね. 世の中の機械化がどんどん進んでくるにつれて, 過去にこだわって争いばかりしているホモ・サピエンスこそが厄介な存在になっているんだけどね…”
Juliaは, 自分が持ってきたカップに入れたアイスコーヒーを少しだけ飲んで, フウッと一息はいた. 窓の外から, シャリシャリシャリとクマゼミの耳障りな合唱が聞こえてきた.
そしてふと何か思い出したような態で, “あ, そうだ, もう1つ, 質問させてほしいんだけど…”と前置きして, “Yugoさんは, Kasgaさんの演説についてどう思いましたか? 良かった? それとも, 今までと全く違う雰囲気だったので戸惑った?”とYugoに尋ねた.
Yugoも, カップの中のアイスコーヒーを少し飲んだうえで, “そうですね. 最初は戸惑いました. いつものような優しくすべてを包む感じじゃありませんでしたから. でも, 新たな側面を見れて, 改めてKasgaさんのすばらしさが分かりました.”と答えた.
“どんなところがすばらしい?”
Juliaはカップの中のコーヒーの水面を見ながら質問した.
“あの演説, 一撃でノックアウトですよね. もはやGoblino市長は死に体になったんじゃないですか?”
これは実際, Yugoの勝手な解釈ではなかった.
決起集会でKassen communityのみならずHanasaka CityのUnifierであるかのような強烈なカリスマ性を見せたKasgaのまぶしすぎる光によって, Goblino市長はすっかり存在感が薄らいでしまい, 彼女の演説の後, 文章で, これからもCastle OfficeとともにHanasaka Cityを盛り上げていく旨の簡単なメッセージが出しただけで, しかもそれもほとんどの市民には無視された.
また最近は, City Officeの物理的な仕事場に一切出勤してこず, 市の南端のほうにある自宅にこもったままであった.
“そうね. City Officeの中に少なからずいた, 市長に同調する人たちは激減したでしょう. でも全滅したわけじゃないと思っています. 不気味な静けさですよね.”
“やはり, 反撃に出てくると, Juliaさんは思いますか?”
“市長に近い, 一部の筋金入りの過激やつらはそうでしょうね. これで引き下がるような相手ではないです. おそらく, 市外のRusty-believersの支援をひそかに受けて, 暴力的な手段で何か仕掛けてくると思います. 犯行声明を出したHanasaka市民解放戦線と共同して攻めてくる可能性もあると思います.”
Yugoは大きくため息をついて, 人間たちの不毛な対立に失望し, 髪の毛をかいた.
“まあ, でも, 安心して. 警察もCity Officeもバカではないから, 暴力行為に賛同する者などいないし, 見て見ぬふりをすることもないわよ.”
“それはそうなんでしょうけど, 本当にそうだとしたら狂っているというか, 常識的には考えられないことですよね. 現役の市長が武装集団を作って, 自分の意に沿わない, 影響力のある市民に暴力を振るうなんて.”
“狂っているけど, 珍しくはないわよ.”
Juliaは相変わらずカップに視線を固定したまま, ぼそっとつぶやいた.
“好き勝手に市民に暴力を振るう野蛮な独裁者は, 残念ながらこの星にまだまだいるわよ. もちろん, それが常識だと言うつもりはないけどね. 断じて.”
“でも, ここ, Hanasakaですよ.”
“暴力的な人はどこにでもいるわよ. 組織の大小を問わなければ, なおのこと.”
重い沈黙が15秒ほど続いた. クマゼミの鳴き声が鼓膜に響いて著しく不快に脳神経を刺激した. 最後の一言は余計だったかもしれないと思ったJuliaはこれ以上, この部屋で2人きりでいても精神的に好ましくないと考え, 話し合いを終えて会議室を出ようとYugoに声をかけようとした瞬間, Yugoが, “私は…, 子供の頃, 兄に暴力を受けていました.”と唐突に告白した.
Juliaは彼のほうを一瞥したものの, それ以上の反応を示さずに, 続きの言葉を待った.
“兄は, 少し歳が離れているんですが, 頭がいいし, 運動もできるし, 顔もいいし, 自分に自信を持っていました. でも自分の優秀さを周りにひけらかすようなことはなくて, 自分より能力が劣る者や年下の者にも優しく接していました. 他人より優秀な者は, そうではない者を助けるのは当然だと思っているようでした. つまり, 優秀な自分は保護する側, 劣っている周りの者は保護される側と捉えていました. だから, 保護される側の者は, 優秀な自分の言うことに従うべきだと考えていました.”
Yugoは, カップに残っているコーヒーを一気に飲み干した.
“私は, 小さいときから本を読んだりアニメを見たりするのが好きで, 現実の世界の人たちよりも, 本やアニメの世界で出てくるヒーローやヒロインにあこがれを持っていました. だからなのか, 私は, 兄の言っていることが必ずしも正しいとは思えませんでした. 私は兄の言うことを聞かず, 聞いてあげる振りもせず, 自分のことは自分で決めて行動する感じでしたので, 兄にとってはかなり生意気なやつだったと思います.
“だから, 殴られ, 蹴られ, けがをして, 親も時々, それに気づきましたが, 兄の言うことを聞かない私のほうが悪いと言われました. 親から見ても, 私は頑固で変わり者だったんです.”
Yugoは一息入れた. Juliaはやはり何も言わずに, 彼の発言を待った.
“だんだん暴力がエスカレートしてきて, 私は何度も家出をして, 時には自分が他人に暴力を振るうこともあって, すさんでいました.
“それで小学校の途中で私は, 他人と協調できないとか, 何らかの問題を抱えている子たちが集まって学習する学校に転校しました. 寮もありましたので, 家から離れて, やっと私は自由になれました… 幸い, その学校の教育プログラムが良かったんで, 私は徐々に立ち直りました.
