Part 3: The Ninth Autumn
Chapter 3.23: At Fortuna Station: Until We Meet Again
Scene 3.23.1:
Hanasaka Cityの内外をめぐる数多くの鉄道路線のうちの12本が出入りするFortuna Stationは, 市内で最も多くの乗降客が行き交い, 様々な店舗も併設した巨大な複合施設であった.
その駅のプラットフォームの上には, “Nerine Deck”と呼ばれる, 駅の北側と南側をつなぐ歩道橋を兼ねた展望広場が設置され, 人々は駅に入るのに必要な料金を取られることなく, 線路をまたいで横断することができた.
さらにその上には駅の全体を覆う大きなドームが据え付けられていることから, プラットフォームで電車を待つ人も, デッキの上を歩く人も, 強い太陽光線や雨にさらされることはなく, 日中でもやや薄暗い, Hanasakaらしい落ち着きのある空間が作られていた.
12月8日18時50分, Akioは, このNerine Deckのおおよそ中央の辺りでKeikoを待っていた. 約束の19時よりも10分早く着いたため, やはり彼女はまだ来ていなかった. 彼は, デッキの端の転落防止のガラス板に取り付けられている手すりに両腕を乗せて, 時間どおりに行き来する電車や乗降客をぼんやり見下ろしていた.
Akioは結局, 11月9日以来, 約1か月間, Keikoとは会えていなかった.
彼らは, あのRose Bridgeの近くにあるBlue Houseで手を取り合ってmicro-chipsを使った, 友好関係を構築する儀式をおこなった後, 24時間以内に双方が相手のNexus Unitに接続要求を発信し, 互いに承認し, つながることに成功したため, その3日後に再び対面で会う約束をしていた.
しかしながら“魔の3日間”が起きてしまったため, Hanasaka City内でもその3日間を含む1週間, 不要不急の外出を控えるようCity Officeから呼びかけられ, それは延期になってしまった.
Championship pennantをKasgaからSapphire Westに授与されるAutumn Gamesの閉会式も中止となり, そのpennantは配送業者によって彼らの拠点であるVictoria Sports Centerに送られただけになったぐらいの異常な事態であったため, Kassen communityの一員である彼らにとっては, 自分たちのデイトを先送りしたのは, 少なくとも不自然ではなかった.
その後, Keikoは, season gamesの後にもおこなわれるInter-Alliance gameのいくつかに参加することとなった. 通常であればそれらは, 市内のclubのFighterたちが隣国のあちこちにあるAlliance clubの拠点に赴いておこなわれるので, Hanasaka側では“tour”と呼んでいるが, この時は, Alliance clubのFighterたちにHanasakaへ来てもらって, Hanasaka Arenaで試合をすることにした.
“魔の3日間”の後も, 広範囲に影響力のある人物の暗殺のくわだては散発的に続いていた. “Stone Cold”を模倣したほかの様々な犯罪生成AIたちが, Rusty-believersであろうがなかろうが見境なく, 老若男女を問わず, 影響力の大きい者を暗殺して人間社会からできるだけ大きな反響を得ようとするプログラムを競うように作成し, 実行し, 7割ほどは未遂に終わっていたものの, 人類は週に1度はショッキングな訃報を聞かされる状況になっていた.
他方, 虫たちによる暗殺は, 最強のsuper-intelligenceが統治するExperimental Citiesでは, たまに未遂事件はあったものの, 市民が虫たちに殺されることは一切なかった. 元々, これらの都市では, 機械が効率的に行政をおこなうために, 広い領土を持たず, 人々を密集させていたため, 市民を守るためのロボットたちを満遍なく配置しやすかったのだ.
そのうえ, 犯罪生成AIが標的にしたくなるような, 影響力の大きな人間が, 一部を除いてほとんどいなかったため, そもそも狙われにくかった. なぜなら, 最も機械化が進んでいるExperimental Citiesでは, 大きな組織であるほど, 社長や部長など“長”が付く者は上から順にAIに置き換わり, 1つのAIの下に大勢の従業員がおおよそ横一列に並んでいる組織も多く, 影響力がある者がいたとしても知れていたのである.
それにExperimental Citiesは, 節度のある生活をしたがらない富裕層や, 自分だけは特別だと思っている者にとっては住みにくく, 自分が暮らしていた国や地域では生きづらくて集まってきた弱い者たちや, 今までの人生をリセットして凡人としてやり直そうとする者にとっては住みやすい場所であったために, 現に影響力のある人間は自然と間引かれていた.
