Part 1: The Ninth Spring
Chapter 1.10: Unraveling the Mystery
Scene 1.10.1:
“皆さん, 貴重な‘休戦日’にこの会議に参加してもらってありがとうございます. 今日は, 今, Hanasakaや我々のKassenに対して不穏な動きがあることについて, 皆さんと話し合いたいと思っています.”
少しさかのぼって5月2日, 試合のないこの日 (Castle Officeでは‘休戦日’ともいう.), Equipment Inspection Section (EIS) のマネージャーのJuliaは, メンバーを招集したビデオ・オフのオンライン会議で, その開催の目的を説明した.
“ここで政治の議論をしたいわけではないです. 我々の仕事に関わること, つまり皆さんも知ってのとおり, 今, リーサルな刀剣類を使って, しかも‘exoskeleton’で戦闘力を強化してKassenと称する危険なゲームをする例が市外でも増えています. おそらくそうしたリーサルなものを提供しているのは組織的犯罪集団です. 今までもやつらが勝手にKassenという名前を付けた殺人ゲームに興じた人が死傷することはありましたし, そうした事例が出るたびに, そもそもKassenは野蛮な行為を助長するスポーツだからやめるべきだと言われ, 我々はきちんとしたルールに基づいておこなえば問題はないことを繰り返し説明してきました.”
Juliaは, まずEISのメンバーであればすでに認識していることを触れた. (“Exoskeleton”は, Enhancersの一種で, 腕, 背中, 足腰などに装着して腕力や脚力などを増強するものである.)
“でも残念ながら今, exoskeletonを一部取り入れている我々のライバル団体ですら困惑するぐらいの危険な, まがい物のKassenをする違法なプレイヤーたちが現れて, Kassenはやっぱり野蛮だから廃止すべきだという主張が, このHanasakaでも広がりつつあります. しかも先日の不審火の後, KassenはHanasakaに不吉な事件を呼び込む要因だからという理由も付け加えられました. そうした状況について皆さんの考えを聞かせてほしいです.”
Castle Officeが主催するKassenで使うWeaponsは, 条例で規制される刀剣類として扱われないように, 相手に接触させる部分は金属ではなく弾力性のあるゴムで作られて, 殺傷力を殺していた. そのため彼らからすれば, 野球で使う金属バットのほうがよほど危険なはずだと考えていた.
従って, Juliaの問いに対して, メンバーの1人のMatildaが, “そうした廃止論は筋違いに聞こえます. 悪いのはリーサルな武器を提供しているやつらです.”と述べたのは自然だった. ただ彼女も, “暴力をあおるKassenはやめるべきだと過半数の市民が主張して, それに基づいて市がやめるように求めてきたら仕方ないとは思います.”と, 最終的な譲歩の可能性は認めた.
“Rusty-believersが実験をやめさせようとしてKassenの暴力性を語っているのなら, 全く賛成できないです. 彼らは結局, Hanasakaを攻撃できるネタがあれば何でも良くて, 例えば, Hanasakaの野菜工場でできたトマトがまずかったら, Hanasakaはけしからん, 普通の市に戻るべきだと主張するでしょう.”
Yugoより1年早くCastle Officeに就職したが高校を卒業してすぐに入ったためにメンバーの中で一番若いYoenは, Experimental Citiesをdigital dystopiaとしか考えない者の言うことなど聞く価値がないと冷たく主張した.
“でも, 我々ができるのは, 事業者への検査とか, ふ, 不要なEquipmentの買い取りぐらいですよね. そ, それ以上のことは, 警察に任せるしか…”
Akioは, このことについてこれ以上ここで議論しても仕方ないのではと冷めた疑問を示した. Equipmentの買い取りは, リサイクルのためでもあるが, 中古品を回収して不正利用する者に渡るのを防止する目的で, 2年前からCastle Officeが始めたサービスだった.
“いえ, まだありますよ. Experi-Cityでは, 出身国や人種や性別などが異なる人たちが一緒に継続的に取り組める何らかの営利活動をおこなうことも実験の1つであって, それでHanasakaは‘Kassen’というものを考え出して, 今までやってきたわけですし, それに対して国際社会から暴力的な活動だと非難されたこともないし, そうしたことを引き続き宣伝して我々の活動の意義を理解してもらうことも必要だと思います.”
Yugoが, 自分たちの大事な信念を忘れてはならないと, かつては職業として存在していた政治家のように, 熱っぽく理屈っぽく語った.
Kassenが単なるスポーツに留まらず, どうしても政治的メッセージ性を帯びるのは, それ自体がExperimental City Hanasakaがおこなう実験の1つであったからだ.
例えばCastle Officeは, 出自不問の原則の例外として, Directorもスタッフも, どの言語を母語として使ってきたかを採用時に確認し, 同じ母語を話す者が51%を超えないようにしている.
Experimental Citiesの市民権を獲得するには, 今まで保有していた国籍を放棄する必要があった. Experimental Citiesで衣食住に困らない生活をしたければ, いかなる者もファミリーネームを捨て, 国籍も家柄も身分も消し, 民族感情や国どうしの紛争も持ち込まないことを求められていた.
とはいえ, その設立された場所の地理的な要因で特定の民族や人種が多くなることはあり, Hanasaka Cityの場合は, ユーラシア大陸東方沖の島国の一部を譲り受けて設置されたため, その島国の言語を母語とする者 (“Moto natives”) が9 E.E.の現時点でも全市民のうち67%を占めていた.
しかしCastle Officeの中では, ぎりぎり過半数であるラインまでその比率をさらに落とすことで, 彼らのマジョリティとしての地位はとりあえず維持しつつも, マジョリティゆえの心地よさに安穏と居座り続けられないようにし, マイノリティの要望も尊重する職場作りの実験をしていた. もっともそれは, 出自不問の原則に反する恐れがあるため, 市の許可を得て, 人員の採用時に母語が何かを確認していた.