“数年後, 自分の住んでいたところがHanasaka Cityに生まれ変わって, 兄が言っていることよりももっと正しくて美しく思える, Experi-Cityの‘Philosophy’やいろんな実験の考えに対してまさにこれだと共感して, 自分はHanasakaのために役に立つ大人になりたいと思うようになりました. 特に, 私から見れば, HarunaさんやKasgaさんは, 本の世界から飛び出てきたような, 究極的に正しくて清らかな神様のような存在に思えて, そんな神々しさをより身近に感じながら生きていけるにはどうしたらいいかと考えました.”
“じゃあ, Castle Officeに就職できて本当に良かったんじゃない?”
ここでようやくJuliaが口を挟んだ.
“はい. 本当に良かったと思います.”
その時に見せたYugoの笑顔はまぶしいぐらいだった. 彼は, 理想を理想だと割り切れないだけであって, また理想からかけ離れた者が偉そうに君臨することに強い嫌悪感を持つ潔癖症的なところがあるだけであって, 基本的には心優しい青年であるとJuliaは改めて認識した.
実際, 理想になかなかたどり着けない現実をそのまま飲み込もうとはせずそれでも理想論を語りたがるYugoは典型的なHanafolkだとも言えた. そしてそんな彼らは, 一歩, 市外に出れば, 都合の悪い現実から目を背け, ふたをして, 明るい未来を性懲りもなく語る, 偽善的で欺まん的で, “頭の中がお花畑”なやつらだと舌打ちされ鼻で笑われる対象でもあった. そして時には意味もなく暴力の対象となることもあった.
そうした理不尽な目に遭いたくないHanasakaの人たちは, Goblino市長のいう現実路線という思考停止状態を選択しようとした. 他方, 元来まじめなHanafolkであればあるほど, 理想に向けての実験の遂行にますます頑なになっていた.
Yugoもそうした1人と言えた. みんなが明日の心配をしなくても済む幸せな社会を作ろうと一生懸命に実験を進めているのに, なぜバカにされ冷笑されないといけないのか, なぜ暴力や暴言を受けなければならないのか, その点について自分たちに分かるように合理的に説明しようという人がいてくれればまだましだが, 誰もいないではないか. そうなると自分たちをさげすむようなやつらの言うことを聞く必要もないし, 一瞬たりとも一緒にいたくもない.
だからYugoからすると, すさんだ現実の世界に堂々とどっぷり浸ることができ, そのうえ暴力で押さえつけようとするLuiが, Yugoにとっての楽園の地であるHanasakaにいること自体, おそらく気色悪いことであって, そのLuiと連絡を取り合っているはずはないとJuliaは確信した.
“Yugoさん, あなたの過去のこと, 話してくれてありがとう. あまり言いたくないことだったと思うけど, 私のこと, 信じてくれてうれしいです.”
YugoはJuliaに礼を言われるとは思っていなかったため, “いや, そんな…”と言ってはにかんだ.
“でも, 今年の新年会で, YugoさんがKasgaさんにどうしてあんな質問をしたのかやっと分かったわ.”
Scene 2.14.2:
その年 (9 E.E.) のCastle Officeの新年会には, Kasgaがスタッフたちへのねぎらいのために特別に参加してくれた. 質素倹約を重んじるHanasakaの人らしく, アルコールなしで簡易な食事のみの立食形式でおこなわれ, 各テーブルには何となくそれぞれのセクションのメンバーが集まっていて, Kasgaが開会のあいさつをした後, 順にテーブルを回って, 5分ぐらいそこにいる人たちと歓談していた.
新年を祝う会にふさわしく, クリーム色の華やかな長袖のドレスに薄桃色のストールを巻いたKasgaがEISのメンバーが集まるテーブルにやって来ると, そのまばゆさに皆, 感嘆の声を漏らした.
そしてKasgaがみんなの前で, “このテーブルは, EISの皆さんが集まっているところなのね.”と確認をして, “皆さん, 明けましておめでとうございます.”と, 万人の心をとろけさせる笑顔で新年のあいさつをした.
様々な言語のユーザーがいる場であったためKasgaも骨伝導イヤホン付きのsmart glassesを当然つけていたが, Kasgaの笑顔パワーはそんなグラス1枚ぐらいは簡単に貫通するため, これによってそのテーブル周辺にいた人たちは分け隔てなくすべて, 1年分のHPをすべて充填でき, 中には上限値を越えて鼻血が出る者もいた.
そしてKasgaは, 周りの人たちをゆっくり見回したうえで, “EISの皆さんのお仕事は, Kassenの要です.”と話を切り出した.
“Equipmentが正しく動くことと, Fighterたちが規則に従って戦うことで, Kassenが暴力を見せるイベントではないことになります. 力を使う自体は悪いことじゃないですけど, 他人を不当に支配しようとするのは暴力だからダメですよね. 私たちは, 他人を不当に支配しない力の行使で, みんなを元気づけているのです. 暴力を助長しているわけではないと言いたいです. EISの皆さんは私生活も制限されて大変だと思いますが, それを受け入れて仕事をされている皆さんを尊敬しています. これからもよろしくお願いします.”
Kasgaのねぎらいの言葉に対し, 周りから拍手が起こった. EISを代表して, マネージャーのJuliaが, “Kasgaさん, ありがとうございます. 私たちの仕事の意義を分かりやすくお話しいただき, とてもうれしいです. Kassenの要としてこれからもがんばっていきます.”と応じた. そして, “せっかくの機会だから, 皆さん, Kasgaさんに何か聞きたいこととかありますか?”と発言を促した.
するとYugoが, “はい, Kasgaさん, 質問があります.”と言って手を上げた.
Kasgaが, “どうぞ.”と応じると, Yugoは, “変なことをお聞きして大変申し訳ないのですが…”と前置きして, “Kassenが暴力を助長するものではないことはもちろん理解しているのですが, 暴力をなくすためにはどのようなことをすればいいでしょうか?”と問うた.
