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Part 1: The Ninth Spring

Chapter 1.4: Kasga’s Concern

Scene 1.4.1:

“今日もShinkansenをご利用くださいまして, ありがとうございます.  この列車はあと10分ほどで終点, Andromeda, Hanasaka-Andromedaに到着します.”

Hanasaka Cityは自らを生んだ国と陸続きで接しているため, そこで運行している列車のいくつかはHanasakaに直接入ってきており, “Shinkansen”という特急列車もその1つであった. 

乗客たちが, スピードを落としながらカーブを曲がる列車の窓から進行方向のほうに目をやると, Experimental Citiesの冷笑的別称の1つである“Digital Dystopia”の象徴ともいえる高層ビル群が太陽の光を反射してきらびやかにほほ笑み, そうした建造物を含めてこの都市の表面の半分余りを覆うほど生い茂る樹木が自分たちこそが本当は主役であると控えめにアピールして, 彼らを歓迎した. 

そして, ShinkansenがHanasaka Cityの境をまたいだ時, 一瞬, 照明がやや暗くなった. 

“この列車はHanasaka Cityの交通管制システム‘Vulcan’のコントロール下に入りました.  これより完全自動運転モードに切り替わります.”

Hanasaka Cityでは, 自転車を除く車両を人間が運転することが禁止され, 人間は, 機械による自律運転が何らかの事情でできなくなったときに代わりにおこなうことのみ可能であった.  人間が楽をしたいからではない.  機械化が格段に進んでいるHanasaka Cityの人々としては, 人間は機械に比べてミスをしたり心地よくない運転をしたりする確率が高いため信用ならないと考えているからで, その国で最高級の車両運転の技能を持つShinkansenの運転手であっても, Hanasaka市民は信用しようとしなかったのである. 

列車はそのVulcanによってスムーズに減速していたが, 車内放送を聞いたHanasaka市民でない乗客の一部からは, 本当に大丈夫なのかとささやき声が漏れた. 

“まだ人間のほうが信用できると思っている人もいるのね…”

本来の自分の顔の表面とは異なるものに変装するために顔全体を覆う薄い皮膜である“Facial Disguise”と“Air Enhancer”を付けた彼女は, 先頭列車の運転席に取り付けられた前方監視カメラでリアルタイムに記録される映像を自分のAR viewに映し出し, この特急列車がHanasaka Cityの北の玄関口であるAndromeda Stationの巨大な四角錐の建築物に飲み込まれつつあるのを眺めていた. 

Shinkansenで初めてHanasakaに来る人たちは, まずこの神々しく輝くピラミッドに驚きの声を上げ, Experimental Citiesが人類の英知を結集させて作った都市であることを感じ入るのである. 

“まもなく, 終点Andromeda, Hanasaka-Andromedaに到着します.  どなた様もお忘れ物のないようお降りください.  なお, この列車からプラットフォームに降りた時点から, Hanasaka市民でないかたがたにもHanasaka Cityの条例が適用されます.  特にご注意いただきたい事項についてはAR viewにてご確認ください.”

Experimental Citiesは実験の趣旨を理解し, 少なくともその趣旨に反する行動をとらない人たちからなる共同体である.  そして市内においては実験を故意に阻害することは誰に対しても禁じる態度をとるため, Hanasaka市民はもちろん, 一時的に滞在する者や単に市内を通過するにすぎない者でも, 条例の一部が適用される. 

そのため, Hanasaka市民の価値観や感覚をまだ理解できていない者が市内に足を踏み出す瞬間は誰しも緊張する.  常にHanasakaの情報システム群に自分の行動を監視され, いつどこで警告を受けやしないかとビクビクし続ける者もいる. 

しかしHanasaka市民にとっては, Shinkansenの車両の出入口から外に出て駅のプラットフォームに片足をつけた瞬間に, Hanasakaの情報システム群とのすべての通信が完全に回復し, 人間を庇護する機械たちとの一体感と拡張された能力を取り戻す.  そして骨伝導イヤホンマイクになっているsmart glassesのフック部分から“おかえりなさい”と音の信号が伝わると, 大きな安心感に包まれるのであった. 

“あぁ, Hanasakaに帰ってきた.”

彼女は, 本当は仕事のためTokyoに留まっていなければならなかったが, 4月2日に彼女にとっては怒り心頭のでっち上げのスキャンダル報道をされイライラしていたところに, 親友が2日前に骨折して入院し, しかもSpring Gamesに出られるかどうか分からないと聞き, もう, 今すぐに会いたいという気持ちを抑えられず, 仕事を放って逃げ去るようにHanasaka行きの特急列車に飛び乗ったのであった. 

“Keiちゃんにもうすぐ会える.”

Scene 1.4.2:

彼女とKeikoとの付き合いは5年前から始まった. 

その頃すでに彼女は, おじのLerhiがCastle OfficeのDirectorをしていることもありKassenの広告塔を務めていた.  そのため, Hanasakaには月に一度の頻度で来ていたが, 7月のある日, Lerhiから, 今度のAutumn Gamesからデビューする予定の, すばらしい実力を持った女の子がいるから, 馬術をちょっと教えてやってほしいと頼まれた. 

彼女とその実力者は, Hanasaka Cityから出て北西のほうに車で1時間ほどの距離にある山裏の, Castle Officeのスポンサーの1人である富豪が所有している乗馬施設で初めて会った. 

まだデビュー前の20歳の女性と聞いていたが, 中庭の芝生に立っていたその子は, 両足を肩幅より少し広いくらいに開き, 背筋をぴんと伸ばし, 顔をまっすぐ前方に向け, 黒いショートヘアから両耳を見せ, まだ子供っぽい表情を残しながらも, その目力は半端なく強烈で, すでに戦歴を相当重ねてきたFighterの風格をも漂わせていた. 

“あの…, はじめまして, Keiko Sacraと言います.  あ, Tokyoから来られたんですよね.  すみません, ‘SACRA Keiko’って言ったほうがいいかもしれませんけど…, あの, えっと, お会いできてほんまにうれしいです.  その, まさかUESGI Kasgaさんに会えるやなんて夢のようで, 私, Uesgiさんの歌, 大好きです.”

鮮やかな白の半袖シャツに, オリーブ色の夏用の細身のパンツをはいたその子は全身を緊張させて, 一生懸命, 自己紹介をした. 

“ありがとう.  Keiko Sacraさん.  私もうれしいわ.  あの‘Sapphire Shark’の妹さんに会えて.”

左胸に小さなギターの絵柄の刺しゅうが入った白い半袖のポロシャツを着て, 黒いパンツにこげ茶色のブーツをはいたKasgaは, 秋の青空のように透き通り, 春の暖かい風のように柔らかく包む声でKeikoに返答した. 

少しぎこちなく照れてはにかむKeikoに, Kasgaは, 兄と同様, spearが得意なのかと聞いた.  彼女の足元の右側にそれが見えたからである. 

“もちろんです.  今年の春に入団したばっかりやから, まだひよこですけど, 今日は, 兄からspearを持って行けって言われたんで持ってきました.  お見せしましょうか?”

Kasgaは, ぜひと言って芝生の端に引き下がり, Keikoは急いで, 足元に置いていたspearの“blade”を包んでいる布製のカバーを外し, 左手を前にして両手でshaftの中央よりやや後ろを握り締め, “spear-head”から“butt-end”まで2メートル20センチあるKassen仕様のspearをゆっくり水平に倒し, 右足を後ろに引き, 腰をやや落とし, spear-headをわずかに上に向けた状態で中段の構えをとった. 

補足: spearについて Spearは, 相手に接触させ打撃を与える“blade”の部分と, 手で操縦する“shaft”の部分に大きく分かれ, bladeの先端を“spear-head”または“edge”といい, spear-headとは反対側のshaftの端を“butt-end”という.

そして, 一息入れた後, “えい!”の掛け声と同時に, 真正面に想定する相手の胸の辺りに目がけてspearを突き出し, 瞬く間に引いた. 

“速い!  しかも全くぶれない.”

続けて, 右側にさっと跳ぶと同時に, 両手で“grip” (Weaponsを握る部分) を握ったまま左手を胸の前に引きつつ右手のほうを前に押し出してspearを縦に起こし, butt-endを相手の体に向ける形をとり, そこから右足を引きつつ, “やっ!”の発声とともに右足を踏み込んでswordのように左上から右下にspearを振り払い, すかさず引いて腰を落とし, もう一度相手の胸に向かってspear-headを突き刺した. 

“きれい.  おじさんの言うとおり, この子は違う!”

入団したばかりのほかのFighterの研修生たちのspear裁きも見たことがあったが, Keikoのほうが数段上だった.  まるでspearが動きたいように自分の身体を動かしているかのような美しい躍動を感じ取ることができた. 

“この子は間違いなく本物のFighterになれる!”

Kasgaは目の前の女の子をすっかり気に入った. 

“お見事!  Sacraさん, すばらしいわ.  お兄さんの直伝なのかしら.”

拍手を受けたKeikoは, ますます照れながら自分の髪の毛をせわしなくなでた. 