それ以外の大半の平凡な市民たち, つまりいきなり死んでも人間社会に何の波紋も生じない者たちを殺したところで, 犯罪生成AIにとっては, 得られる反響が小さすぎて, やる価値がないのである. それにExperimental Citiesの市民を殺そうとすると, 怒り狂ったFlora sistersによってStone Coldのように焼き殺される可能性が高く, 悪者たちにはそうした意味でも魅力がなかったのである.
そうした状況下で, Hanasaka Cityの中に住んでいる者からすると, Floraと同等のsuper-intelligenceによって守られない市外は, いつ虫たちに襲われてもおかしくないという不安が強かったため, 各Alliance clubもやむを得ないと考え, 逆に自分たちがHanasakaに赴くことに同意したのであった.
そうであれば, Hanasaka市内でのInter-Alliance gameは毎日あるわけではなかったため, KeikoとしてはAkioと会う時間を作ることは造作ないと思えるが, 彼女は市内にいるとしてもtour中は完全に休まず, トレーニングに励み, 彼に会うことは控えた. 彼女の頭の中では, 好きな人とデイトするというのは極めて浮かれたことであり, 勝負師としては, そのようなぜいたくなことは仕事を完遂するまで我慢すべきとだと考えていたからだ.
そうしてすべてのInter-Alliance gameが無事に終わった後も, KeikoはまだAkioに会おうとしなかった. 本来, 11月12日に予定されていた, Apex Fighterの発表とその者に対する“Diamond Sword”の授与式が12月4日におこなわれることになり, それまではぜいたくを控えるべきだと彼女は考えたのだ.
Apex Fighterは, 今回のAutumn Gamesの全試合の戦いぶりをFighter戦績評価システムが分析して決定されるため, 12日の時点ですでに分析は終わっており, 誰が該当するのかもいつでも発表できる状況ではあった.
しかし, “魔の3日間”の直後であり, 前述のような不安がHanasaka Cityの中でも強かった時であったため, Castle Officeとしては, そもそも“Apex Fighter”という称号を付与すること自体が, 付与された者を犯罪生成AIの餌食にさせる可能があるのではないかと考え, 発表と授与式を延期すると通知していた.
組織の中の役職者と異なり, Kassenを含むスポーツ, 芸能, 技能などのコンテストでは, 最も成績が良かった者や団体を表彰することは不可欠であり, その受賞者はおのずと影響力のある者になってしまう. だからと言ってそれを恐れて, その対象者を匿名にするわけにもいかず, またそうした競争を一切排除することは人間社会の退化を招くことになる.
しかしながら幸いなことに, Experimental Citiesの市民である限り, そうした優れた成績を収めた者も含めて, 誰も虫たちによって殺されていないことが分かってきたことから, Castle Officeは, Apex Fighterの選定の発表と授与式を12月4日におこなうことにした. もっとも実際は, Sapphire WestのKeikoがApex Fighterとして選ばれると皆が分かっていたため, そんなにもったいぶる必要はなかったといえた.
そして当日, Hanasaka CastleのPalaceの大広間でおこなわれた式典で, 何の驚くべき要素もなく, 予想どおり, KeikoがApex Fighterに選ばれて, “Diamond Sword”がUnifierのKasgaより授与された.
そのswordは, ダイヤモンドのbladeを持っているわけではないが鍛錬された鋼鉄でできており, gripの2か所に掘られたFour Heart Emblemの形に人工のダイヤモンドが4つはめ込まれていた.
Scabbardやgripは, Keikoたちが11月9日に身に着けていたOutfitsと同じ, ほとんど黒に近い紫色で塗られ, 特にscabbardの表面は美しく磨かれ光沢があり, gripには黒に近い灰色のひもが巻かれ, 落ち着いた渋さを醸し出していた. 装飾や絵柄はなく, 極めてシンプルでありながら, かといって物足りなさも感じさせない一品であった.
それを手に入れたKeikoはついに, Kassenにささげてきたこれまでの人生の最高の目標を達成することができ, 大好きなKasgaから大いに褒められ, もちろんそれは羽が生えて舞い上がるほどうれしいことではあったが, 試合期間中の願断ちと授与式前後の多忙によって, 今, 自分が最もしたいAkioとの再会ができてないまま, 1か月近くも経ってしまったことが気になって仕方なかった.