新年の祝いの場の雰囲気をわきまえていないと思えるYugoの堅苦しい質問に周りの者は引いたが, Kasgaは冷静に, “そうね…”と言って少し考えて, “悲観的なことを言うようですけど, 将来, 暴力のない社会が実現したとしても, 残念ながらそこに我々, 人類はいないんじゃないかなって思います. もし私たちがこの実験を途中でやめたら, ですけどね.”と答えた.
つまり, 暴力の根絶のためには, 自分たちが推し進めようとするHanasakaの実験を地道に継続するしかほかに手はないと, Experimental CitiesのPhilosophyの伝道者として極めて当然の回答を示したのであった.
こうした模範解答は往々にして抽象的で物足りず, 心に響かないものだが, Yugoとしては, 理想とあがめる神様が理想的な回答をそのまま自分に授けてくれたことにむしろ感動し, 至福の表情を見せてKasgaに礼を述べた.
Kasgaは, Yugoのジャケットの胸ポケットに留めてある名札に“Yugo”と書かれてあるのを見て, “Yugoさんが分かってくれて良かったです.”と応じてほほ笑んだ. Yugoは, 自分の名前を呼んでくれたことと, 自分だけに向けて笑顔を見せてくれたことで, もう天にも昇る最高の気分になり, 鼻血が出た.
“私も, あんな質問していいのかなとちょっとためらったのですが…, でもKasgaさんのあの回答で, 私は自分の道が定まったと思っています.”
Yugoは, あの時の幸福感の残り香を今でも引き出せることを顔に表した.
“そう. それは良かった. 信念が定まった人間は強いですからね. Yugoさんに進むべき道を指し示してくれたKasgaさんに感謝しないとね.”
Juliaは優しい表情で彼の気持ちを肯定した.
“はい, もちろんです. できればおそばに仕えたいと思っています.”
“でもおそばに仕えるなら, もっと固い本物の信念が必要ですよ. 例えば…, そうね… もしKasgaさんがYugoさんに, 自分に敵対するある人物を殺せと命令したら, どうします? Kasgaさんを信じてその人を殺しますか?”
どんな命令でも絶対に従う信念を問われていると考えたYugoは戸惑いの表情を見せて, “そうですね…”と言ってしばし言葉に詰まった.
するとJuliaは, “それじゃあ, まだ甘いわよ, Yugoさん. Kasgaさんの盾であり親友であるKeikoさんならこう言うでしょう. ‘Kasgaさんは他人を殺せとかそんなこと言いません. だから何も心配はない’と. 私の今の質問は引っかけだけど, そんなところで何も悩まないわよ. 彼女ならね.”と, さらにハイレベルな信念を持つ者がいることを教えた.
大いに納得したYugoは, “おっしゃるとおりですね. ありがとうございます. 私はまだまだ未熟者です. だからこそ前に進めそうな気がします.”と笑って答えた.
やや思い込みが激しいタイプではあるものの, 前向きな気持ちを持って仕事に打ち込んでくれるのであればそれで良しと考えたJuliaは, “ちなみにYugoさんは, 自分を裏切るようなことがないような信頼できる人はいますか?”と興味本位で尋ねてみた. するとYugoは, “そうですね… Akioさんかなと思います.”と少し照れながら答えた.
Yugoの口からその人物の名前が挙げられたのはJuliaにとって想定内だったため, “あなたたち, 傍から見ていても仲が良さそうだもんね.”と, うなずける理由を述べた.
“はい, 何を考えているのか, まる分かりですから. 1万人に1人ぐらいしかいない貴重な人だと思っています.”
“そうね. あそこまで透明な人, 私も彼に会うまで見たことがなかった. EISのメンバーで良かったと思っているわ.”
JuliaもAkioには好感を持っていることを伝えたうえで, “ところで, その超特別なAkioさんが, 今朝, 会った時, 何か考え込んでいるような表情に見えたんだけど, 何かあったのかしら?”と, Yugoにその理由を尋ねた.
“あぁ, 今ちょっとはやっている‘Stone Souls’っていう, 石を集めるアプリなんですが, その石たちが擬人化されていて, どうも最近は気分が落ち込むようなことをよく話すそうで, Akioさんもその影響を受けているんですよ. Juliaさんは, そのアプリ, ご存じですか?”
“名前は聞いたことがあるけど, よく知らないわ.”
Yugoからそのアプリの概説を聞いたJuliaは, 地味で平凡なのになぜ好評なのかいぶかった.
“人気の秘密の1つとして, 不具合があったときのユーザーに対するお詫びのギフトが結構いいらしいですよ. Akioさんも, お気に入りの石に不具合があったらしくて, そのお詫びに運営側からしばらくの間, 週に1回, ミネラル・ウォーターが送られてくるようになったらしいです.”
“今時, 有体物のギフトなのね. どこが運営しているの?”
“‘Stone World’っていう団体です.”
Juliaは自分の記憶の森の中で一致するものを探し当てることはできなかったが, 似た言葉は引っかかった.
“Stone World? もしかしたら‘Stone Cold’と関係があるのかしら…”
Juliaが何か考え事をしているような顔を見せたためYugoが, “何か心当たりがあるのですか?”と尋ねた.
“あぁ, いや, どこかで聞いたことがあるような気がしただけ…”
Juliaはそう言っていなしたが, 妙に気になった.
“Stone World… もし怪しい団体だったら‘Cypas’がすでに動いているはず… 私の考えすぎならいいんだけど, 仮にあのStone Coldがこの戦いに関わっているとすると, 事態は思ったより複雑になるわね. ‘Humano-supremacy’に固執するRusty-believersの過激派と, 我々より過激な‘Machino-supremacy’に立って人間を虫けら扱いするStone Cold… これも犯人像を絞らせない敵の策略なのかしら…”
補足: 人間と機械のどちらを優位に見るかの考え方の違いについて この時代の人たちが言う, “Machino-supremacy”は, 人間よりも機械のほうが優れており, 人間社会を実質的に統治し運営するのは機械であるべきで, 人間はその統治を受ける側であるという前提で, 物事を判断し行動する考え方である. その反対が“Humano-supremacy”であり, 人間社会を統治し運営するのはあくまで人間であるべきで, 機械はその補助をするものであるという前提で, 物事を判断し行動する考え方である.