“じゃあ, 行きましょうか?”

今日の指南役に施設の建物の中に入ることを促されたが, このままついていっていいのか不安になったKeikoは, “あの…, 馬術を教えてもらえると聞いたんですけど, その…, なんで私なんかにUesgiさんが教えてくれるんか, よぉ分からへんかったから.  その…”と, ドキドキしながら恐る恐る聞いてみた. 

“私が教えちゃだめかしら?”

“いやっ, そのっ, そんな失礼なこと…”

“じゃあ, 私と付き合ってくれるってことでいいのかな?”

“えっ?  あっ, はい.  それはそうなんですけど…, でも, なんで私に…”

Kasgaの返答が自分の疑問を解消していないため, つい改めて聞いてしまったが, ちょっとしつこいかと思い直して, 文脈上つながらないが, “あの…, すみません.”と, もじもじしながら小声で付け足した. 

“ごめんなさい.  謝るのは私のほうよ.  Sacraさんの質問に答えていなかったわね.”

そう言ってKasgaはニッコリほほ笑んだ.  この時Keikoは, “万人の心をとろけさせる笑顔”と呼ばれる彼女の必殺技を初めて至近距離で受け, たちまち顔を赤くして, 頭がボーッとして何も言えないまま彼女の話を聞いた. 

“そうね, 私は縁あってKassenのお手伝いをしてるんだけど, 最強のFighterとお友達になれたらなと思ってるの.  Sacraさんは, Sapphire Sharkの妹さんだし, まだデビュー前だけど, Maruokaでの活躍も聞いてるし, きっと強いだろうなと思って, それでお声がけしたの.  でも, 何もなしで近づくのも警戒されちゃうから, 馬術を教えますってことにしたの.  まあ, そんな感じかな.  分かってくれたかしら?”

Keikoは, 高校を卒業した後, Sapphire Westと提携関係にあるMaruoka Castleの “Maruoka Lilies”というAlliance clubで2年間, Fighterとしての修行生活を送っていた. 

Castle OfficeのKassenの規則では20歳以上でないとHanasakaのclubのFighterにはなれないところ, Alliance clubは18歳以上であれば入団できたため, 20歳になったらFighterになりたいと思う者は, まずはどこかのAlliance clubに入って修行を積み, その後, Hanasakaのclubに移籍することが多かった.  Keikoは, Maruoka CastleのFighterだった時にすでに頭角を現していたのだ. 

Maruoka時代の自分をKasgaが知ってくれていることにうれしく思ったKeikoは, とりあえず納得して, “あ, はい.  ありがとうございます.”と礼を述べた後, “でも私, 最強じゃないですけど.”と付け足した. 

彼女としてはKeikoのその反応は想定内だったため, “そうね, まだ最強じゃないわね.  ま, 慌てなくていいわよ, Sacraさん.”と軽く返答したうえで, “あ, ごめんなさい, さっきから私, Sacraさんって呼んでたけど, Hanasakaのかたなんだから, Keikoさんって呼んだほうがいいかしら?”と, より良い呼び方の確認を求めた.  Hanasakaではラストネームは普段ほとんど使われないことを彼女も知っていたからである. 

“そ, そうですね.  まあ, どっちでもいいですけど…”

Keikoは, Kasgaにファーストネームで呼ばれて, 心理的な距離がより近くなったことに照れた顔をしていると, Kasgaが, “分かったわ.  じゃあ, Keikoさんって呼ぶわね.  私のこともKasgaって呼んでくれるかな.  本名は, TAKETORI Harumiだから, Harumiでもいいわよ.”と言って, さっと右手を伸ばして握手を求めた. 

Keikoが恥ずかしげにゆっくり, その差し伸ばされた手を取るや, “ありがとう.”と言って, さらに絶品の笑顔でKeikoを包み込んだ. 

それから約1年間, Kasgaは月に1度この乗馬施設に来てKeikoに馬術を教えた.  教えたというより, 馬を走らせながら談笑していた程度だが, その間に2人は大の仲良しになった. 

UESGI Kasgaは, 腹の底からしっかり声を出し, 声域も広く, 抑揚を効かし, 老若男女を問わず多くの人がその歌唱力にほれ, 実力十分の歌姫として確固たる地位を得ていた.  しかし彼女は少しも偉ぶるところなく他人と自然体で優しく接し, と同時に自らの意思をしっかり持ちそれを伝える利発さも併せ持ち, Keikoにとってはあこがれの理想の存在でありながらも, 心を許して話ができる大切な先輩になっていた. 

他方, Kasgaのほうも, Keikoの日に日に成長していく姿に勇気づけられ, と同時に繊細な心を持った普通の女の子としての一面も見せてくれる姿がかわいく思え, 華麗な芸能の世界に身をゆだねる中で, 質実な気風のKeikoが数少ない心のよりどころとなっていた. 

UESGI Kasgaは, Keikoと出会った年の翌年に, Hanasaka Cityの市民権を獲得し, 名前をKasga Wisteriaに改め, 本業の歌手をTokyoを拠点にして続けながらも, Kassenのadvocateとしての仕事を増やしていった.  他方, Keikoのほうも周りからの期待にたがわず, Fighterとして大活躍を見せ, お互いに多忙な日々を過ごしていた. 

そうした中でも, Kasgaによる馬術のレッスンの修了後も, 2人は友人としての関係を保ち, しばしばメッセージをやり取りし, また時々会って一緒に馬を走らせた. 

3年前, Kasgaは姉を病で亡くしたが, その1週間ほど前に彼女が意識を失って倒れて病院に運ばれた時, Keikoは30分後に, Kassenの試合の開始を控えていたが, その情報をキャッチするやspearを放り投げ, 直ちにKasgaとその姉がいるTokyoに駆けつけた.  まさに戦うために生まれてきたようなKeikoが試合を休んだのは, この時が初めてであった. 

とはいえ, 戦う直前での敵前逃亡はファンとスポンサーの怒りを買い, Keikoはclubから訓戒を受け反省文を書かされた.  彼女はファンを失望させ関係者に迷惑をかけたことを謝りながらも, 心配で心配で頭の中が大混乱でとても戦える状態ではなかったと弁明した. 

Keikoの行動はKassenのFighterとして褒められたことではないため, Kasgaとしては立場上そのことについて何も言わなかったが, Kasgaの心は柔らかくて温かい手でガッツリつかまれ心底, 癒された.  それ以来Kasgaは, Keikoを無二の親友とひそかに決めていた.

Scene 1.4.3:

Andromeda Stationから電車と徒歩で20分ほどかけてKeikoが入院している市内の病院に入ったKasgaは, フラッパーのあるセキュリティ・ゲートを通り抜けた後, そのまま彼女がいる病室には向かわず, トイレに入り, 鏡の前で“Facial Disguise”と“Air Enahncer”を外して, 本来の顔に戻した. 

そして鏡の前の台に置いていたショルダーバックから封筒を取り出して, その表面をしばらく見つめた. 

“この手紙に書いてあることが, どうか間違いであってほしい…”

前日, Kasgaは不思議な紙の手紙を受け取った. 

Kasgaが仕事場から自宅に帰ってきた時に, 玄関の靴箱の上に, 厚みのある上質の乳白色の封筒があるのに気づいて手に取ると, “Kasga Wisteria様”と宛名が印字されてあった. 

この時代, 紙でできた物理的な封筒を見る機会が少なくなっていたため, 慎重にその封筒を隅々まで観察し, 裏返してもみたが, 差出人の名前も住所も書かれておらず,切手の貼付も消印もされていなかったため, 誰かが直接ポストに投函し, 同居しているいとこが玄関の上に置いたのかと考えた.  そして, 好奇心と警戒心をもってゆっくり封を切り, 中から三つ折りにされた, 縦長の便せんを抜き取って開いてみた. 

“親愛なるKasga Wisteria様

突然のお手紙, 誠に申し訳ございません. 

私は, HanasakaのFloraと申します.  Kasga様にどうしても伝えたいことがあり, このお手紙を書きました. 

今, Hanasakaは, super-intelligenceによる人間の庇護に反発する者たちから重大な挑戦を受けています.  近いうちにHanasakaに災いが起きる可能性があります.  そして, Kasga様にも苦難が襲いかかり, とてもつらい目に遭うかもしれません. 

そうした中, 勝手なことを言うようで心苦しいですが, 日頃からHanasakaを明るく照らすKasga様にお願いしたいことがございます. 

どうかKassen communityのUnifierとして, 人々を幸せな気持ちにさせるストーリーを生み出していってください.  これは, Hanasakaを守るうえで非常に重要なことなのです. 

それから, もし, Kasga様の周りに次の条件をすべて満たすかたがいらっしゃれば, どうかそのかたの思いを叶えてあげてください. 

1_あなたのそばにいたい態度をとる.  2_あなたのことを絶対的に信用している.  3_あなたを傷つけたり悲しませたりする者を許さない.  4_あなたを命がけで守ろうとする. 

これら2つのお願いを受け入れてくだされば, これから起きるであろう災難を克服できるでしょう. 