また性別の比率は, 自身がより強く認識する性に基づき, 男女50%ずつとし, 合計人数が奇数になった場合は, 速やかに少ないほうの性の人を採用するようにしていた.
Hanasaka市内のclubは, そうした母語による区分けはしていなかったものの, スタッフは自身の性認識により, 試合に出場するFighterは身体的な特徴により, 男女同数とし, 合計人数が奇数なら1人の差まで許されていた. (他方, Alliance clubは市外にあるため, そうした採用方針は求められていない.)
このような考え方に対しては, 採用に当たってはあくまで実力だけで評価されるべきだという意見もあるが, 人間の潜在的な先入観により, その実力を測る基準自体がマジョリティもしくはその社会において支配的な側に有利になる傾向がこれまでの人類の歴史上否めないことから, その構成員が特定の特徴を持つ者に偏らないことを優先するほうが組織にしなやかさを持たせるうえで有効ではないかという仮説に基づいた実験をおこなっているのである.
従ってCastle Officeは, 実験の理念から切り離した純粋なスポーツ・イベント主催団体にはなれないのだが, そうした政治色を嫌う人たちもある程度はいて, Alliance clubがある”Moto”では, 非政治的なKassenの主催団体である“Kassen Liberty League”が3年前の6 E.E.に設立されていた.
そのKassen Liberty Leagueは, その名のとおり自由なのが受けた. まず, 自由リーグでは男女や国籍に関する比率の規制はない. また, Equipmentに関する規制もHanasakaのKassenほど厳しくはなく, その国の法律で使用を規制されておらず, かつ鋭利なものでなければ何でも良いことにした.
そのため, 各teamまたは各プレイヤーが自分の使う装備に様々な工夫を凝らし, 戦い方に多様性が生まれた. そして, 大きな違いとして, Castle Officeがまだ本格的に導入を認めていない, exoskeletonを使ったプレイヤーの戦闘能力の増強も認めた.
これにより, 今まで身体的に不可能だったプレイができるようになったことで衆目を集め, またexoskeletonを含むEnhancersの開発や製造をする企業を刺激し, 大量の資金が自由リーグに投入され, さらに彼らの国の政府や国会議員にも人脈を広げ, 今やCastle Officeにとっては無視できない強力なライバルになっていた.
“それに, 自由リーグのKassenはゲームとしてはおもしろいかもしれませんが, 我々のKassenは, それぞれのFighterがどういう思いで戦っているのか, ファンの皆さんがどういう気持ちで応援しているのか, 彼らが持っているストーリーを表に出してもらって, それを共有することを大事にしているじゃないですか. ストーリーの共有はコミュニティに力を与えます. この点を市民の皆さんはもっと評価してくれてもいいと思います.”
Yugoの熱弁に対してメンバーの大半は, いつもの調子だと思って何の反応も示さなかったが, Juliaは, “とてもいい指摘ね.”と言って賛意を示した. Hanasaka Cityの誕生時に, なぜKassenというスポーツをわざわざ誕生させたのかについて, Juliaは, 市民の娯楽のためという抽象的な理由だけでは説明しきれないと感じていたからだ.
“HanasakaではKassenは, 同じスポーツと言っても, サッカーや野球とは明らかに違う. この都市の顔ともいえる競技であり娯楽だ. Hanasakaを作った人たちは, おそらく古代ローマの娯楽の象徴だった, グラディエイターたちの闘技を参考にしてKassenを生み出したんだろう.
“見世物としておこなわれた彼らの戦いは民衆を興奮させ, もうかる商売となり, 権力者たちにとって民衆の心をつかむために特別な意味を持っていた. ローマ帝国の皇帝や裕福な人たちはグラディエイターの養成所を持っていたし, 彼らはプロのエンターテイナーとして戦った. この都市を支配するFloraももちろんそうした歴史を学習しただろうし, 現代のグラディエイターともいえるKassen Fighterと, 彼らが生み出す感動と興奮に, 彼女が強い興味を持っていてもおかしくない.
“私がこの小さな運営団体に入ってから数年経って, ここがCity Officeに牽制を働かせるほどの不思議な力があることは分かっている. この不自然さは, Castle Officeがこの都市の運営に欠かせない何か重要な役割をになうよう, Floraによって定義づけられているからだと考えるのが自然だろう… だから今, 我々は, 小さな民間団体なのに敵に狙われている…”
Yugoの発言は, Juliaの日頃から抱いている疑問を想起させた.
“私もまあ, 自由リーグをある程度は評価していますが, 自由すぎて命が危険なことをやる人たちが出てきて, Kassenのイメージが悪くなっているのは困るでしょうから, 思い切って, 一度彼らと話し合いをしてはどうでしょう?”
50歳台で白髪が入り始めているメンバーのResilinが, ライバルとの意見交換を提案した.
“なるほど, おもしろい考えですね. じゃあ, 私から先方に申し入れてみましょうか. どう反応してくるか楽しみだけど.”
Juliaが応諾すると, Yugoが, “Kassenと称する殺し合いゲームが増えて迷惑している点では我々と同じでも, 信条が異なりますし, 我々に火をつけたRusty-believersの過激派勢力ともどういう関係か分かりませんよね.”と, 警戒心をあらわにした.
“Juliaさんは, その過激派と自由リーグが, か, 絡んでると思いますか?”
Akioの質問に対して, Juliaは, それは分からないと前置きしたうえで, “自由リーグの幹部たちは我々とは仲良く共存していきたいと言っているし, 表立って攻撃的なことはしていないけど, 彼らの活動を支えている人たちによる, Castle OfficeやKasgaさんに対するネット上での侮蔑的な発言や誹謗中傷が, 市外では最近, 増えているらしいです.”と答えた.
“Hanasakaの中で仮に発信できたとしたら, 市民権を間違いなくはく奪されるひどいのもたくさんありますよ.”
Yoenがやや怒りの心情を込めて同調した.