Chapter 2.15: Further Unraveling the Mystery
Overview (Spoiler-Free)
Akio runs into his former EIS colleague Jasca at a community cafeteria and the two share a meal. Jasca — now a freelance artist with a hidden second life — draws out Akio’s unspoken worries about the direction Hanasaka is heading and offers a series of sharp, unsettling observations about who might really be behind the events of the past months. The chapter deepens the mystery of the Black Stone and the poem it carries.
Detailed Summary
Akio unexpectedly meets Jasca — a former EIS colleague now pursuing digital painting — at a community cafeteria. Jasca is also secretly working as an external investigator for Mogla's Cyber Patrol Section. Over dinner, Jasca draws out Akio's unspoken worry: that the new Grand Prix format may pull Fighters into real combat, with life-altering psychological consequences for those who kill or are killed. Jasca also raises a provocative theory — that the Hanasaka Citizens Liberation Front may not be a real organization but a fabricated threat, with the timely arrests of Vaminas executive and the death of the Awakener leader possibly forming a scripted sequence. Akio shares the Black Stone's poem and its countdown to November 9th. Jasca responds seriously: Flora has likely already trapped the enemy AI in a labyrinth and intends to destroy it on that date. He suggests Akio, as the holder of the Black Stone, may be one of the conditions needed to trigger Flora's decisive move. His Nexus Unit silently receives an alert designating Akio and New Moon in the Dark as protected subjects.Scene 2.15.1:
8月31日, 在宅で仕事をしていたAkioは, 17時に終業し, Hydrangea Stationの近くにある“市民食堂”にプラプラ歩いて向かった.
市民権を有するすべての者に所定の“Experi-Coins”を毎月付与するUniversal Basic Income (UBI) によって, Hanasaka市民は最低限の所得は保障されてはいるが, それが直ちに衣食住に困らず健康的な生活を営めることを意味するかと言えば必ずしもそうではない. 得られた所得で不健康なものばかりを食べる人や, 自分の好きなことばかりにその所得を使って衣食住に十分に回さない人もいるからだ.
そのためHanasaka Cityは, 人間が生きていくうえで最も重要な“食”については, 毎日3度まで無料で健康的な食事をとれることを市民に保障し, 市内に160か所ほど食堂を設置した. この食堂は市民であれば, 朝の6時から夜の20時までの間, いつでも誰でも無料で利用でき, 利用者に埋め込まれたmicro-chipsを読み取って本人の健康状態を考慮した栄養バランスの良い食事をとることができる.
また, Experimental Citiesでは食糧とエネルギーの自給自足にこだわるため, Hanasakaの市民食堂で使われる食材の約8割は市内で生産されたものであり, こうした施策を通じて生産と消費のサイクルを, 輸送コストを抑えて回しているのであった.
このような食堂ができると, 一般の飲食店の営業を妨害することになるように思えるが, Hanasakaでは共存できていた.
市民食堂ではアルコール飲料の提供はなく, 市の健康管理システムがその人にとって健康的だと判断した飲食物しか選択できないし, 量も制限されている. 栄養はあるとしても飛び切りおいしいわけでもないし, 市外で生産されたものはほとんど味わえない. それに宅配サービスもしていない. 従って, 市民食堂では得られないものがほしければ民間の飲食店を, お金 (Experi-Coins) を使って利用することになる.
Akioが市民食堂のHydrangea店の入口から中に入ろうとした時, 後ろから, “おーい, Akioさん.”と声をかけられた. 振り返ると, 昨年までEISに所属し, 今はCastle Officeを離れているJascaが右手を挙げ, Akio本人だと確認できるとなお一層, 明るい笑顔を見せた.
“Jascaさん, お久しぶりです. お, お元気ですか?”
ひょろ長い体形のJascaは, 以前よりもさらに痩せているように思えたが, 不健康そうには見えなかった.
“あぁ, 今は定職についていないけど, 自分のやりたいことをして過ごしてるよ.”
Hanasakaにおいては, 定常的に何らかの職やお金を得ていないことは, 好ましからざる状態ではない. UBIがある以上, 無職であっても生活に困ることはないからだ. 市外と比べて段違いに機械化が進んでいる市内では, 定職のある人の数は全人口の3分の1に満たず, 無職の人や散発的に仕事をする人に対して何らの偏見も侮蔑もない.
しかしながら,無職であっても普通に生きていけるがゆえに, 市外の人たちから, Hanasakaの人たちは甘やかされただらしないという印象を持たれ, 羨望が混ざった軽蔑の態度で接せられることが少なくなく, Hanasaka市民が市外に出ると, 恐喝されたり暴力を振るわれたりすることもあった. そうした市外の人の目を気にして働いている人もいるが, Jascaは全く気にしないタイプであった.
“こ, こんなところでお会いするのって, 奇遇ですね.”
“そうだね. この近くの‘Canal Zone’で絵を描いていたんだ.”
Minerva Riverに流れ込む複数の水路が結合する地帯をHanasaka市民は“Canal Zone”と呼び, その辺りはアジサイや柳の木などがたくさん植えられ, 東洋風の庭園となっていた. そこは絵を描く趣味のある人が必ず訪れる場所であった.
2人は店内のロビーで, 備え付けられたモニターの画面に右手をかざして自分に埋め込まれているmicro-chipを読み取らせ, いくつかある選択肢から自分が食べたいものを選んで, 食堂の運営システムが指定する席のほうに向かった.
ここの食堂では真ん中が, ロボットたちが料理をする厨房になっていて, そこから放射線状に直線のレールが敷かれて, その上を走るコンベヤに料理が乗せられ, 各利用者の席に運ばれる. 中央から外に離れるほど各直線の間が広がるが, 所々で支線が分岐し, 上から見れば雪の結晶のように作られている. 利用者に席を選ぶ権利は基本的に与えられていないが, 連れがいるときは, 隣り合わせに座ることももちろん可能である.