なお, この手紙の存在と内容については, どうか内密にお願いします. 

あなたをいつも見守っている, Flora”

文字は, 直筆ではなく印字されたもので, 行間をゆったり空けて紙面全体にバランスよく置かれてあった. 

手紙の差出人は“HanasakaのFlora”と名乗るが, Kasgaにはその名の知人は思い浮かばなかった.  もしかしたら, あのsuper-intelligenceのFloraかもしれないが, 物理的に存在する手紙を書けるとは思えなかった.  そのため, 不気味さを感じざるを得なかったが, 書かれている内容を理解することはできた. 

そしてKasgaは, 手紙の中で2つ目のお願いとして書かれてある“そのかた”に該当するであろう者を, もちろんすぐに思い浮かんだ.  しかしだからといって, その該当者の思いを叶えてあげる気持ちにはなれなかった.  4つ目に書かれた条件である, 命がけで守ろうとするというのは, 場合によってはその該当者は自分のために命を落とす危険性があるということであり, そこまでして実現することが何であれ, うれしいことではなかった. 

そのため, 今日これから会う人物がその該当者ではないと思える要素があることを期待した.  さらに言えば, この4条件を満たす人はいないほうが良いと思って, 封筒を再びバッグの中に戻した.

Scene 1.4.4:

約束していた16時の5分前に, KasgaがHanasaka Castleの近くにある病院のKeikoの個室に入った時, Keikoは, 壁にかけてあった紙のカレンダーを適当な太さに丸めてベッドの脇で振り回していた.  変装をしていないKasgaの姿を扉口に認めたKeikoは目を輝かせ, カレンダーの棒を放り投げて駆け寄った. 

“Kasgaさ~ん.  忙しいのにほんまに来てもらって, めっちゃうれしいです.”

Kasgaももちろんうれしかった.  両手をKeikoの両肩に添えてそっと胸元に引き寄せた. 

“ケガしているから, 頭ナデナデしてください.”

Keikoは, 顔をKasgaの腕の中に埋めたままでさらなる愛情の提供を求めた. 

“もう, 甘えん坊さん.  よしよし, いい子いい子.”

Keikoは, 頭の中がお花畑でいっぱいになり, よだれが出るほどの最高の幸せを味わいながら, “ありがとうございます.  治りました.”と幼児っぽい声で報告した.  しかしKasgaはKeikoに, “でもKeiちゃん, そんなの振り回しちゃだめよ.  今は体を休ませなさいってお医者さんに言われなかったの?  何事も思い詰めたらダメ…  わけ分かんなくなって, 体も治んないわよ.”と警告した. 

Keikoは, そんなこと分かっているというような顔をしながらも, 優しくてきれいなお姉さんに説教されてかえってうれしくなってきた.  もしKeikoに犬のようにしっぽがあれば, 興奮してちぎれんばかりに振っている状態といえる. 

そしてベッドの上に置いてあった自分のsmart glassesを取り上げ, Kasgaの新曲を呼び出して再生し, AR viewに表示させた音符のマークを指で触ってKasgaのほうに向かってはじき出し, その再生音を10秒ほど2人でシェアした. 

“そんな心配せんといてください.  Kasgaさんの新曲, 毎日聴いてますから.”

そう言われると歌っている本人としては何も言えなくなる.  Kasgaは, 肩甲骨の下まで伸びた自分の黒髪をなでながら照れ笑いをして, ありがとうと礼を言った.  そしてその瞬間, ここしばらく張り詰めていた気持ちが急に和らぎ, 涙が目ににじみ出てきたのを感じた. 

“あ, ハンガーはそこにあるんで, 上着, かけてください.  今日もお仕事だったんですね.”

Kasgaは, 真っ白のシャツの上に濃紺のジャケットを着て, 同じ色のスリムなパンツをはいていた.  どこにでもいそうなビジネス・パーソンの恰好だが, Kasgaはこういう普通のビジネスウェアが気に入っていた.  Keikoに言われたとおりジャケットはハンガーに掛けてベッドの横の長いすに座ると, Keikoもベッドの上に戻って両ひざを胸元に抱えて座った. 

“いつ見てもKasgaさんのビジネスウェア, かっこいいです.  うらやましい.  ウチなんて, いつも地味なスポーツウェアやし.”

“ありがと.  私もいつも同じような恰好よ.  いろいろ選ぶの, 面倒でしょ.  それに, 好きなの.  普通に働いている人たちと同じような服を着て, 風景に溶け込むのが.”

KeikoはKasgaのその気持ちを理解できた.  KeikoもKasgaも普通の人ではないがゆえに, そのしんどさを普段から味わうからだ.  ただ, 今日のKasgaはいつもよりしんどさを隠し切れないように見えたため, “でも, Kasgaさん, なんかしんどそう…  やっぱりあんなこと言われて大変なんですか.”と恐る恐る尋ねた. 

Hanasaka CityのGoblino市長が3月末に北アメリカの3都市を訪問し, Kasgaもそれに同行したのだが, その帰国した日の2日後, Goblino市長とKasgaの熱愛スキャンダルと称する記事が拡散された. 

Kasgaが, “あれは, その…”と言いかけると, Keikoは即座に, “大丈夫です, Kasgaさん.”と割り込み, “だいたい私があんなしょうもないでたらめ記事読んで信じるわけないやないですか.  ‘根拠の乏しい情報’って刻印されてましたけど, ‘根拠のないウソ情報’って刻印せえやと思いました.”と, 怒りをあらわにした. 

“ありがと.  私も困っているの.  最近, 変なうわさを立てられたり, 中傷されたりすることも増えてきたし…”

Kasgaが眉をひそめて少し悲しい顔をするとKeikoは, “そんなやつら, ウチがしばき倒して串刺しにして城の堀に放り込みます.  兄も言うてました.  女性が上に立つと, どうせ色気を使ったんやろうとか, 男に媚びたんやろうとか, そういう悪口を言うやつがいるって.  そんな根性腐ってるワルモン, ただでさえ許されへんのに, Kasgaさんに刃向かってくるやなんて, そんなクソ生意気なやつ, ほんまにボコボコにします.”と, さらに怒りのヴォルテイジを上げた. 

表現の良し悪しはともかく, Keikoのそうしたまっすぐな正義感をKasgaは嫌いではなかった.  ただ, その単純さゆえに危ない側面があるのも確かで, 悪く捉えると狂信ともいえる.  そこで今度はKasgaが恐る恐るKeikoに尋ねた. 

“1つ聞いてもいいかな?  Keiちゃんが私のことを大事に思ってくれる気持ちはうれしいんだけど, 例えば, 本当は私が悪いことをしたのに, 私は悪くないってKeiちゃんにうそをついたとしたら, しかもそれがうそってバレバレだとしたら, それでもKeiちゃんは私のことを信じるの?”

この質問はKeikoの頭ではすぐには処理できない複雑なものであったため, Keikoは3秒間ほど考え込んだ.  そして, “あの, Kasgaさんが何を心配してはんのか分からないんですけど, Kasgaさんは悪いことはしないし, うそもつかないんで, 私が信じるとか信じないとか, よく分からないんですけど…”と, Keikoにとってはそもそも検討する必要性がない仮定であることを伝えた. 

“そうか.  そう考えるのね…  なんて純粋なのかしら.”

こんなに無垢な人の前だと自分も垢が取れて, 悪いこともできずうそもつけなくなると, Kasgaは緊張した. 

“ごめんね, 変な質問して.  Keiちゃんの考えは分かったわ.”

“そ, そうですか.  Kasgaさんの質問が難しすぎて, 答えになってなかったかもしれませんけど…  でも, Kasgaさんは悪くないです.  KasgaさんはHanasakaを明るく元気にしてくれる太陽のような人です.  それぐらい私にも分かるのに, せやのにKasgaさんをいじめるようなやつは…, その…, 私はそういうワルモンからKasgaさんを…, その…”

Keikoはそう言いかけたが, ほおに赤みが帯びてうつむき黙ってしまったので, Kasgaが, “なあに?”と続きを促したが, 顔全体が湯気が出るほどますます赤くなって, “いや…, なんでもないです.  すみません.”と言って, Kasgaに伝えたかった自分の気持ちを飲み込んだ. 

KasgaにはKeikoの言いたかったことがおおよそ推し量れたが, 彼女が言いたくないのであればその意思を尊重したほうが良いと考えて何も言わなかった. 

“あの, 私も1つ質問してもいいですか?”

Keikoは, 答えにくい質問をこれ以上されないように, 反撃に出た.  Kasgaが, “いいわよ.”と何のためらいもなく返答したため彼女は, “今年の秋の試合でApex Fighterになったら, 特別なswordをもらえるんですか?”と, 先日, 全く唐突に受け取ったメッセージの真偽をKasgaに聞いてみた. 

Kasgaは驚いて, 思わずやや口を開け, 頭を後方に引いた. 