Scene 3.23.2:
一方のAkioは, 11月9日に作戦の遂行上, 突然, EIS (Equipment Inspection Section) のinspectorの任を解かれ, Director Monicaの秘書という, 何の仕事をするのかよく分からない役割を持たされたが, 病院から, 前日のmech-beeの襲撃による悪影響がないかの精密検査をまだやっておらず, 作戦が終了したら直ちに戻って来いと言われていたため, 再び1週間ほど入院した.
結果, 特に異常はなく, 彼は無事に退院でき, その翌日, 彼は久しぶりにCastle OfficeのGreen Houseに赴き, 今後自分がMonicaの秘書としてどのような仕事をするのか説明を聞こうとしたが, Monica自身の日常業務の細かなサポートは基本的に彼女のエージェントAIがこなすため, Akioがやるべき仕事は, 肉体を動かす雑務以外はほとんどないと言われ, しばらくの間, City Officeの職員になって勤務してもらえないかと逆に相談された.
Castle Officeは, City Officeなどいくつかの機関との間でスタッフを融通し合っていた. もちろん, 本人の同意なく組織の都合で異動させることはしないが, ほかの職場を体験する機会を与えて, 意欲ある人のチャレンジやスキルアップを支援する意味があった.
Akioとしては, Castle Officeの中で自分ができる仕事はほかにないと言われたに等しいと思い, この機にほかの仕事をすることも悪くはないだろうと考えた. そこで彼は, 自分がCity Officeに行けばどんな仕事が待っているのかMonicaに聞いたところ, 彼女はただ単に, “Hanasakia”の運営に関わる仕事であることしか分かっていないと答えた.
Hanasakiaは, 仮想空間のHanasaka Cityといえるもので, 10年以上に渡る長い開発を経て, 来年 (10 E.E.) から試運用を開始しようとしていた. “物理層”または“第1層”と呼ばれる現実の空間でHanasaka Cityで市民権を持つ者はすべて, 仮想空間 (物理層から直接入ることができる仮想空間を“第2層”という) のHanasakiaの市民として暮らすことができ, 物理層と同様, Floraがその運営をおこなうことになっていた.
Akioが自分の上司から得られる情報量があまりに少ないために戸惑っていると, Monicaは, “こいつまた, 何か良からぬことをたくらんでいると思っているでしょ.”と, 彼の表情を見てニヤニヤしながら問うた.
“まあ, そのとおりよ. ‘魔の3日間’でよりはっきりしたけど, これからの時代, より安全に暮らせる第2層が人間たちの活躍の主舞台になるから, どこの都市もその建設や運営に注力するはずで, Experi-Citiesはその点でも一歩リードしているの. だから近いうちに第2層でやるKassenも本格的に始めることになるのよ. Akioさんには, その試運用を始めようとしているCity Officeの中核メンバーの一員になって, いろいろ見聞きしてきて, そこで得られた知識をCastle Officeに持って帰ってきてほしいの.”
AkioはCastle Officeとしての狙いは理解できたが, 情報システムに関する専門知識がない自分がそのような仕事をしたところで何の役にも立たないのではないかと不安に思った.
“専門知識がなくても, 心配しなくていいわよ. それにスパイのようなことをお願いしたいわけでもない. あなたはうそをつくのがとても下手だし, 何を考えてるのかよく分かるから, その長所を生かせば, 周りのみんなもきっと受け入れてくれるでしょう. あなたはきっとそこでいろいろ見聞きすることになるだろうから, いい勉強になると思う. 悩むことがあれば私やCastle Officeの誰かに相談してくれてももちろんいいし, 黙っていたければそれでもいい. 見て, 聞いて, 感じて, 考えてほしい. それだけよ.”
それだけで給料が支払われるのであれば, こんなにおいしい話はないから受けるべきだと思える一方で, そうであるがゆえに甚だ怪しく, たちまち後悔することになるから受けるべきではないとも思えた.
どちらにしようかAkioが悩んでいると, Monicaが, “悩むんだったらKeikoさんに聞いてみたらいいんじゃない? もうEISの人じゃないんだし.”と, 嫌なところを突っついてきた.
AkioとKeikoがお互いを意識する関係になっていることをMonicaがすでに把握しているとしたら, 今後こうした感じでしょっちゅうからかわれるかもしれず, それはたまったものではない. そのためAkioは観念してMonicaの依頼を受諾した. 彼女にとっては, もちろん彼がそう反応するだろうと予想していた. 素直すぎるAkioを, 彼女も気に入っていた.
Akioは, EISの仲間が開いてくれた送別会ではさすがに少し涙を見せてしまったが, このタイミングでCastle Officeを去ったほうが良いと冷静に考えていた. なぜなら, Equipmentのinspectorの自分とFighterのKeikoが親しい関係にあったのではないかと疑う人が増えてくる可能性が高まっていることを認識していたからだ.