Hanasakaでは, 誰でも全世界と直接つながることができるオープンなソーシャル・メディアは使えない. 加えて, 他人に対して攻撃的な言葉やネガティヴな感情を発することは, ネット上ではできない. 発信した瞬間に自分が使っているNexus Unitが自動的に消去するので, 誰にも伝えられないのである.
例えば, あるレストランで出された料理がまずかったと言いたかったとしても, 自分としては塩辛くないほうが好みであるとか, もっとしっかり焼けば良いと思うとか, そういった表現でなければ, ネット上に流れないのである.
こうした機械的検閲は市外ではおこなわれていないこともあるので, 市外の人がネット上に悪口や辛口な批判を投稿することはもちろんできるが, Hanasaka市民はそれを見ることもできない. 受信した瞬間に, 自分のNexus Unitが自動的に消去するからである.
しかし例えば市外から来た人が隣にいて, 物理的にそれを見せられたり聞かされたりすれば, それを知ることになるため, 完璧な情報のシャットアウトはできなかった. そのためYoenも, 何らかの手段によってそうした状況を知るに至っているのである.
“ちょっとすみません. 増えているのは‘Castle OfficeやKasgaさん’に対する誹謗中傷ですか? つまり, Hanasakaに対しては増えていないのですか?”
Yugoの質問に対してJuliaは, “いい質問ね. そう, そこが私も気になっています. Hanasakaの市政に対する文句や反対論は今までと同様にあるんだけど, 最近のトレンドは, KasgaさんやCastle OfficeがHanasakaを乗っ取ろうとしているという陰謀論ですね. 近頃は, それなりに有名な人まで同調するようになっているし, 力を増してきている感じがします.”と答えた.
“AIが統治するExperi-Cityに反対する活動は従来から世界中であることですし, たぶん永遠に続くと思いますので, あまり気にしなくてもいいと思いますが, Castle Officeが作ったKassen communityがHanasakaを裏で支配しているという陰謀論が広がることは2つの意味で厄介だと思います. 1つは, ある程度のファンがKassenから離れてしまう可能性があること. もう1つは, City Officeが我々に疑心を持って, Kassenに非協力的になり, Kassenの運営がやりにくくなることです.”
Yugoの分析を聞いたResilinが, “もしかして, 市長が黒幕かもしれませんよ~.”と, 冗談っぽい口調で唐突に言い出し, “Juliaさんがおっしゃった, KasgaさんやCastle OfficeがHanasakaを乗っ取ろうとしているっていう陰謀論, あの市長なら言いそうじゃないですか? Kasgaさんの人気や存在感が増すにつれて, 品がなくて何もしたがらないあの市長がKasgaさんや我々にねたみを持っているって聞いたことがあるんですよね.”と, 自分の言っていることが突拍子もないことではないと主張した.
“実際, 私も市長は好きじゃないわね. 我々にイチャモンをつけてくるし, Kasgaさんに嫌がらせをしてくるし.”
Matildaのみならず, Castle Officeのスタッフの多く, さらにはKassenのファンの多くは, どこか陰険で怠惰な雰囲気が漂うGoblino市長よりも, 明るくて優しいKasgaが市長になればいいのにと思っていた.
“おもしろい仮説ね. もしかしたら, 今, Castle Officeが悩んでいる問題の多くは, Rusty-believersの仕業というより, 市長とそれに同調する勢力によるものかもしれませんね.”
JuliaがResilinの説に興味を示すと, Yoenが, “ねたみだけでそこまでしますかね?”と疑問を呈した.
“そうね. 何とも言えないけど, 市長のねたみを利用して我々から利権を奪おうとしているやつらが市長の周りに集まっていてもおかしくはないでしょ. ちょっと‘Cypas’に聞いてみることにしましょうか?”
“Cypas”とは, Police Departmentの中の, サイバー犯罪やExperimental CitiesのPhilosophyや条例に反する活動や情報発信を監視し, そうしたものから市民を守るためにひそかに諜報活動もおこなう部署であり, “sai-pas”と発音され, 正式名称は“Cyber Patrol Section”である.
Juliaの提案に対してYugoも, “Hanasaka中に飛び交う情報を監視していると言われるCypasに聞いてみたら, 何か見えてくるかもしれませんね.”と賛同しつつも, “Cypasに知り合いがいるのですか?”と尋ねてみると, 彼女は, “ええ, いるわよ.”と警察の諜報部隊と人脈があることを臆さずに明らかにした.
Castle OfficeのEISのマネージャーがPolice Departmentとコネクションを持っているということは不思議なことではなかった.
EISのメンバーは, 警察官と同様, 危険な刀剣類の所持を取り締まっているので, その点で協力関係にあり, またEISの隠れた役割として, Equipmentの検査という定義を拡大解釈し, Equipmentを製造, 装飾, または保守をする事業者やそのEquipmentを使用するFighterたちに, 犯罪行為やKassenの規則に反するようなことをさせたりそそのかしたりする者がいないかを調べることもあり, それによって得られた情報はひそかにPolice Departmentとも共有していたからだ.
“Yugoさん. 興味があるなら, Cypasの, そうね…, Moglaさんに会ってみて最近の動きを聞いてみてくれない? Moglaさんには私から依頼しておくから. 良かったらAkioさんも一緒に.”
好奇心が強いYugoは声を弾ませて快諾したが, Akioはあまり気乗りしない返事をした. 彼は警察官に対してあまりいい印象を持っていないからだ. Hanasaka Cityに来るまで, 彼はその隣接する島国に多く住む人たちより肌の色が黒く顔つきも少し違っていたため, それだけとしか思えない理由で, 必要性を感じられない職務質問を警察官から何度も受けてきた. Hanasakaに来てからはさすがにそのようなことはなくなったが, 警察に対する不信感は残っていたのだ.
Akioの声のトーンから, 彼が警察を警戒していることが分かったJuliaは, “Moglaさんは, ここだけの話にしてほしいんだけど, 皆さんも知っている, あのAlbowさんよ.”と正体を告げ, 一同から驚きの声が上がった.