JascaとAkioのペアは, 正面玄関から見て9時の方向に伸びるラインの先端にある2席を割り当てられた. 席に着くやJascaが, “給料所得のあるAkioさんもこういう食堂を使うのかぁ. 食材を買って料理するか, 一般の飲食店を利用して, 経済を回したほうがいいんじゃないのかな?”と, 消費を美徳とする古い経済学に則って質問した.
“私は料理をする趣味はないですし, それに…, ここのほうが栄養バランスはいいですから…, け, 経済学者に指示されたくはないです.”
“すばらしい. 模範的なHanafolkじゃないか. こうした施設を定常的に利用する人が増えれば, 一般家庭から出るゴミも減るだろうし, ガスや電気の消費も減る. Experi-City的な環境経済学では正しい行動だろうな.”
Hanasaka市民は余分な飲食が一切許されないわけではないが, 月単位で所定の食糧消費の総量を超えないように市の健康管理システムが市民ひとりひとりをコントロールしている. こうした監視社会を嫌う人は早々に市外に出て行っているため, お節介な管理システムの判断に従順な傾向にある者がHanasaka市民として定住していることになる.
この時代, 高度な成熟した文明社会では, 人間は日常のほとんどの場面において, 意識して判断するようなことは少ないほうが良く, 機械に任せていればいるほど自分が最先端の文明社会の中にいることになるという考えが主流になりつつあり, 特にExperimental Citiesではそれは常識であった.
一方, Rusty-believersは, 人間が考えることをやめる態度を忌み嫌った. それは人類の退化であり堕落であり, 人間性の否定に思えたからだ.
料理が運ばれるまでにJascaは, 自分が今日描いた絵をAkioに見せた. 絵と言っても画用紙や紙のキャンバスに描かれたものではなく, smart glassesをかけて, 目の前の風景を題材にして仮想空間上に描いたものだ. これをNexus Unitを介してサーバーに保管しておき, 今, それにJascaとAkioがアクセスして, それぞれのAR viewの中に再現して鑑賞しているのである.
“す, すごいですね. う, 運河の水面が宇宙空間みたいで, ふ, 冬の寒い夜の…, な, なんていうか, きれいで, 身が引き締まる感じっていうか…”
口下手なAkioにとっては, 素直にその美しさに感動していたわけだが, コメントとしてはこの程度が精いっぱいだった. Jascaは, ありがとうと礼を言ったうえで, 3時間ほどかけて描いたがこれで完成ではなく家に帰ってから仕上げの作業をするのだと, 今後の予定を楽しげに付け加えた. 彼は, 大人になってからデジタル絵画を描くことに興味を持ち, 好きな絵を思う存分, 描きたいときに描くためにCastle Officeを退職したのであった.
“才能のある人がうらやましいです. 私は, な, 何もないので働いてますけど.”
Scene 2.15.2:
2人の食事が同時にコンベヤに乗って運ばれてきたため, それぞれ自分の分を取り, Jascaがグラスに入った麦茶をゴクッと飲んだうえで, “働き続けることも才能だよ. まあ, 特に絵を描くことに関しては, neuro-atypicalじゃない限り, 機械のほうが優れている時代だから, あまり大したことはない才能を使って喜んでいるだけにすぎないけどね.”と, 自虐的に語った.
Jascaとしては軽く笑いを取るつもりの発言だったが, Akioの表情が曇った. それを察してJascaは, “ところで, 我々のKassenもついにロボットが入ってきて, 一緒に戦うイベントを作ったらしいけど…, Akioさんはあまり乗る気じゃないのかな?”と質問してみた.
“え? まあ, 正直…”
“そりゃ, そうだろな. ゲームのコンセプトが違いすぎるからね. それに, ロボットを入れてしまうと, ロボットのほうが見事な戦いを見せてくれることがバレてしまうだろう. まあ, そうは言っても, 改革は必要だろうね. 元Castle Officeの私としては言いにくいけど, 戦うという行為自体が人間からロボットに主役の座を譲っている時代に, 人間が主役になって戦うKassenに, 人々がだんだん違和感を覚えるようになってくるんじゃないかと不安に思うね…”
Akioは, “そうなるかもしれませんけど…”と, 明らかに賛成できない表情で, 明らかに反対はしない返答をした.
“あぁ, いや, 現役の君には不愉快な発言だったな. すまない.”
昨年まで自分を指導してくれた先輩から謝られて, また自分の今の心情が顔に出ていたと思ったAkioは慌てて作り笑いをして, “あ, いえ, こちらこそすみません…”と謝った. そして, つい何かを取り繕いたい心理が働いて, “あ, えっと, 私としては, き, 気になることもあって…”と, 自分が業務上の悩みを持っていることを口にしてしまい, “あ, でも, たとえJascaさんでも…, 外部のかたには言えませんが.”と言って急いでガードを張った.
“心配するな. EISの君には厳しい守秘義務があることは分かってるし, こちらから詮索することはないよ. まあでも元同僚の悩みに先輩として何らかの手助けをするために, 私が, Akioさんが何に悩んでいそうか勝手に想像して, それを話すのは構わないだろう?”
占い師のようなことを言うなぁと思いながらAkioは, “えぇ, まあ, それは…”と拒否はしなかった.
Jascaはニヤリと明るいながらも不気味な笑みを浮かべて, “私の推測では, Akioさんは…, Castle Officeによる今回のKassenのアップグレイドは, 実際にFighterたちがHanasaka Castleを防衛することを念頭に置いた, 警備員たちによる競技会のようになることに戸惑いを感じている. そうなんじゃないのか?”と, いきなり直球をぶち込んできた.