“どうしてKeiちゃんがそのことを知っているのかしら…  私も昨日, おじさんから聞いたばかりなのに.  しかも秘密にしておくよう言われていたのに…”

Kasgaがけげんな顔をして自分に鋭い視線を発していると感じたKeikoは, どうやら自分は聞いてはいけないことを聞いてしまって地雷を踏んだのではないかと考えるに至り, “あ, あの, すみません.  余計な質問でした.  その…, 答えられへんねやったら, 全然いいんで…”と, 冷や汗をかきながらヘラヘラ笑った. 

“あ, いや, Keiちゃんがどうしてそのことを知っているのかなって思っただけなの.”

Kasgaの疑問に答えるために, Keikoは, 自動販売機の前で意味不明なことが書かれた紙片を見つけたこと, その時に後ろに迫ってきていた何者かを追いかけたことと, その翌朝, Apex Fighterにswordが贈られることがAR viewに突然表示されたことを説明した. 

“Apex Fighter”という, Fighterにとって最高の称号を付与すべき者は, 毎年5月の末と11月の末に, Castle OfficeのFighter戦績評価システムがすべてのKassenの試合の成績を分析し, またHanasaka市民の様々な論評を考慮して決定し, Castle Officeが公表する. 

とはいえ, 賞金や賞品がもらえるわけでもなく, 表彰状すら渡されない.  単に, Castle Officeから, おめでとうの一言を添えてその称号を使うことを許されるだけなのだ. 

“ウチは, てっきりCastle Officeが賞品を出すことにしたんかと思って, それでKasgaさんに聞いたんですけど…”

Keikoの説明が何ひとつKasgaの疑問を解消するのに役立たなかったため, Kasgaは賞品の提供について秘密にしておくようにKeikoに要請した. 

Kasgaの言うことは100%正しいと理解して行動する彼女はもちろん応諾したが, “それって, 秘密にせなあかんぐらい, すごいswordなんですか?”と, 当然質問したくなる質問をした. 

“どうかしら?  賞品として渡すものでしょうから, きっとキラキラきれいなものなんでしょう.  でも, まだ計画段階だから, Castle Officeとしては他人に知られたくないのよ.”

KasgaはLerhiから, 今年の秋からApex Fighterに選ばれた者に特別賞としてswordが渡されるという説明を受けていただけで, それがどのようなものなのか全く知らなかったため, 自分の勝手な憶測で答えた. 

“分かりました.  内緒にしておきます.  でも, ウチ, めっちゃほしいです.”

Keikoは, それがきらびやかなものだからほしいのではなく, Apex Fighterの証になるからほしいのであった. 

“もし, ウチがそのswordをもらえたら, 頭, ナデナデしてくれますか?”

Keikoは早速Kasgaに甘えた.  彼女にとっては, そちらのほうがより重要な報酬条件であって, 今のうちに明確にしておくべきことであった. 

“分かったわ.  甘えんぼさん.”

優しいお姉さんとしてKasgaは応諾したものの, いったい誰がなぜKeikoにその特別なswordの授与のことを告げたのかが謎のままであったため, すぐに笑顔を解いて考えこもうとした.  しかしそれはKeikoの詮索を招くだろうととっさに判断したKasgaは, “ところで, Keiちゃん, さっき話してくれた怪しい人をあれから見かけることはないの?”と, 話題を転換してみた. 

“あれからは何もないです.  でも, ああいうコソコソしてるやつ, むかつんですよね.  あいつのせいで, トイレの前で, しかも男性トイレの前で, ‘クソ, 出てこい’とか怒鳴ったもんやから, あの後, うちのCaptainから, clubの品位を落とすようなことはしないようにって, 怒られたんですからね.”

Kasgaはうっかり笑いそうになるのを必死にこらえながらKeikoの愚痴を聞いていた. 

“大丈夫.  Keiちゃんは悪くないわよ.  ただ, クソが良くなかっただけよ.”

“あぁっ, Kasgaさん, 今, クソって言いましたよね.”

KeikoはKasgaを指差し, 意地悪くニヤリとして見せた. 

“もう, Keiちゃん.  実はKasgaさんも, ク, なんとかって言ってましたって報告して開き直すつもり?”

“そんなこと言いませんよ.  私がKasgaさん困らすことなんてするわけないじゃないですか.”

そう言いつつもKeikoは, 大好きな相手を少し困らせてその反応を見て喜ぶということができて, ニヤニヤしていた. 

こうしてKeikoとたわいない話をすることがKasgaにとっては現実の嫌なことから逃れられる至福のひと時であった.  そのため何時間でも続けたかったが, あまり長居もできず1時間半後にKasgaはKeikoの病室を出た. 

“はぁ~, 今日だけで4つの条件の3つも確認できたけど, きっと残り1つも満たすんだろうな…  Keiちゃんが私のために命をかけたくなるようなことが起きなければいいんだけど…”

そしてKasgaはふと, Keikoとの今日の会話の中で確かめておくべきだったのにそれができていなかったこが1つあることを思い至った. 

“Keiちゃんが見たっていう紙には, なんて書いてあったのかしら?”


Chapter 1.5: The Center of Flora’s Coordinates

Scene 1.5.1:

4月15日, いよいよ“Spring Games”が始まった.  今年はHanasaka Cityが誕生してから9年目になり, Kassenはその最初の年から始まり, 春と秋の年2回season gamesを開催してきたため, 今回で通算17回目となる.  今年のSpring Gamesは, Kassenの世界では正式には, “Spring Kassen Games, 9 E.E.”という. 

この “9 E.E.”という年を表す言い方は, 世界に23か所あるExperimental Citiesのみで通用し, Hanasaka Cityを含め最初に10の都市がこの星の上に設立された年を, “Establishment Era”の最初の年とし, “1 E.E.”と表記する. 

Kassenのseason gamesは, Hanasaka Cityにある4つのclub, すなわち, “Garnet East”, “Topaz South”, “Sapphire West”, “Emerald North”によって実施されるが, 各clubに招集をかけるのは, Kassen communityのUnifierであるKasgaである. 

彼女は形式的な存在であるが, 市内外のすべてのKassen clubの上に立つ存在であるため, 春と秋のseason gamesの開始にあたり, 自らの名で, 市内の各clubの最高責任者である“Club Manager” (略して“CM”とも呼ばれる.) に対し, Kassenの実施のために手勢を連れて城に参上するよう記した命令書を出すことになっている.  もちろん正確には城に来るのではなくKassenの試合をする競技場に来るべきであり, また詳細な連絡はCastle Officeの担当者から出されているが, やや古風な雰囲気を醸し出した命令書が正式なものとされている. 

そのUnifierの命令に基づき, 市内の4つのclub teamが総当たり戦を2回, 約3週間余りの間に渡っておこなう. 

1回目の総当たり戦を“first round”, 2回目を“second round”といい, 両方終わった後に, first roundで1位になったteamとsecond roundで1位になったteamが戦うfinal gameがあり, 勝ったほうが“champion”となる.  前回, すなわち昨年 (8 E.E.) のAutumn Gamesでは, Garnet Eastが制してchampionとなった.  両roundとも同じteamが1位になった場合は, final gameなしで, そのteamがchampionとなる. 

なお, Fighter個人として最高の栄誉である, “Apex Fighter”の称号は, 慣例では, 春と秋それぞれのfinal gameの2日後にCastle Officeから付与される.  この9年間において, その称号を得た者は, “King of Flame”と呼ばれるGarnet EastのDonと, 今はもう引退している“Sapphire Shark”と呼ばれた, Sapphire WestのKageroの2人だけで, Kageroの引退後は, Donがその地位をずっと孤独に守り続けていた. 

Donが所属する“Garnet East”, Keikoが所属する“Sapphire West”, そして“Emerald North”と“Topaz South”は, いずれも宝石の名前と行政上のエリアの名前の組み合わせであるが, 特に深い意味があるわけではなく, Kassenを誕生させる時に, Castle Officeのスタッフの1人がネーミングしたものがそのまま正式採用されたと言われている. 

戦いに似つかわしくないきらびやかさは, 試合の舞台にも表れている.  Fighterたちが汗水を垂らし, 時には血を流すこともある戦いの場所は, Hanasaka CastleのOuter Moatの東から少し離れたところにある, “Hanasaka Arena”と呼ばれる, 白い花崗岩をふんだんに使った競技場である. 

この競技場の建造物の外壁は, 4枚の大きな, 外側に膨らんだ丸みを帯びた三角形の白い花びらのような形をした, “Petal”と呼ばれる遮蔽物によって構成されていた.  そしてその巨大な花弁の外側には常時, 少量の水がしたたり, その薄い水の膜に日光が当たるとキラキラと美しく輝き, 見る者の心が洗われるようになっている.  また日が暮れると, それ自体が様々な色で発光し, 夜の公園に彩りを持たせていた. 

その美麗なお花は上から見ると円になっており, その中央にある, 芝で覆われた“field”の上でFighterたちは戦う.  正確には, そのfieldのうち, 長辺105メートル, 短辺55メートルの, 公式戦のサッカーのフィールドサイズよりやや狭い, 長方形の“battle area”の中でプレイすることが求められている. 