Albowは, Kassenマニアの1人であり, その豊富な知識の片鱗を感じ取れる記事を時々, Kassenのファンサイトに投稿している. もちろん, Kassenを愛するがゆえに時にはCastle OfficeやFighterたちを批判することはあるが, 全試合をくまなく見ている彼の意見や分析は有益なものが多く, 単なる中傷や独断的なクレームのようなものはないため, 参考に値するものとしてCastle OfficeもFighterたちも扱っていた.
Akioも彼と会ったことはなかったが, その名はよく知られていたし, 彼の記事は日頃の業務に利用していることもあるため, 警察官であるMoglaではなく, Kassenの有名な分析者であるAlbowに会ってみたいという気持ちが芽生えた.
それを計算に入れてJuliaはさらに, “Akioさんは, 根っからの警察官じゃないわよ. 民間の小さな企業で働いていたし, 会ってみたら分かるけど, どちらかと言うと, 警察という巨大組織には向いてないタイプの人よ.”と, さらに彼の心のバリアを解除しようと試みた.
ようやく前向きな気持ちになってきたAkioではあったが, Castle Officeという民間団体の1つのセクションの中で疑問が出てきたからと言って, 警察官に気軽に取材に行けるようなものなのか, 仮に行けたとしても捜査上の情報をペラペラとしゃべってくれるのか疑問を呈した.
“もちろん捜査上の秘密は教えてくれないけど, まあ, Moglaさんならおもしろい話をしてくれると思います.”
Juliaは, さほど心配する必要がないことを告げた. EISに最も長く在籍しているResilinが会議の後にこっそりAkioやYugoに言うには, Juliaは警察の中でもなぜか一目置かれた存在であるため, その部下である我々に対しても彼らは丁寧に対応するとのことであった.
Scene 1.10.2:
酒とうまい料理が大好きなMoglaはJuliaの依頼を快く受諾し, 5月4日の夜, Eastの“Clematis”という, 世界各国の様々な食べ物を味わうことができる地区の中にある, “Standard”という名の焼肉屋でAkioとYugoと会食することになった.
焼肉と言っても, Hanasakaでは四足動物と鳥類の肉またはそれを加工もしくは調理したものを提供したり取引したりすることは禁止されているため, 肉は植物由来か人工培養のものであり, 9 E.E.において禁止されていないのは魚介類や昆虫類を残すまでに至っていた.
動物を殺して得た肉を食べるという行為を市民に禁じているわけではないが, そうした肉を入手したり外食したりしようとするならば市の外に出かける必要があった. そのため, 動物肉を使う料理店は市内に存在せず, スーパーや肉屋の陳列棚からにも動物肉を見ることはない. そのような戒律に市民の不満が全くないわけではないが, わざわざ動物を育てたうえで殺して食べる必要はないという考えが市内では支配的であった.
またこの店は“Kassen協賛店”として認定を受けており, Castle Officeのスタッフは割引価格で飲食できるという特典もあることからこうした協賛店をできるだけ利用するよう求められ, この日もMoglaとの会談にこの店を選んだ.
Hanasakaでは, smart glassesをかけていると, 半径5メートル以内にいる人物の頭の上に, 各自のファーストネームが自動的に表示されるため, 初めて会う人であっても, その人物の顔と名前を一致させることはたやすい. 匿名や別名を表示させることは不可能であり, ファーストネームだけではあるが物理的に接近していると本名を隠すことができないため, 市民がおのずと節度のある行動をとる契機になっていた. (もっとも, 名前は所定のルールに基づき何回でも変更でき, 顔も“Facial Disguise”で変えることができるので, 今日見たものが明日も同じという保証は全くない.)
AR viewでMoglaと表示されたその人物は, Akioにとっては意外にも, 大柄で健康的な褐色な肌で, ブラック・スーツを着ていて, ネクタイというHanasakaでは時代遅れになった長細い首巻きこそしていないものの, バリバリ働く熱血ビジネス・パーソン風であった. 彼の記事の中で彼自身の外観は一切公にしていなかったので, 実際にどういう容姿なのかはさっぱり分かっていなかったのだ.
店内は6つの個室に分かれていて, Akioら3人は4人定員の部屋に入った. Yugoは念のため, 自分のNexus Unitを手に持って前に出し, 半円を描いて, 盗聴器が仕掛けられていないか確認した.
“慎重ですね, Yugoさん.”
“ええ, まあ, 仕事柄, 点検するのが好きなんで. それに今日は仕事の話でもありますし…”
“点検は大事ですね. 人間は自分たちが決めた規則や規格に反することも平気でやってしまう, 厄介な動物ですから.”
Yugoが問題ない旨を告げると, Moglaはいすにその巨体をドカッと乗せた. 最初に飲むビールと3品ほどの料理を事前にYugoが頼んでいたため, 座ってから1分余りで乾杯の発声ができた.
“Juliaさんはお元気ですか?”
MoglaがAkioのほうを向いて話しかけてきたため, 彼は初対面ゆえに緊張しながら, “はい. Moglaさんは…, 自分を助けてくれた, お, 恩人だと言ってました. 本当は今日, ご一緒したかったようですが…, お子さんもいますし, 来れませんでした.”と, できるだけ言葉がつかえないようがんばって答えた.
Akioの返答にMoglaは満面の笑みを見せた.
“そうですか. いや, 恩人とは大げさです. 単に再就職先としてCastle Officeを紹介しただけです. まあでも, そうおっしゃっていただけるのはうれしいです. とても優秀なかたですから.”
“Juliaさんはいろいろ配慮されるかたです. 私たちに対してもそうです. 優しいというか, 説明が難しいですが, 私たちの意見を聞いてくれますし, そのうえで先を読んで手を打つかたですね.”