“え, あ, その…”
“答えなくていいよ. まあ, それぐらい分かる. でも問題は, Castle Officeの真の意図は何かだよね. 表面上は, Fighterたちの自身に対する意識の変化への対応と, Kassen Liberty Leagueへの対抗上のエンターテインメント性の向上なんだろう.
“実際, Castle Keepをあんなふうに無残に炎上させられたら, スポーツ・プレイヤーにすぎないFighterだって, 都市の防衛に貢献したいという意識が高まらないほうが不思議だ. とはいえ彼らは, 警察や軍隊じゃないから, 命をかけて本当に戦うプロではない.
“だからCastle Officeが, 防衛ごっこができるイベントを用意した. まあ, 言葉は悪いが, Fighterたちの自己満足のためにね. Akioさんとしても, それぐらいのことまでは考えていたんじゃないかな.”
悩みを解決するにためには, まず自分が何に悩んでいるのか, 問題点を整理する必要があるが, その点に関してJascaは優秀であり, Akioも尊敬していた.
“ところが, Akioさんの悩みはそう単純なものでもない. そもそもなんでこんなことになってしまったのだろうかと考えたくなる… Akioさんはたぶん, 今年の春からの一連の出来事を思い出してみる. でもどうも違和感を覚える. 何かがずっと引っかかり続けているのではないかな?
例えばまず, 犯行声明を出している‘Hanasaka市民解放戦線’は, 今まで一度も映像を出していないし, 音声もないし, 文字情報しかない. そうなると, 本当に存在するのかと疑いたくもなる. 彼らは自分たちがKeepを燃やしたかのように言っているけど, その証拠はない.”
“Jascaさんは, か, 解放戦線は存在しないと, 思ってるのですか?”
Jascaの発言がまるで解放戦線はフィクションだという説に聞こえたので, 念のためAkioは尋ねた.
“可能性の1つとしては考えられるだろう? Keepを燃やしたのが何者かは分からんが, Rusty-believersはその恐怖体験を利用して, 今度はKasgaさんも殺すぞと更なる脅しを我々にかけてきているわけで, その一部の目立ちたがり屋がリアリティを持たせるために, ‘Hanasaka市民解放戦線’という架空の団体をでっち上げたのかもしれない.
“一方のHanasaka側も, 敵の存在が明確化することは好都合だろう. 共同体を形づくる人たちが強固な連帯を維持するには共通の明確な敵が必要だけど, 敵がわざわざ名乗りを上げてきたわけだ.
“それに, Kasgaさんの決起集会の翌日に犯罪組織の“Vaminas”の幹部が逮捕され, 100日タイマーの声明が出た翌日に, 宗教団体の“Awakeners”の教祖が変死するという, どちらも‘翌日’というタイミングでうまい具合に起きて, 多くの市民が, Hanasakaに対する物理的暴力の代表であるVaminasと, 精神的暴力の代表であるAwakenersが‘Hanasaka市民解放戦線’とつながっていると思うようになったわけで, これって最初から筋書きがある計略じゃないかとも思わない?”
これこそ陰謀論ではないかと思えるようなことを, 元Castle OfficeのメンバーであるJascaから聞かされたことに驚いたAkioは, “でっち上げとか計略って…, だ, 誰が, 何のために?”とつぶやいた.
“さすが, Akioさん. その質問はあらゆる場面で常に持っておくべきだ. ただ, 繰り返しになるけど, 今話していることはあくまで可能性の1つにすぎないし, 別の可能性も無数に考えられる.”
Jascaは, 肝心のところは一般論でごまかして言明を避けた. ただ, ここまで話をされればAkioであっても, 続きを考えられる. つまり, もし解放戦線が架空の存在だとすると, Castle Keepを炎上させたのはほかの誰かということになる. では, いったい誰なのか. 定石としては, 一連の騒動によって得をする者が真犯人の可能性があると疑える.
“分かりました. Jascaさんも, そ, そんなふうに考えているんですね.”
Akioの何気ない一言に引っかかったJascaは, “おや? ほかにも同じようなことを言っている人が周りにいるってこと?”と尋ねた.
“あ, いや…, その…, 人っていうか…”
心と顔の表情が一致してしまうAkioの下手な取り繕いにJascaは, “相変わらず君はごまかすのが下手だなあ. 顔に出てるよ. すごく身近にいるんだろう?”と突っ込んだ.
フィジカルに他人と会うと, いつも自分ばかりがプライバシーを保てないことにうんざりしながら, Akioは, “わ, 分かりました. いますよ. でも, 架空の存在です.”と白状した.
Akioは, “Stone Souls”という石集めのアプリを使っていることから話し始め, 自分のコレクションの中の1つである“New Moon in the Dark”と名付けられた黒い石が, 最近は少し説教臭くなり, “対立を生じさせることで得をするやつがいる”, “考え方に差がある者どうしが恐怖や憎しみを覚えるイベントを仕組むやつがいる”, “自作自演の実験の可能性もある”といったことをつぶやくようになって, ほかの石たちもその影響を受けて同じようなことをつぶやくようになってきたことを説明した.
加えてAkioは, それらとは全くトーンが異なる意味不明なメッセージについて, 最近は表示の頻度が上がって週に1回ほどになり非常に気になっていたため, ついでにJascaの意見を聞いてみようと, それを彼のAR viewにも共有した.
“Castle will fall to dust, As spring sun sinks to night. Flower garden’s god, Will have lost all faith. You who hold the black stone, Go towards the blue light.”
Scene 2.15.3:
“ふ~ん, Stone Soulsってダークな世界観のRPGか何かなの?”
JascaもMoglaと同じような反応を示したため, Akioは, この詩について以前にMoglaに話したことがあることと, 彼の解釈をJascaにも教えた. そのうえでこの石が, Grand Prixがおこなわれる11月9日に寿命が尽きて消えるとも言っていることを合わせると, Kasgaがその日に殺されることを予告している可能性があるという自らの解釈を述べた.