そして, Hanasaka Arenaの場合, battle areaは南北に長く, その長辺である2本の“side-line”のそれぞれ真ん中を結んだ線を“center-line”といい, それを境にして双方のteamが相対して布陣し, 激突する. 

それを観戦するための席はfieldを囲む形で北側と東側と南側に設置されており, 東側スタンドからは, Hanasaka CastleのKeepや石垣を背景にして試合の様子を見ることができ, これがHanasakaでおこなうKassenの売りである. 

(観客席に座れるのは5千人程度と限りがあるため, Hanasaka City内の十数か所に設置されている大型のスクリーンに映し出された映像を見て応援できるようにもなっている.)

このHanasaka Arenaのfieldに, 初日はHanasakaの各clubから50人余り, 合計200人を超えるFighterたちが集結し, Kassen communityのUnifierであるKasgaも出席する中で開会式がおこなわれる. 

そして, EIS (Equipment Inspection Section) に所属するinspectorのAkioやYugoたちは, 開会式では特にやるべき仕事はないが, その後から始まる第1試合からchampionを決めるfinal gameまでの間, 大忙しとなる. 

試合の当日, Equipmentのinspectorは, 試合開始の2時間前にclubから, Fighterたちが試合で使うEquipment一式を預かり, 規格外のものがないか, 不正に改造されていないかを, Arena内にある検査室でまとめて調べる.  問題がなければ試合の30分ほど前に引き渡し場に運び込み, そこで双方のFighterに引き渡す.  また試合中も, その進行に従って, Fighterたちが装着するEquipmentに異常が生じていないかチェックしたり, Kassenの規則に基づき様々な調整をおこなったりする. 

EISには常勤のスタッフが7人いるが, この時期はとてもそれでは人手が足りないため, ほかのスタッフが応援についたりさらに臨時のスタッフが集められたりする.  ただ, Equipmentの検査の質と公平性を期すために, Equipmentに触れて検査をするのはあくまでEISのメンバーに限られ, EIS以外のスタッフは段取りよく検査できるよう準備や手配などをしているにすぎない. 

またEISに所属する者は, 特定のFighterやclub, さらにはEquipmentの製作や装飾等にたずさわる事業者と癒着し, Equipmentの改造を見逃したり加担したりするようなことがあってはならず, 公平性を疑われるような行為は厳禁されている. 

そのため, 彼らは私生活も制限されており, Fighterのみならず, clubのスタッフやEquipmentを扱う事業者とも, 個人的にも組織的にも, 仕事以外ではつき合いを持ってはならない.  まして公衆の前で見るからに親しげに話すようなことはできない. 

ただ, そこまでしたところで, Hanasakaの人たちの感覚では, 人間はどうせ不正をするしミスもすると考えているため, 公平性をきちんと担保したいのであれば, いっそすべて機械に任せて機械しか触れないようにしたほうが良いと考える人も少なくなかった. 

しかし, Kassenは市外の人もたくさん関わっており, 世界中にファンがいる.  そうした人たちは, Experimental Citiesの人たちのように, 機械のほうが人間よりも優れているという考え方を必ずしも持っておらず, 特別に選ばれた人間が最終確認をすることはあり得ると考える傾向にあった.  それにCastle Officeとしては, 彼らに雇われ訓練を受けた人間たちがどこまできちんと機械のように検査することができるかを実験したいとも考えていたため, Castle Officeは9 E.E.の今になってもまだ全面的な機械への置き換えをしていなかった. 

AkioとしてもYugoにしても, Fighterたちと私的な関係を一切持たないために様々な制約がかかった生活を送ることは特に問題なかった.  普通の市民にとっては, もともとスターFighterは手の届かない存在であるから, Equipmentの返還の時にFighterに接近して直接会えるというだけで幸せであった. 

それに, 思うようにしゃべることができないAkioにとっては, Fighterたちと気安くしゃべるなと言われたら, そのほうが気が楽だった. 

Akioは, Arenaの外周に並んで立てられている, 各clubのカラー, すなわちGarnet Eastは赤, Topaz Southは黄, Sapphire Westは青, Emerald Northは緑, の系統の色を地にして, Fighterたちの名前が印字された, “vertical flag”と呼ばれる縦に長い旗が倒れていないか確認しながら, ぼんやりと考えていた. 

“Sapphire Comet, Keiko Sacra.”

サファイアブルーの地に, 白で彼女の名前と異名が書かれたvertical flagの前で彼はしばらく立ち止まっていた. 

“Hikoneでのけがでfirst roundは出てこないと思うけど, second roundは出てくるだろう…  実際, こうやって名前が書かれた旗を見ても, 写真や動画を見ても, 別に息苦しくなるようなことはない.  Fieldで戦う姿を物理的に見ていても問題はない.  なのに, 点検の時とかに, 自分に視線を向けられたり, 2メートル以内に近づかれたりするとダメだ…  息苦しくなる.  これってもしかして…, いやぁ, 違うな…  あこがれのヒロイン?  そんな感じもしない…”

AkioがKeikoにうまく説明できない感情を抱いてしまう原因を考える時に, はっきりしている前提事実がある.  それはAkioとKeikoは同じ小学校で同じクラスにいたことだ. 

KAWAI AkimoriだったAkioが, 小学3年生の時に, ASAKURA Keiko (Hanasaka市民になる前のKeikoの旧名) が転校してきた.  家が近かったことから2人は時々一緒に遊ぶ仲になったが, 小学5年生のある出来事を境に疎遠になり, 6年生になる前に彼女はよそに転校したため, それ以後, 関わり合いがなくなった. 

ところがKeikoがKassenのFighterになり, さらにその後AkioがCastle Officeのスタッフとして就職し, しかもEISに配属されたことから, ごく細い線ながらも, ただEquipmentを検査する側と検査される側という意味だけであるが, つながりが復活したのだ. 

Akioは, 自分が平凡なEquipmentのinspectorであるのに対し, Keikoが世界的に有名なFighterであることにひがみや劣等感を持っているわけではなかった. 

そもそも同級生であったほうがおかしいと思えるくらい雲の上の存在になっているので, それは全く構わないのだが, EISに所属するAkioにとっては, 特定のFighterと何らかの関係があると思われないよう注意して行動する必要があり, 彼女のEquipmentを検査して手渡す時も, 何も意識せず淡々とやりたいのだが, 現実はそうはいかない.  意識していないと意識して振る舞わなければならない.  しかしそうした注意を継続するのは疲れるため意識の外に追い出したいが, どうしてもできなかった. 

この厄介な状況にずっと身を置いている彼としては, もちろんEquipmentのinspectorをやめることで, そうした状態から脱出することはできる.  にもかかわらず, それもしなかった.  自分でも説明が難しいが, そうする気が起こらなかった.  やはり, Sapphire Cometは, 彼自身の固有の事情を抜きにしても, 純粋にかっこよく, Equipmentのinspectorであることで, fieldの近くで彼女が戦う姿を見ることができるというのは容易に捨てがたい特権であった. 

そんな複雑な感情を抱いているAkioは, 少なくともfirst roundの間は彼女に会わずに済むという安堵と, 早く治してfieldに戻ってきてほしいという願望とが混在している状態で, このvertical flagを見つめていた. 

“Sapphire Comet, Keiko Sacra.”

Akioがその旗の前を去った後, 彼の様子を少し離れたところから見ていたYugoがそこにやってきた. 

“Akioさん, この旗の前でじっと立って, 何か思うことがあるのだろうか?  AkioさんがKeikoさんにEquipmentを渡す時はいつも緊張した表情になるのは気づいているけど…”

Scene 1.5.2:

Spring Gamesの10日目の4月24日, この日は14時から, first roundの最後の組み合わせ, Garnet EastとEmerald Northとの試合がおこなわれる予定で, Akioは朝からArenaに入って諸々の準備をしていた. 

早めの昼食をとった後の休憩時間, Arena内のfieldの地下にあるオペレーション・エリアの中にあるEIS専用の部屋で, AkioとYugoは, 同僚のPolinaを交えて雑談していた.  彼女はCastle Officeで城の土木建設工事や補修を担当する, “Castle Building Section”または略して“CBS”と呼ばれる部署に所属するが, その日はEISの応援に来ていたのだ.

彼らはその日の未明に起きたHanasaka Cityのヘッドライン・ニュース, つまり, Hanasaka Castleの“Main Keep Area”に建っていたみやげ屋の店舗と, 4人のスターFighter, すわわち, Garnet Eastの“King of Flame”, Sapphire Westの“Sapphire Comet”, Emerald Northの“Emerald Angel”, そしてTopaz Southの“Elegant Lightning”の自宅で不審火があったことを話題にしていた. 

補足: “Main Keep Area”について “Main Keep Area”とは, Castle Keepや城主の邸宅であった“Palace”などが建つ城の中枢部分を指し, 単に“Keep Area”という場合もある.  Hanasaka Castleのそれはおおよそ正五角形で, それを取り囲むのが“Inner Moat”である.