AkioとKeikoが小学生の時にクラスメイトであったことは調べれば誰でも分かることであろうし, 以前, Kageroのworkshopを訪問した時に彼が言っていたこと, すなわち, KeikoのSingles Matchの平均の勝率は約6割であるのに, AkioがSapphire側の担当になって彼女に直接Weaponsを渡したときは9割になることを, ほかの人も知るに至れば, 2人の関係を疑わないほうが変である.
従って, 少なくともEISのメンバーとしてこれ以上仕事をし続けることは危険だったし, 仮にその疑念が公になってしまったときの組織に与えるインパクトを考えると, 自分はCastle Officeのスタッフでいないほうが良い.
それに, あんなごたごたはもうこりごりだという思いもあった. 一連の出来事が懐かしい思い出になるまで, しばらくほかの環境にいたほうが良い. Castle Officeにとってはまた新たな策略の1つかもしれないが, 新しい仕事場を紹介してくれたのはありがたいことだと考えることにした.
とはいえAkioがCity Officeで働き始めるのは年が明けてからであった. しばらくは無職でのんびりと, ある意味, Hanasaka市民らしく過ごしていた.
この日, 彼は, 自宅の近所に散在している小さな農場でダイコンやハクサイなどの収穫を手伝っていた.
食糧とエネルギーの自給自足にこだわるExperimental Citiesでは, 市民は, 農林水産業や社会インフラの保守などの作業に関わることが推奨されており, 定常的にそうした仕事につかないとしても, 自分の時間が空いている時に一時的に関わることができる. 金銭的報酬はないか, あっても少ないが, UBIの恩恵を受けている以上, 時々はそうした社会貢献活動をすることは当然だと考えられていた.
Akioは, 対面で会うと呼吸が苦しくなるKeikoとこれからは友人として付き合うことは受け入れていた. しかしJuliaから, “はっきり言えば, 彼はKeikoさんがあなたに好意を持っていることに気づいていると思います. 実は, 私もそうではないかと薄々気づいていました.”と, あの地下基地で謎めいた儀式をおこなって“Shining Black Sapphire Booster”を完成させた後に言われたことが気にかかっていた. つまり, KeikoはAkioが好きだとしても, それが友人として好きという程度なのか, それ以上なのかが分からなかった.
Akioから見れば, Keikoはやはりあまりに偉大なFighterであり, それに比べて自分はあまりに平凡な一般市民であり, 彼女としては, 単に元同級生である自分と友達関係の復活を求めている程度だと謙虚に考えるべきとも思えた.
他方で, 友人程度にすぎないとすれば, KeikoのSingles Matchの平均の勝率が約6割であるのに, AkioがSapphire West側の担当になって彼女に直接Weaponsを渡した時の彼女の勝率は9割になるというブースター効果が説明できないのではないかと, 例えばYugoから突っ込まれたらどう説明できるのか悩んだ.
それに, あのRose Bridge近くのBlue Houseで, 自分がもはやEquipmentのinspectorではないことをKeikoに伝えたところ, いきなり両腕を彼女に強く握られ, 涙目になって喜んだ顔を見せたのは, 自分を単なる友人以上に見ている証に思えた.
そして, あの時, Akio自身もKeikoに対して, 今まで感じたことがなかった特別な思いが発芽したのであった. 彼女の気持ちを推し量る前に, 自分は, 友人としての関係の復活以上のことを望んでいることは, 素直に認めても良いではないかと考えるに至った.
“ま, これ以上考えても仕方ない. ただ…, あの時のことをKeiちゃんときちんと話しておかないと, 先に進めないような気がする…”
今日の待ち合わせの連絡を取り合った時に, Keikoは, 話したいことがたくさんあると言っていたが, 彼としても, ただそれを聞いているだけではなく, 今までのモヤモヤした気持ちを解消することが何よりも大事だと意を固めた.
“30分間だけか… まあ, 忙しい中, 会ってくれるだけでも感謝しないといけないんだけど.”
彼女が言うには, その日はゆっくりAkioと過ごせないとのことだった.
来月初旬に, Keikoを含むKassenのスターFighterたちは, 同じExperimental Cityの“Kochipina”を訪れる予定にしていた. 今回のHanasakaでの戦いにおいて, HanasakaのFloraが暴走モードを発動させてStone Coldの完全消去に専念できたのは, KochipinaのFloraとその情報システム群が自分たちのリソースを割き, Hanasakaの通常の行政を一時的に引き受けたからこそであった. そのため, Hanasaka市民からKochipinaへ感謝の念を伝えるための親善使節団が組まれ, Keikoはその一員に選ばれていた.