JascaはAkioの話を思わず真剣に聞いてしまった. なぜなら, 彼もStone Soulsのユーザーだったからだ. 彼は趣味で絵を描きながら, ひそかに仕事もしていた. Police DepartmentのCyber Patrol SectionのMoglaから委託を受けてひそかに様々な調査活動に協力していたのだ. その依頼主からの勧めでこのアプリを使い始めていたのだが, 彼が集めた石たちが, 良き予言者である黒い石とフレンドになりたいとつぶやいていたことを思い出した.
“なるほど…, 今日は何度かHydrangea Stationのほうに散策するようお告げがあったけど, どうやらAkioさんに会ったのは偶然ではないんだな.”
Jascaは, 自分もユーザーであることを隠して, 普通の人であればAkioの話は滑稽に思えるので, 笑い出して見せた.
“おもしろいねぇ. もしかしてそのNew MoonさんはRusty-believerじゃないの? 彼らが好きそうなダークな呪いのメッセージっぽいよね. まあ, 城は確かに燃えてちりになったけど, Akioさん, まさか, その石に未来を予知する超能力があるとでも思ってるの?”
AkioにとってはJascaの反応は至極まともなものに思えた. 自分たちが生きているのは, ファンタジー系のRPGの中ではない.
“い, いえ, そんな… ひ, 非科学的なことは, 信じてませんから.”
“なら良かった. Rusty-believerのテロリストなら, 城を燃やして, Kasgaさんを殺して, Floraを無効化したいと誰もが思うだろうから, まあ, Akioさんの石のつぶやきは, 表現としてはおもしろいけど, 内容は, 悪いけど平凡だと思う. 実際, 城が崩れることは一部実現したんだけど, だからと言ってこの石を特別視するのはためらうなぁ. でも, それが我々に有益な情報を与えてくれる石だとしたら, Kasgaさんはなぜすぐには殺されずに, 11月9日まで待って殺されることになっているのか, 教えてくれないの…?”
Jascaは, Kasgaが, 自分に対する殺害予告が出た後も, 時々, 外出しているものの, 警察がそれほど厳重な警備をしているようには見えないことに疑問を感じていた.
実際, Kasgaは警察官に常に守られ, 狙われる可能性が高い屋外には身体をさらけ出さないようにしてはいたが, 建物の中で殺すなら今がチャンスと思える場面がいくらでもあったのに, 今まで全く無事だった. どうして敵は襲って来ないのか? また, 警察側もどうして敵が今すぐには襲って来ないと想定できているのだろうか?
“待ってるというか, ま, 待たざるを, 得ないのかもしれません…”
それを聞いたJascaは, がらくた箱らしきものから思わぬ宝物を発見した時のようにパアッと目を見開いてほくそ笑んだ.
“さすがAkioさん! さえてるなぁ. そうだ. きっとそうだ! 敵は, 11月9日じゃないと襲撃できないようはめられてるんだ.”
“誰にですか?”
“Floraに決まってるじゃないか. 慈悲深いあの女神様は, 刃向かってくる者に対して彼女が決めた道を歩かせることに非常にたけているんだよ. Hanasakaの情報システム群に攻撃や改変を加えようとする敵を, いつの間にか迷宮に誘い込んで, 彼女にとって都合の良いよう歩かせて, 苦痛を味わうことなく謎解きをさせながら, 適宜, ヒントを与えて, 自分が用意したゴールへと導くんだ. Floraの魔法はいまだに誰も破ったことがない. 今回の敵も, その仕掛けにはまって, ひたすら無駄な作業をさせられているんだろう.”
Jascaが勝手に納得して喜んでいると, Akioが, “でも, なんで11月9日なんでしょう?”と, 誰もがその次に思う疑問を口にした.
“ま, そう思うよね. 私もその点はまだよく分からない. もしかしたらFloraは, 11月9日まで敵を迷宮の中に封じ込めて, その日が来たら敵にとどめを刺して殺せる算段を持っているのかもしれない. どうやって殺すのかは分からないけど, その黒い石の言葉を信用するとすれば, それを持つAkioさんが青い光に向かって進めば, 何か分かるんじゃないのかな? Akioさんは, その青い光が何なのか, 分かる?”
その部分の解釈についてはAkioもお手上げだった. まだ腑に落ちるような解答をした者はいなかった.
“そっか. まあいいや. せっかくだから, Akioさんのお気に入りの石を見せてほしいな.”
AkioはStone Soulsを立ち上げて, そのアプリが生成する映像がJascaのAR viewでも表示されるよう接続し, “New Moon in the Dark”の姿を見せた.
“へえ, 思ったより黒いんだね… 風化しているところは白っぽくなっているけど, 誰かが割ったのか, 断面が見えているところはつやのある漆黒できれいだなぁ. 全体の容姿も, 完全な球体じゃないところがいいねえ. 風化している部分は不規則な亀裂が走っていて… いやぁ, じっくり見てみるといろんな要素があって, 確かに, 人を魅了するすばらしい石だねぇ.”
その石が放つ暗黒の輝きは絵描きのJascaの心にも突き刺さったようだった. そしてその魔力は彼のNexus Unitをも作用したようだった. それは急に熱くなって彼のAR viewに, “Akio DiasおよびNew Moon in the Dark, 要保護対象.”という短い文章が彼のエージェントからの緊急通知として突然表示させた.
“どういうことなんだ?”
Jascaがしばらく口を閉じて, 自分のAR viewに現れた何かをじっと見ている姿を見たAkioは, “どうかしましたか?”と尋ねて, 何か異常なことが起きたのか気にかけた. Jascaは, “いや. 何でもない.”と言ってごまかしながら, その黒い石とその持ち主がなぜ市の情報システム群の監視対象になっているのか頭の中で思案を巡らせた.