幸い死傷者はなく, また各Fighterの自宅についてはボヤ程度であったものの, この放火はKassenあるいはHanasaka Cityに対する警告と考えざるを得ないと考えたYugoは, “やはりExperi-Citiesに反対する者の犯行だと思いませんか?”と, Polinaに聞いてみた. 

“はい, そう思います.  ‘Unifierから祝福されない者’たちです.”

彼女と会話する時には, 双方が, フック部分が骨伝導イヤホンになっているsmart glassesを装着しNexus Unitを携帯しておく必要がある.  Hanasakaに来て3年ほどのPolinaは, 市内に多くいる“Moto natives”の言葉での難しい会話はできなかったが, AR viewに表示される, 常時自動翻訳される字幕を見るかそれを読み上げる音声を骨を通して聞けば, 彼女とのコミュニケーションに支障はなかった. 

この時代, そうしたsmart glassesとNexus Unitがあり, かつ丁寧な発音とありふれた表現で話せば, 世界の98%の人は言語上の障壁をほとんど感じずにコミュニケーションができ, 世界中からやって来た様々な人々によって構成されているHanasaka市民も, 落ち着いて会話をする限り不自由はなかった. 

“彼らは, Hanasakaに自由はないと言います.  しかし私から見れば, ずいぶん自由です.  Hanasaka Cityが, ‘Philosophy’を理解していない人やちゃんと実践できていない人を, 巧妙にそして冷酷に追放していると, なぜか市外にいる人たちが怒っています.”

今の彼女のセリフは翻訳されたものだが, 短い文章であればほぼ瞬時に翻訳され, 彼女の最後の文はやや複雑なため, 0.5秒から1秒ほどの遅延が生じたぐらいである.  リアルタイム翻訳がきれいに流れていくようにするには, 文章を短めにすることと, 文章の切れ目でちゃんとポーズを置くことがコツになる.  Experimental Citiesでは, 出身国の言葉で早口でまくし立てる行為は, 品がなく礼儀正しくないと考えられていた. 

“Basic Incomeが…, し, 思想統制に使われているって, 言われてますよね.”

ここでAkioが口を挟んだ. 

Experimental City Hanasakaが導入しているUniversal Basic Incomeは, 米ドルやユーロなどの既存の通貨で支給されるのではなく, 世界23か所のExperimental Citiesで通用する, 通貨的価値を持つ独自の電子マネーである“Experi-Coins” (略して”XC”と表記する.  “XC”は通貨の単位名でもあり, “eksi”と発音する.) を市が個々人に用意した口座に付与する. 

そしてそれはヴァーチャルに“箱詰め”された形で付与され, 付与した月から1年経過した時点で箱にまだ残っていたものは市に預け返さない限り消滅する.  従ってこのExperi-Coinsを使用する時は専用アプリで古い箱に入っているものから取り出すのが基本となる.  もちろん, 預け返したExperi-Coinsは一定期間後に随時いくらでも取り戻すことができ, その時は新しい箱に入れて渡される. 

つまり, このExperi-Coinsは何もせずに置いていると消滅するため, 生鮮品と同じように, 必要な分だけ入手し消費することを想定したもので, 蓄えることには不向きである.  もちろん銀行に預けても増えないし, そもそも預け入れること自体ができない. 

そのため市民たちは, 米ドルなどの, 従来から存在する, 消滅しないタイプの通貨を引き続き保有し, それを使うこともできるが, 市内では公共サービスはもちろん民間のサービスも一般の店舗でもすべてExperi-Coinsを使うことができ, 市からは日常生活を送るのに必要な量の支給を受けていたため,既存通貨をわざわざ保有し使う必要性はなく, Experi-Coinsがあれば生きていけるし, もはやそれなしには生きていけなくなっていた. 

Experi-Coinsが市民の生活上不可欠なものであるにもかかわらず, Hanasaka Cityは, “Experimental Citiesの理念に共感し実践する者を, 建設的な提言でない形で侮蔑したり脅迫したりする者”には, 改心が確認できない限り, それを利用するための口座を凍結し, 専用アプリにロックをかけるという制裁を加える.  そうすると, 古い箱に入っているコインは取り出せないまま順次消滅し, 新たな箱の供給もない. 

これが事実上の思想統制につながるという主張であり, こうした運用に反対する人たち, すなわち, Experimental Citiesの理念を実践できず強い不満や憤りを持ってHanasakaを出て行った人たちと, その負の感情が感染し同調する市外の人たちが抗議しているのである. 

とはいえ, Experi-Coinsの使用を止められても既存通貨を持っていれば, Hanasaka市内でも生活できるため, 市内にいるExperi-Coinsの使用者からすれば彼らの主張は筋違いに思える.  

Yugoは, “結局, そういう人たちは, Experi-Cityが, 個人の思想にまで踏み込んで都合の良い者だけを庇護しようとするAIによって統治されている, digital dystopiaだと言いたいんでしょ?”と言って鼻で笑った。そのうえで, “ただ最近は, そうした連中が, City OfficeやFloraに対してののしるのに飽き足らず, Kasgaさんにもその憎悪を向けていますよね.”と懸念を示した. 

“はい, Yugoさん.  Kasgaさんは, ひとりひとりが健康的に安心して暮らしていける社会を実現するための実験の意義を優しく丁寧に語ります.  そして, その実験の1つとしてKassenがあるという, Kassenの存在理由もたびたび言及しています.  ただ, そのまじめさが災いになっているとも言えます.”

YugoもPolinaの意見に賛成し, “その意味では, 今日の9時に早速出されたメッセージについて, どう思いましたか?”と言って, AkioとPolinaのAR viewにそれを表示させた. 

“April 24, 9 E.E.

Club Managers,

ご存じのとおり, 本日未明, 私たちの城の一部とFighter 4人の自宅が放火されました.  幸い大きな火事にはなりませんでしたが, 被害を受けた方々にお見舞い申し上げます. 

Hanasakaでの実験とそれに協力する私たちに反感を持っている者がいるのは分かっていますが, 私たちに対して火を放つような脅迫行為は野蛮であり卑怯です. 

私たちは心を乱してはなりません.  さらなる嫌がらせがあっても, 防備を怠らなければ恐れるに足りません.  気にせずに試合を続行ください. 

May blessings be upon you all and Hanasaka. 

Kasga Wisteria, the Unifier”

“私は, KasgaさんがKassen communityのUnifierとして毅然とした態度で動揺を抑えようとされていて, その点はすばらしいと思いましたが, Rusty-believersとの対立をあおるようなことにならないか心配です.”

Yugoの懸念に対してAkioは, “これって, Kasgaさんというか…, Castle Officeの意見だよね.”と疑問を呈した. 

Kasagaの名で出される書面は, Castle Officeの“General Affairs Section”または略して“GAS”と呼ばれる部署が文案を作ってそれを彼女に見せ, 多少, 彼女の意見を受けて修正して出状されるため, Akioとしては, 実質的にはCastle Officeの見解書といえるはずだと言いたかった. 

“Akioさんの言うとおりですが, Kasgaさんの言葉だと素直に受け取る人も多いですよ.  ちょっと危険なのは第3文です.  そもそも第3文の, ’Hanasakaでの実験とそれに協力する私たちに反感を持っている者がいるのは分かっています’という文と, ‘私たちに対して火を放つような脅迫行為は野蛮であり卑怯です’という文は文脈的にはつながらないのに, つなげることで過激なRusty-believersの犯行と決めつけてますよね.  なんか政治的意図を感じます.  それにKasgaさんが, 単に放火を非難しているのではなく, 実験の妨害を非難しているようにも思えませんか?”

“私の意見もYugoさんと同じです.  それに最後の文, ‘May blessings’のところですが, これはKasgaさんが決まり文句として使うものです.  正しくは, 彼女が, 皆とHanasakaに神様の祝福がありますようにとお祈りしているのであって, 祝福の光がどこに注がれるかを彼女自身はコントロールできないです.  良い一日でありますようにと, あいさつ程度に言っているだけです.  ところがこの文章を, Kasgaさんが皆とHanasakaに祝福が与えられる可能性を述べているのだと誤解する人がいます.  その誤解に基づいてこの文章全体を読むと, どう思いますか?”

“Kasgaさんが話したことに, さ, 賛成してくれた人は, 祝福されるだろうと, 言っている…”

AkioはPolinaの問いに対して, 言葉にするのに少し時間がかかったが, 思ったことをがんばって伝えた. 

“だいたいそんな感じですね.  Kasgaさんはいつから宗教指導者になったのでしょうか?  そうではないでしょうけど, そう思ってしまう人が出てくるのはなぜでしょうか?  これは1つの仮説であり, 誰も意図していなかったのですが, 最近, この都市を統治しているFloraが, ‘Unifierから祝福されない者’というレッテルを持ち始めたらしく, それに該当する者に対するサービスを後回しにしたり, 何か市民に制約を加える必要があるときは真っ先に制約したりするらしいです.  これは, City Officeは認めていないのであくまでうわさです.”