Yugoの自分の上司に対する評価を聞いて, “うまい言い方ですね. 私もそう思います. 真に優秀な人は, 偉そうな態度は決してとらないですから.”と, Moglaが応じた.
“Castle Officeはいいですよ. 世界中から優秀な人材を採用していますからレベルが違います. しかも, 高給で釣っているわけでもないようですし, むしろ知名度の高い人は一切採らず, 自らはKassenの黒子として地味な存在に徹しようとする不思議な団体だと思っています. 唯一の例外として有名な人と言えば, シニア・アドバイザーというよく分からないポジションに, 退任した副市長経験者を迎えていることぐらいでしょうか. それも昨年に亡くなられた後は空席のままですが.”
“Kasgaさんも有名ですが.”
Yugoの指摘に対してMoglaは, “あぁ, 確かに.”と同意したうえで, ”ただ, 彼女はCastle Officeの人ではないですよね. 歌手であるKasgaさんに対して, Kassen communityのUnifierという役割を演じてくださいと, お金を払って委託している関係ですよね. まあ, いくら払っているかは知りませんが, おそらくそんなに高くもないでしょう. Kasgaさんのおじに当たるDirector Lerhiに頼まれて引き受けたようですが, 名誉職みたいなもので形式的な存在だからとか言って, 必要経費にお小遣い程度の報酬を加えたぐらいを払っているんじゃないかと思います.”と説明した.
“Moglaさんは, Castle Officeにも, 詳しいんですね.”
素直にMoglaの話を聞いていたAkioに対し, Yugoは, 尊敬するKasgaが安いお駄賃で使われているとすればそれは納得できないと考え, “でも, そのシニア・アドバイザーよりKasgaさんのほうが安いとしたら, ちょっと腹が立ちますね. Kasgaさんは, 開会式や閉会式, それにいろんなイベントでお話しされますが, あのかたのお話は聞き入ってしまいます. それにFighterたちやスタッフたちをねぎらってくれますし, Castle Officeがお付き合いするお客さんやcommunityのすべての人たちに好印象を持ってもらっていて我々もずいぶん助かっています.”と, 賃上げの必要性を説いたため, Moglaが笑い出した.
“全くそのとおりですね. 残念ながら私は雇い主ではないので, Yugoさんの要求には応じられませんが, 私の想像に反して, 高額の報酬を受け取っていることを期待しますね.”
“Moglaさんにそうおっしゃっていただけるとうれしいです. Akioさんは, Kasgaさんをお飾りにすぎないと思っている節がありますが…”
Yugoがそう言いかけるとAkioが, “そんなことないって. ただ…, Moglaさんもおっしゃったとおり…, KasgaさんはUnifierを演じてるだけで, その…, 本当にKassen communityの, 最高実力者じゃないと思ってるだけ.”と釈明した.
“でも, 本当にそうなってほしいと期待する人は増えていると思います. さらに言えば, Hanasaka Cityの代表者であるにもかかわらず, 本当は‘Philosophy’をさっぱり理解していない, 美辞麗句と, 議論を尽くすことの必要性ばかり言って, 現状維持にこだわるGoblino市長に喝を入れてほしいと思っている人も増えていると思います.”
“Yugoがそう思う気持ちは分かるけど…, 多くの人が, そ, そう思っているかは…”
Akioがそう言いかけるとYugoが, “でも, Hanasakaを支配するFloraが膨大な市民の言動を分析した結果, Kasgaさんを座標の中心に据えていると考えられる動きをしているってうわさを聞きましたし…”と割り込み, “その話が本当なのか, Moglaさんに今日お聞きしようと思っていました.”と, 本日の会議の核心的な質問にようやく踏み込んだ.
“その話は私も聞いたことはありますが, 真実ではないと思います. 皆さんが想像しているAIはとても人間臭いですが, 彼女はそのような処理はしません.”
Moglaの答えはあっさりしていた.
“ただ, そう思いたい人たちがいるのは事実です. Hanasakaの実験が停滞している現状を憂いてKasgaさんを市長に格上げしたい人たちと, 逆に権威的な宗教都市になるのを警戒して彼女を無力化したい人たちです. どちらも同じ仮説を取り上げて, それぞれ自分たちの主張に都合の良いように理屈付けているんだと思います.”
Yugoは, Moglaの言っていることが正しいであろうと理解はしたものの, 少し残念がった.
“期待に沿えない回答で申し訳ないです. Yugoさんは, Kasgaさんを本当に尊敬されているようですね.”
Moglaは, Yugoの表情を察して気遣った.
“あぁ, まあ, 私が勝手に理想化して尊敬しているだけなのかもしれませんけど. 実は私は, その…, neuro-typicalの人のように器用に善悪を調整できなくて, 周りから煙たがられます. 大人になって自制できるようになったと自分では思っていますが, 一貫性のない人や, 小さな悪だけ片付けて大きな悪には無頓着な人の頭の中がいまだに理解できません. そうした不器用な私から見たKasgaさんは, なんて言うか, うまく言えませんが, この世界の中心に置きたい人って言うか, 信頼できる最後の人なんです.”
MoglaのみならずAkioも, Yugoが自らを, 神経学的に通常に発達したneuro-typicalではない, すなわち“neuro-atypical”であると自覚していることを初めて聞いた.
“そうですか. とても興味深いです. Hanasakaは, ある意味, neuro-atypicalの, やや偏狭的かもしない一貫した強い意思を持つ人たちの支えがあって発展してきました. Kasgaさんがneuro-atypicalかどうかは分かりませんが, いずれにしても彼女はHanasakaの一貫した実験遂行の象徴になってきていると言えるかもしれません.”
Moglaはそう述べたうえでHanasakaの歴史を少し振り返ってみることにした.
“実際, ご存じのとおり, Hanasaka City誕生時の初代Galeos市長, その次のLeon市長までは, ‘Charter’に基づいて, super-intelligenceが統治する都市の礎を, 人間ができる範囲で築いてきました.”