“彼とその石は, Hanasakaにとって敵の支配下に堕ちてはいけない存在ということなのか… 待てよ…, ということはまさか本当に, 黒い石を持つ者が青い光を目指せば, 敵を撃退できるということなんだろうか…”
Akioの数倍しゃべるJascaが, 引き続き数秒間, 沈黙して何かを考えている様子を見て心配になったAkioは, “こ, この石, 怪しいですか?”と尋ねた.
“あ, いや. そのまま持っていいんじゃない? その石のこと, 気に入っているんだろ. それに, Rusty-believersの仲間であるその石によって, Akioさんが今後どう洗脳されるのかも見てみたい.”
Jascaは, 変な試薬を飲まされたモルモットの体調の経過を観察する研究者のような態度で, Akioに余計なことを考えないよう求めた. それは彼の単なる好奇心からではなく, Police Departmentの外部調査員としては, 依頼主のMoglaであればおそらくAkioをこのまま泳がせて様子を見続けたいであろうと考えたからだ.
Akioがそれを冗談として流さず, 石ころたちのつぶやきぐらいでたやすく自分がRusty-believerになるはずはないと反論したため, Jascaは, “分かってるよ. 敵の目的が, 城を燃やして, Kasgaさんを殺して, Floraを無効化することであるなら, Akioさんの思想をいじくる手間をかけたとて, それに大した意味はないだろう.”と, 過度の心配は無用であると告げた.
“そもそも今時の戦いは, 情報システムを束ねるAIを制しない限り勝ち目はない. 実際, 彼らは, 奇襲をかけてKeepを破壊するところまではうまくいったんだろうけど, その後はFloraに封じられて身動きが取れていない. でも侮ってはいけない相手だろうから, Floraは何か秘策をもって敵にとどめを刺すんじゃないかと思っている.”
“秘策?”
“そう. それは人間には分からない. 正確に言うと, 結末は想像できたとしても, そこまでのプロセスは全く分からない. AIは, 自分の必殺技をいつ, どこで, 誰によって発動させるのかを, ほかのAIや人間たちに分からなくするからね.”
Akioは, Jascaの言っていることは理解できたが, それは敵側のAIも同じではないかと思って彼に問うと, 彼は即座にそのとおりだと肯定した.
“お互いに, 発動条件を隠した必殺技を持っていると思っていいだろう. だからお互いにそのありかを今でも必死に探り合っているはずだ. でもそれは1つではない. まあ, 敵側のAIはそれらを探しているうちにFloraが用意した迷路に入ってしまったんだろう. Floraは人々が思っている以上に恐ろしいパワーを持っている. 私はこの戦い, Floraの作戦どおりに行けば, 我々は間違いなく勝てると思っている.”
Akioは, なぜJascaはそんなに自信を持っているのか理解できず, “本当に勝てるんですかね.”とつぶやいた. Floraという存在は, Hanasaka市民の日常生活ではそんなに意識しないため, その実力もイメージできないのだ.
“そう思うんなら, Akioさんが確かめてみたらいい. 黒い石を持つAkioさんが青い光に向かって進むことが, 発動条件の1つになっているかもしれないじゃないか?”
“え? わ, 私が, 青き光に向かっていけば, Floraは, 敵に必殺技を打ち込むってことですか?”
Akioはにわかに信じられず, 冗談かと思って半笑いしたが, Jascaは真顔だった.
“どうするかは任せるよ. 正直, 私も君が発動条件だとは信じがたい. ただ, そうであってもいいかもと思った.”
Akioが, そうであってもいいとはどういう意味なのかいぶかっていると, Jascaは, “だってそうじゃないか.”と言って, その理由を詳しく述べ出した.
“さっき少し話したけど, Fighterたちが自分も実際にこの都市を守る一員になりたいと思うようになったのを受けて, Castle OfficeがKassenをアップグレイドしたことぐらいはいいとして, 本当に彼らが警察官や軍隊のように戦うようになっていいんだろうかと, Akioさんも含めて多くの人が思っているだろう.
“彼らも口では勇ましいことを言っているけど, 本当に犯罪集団と戦うことになれば, それは殺し合いだ. 殺されるのはもちろん嫌だけど, スポーツ・プレイヤーの彼らにとって人殺しをしてしまうことは, その後の人生に癒えない深い傷を残すことになる. 精神的に耐えられない者も続出するだろう.
“それこそがAkioさんの最大の悩みなのではないか? Castle Officeのスタッフとしてこのまま見過ごして良いのだろうかと…”
その心配は全く図星であった. 的中しすぎてAkioはフリーズしてしまった. そして不覚にも目に涙がにじみ出てきた.
その様子を見てJascaは, “きついことを言ってしまったな. 申し訳ない.”と謝った. Akioは軽く首を左右に振り, “いえ, すみません.”とだけ言葉を発した. 何かを言おうとしたが言葉が出てこなかった.
“だからこそ, Akioさんが戦いの序盤ですぐに‘青き光’に近づいてFloraが必殺技を発動させれば, 誰も死なずに済むかもしれない. そう思わない?”
Akioは, 今度は半笑いをすることなく, 確かにそうであればいいかもしれないと思えたが, その反面, それがマンガかドラマの世界の話のように思えて, 真実味が持てなかった.
“そもそもFloraは, 人間を守るようプログラムされているんだから, 人間に自分を守ってほしいという発想は全くない. 理念を守ることが大事だと人間に説教することはあっても, 理念を守るために命がけの行動を求めることはない. それ自体, 矛盾だから.
“人間がそんなことをしなくても良いように, できるだけ機械が自律的に武力を使って人間を守ろうとする. ましてFighterは, 所詮, スポーツのプレイヤーにすぎないから, 本気で戦ってもらうつもりなんてFloraにはさらさらないし, そうはさせまいとするはずだ.
“にもかかわらず, もしFighterが敵の襲撃の日に戦いに参加するようなことがあるとしたら, それはその発動条件に関わるからなのかもしれない. Akioさんとしては, その青い光が何なのか, そしてFighterが戦いに参加するとしたらそれはどういう意味があるのかを探ることが大事な仕事なんじゃないかな.”