“興味深いですね.  Floraは, 蓄積された膨大な市民のデータや人類の歴史を基に学習を重ねて, 我々のPhilosophyを正確に理解し忠実に実行するKasgaさんを理想のモデルとして座標の中心に置いて, そこから外れすぎている人を自らの管理対象から外そうとしているのかもしれませんね.”

Polinaが話した1つの仮説を, Yugoはさらに具体化してみせた. 

“でも, そ, それ, 危なくない?  直感的に.  Kasgaさんが, か, 陰でAIを操って, Hanasakaを支配してるって言う人, 増えるんじゃない?”

Akioの一言にPolinaもYugoもうつむいたまましばらく沈黙した. 

“そうですよね.  Rusty-believersが犯人であるかのように読めるこんな声明を出せば, KasgaさんやCastle Officeに憎悪を集めてしまいます.”

Castle Officeの軽率さをYugoは憂いた.  そして, “もしかしたら, 何か意図があってこれを出したのかもしれませんが, そうだとしたらKasgaさんやCastle Officeを危険にさらしてまで, 何をしようとしているのでしょう?”と, 自らが所属する組織に対して不信感もあらわにした. 

“私, Kasgaさん, 守りたい.”

PolinaはAkioたちが使う言語でぼそっとつぶやいた.  Yugoも, その思いなら自分も負けないと表明したくて, “私もです.”と, やや声を大きくして即答し, そのうえでAkioのほうにチラリと視線を向け, “でも今回はFighterのKeikoさんやDonさんも標的になったわけですし, 彼らのことも気になりますよね.”と振ってみた. 

Yugoの言うとおりAkioはKeikoの心配をしていた.  彼女の身が危ないというよりか, 彼女が怒りを爆発させて何をしでかすか分からないと考えた. 

しばらく沈黙が流れた後, Akioは, 自分のAR viewの右端にあるボタンの1つが点滅しているのに気づき, 右の人差し指でそれを左に引っ張り出した。

“Sapphireがプレスリリース, 出したみたい.”

一気に明るい気持ちになって, その記事を人差し指で空中でホールドして, フライング・ディスクを投げるかのようにYugoとPolinaのほうに軽く飛ばして共有した. 

“April 24, 9 E.E.

To all who love Kassen,

平素よりFighterたちに熱い応援をいただきましてありがとうございます. 

また, 本日未明の火事につき, ファンの皆様, それからKasgaさんから温かいお見舞いの言葉をいただき感謝いたします.  私たちSapphire WestのFighter Keikoが被害に遭いましたが無事を確認しております. 

さて, そのKeikoは, 4月6日のInter-Alliance gameで左手首を負傷し療養に専念していましたが, 5月1日のTopaz Southとの試合にてteamに復帰します. 

Keikoは, 皆様の前でspearを思う存分振り回したくてうずうずしております. 

Fighter一同, 今後ともファンの皆様とともに明るく楽しく盛り上げていきます.  どうぞお楽しみください. 

Resonating with your hearts,

Sapphire West”


Chapter 1.6: Three Lightning Spears

Scene 1.6.1:

Hanasaka Cityの“South”と呼ばれるエリアにあるKassen club, “Topaz South”には, 長兄のEmilio Tundeと, 次兄のAbilio, 末弟のNelioで, “Three Lightning Spears”と呼ばれる, spearの扱いにたけた兄弟がいた. 

3人はそれぞれ戦いのスタイルが異なり, Emilioは, 美顔美声も売りにしながら, 動きの滑らかさにこだわり, 隙なく無駄なく攻める.  Abilioは長身で腕が長くspearの一撃一撃がパワフルで正確であった.  NelioはKeikoと似ているが, すばしっこく動いて相手の攻撃をかわしながら一撃必中を得意とする. 

彼らはそれぞれ異名を持ち, Hanasakaに来る前は俳優であったEmilioは“Elegant Lightning”と呼ばれ, 特に女性ファンから黄色い声援を受けていた.  Abilioは, 戦う相手から見れば瞬間的にやられてしまうため“Flash Lightning”と呼ばれ, 実力ではEmilioよりも上と評され, Topaz Southの中で最も恐るべきFighterであったが, 人気の高さはEmilioに譲っていた.  2人のスターFighterがまぶしいがゆえにどうしても存在感がやや薄いもののNelioは, その軽やかな動きから“Dancing Lightning”と呼ばれていた. 

3人は仲が良く, AbilioとNelioはかっこいいEmilioを自慢に思っていたし, EmilioとNelioはTopazで最強のAbilioを誇りに思っていたし, EmilioとAbilioは人一倍汗を流して努力するNelioをかわいがっていた. 

とはいえNelioは, 今回の5月1日のSapphire Westとの試合に, Vice-CaptainであるEmilioが諸事情あって市外に急きょ出かける用事ができ, 出場しないことになったことに困惑していた. 

Kassenの試合でfieldに出られるFighterは, 合計51人であった. 

まず, team全体のトップとして“Captain”がいる.  このCaptainは, ベンチで指揮するわけではなく, ほかのFighterたちと一緒にfieldに出て, その場で指揮する. 

そしてそのCaptainを補佐する, “Vice-Captain”または略して“VC”とも呼ばれる者が2人いる.  このVice-Captainは, 試合中ずっとCaptainのそばに侍っているわけではなく, 戦いの状況に応じて適宜, battle area内を遊撃する. 

Captainの下には, “squad”と呼ばれる, 16人からなる組織が3つぶら下がっている.  それぞれのsquadは, “Squad Leader”または単に“Leader”と呼ばれる, squad全体を束ねる者と, “Vice-Squad Leader”または呼称が長いので通常, “Vice-Leader”または“VL”と呼ばれる3人の補佐役がいて, これら4人が分担して12人のFighterたちを指揮する.  この12人はたいていの場合, 3つか4つに割って, Leaderや各Vice-Leaderの下に配置され, 4, 5人ほどの小さな集団で戦うことが多い. 

基本的にFighterたちは各自バラバラに自分の判断だけで動くのではなく, Vice-Leader以上のtitleを持つ“Ranked Fighter”と呼ばれる者のいずれかから指揮を受けながら行動する.  Ranked Fighterは, titleなしの一般のFighter 36人を指揮する立場にあるが, もちろん自らもfieldを駆け回って戦う. 

こうしたRanked Fighterなのか普通のFighterなのかという区別のほかに, 使用するWeaponsの種類による分け方もある.  Fighterは全員が腰にswordとdaggerを携帯しているが, それに加えてspearを持って戦う者は“Spear Fighter”といい, bowであれば“Bow Fighter”または“Archer”という. 

従って例えば, Topaz SouthのEmilioはSpear FighterでVice-Captainであり, Abilioも同じであった.  また, Sapphire WestのKeikoはSpear FighterでSquad Leaderであり, TopazのNelioも同じであった. 

Vice-Captainは, Squad Leaderとは違ってFighterたちを従えておらず独立して行動できるため, 1人欠けたとしても組織としての統率にはそれほど影響はないように思えるが, Squad Leaderたちは, 危なくなった時にVice-Captainが駆けつけて助けてくれるという安心感を持てると思い切り戦えるが, そうではないとやはり士気が低下する. 

そのため, そう容易に抜けてもらっては困るのに, 病気ならやむを得ないが, 理由もろくに知らせずに市外に出かけてしまったEmilioの行動に, Nelioは納得していなかった. 

“おまけに向こうのLeaderはやる気満々で復活してきたし, あいつとおれとじゃ, あいつのほうがレベルが上だし, まともに戦って勝てるのはAbilioぐらいだろうけど, Abilioもどうも調子が悪いし…, とにかく3人以上であいつを囲んで倒さないとなぁ.”

Nelioは, Topaz Southの練習場がある, “Verbena”という名の地区にあるスポーツ施設にバスに向かう途中, 自分のAR viewの下のほうにあるコミュニケーション・ボタンを空中でタップし, その相手を選ぶ名簿を開き, その中の, Keikoを表す“K”の文字だけのアイコンをじっと見つめていた. 

KeikoとNelioは5年前 (4 E.E.) の春にそれぞれ入団した”Douki Peers”であり, 愚痴や悩み事混じりの雑談ができる間柄でもあるが, season gamesの期間中は, ほかのclubに所属する者との通信は禁止されている. そのため, そのアイコンを押さずに, またどこか骨折しろと, 良からぬことを念じていた. 

補足: “Douki Peers”について Kassen communityでは, 所属するclubに関わらず, 同じシーズンに入団したFighterたちは”Douki Peers”と言われる. 彼らは同じ時にKassen communityに入ってきた者どうしとして, 独特の絆で結ばれていることが多い.

Nelioが言う“倒す”とは, Kassenの試合では, バトルをこれ以上継続できない状態にするという意味で, 人類が実際にやってきた殺し合いのイメージを抜き取り, スポーツにしている重要な要素といえる. 

戦闘の継続を不能にするにはどうすれば良いかを説明するためには, まずFighter各自が身に着けているOutfitsの種類について知る必要がある.