Moglaが言う“Charter”とは, Hanasaka Cityを含め世界に23あるExperimental Citiesの連合体である“League of Experimental Cities”が定めている憲章で, 正式には“Charter of Experimental Cities”といい, 各都市で実施すべき共通の基本方針が定められている.
そこで書かれた確固たる理念を抱いたHanasaka Cityは, 何もない土地にゼロから建設されたのではなく, 60万人余りの人口を持つ既存の都市の基盤を受け継ぎながら, 実験に賛同できない市民を半ば強制的に退去させつつ, どこの国にも属さない自治都市として, 統治のあり方を激変させて, 今日に至っている.
もちろんそれは平坦な道ではなかった. 市民たちは, 国籍もファミリーネームも捨て, 身も心もsuper-intelligenceに預ける生活を受け入れる必要があり, 当初, 多くの者は困惑し, 強い不安を覚えながら生活していたが, そうした市民に対し, 当時の人間の市長はAIのFloraとともに優しくそして頼もしく励ました. と同時に, 彼らはFloraと一緒に反対勢力を弱体化する活動をおこなった.
“今から見ても不思議なぐらい, あの頃は変革する側が圧倒的な資金を使って改革を断行して, 市民たちも戸惑いながらついてきましたよね. まあ, あの‘睡魔のウイルス’のパンデミックの直後で, まだ世界中がその影響を引きずっていましたから, みんながなんとかそこから抜け出したい思いが強かったのは確かです.”
Moglaは, Hanasaka Cityが誕生した頃の混とんとした世の中を振り返った.
補足: 睡魔のウイルスについて “睡魔のウイルス”とは, 21世紀に出現したウイルスで, 感染時の症状は軽いが, 多くの人が数か月間に渡り強い眠気を持ち続ける後遺症で悩まされた.
“ところが, 3年前の先代のUnifierの病死, 翌年のLeon市長の暗殺事件, そして3代目のGoblino市長の当選. この辺りから少しずつおかしくなってきました. Goblino市長は, ‘協調と変革’を掲げて, 改革についていけない保守派と言うべきか, 従来の利権を失った勢力と言うべきか, そういう人たちとも親身に対話して物事を決めていくという姿勢をとりました. まあ, あの悲惨な暗殺事件の後だから仕方ないかもしれませんが, その結果, Yugoさんの言うとおり, 現状を維持するだけの市政になってしまった.
“にもかかわらず, 市長に対する不支持率は大きくは上がらず, 性急な改革を望んでいない市民がそれなりに多くいることも分かりました. ただ一方で, 今まで市政を支えていた改革派や, 実験のリード役であったKassen communityを失望させてしまいました.”
Hanasakaの立法, 行政, 司法は, super-intelligenceのFloraが取り仕切っているため, 人間が統治していた時代の市長に比べれば, Hanasakaの市長は, ずいぶん形式的な存在になっていたが, それでも9 E.E.の時点では, 市民の権利や利益に重大な影響を及ぼす条例案や施策については, Floraの提案に対して拒否する権利がまだ残っていた. 彼は, それを使いまくって, 自らの存在をアピールしていたのである.
Moglaは, Hanasaka Cityの歴史を簡潔に振り返ったうえでビールを飲み干し, “そこで実験の推進をためらわない人たちは, 市長を見限ってさっさとリコールして, 次の選挙ではKasgaさんに市長になってもらおうと考えたくなるわけですが, 市長もバカではないので何らかの手を打ちますよね. 特にそうした人たちが多いKassen communityに対しては.”と言ったところで, 自分の説明を止めて, AkioとYugoの顔を見た.
“Kasgaさんや, Castle Officeへの, 中傷も, か, Kassen廃止論も, 市長にとって都合がいい…”
Akioが, 店員が持ってきたお代わりのビールを店員から受け取って, 奥の席にいるMoglaに渡しながら, 先日の会議でResilinが冗談交じりに言っていたことを思い出して, それを述べてみた.
“そうですね. じゃあ, Akioさんに質問しますが, Kassen廃止論者が言うように, KassenはPhilosophyにそぐわないと市民の大多数が考えるに至った場合, AkioさんはそれでもKassenは必要だと主張しますか?”
Akioは緊張しながら2秒ほど考えたうえで, “Philosophyに合わないと, み, みんなが言うなら, 廃止は, やむを得ないと思います.”と, 眉をひそめて答えた.
“なるほど. じゃあその次の質問ですが, 市民の大多数がそのPhilosophyにもついていけないと思って, それ自体を否定することを主張した場合, Akioさんは市民の決定に従いますか? それともあくまでPhilosophyに忠実でありたいですか?”
Akioは3秒ほど考えたうえで, “えっと…, し, 市民の決定に従います… 仕方ないですけど, 民主主義ですから…”と, やや不愉快さが混じった困惑な表情を見せて答えた.
“なるほど. じゃあ最後の質問ですが, Kassenを否定し, Philosophyを否定することにした市民の中の誰かが, Philosophyを忠実に体現するKasgaさんの存在を否定して殺害して, 多くの市民もそれを受け入れたら, Akioさんは市民の考えを尊重しますか? それとも反対しますか?”
Akioは, 明らかに不快な顔をしてしばらく考え込んだ. ここでAkioが“反対する”と言えば, 最初の2つの質問に対する答え, すなわち市民の決定のほうを優先するというスタンスと矛盾することをMoglaに指摘されるのは明らかだ. そのためAkioは, “私は…, その…, し, 質問自体に反対します.”と, Moglaから示された選択肢から離れる旨の答えを示した.
“そういうロジック自体, 嫌です. 結局…, ま, マジョリティの…, 暴力を…, 認める理屈ですよね. その…, あ, 頭のいい人はそれが現実って言うけど…, うんざりというか…, さ, さっきの質問は…, 逆に戻したいです. Kasgaさんは殺させない… そ, そのためにPhilosophyも否定させない… そのためには…, Kassenの意義も否定させない.”
Moglaの目が一瞬ギラリと光り, Yugoは目を輝かせてAkioを見つめた.
“なるほど. さすが, Akioさん. 恐れ入りました. 不愉快な質問を3つもしてしまって本当に申し訳ない.”
Moglaはそう言って頭を下げた.
“お考えはよく分かりました. Akioさんが警察のことを嫌いにならないように, お詫びに, おふたりに1つだけ情報を提供しましょう.”
Moglaが声を潜めて顔を前に出してきたため, AkioとYugoも引きずられて顔を前に出した.
“実は, すでに市長とCastle Officeとの蜜月時代は終わっています. 今年の4月に市長側が, 詳しくは言えませんが, Castle Officeに対してとんでもないことを秘密裏に要求したらしく, Directorたちの激怒を買っています. 表面上これまでどおり, 市もCastle Officeも協力関係に変化はないように見せかけていますが, 実際は, 両者は完全に対立関係にあります. おそらく市長側は, Castle Office側が本格的に反撃してくる前に何か仕掛けてくるでしょう.”
それを聞いたYugoは, “もしかして, 先日の放火事件も, 市長かその手下の仕業でしょうか?”と, 当然ながら市長に対する疑念を膨らませた.
“そう考えたくなりますよね.”
Moglaは, Yugoの質問は想定内であったものの, 捜査上の秘密があるから言えないと断ったうえで, “あれはCastle Officeに反抗する者たちによる, ほんの最初の小さな実験でしょう.”と, 今後さらに大きなことが起きる可能性を臭わせた.
一方, Akioは市長がCastle Officeに対して悪だくみをしているかもしれないという, Resilinの推論と符合する情報をMoglaから得て, どう反応したらいいのか戸惑っていた.
Akioたちは, これまで起きてきた嫌がらせ行為はRusty-believersによるものだとなんとなく考えていたが, 実際はGoblino市長とその同調者によるものが主であるかもしれず, もしかしたら両者は協力し合っているかもしれないと認識し直した. と同時に自分たちが, 市外のRusty-believersからも, 市内の市長からも目の敵にされ, 彼らが呼応しながら襲ってきたら, 我々に勝ち目などないのではないかと心配した.
Yugoは, Akioが先ほどから難しい顔をして悩んでいるのを観察していた. そして突然, Akioが, “あっ.”と声を発してsmart glassesを外したので驚いて, “どうしたんですか?”と尋ねた.
Scene 1.10.3:
AkioはMoglaとYugoに, “あっ, い, いや, 特にないです.”と言って, 今自分の目の前で起きたことを隠そうとしたが, Yugoが, “どう見ても, 何かあったでしょ. ARに何か緊急のメッセージが差し込まれたんですか?”と言って, Akioに白状するよう促した.
観念したAkioは, Yugoの推察を肯定し, “‘Stone Souls’のあの石が, また, あの言葉を, つぶやいたんだ. しかも, 何の設定もしてないのに, き, 緊急メッセージとして…”と, 自分のNexus Unitの突然の異常を説明した. 地震や火災など, 自身に何か危険なことが迫っているわけでもなく, しかも見逃したくない重要なイベントの予定時刻をあらかじめ設定していたわけでもないのに, 石集めのアプリにすぎないStone Soulsが強引に緊急メッセージを出すというのは, かなり異常なことといえる.
“Stone Souls? 今, 地味にはやっているあのアプリをAkioさんも使っているんですね. シンプルなコレクション・アプリだと思っていましたが, そんな機能もあるんですか?”
職業上, 様々なソフトウェアを研究しているMoglaがStone Soulsを知っていても不思議ではないが, Akioにとっては, Moglaがこの地味なアプリの異常について真剣なまなざしをして反応したのは意外だった. そしてMoglaは, ビールの入ったグラスから手を放して, “それで, なんとつぶやいたんですか?”と彼に尋ねた.
Akioは, MoglaがStone Soulsの概要は理解しているように思えたので, 自分が集めた石たちの中で最も特徴的な“New Moon in the Dark”という名前の黒い石について簡単に説明し, そのつぶやきの内容を3人のAR viewにシェアした.
“Castle will fall to dust, As spring sun sinks to night. Flower garden’s god, Will have lost all faith. You who hold the black stone, Go towards the blue light.”
“なんだかダーク・ファンタジーのゲームに出てきそうな詩的なメッセージですね. これをそのNew Moonさんがつぶやいたのですか?”
“はい, どういう意味か分かりますか?”
Moglaはしばらくあごに手を添えて考えて, “もしかしたらこれは, これからHanasakaに起こる災難を予言して, それを防ぐためにどうすべきかをAkioさんに伝えているんじゃないですかね.”と答えた.
するとYugoが, “この文章での‘Castle’って, そうするとHanasaka Castleですか?”と尋ねた. Hanasakaを含むこの列島にはたくさんの城が残っているため, この一文だけでは‘Castle’がHanasaka Castleを指していると特定することはできない. それゆえYugoの疑問は当然であり, それを理解したMoglaは, “はい, この文章を読み解く鍵はその次の‘spring sun’でしょうね. 春の日の, 日の入り後の残光に赤く照らされた美しい城を想像してはいけませんよ.”とヒントを与えた.
“そうか! この文章がHanasakaについて語っているとなると, この‘spring sun’はKasgaさんを意味しているんですね.”
YugoがAkioよりも先に正解にたどり着き, Akioもすぐに合点した.
歌手であるKasgaは, Hanasaka市民になるまでは, “UESGI Kasga”と名乗り, ラストネームの“Kasga”については, 春を意味する漢字と, 日を意味する漢字を組み合わせて表記し, それを“Kasga”と呼称させていた. この呼称の仕方は彼女の出身国ではよく知られており, 彼女と同じ言語を操るAkioとYugoもその2つの漢字の組み合わせを見ればそう呼称する.