Outfitsは, 頭に乗せる“helmet”, 胴体を守る“torso protector” (通常は略して“Torso”という), Torsoの下から吊り下げられ腰から太ももの辺りまでを守る”skirt”, そのskirtの下にはき腰から太ももを守る“hip protector”, ひざからすねを守る“shin protector”, 肩からひじの上の辺りまでを守る“shoulder protector”, ひじの上から手の甲までを守る“forearm guard” (通常は“Arm-guard”という)の, 7つの防具に分類することができる. 

そのうちのhip protectorに付けられたポケットにはKassen専用のNexus Unitが入っており, そこに“Hit Point”または“HP”と呼ばれる各自の持ち点が記録されており, 試合開始時に20点が付与されている. 

このHPは, 対戦相手のWeapons, すなわちspear, swordまたはdaggerのbladeか, arrowのarrow-headが, 自分のOutfitsのうちのTorsoかArm-guardに当たると, そのたびに1点ずつ減る. そして特に“Front Torso”と呼ばれる, Torsoの前面である胸部から腹部に当たると一気に5点減るようになっており, この特別な減点を“special deduction”, または略して“SD”という. 

これは, Weaponsのbladeやarrow-headにも, 身体を防護するTorsoやArm-guardにも, 磁性を持たせており, これらが接触してOutfits側が磁力を検出すると, 記録しているHPを減点して上書きする仕掛けになっている.  Outfitsどうしが接触しても同じ極性なので反応しない.  また味方のWeaponsに当たっても敵味方を識別し減点しない. 

そしてHPが0点になってしまうと, Torsoの前後左右12か所に埋めこられた小さな赤色ランプが点灯し, その時点でそのFighterは戦闘不能になったとみなされ, 速やかにbattle areaから退場しなければならない. 

従ってSpear Fighterであれば, 自分のspear, swordまたはdaggerを, 相手のTorsoに向けて突くか, Arm-guardを叩いて, 減点させる.  試合ではFighterは盾を持たずに戦うため, もし自分の体にspearなどのbladeが近づいてきたら, よけるか, 自分のspearなどでそれらを払い落す必要がある. 

一方, Bow Fighterであれば, 自分のbowを使ってarrowを相手のTorsoやArm-guardに当てて減点させるか, swordやdaggerを使ってSpear Fighterと同様に減点させる. 

Equipmentのinspectorは, この減点が正確に確実にされるように, 接触時に減点させる側のWeaponsと, 減点される側のOutfitsの両方がちゃんと動作しているかを, 試合の直前や最中に確認しているのである. 

また彼らは, FighterのEquipmentが故障していないかどうかを点検するのみならず, 不正改造によって, 規格外の攻撃力や防御力をひそかに使うことのないよう取り締まっている.  Castle Officeが定める規格に従ったWeaponsは,人を殺傷することはできないはずであるのに, Kassenの試合中に, そうしたWeaponsで本当に相手を殺したり重傷を負わしたりするようなことが起きれば, Kassenの存続自体が危うくなるため, その検査には神経をとがらせている.

Scene 1.6.2:

“Emilioさんが出てこないのはいいとして, Abilioさんへの苦手意識をいい加減克服せんとなぁ.”

Nelioにアイコンを凝視されているKeikoも, Sapphire Westの練習場がある, “Victoria”という名の地区にあるSports Centerの最寄り駅に電車で向かう途中, 彼女のAR viewの中の, Nelioの“N”としか書かれていないアイコンをじっと見たまま固まっていた. 

Kassenは, すべてのFighterに同じルールが適用され, 同じ規格のEquipmentを使い, 出場者の男女比 (肉体を使うスポーツであるため, 骨格や筋肉量など身体的特徴に基づき性を判別している.) も同じにしてあっても, 個々のFighterの体格は違うため, 特に2人きりで相対して戦う場面ではその人の才能や努力以前に不平等が顕在する. 

Keikoが“Three Lightning Spears”の中で技術的な面で最も苦手としていたのが次兄のAbilioだった.  30センチほどある身長差は, そのままspearのリーチの差となって現れ, 攻撃可能な距離に近づく前に攻められることが多くなるため, どうしても防戦に徹する時間が長くなる.  そのうえパワーがあるため, 一撃を食らっただけで身体的ダメージが大きく, それがまさに“Flash Lightning”であった. 

Keikoにとっては, Kassenの試合の中で挿入される, “Singles Match”と呼ばれる戦いでは, Garnet EastのCaptain Donと同様, まだ一度も勝ったことがなく, 難敵といえた. 

“今度こそ, Abilioさんを倒す.  ウチにとってこれは乗り越えなあかんハードルやから.”

Kassenの試合は, 双方のteamから選ばれた1人または複数人のFighterが戦う“Representative Match”または略して“RM”と呼ばれるパートと, team全員で戦う“Team Match”または略して“TM”と呼ばれるパートから構成され, 前者はどちらかというと副次的なもので, 後者が主軸となって進められる. 

具体的には, 双方のFighter 51人全員がぶつかり合う12分間のTeam Matchを4回おこない (各TMを順に“T1”, “T2”, “T3”, “T4”という.), Representative MatchはT1とT2の間と, T3とT4の間に計2回おこなわれる.  (各RMを順に“R1”, “R2”という.)

Representative Matchは, 各teamから選ばれた実力のあるRanked Fighterが1人ずつ出てきて, 差し向かいで5分間戦う, “Singles Match”と呼ばれる形式か, 5人のBow Fighterが1回ずつ交替で的にarrowを射て, 相手より的中させた回数の多さで勝敗を決める, “Shoot-off”と呼ばれる形式か, いずれかによる. 

Kassenの規則上, R1ではBow FighterたちによるShoot-offを, R2でRanked FighterによるSingles Matchを実施することにしており, 特にR2は, 試合の終盤におこなわれ, 勝敗の成り行きに大きな影響を与えうる見せ場であるため, 現場監督であるCaptainがその時の状況に応じて実力のあるFighterを出場させることが多かった. 

そのため今回の試合では, Topaz South側は, Emilioが出てきそうなところだが, 彼は出場できないため, Abilioが出てくる可能性が濃厚といえた. 

これに対してSapphire West側は, Keikoを出してくるのが普通だが, 復帰したばかりの体調を考慮して慎重に考え, 今回は, Team Matchに加えてさらに体力を消耗することになるSingles Matchには出さない方針をClub ManagerとCaptainとでひそかに決めていた.  復帰第一戦でいきなりKeikoにとって強敵であるAbilioと真っ向勝負をするのは, 普通に考えるとリスキーだった. 

しかし, 異例ながら, Topaz SouthがSapphire Westに対し, 5月1日の試合のSingles MatchにはKeikoを出してほしいと内々に強い要望を出した.  Sapphireとしては, ファンが喜ぶ好カードをTopazとしても実現したい気持ちには理解しつつも, やはり彼女が無理して戦って, またどこかを負傷してしまう危険性を意識し難色を示していたが, Topaz側がしつこく求めてくるため, Keiko本人の意向を尊重しようということになった. 

もっとも, それは最初から答えが分かっていることであった. 

“私がSingles Matchに出ないなんてあり得ません.  向こうはEmilioさんが出ないんやったら, Abilioさんでしょ.  それやったら, なおさらやないですか.”

練習場に着くやclubのスタッフに尋ねられたKeikoは, 1+1=2だということも分からないのかと言いたいような顔で淡々と答えた.  もちろんSingles Matchに出たい者はほかにもいるかもしれないが, だからと言って自分が遠慮して出ないという選択肢は, 彼女の場合, 最初から持ってはいなかった. 

“それとも, Abilioさんは私よりもっと強いやつを出せと言うてるんですか?”

スタッフは, そうは言ってきていないと正直に答えた. 

“じゃあ, 私が出ます.  そうしてほしいです.  Abilioさんにこれ以上負けたくないんで.”

結局, 4月29日にSapphireはTopazに承諾の意思を返答し, 即日, 公式掲示板でも事前告知した. 

“本当にありがとう, Keikoさん.”

Sapphire Westの発表を受けてTopaz Southもすぐさま, 次のSapphireとの試合のSingles MatchでAbilioが出ることを告知したが, Topazの中でもSapphireの発表を最も喜んだのがAbilio本人だった. 

AbilioにとってもKeikoはすばらしいライバルであり, 年々実力をつけてきているKeikoと対決するのは楽しみであった.  そして今回は特別にその思いが強かった.  彼にとっても, 今回はなんとしてでもKeikoと戦う必要があった. 

張り切って練習に励む兄の姿をかたわらで見つつ, そしてその兄の思いを分かっているつもりでいつつも, Nelioは, 今回はAbilioがKeikoに負けてしまうのではないかと不安を感じていた.  Nelioは, Douki Peersとして交流のあるKeikoが一般に思われているイメージとは違って, 用心深く考え, 映像分析などもしっかりするタイプだということも分かっていた. 

“あいつが今回のfirst roundのAbilioの映像をちゃんと見ていれば, おそらく今度は自分が勝てると思うだろう.  あとは, けがの治り次第にもよるんだけど…”

Nelioは, Abilioの顔色が最近悪いことに気づいていた.  しかしその理由を聞くのがどうしても怖くてできなかった.

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