しかしKasgaは, Hanasaka市民になってからはほかの市民と同様, 固有名詞に漢字を使わなくなり, アルファベットのみで“Kasga”と表記するようになったため, AkioとYugoも, “spring sun”と表記されても彼女をすぐに想起できなかった.
そして, “spring sun”が人を指しているのであれば, “sink”とは命が尽きることを意味しているのは明らかだった.
Moglaは, グラスに残っていたビールを飲み干したうえで, “その次の, ‘Flower garden’s god’はHanasakaをつかさどるFloraを指しているんでしょうね. つまり, 先日, Hanasaka CastleのKeep Areaにある店舗が火事に遭いましたが, それよりももっと大きな, 城の何かが崩れ落ちるぐらいの災いが起きて, そして言いたくはないですが, Kasgaさんが亡くなり, さらにFloraがシステムダウンしてHanasakaの機能が停止して, 市民の信頼を失ってしまう. まあ, そういうことを言いたいんでしょう.”と読み解いた. そしてやや目を細め, “文才をひけらかしたい過激なRusty-believersがそうであってほしいと望んで作ったような文章ですけど…”と言って, 鼻で笑った.
“確かに, Floraのシステムダウンまで望んでいるとしたら, 市長ではなく, Rusty-believersでしょうね. やはり, 彼らに対する警戒も解けないですね.”
Yugoは, Akioの石がつぶやくダークなメッセージをどこまでまじめに受け止めるかは別にして, 2方面からの攻撃に備える必要性があることを指摘した.
“Yugoさんのおっしゃるとおりですね. 敵味方とも情報戦を繰り広げますから, 犯人像が絞りにくい状況がしばらく続くと思います.”
AkioもYugoも, Moglaの言うとおり, 今後起きるかもしれない事件や飛び交う情報に振り回されることは覚悟しておく必要があると思った. ただ, 文章の前半部分が仮にMoglaが言うように, Experimental Citiesの息の根を止めたがっている過激なRusty-believersの願望を表しているにすぎないとしても, 最後の, “Go towards the blue light.”が意味不明であり, 黒い石を持つAkioにいったい何を求めているのか, 彼自身もYugoもさっぱり分からなかった.
“私も, すぐには思いつかないですね. 青い光を発するものをいろいろ想像してみてはどうでしょう?”
Moglaは, その青い光の意味の解読についてはAkioとYugoに任せた.
“Akioさん, 殺虫灯でしょうかね.”
“おれは虫じゃない.”
“冗談ですよ. まあでも, 都市の中には青い光を発するものはたくさんありますし, 特定するのは難しいですね. もしかしたら, シリウスのような青く光る星かもしれませんし, ホタルイカのような生き物かもしれませんし…”
この時, Akioは, 人間のような何かが一瞬, 頭をよぎった. そしてその脳内の瞬間的な反応でさえ, 外部の人に感づかれる恐ろしい力を持ったAkioは, Yugoから, “何か思い当たるものがあるんですか?”と問われた.
“え? あっ, いや, なんだろう… 動きが速い, 何か…”
“青く光る, 速いもの… 流れ星ですかね?”
“そういうのとは違うけど…”
Akioはそれが人間のような姿が思い浮かんだが, ぼやけていてよく分からなかった. Yugoとしても, Akioが頭に描いたものをズバリ当てることはよくあったが, さすがにそれが一瞬だと, 本人自身が鮮明にイメージできていない以上, それを可視化することはできなかった.
謎解きをしているAkioとYugoのほほ笑ましい会話を聞いていたMoglaは, “でも, 文章の後半部分以外にも, 疑問が2つ残りますね.”と言って, もう少し考察を進めてみないか, 2人に提案した.
“まず, どうしてそのような詩的な表現で警告的なことをNew Moonさんが時々つぶやくのか? そして次に, なぜ今それを緊急メッセージとして再呈示してきたのか?”
AkioもYugoも, いずれについても答えになりそうな推論を持っていなかったため, う~んとうなって黙ってしまった.
“私も1つ目についてはよく分かりませんが, 2つ目については, もしかしたら, 私もStone Soulsのユーザーであることが引き金になったのかもしれませんね. 私も, こういうまったり楽しめるアプリは好きなんで.”
Moglaは, 自分も石のコレクターの1人であることを明かしつつ, ユーザー間の連携促進機能が働いた可能性を示した. ただ, 新たなユーザーとのつながりを促すためだとしても, 緊急メッセージとしてAR viewに石のつぶやきを強引に割り込ませるというのは異常な処理といえた. そしてこれは単なる偶発的な誤った処置ではなく, 計算されて実行された処置と考えて良さそうだった.
彼がStone Soulsのユーザーになったのは, 本当は警察官としての仕事に必要だったからであった. Police Departmentの防犯分析システムやEmergency Services Departmentの異変検知警戒システムがこの地味な趣味のアプリに妙に興味を抱き, システムどうしで情報交換をしながらずっと監視していることに気づき, 彼自身もアカウントを作ってユーザーとなり, このアプリがなぜHanasakaを支配する者の興味を引くのかを探っていたからだ.
“どうやら私は, 何者かの意思に操られて, 今日, この青年に会うことになったのかもしれない… Stone Soulsはこの黒い石を特別視しているのだろうか? この異常現象は何らかの意図を感じざるを得ない. そして, そのStone Soulsに強い関心を持つFloraも, 今, 彼か私の‘Nexus’を介して, この現象を検知しただろう. 彼女はこれをどう解釈するんだろうか?”
Moglaが思案していると, 今度は彼のAR viewに突然, “エージェント”からメッセージを受け取った. それはまるでFloraが彼の内心をのぞいて回答してきたかのようだった.
補足: “エージェント”について ここでは, 現実または仮想の世界で様々な情報を分析し判断し行動するために, 個々のユーザーを日常的に支援するソフトウェアのことである. Nexus Unitにインストールされている.
“緊急通知. Akio DiasおよびNew Moon in the Dark, 要保護対象.”
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