といっても, 市外に出るといつ虫たちに襲われるか分からない物騒な世の中になってしまい, 海を渡って大陸のほうに遠出するようなことは, その時点ではまだ危険だと考えられたため, 物理的には移動せず, 正確には, “Kochipina”の第2層である“Kochipania”にアバターを作って訪問することになった.
まだ正式オープンしていない, “Hanasakia”と“Kochipania”を接続し, 様々な動作確認をする試験に立ち会うことが, 彼女のこの後の仕事として控えていたため, AkioとKeikoが今日話せるのは, たったの30分余りであった.
そうであれば, もっと長い時間を取れる別の日に会うことも考えられたが, Keikoは, 12月8日の19時を待ち合わせ時間として指定し, 30分だけでもいいので会いたいと要望してきたのだ.
Scene 3.23.3:
“あぁ, でもちょっと寒い.”
Akioは, 手すりに置いていた両手をコートのポケットに引っ込めた. 風の通り道でもあるNerine Deckの上で, 冬の訪れを感じていると, AkioのAR viewの中に表示された時計が19時ちょうどを示し, デッキの北側と南側にそれぞれ立っている金と銀のポストに据え付けられた時計も鐘を鳴らして時を知らせた.
“お待たせ. Akiくん.”
その鐘の音とともにKeikoの声が背後から聞こえた. Akioは慌てて, デッキの外側に向けていた体を反転させ, 目の前に現れたKeikoを見つめた. 白いマフラーを巻き, ベージュ色のトレンチコートに黒いショルダーバッグをかけ, インディゴ色のジーンズをはいていた.
“あんまりじっくり見んといて. これでもいろいろ考えてんから. その…, Meiちゃん, あ, いや, Chammeiさんにも相談して, 普通でいいって言われたから…”
Keikoは, 自分のファッション・センスを彼にチェックされていると思い, わざわざ男なら誰でもあこがれるであろうChammeiの名前を持ち出して先に言い訳した.
“あぁ, いや. い, 今までKassenのOutfits, 着てる姿しか, あまり, み, 見たことなかったから…”
彼女はこの日も“Facial Disguise”を付けていなかった. 物理的に顔面を変装していないSapphire Cometがこのような公の場に現れると, 人々の注目を浴びてしまい, 昨今では犯罪生成AIの餌食になる可能性もあるため, AR viewでは, 別人であるように表示される偽装処置が彼女にも特別に適用されていた. つまり, smart glassesをつけていると, 彼女の顔はKeikoに見えるものの, 頭の上に表示されている名前は“Keiko”ではなく別人の名前が表示されており, Facial Disguiseを付けてKeikoに変装している別人に見えるのである.
とはいえ, 多くの人が本人なのかと思わず視線を向けてしまうことまで妨げることはできないため, 周りから見られているような感じを, 今後Keikoと会うときはずっと味わうことになるのかと, Akioは考えさせられた.
Keikoは, Akioのおどおどした視線のさまよいを察して, “一緒に電車見よ.”と, 先ほどまでAkioが見ていた方向を指差し, さらに彼に近づいてきた. 確かにこうして2人で通路を背にして電車を見ていると, 人々の視線はほとんど気にならない.
会ったらいっぱい話したいことがあると言っていたのに, Keikoは, 手すりに両手を乗せて, 駅に発着する電車や乗降する人の動きを黙ってじっと見ていた.
“Keiちゃんが待ち合わせに, ここ選んだの, 分かる.”
“ウチ, 今でも電車好きやもん. 時間あったらずっと見てんねん. 飽きひんし…”
KassenのFighterのように, 試合中に多くのアドレナリンやノルアドレナリンを出して体全体を興奮させる者にとっては, その後にうまくクールダウンして, 心身ともに平静な状態に戻すことがとても重要である. 異常なほどに熱い闘志を生成することは時としてすばらしいパフォーマンスを生み出すことになるが, そのその闘志の炎が必要以上に燃え続けると, 心身に障害をもたらす恐れがあるため, Fighterたちは専門家の指導を受けながら, 心身の自己管理に日々努めているのである.
Keikoの場合は, あらかじめ決められた予定表に従って走ったり止まったりする列車をただぼんやりと見るということが, 自分に最も合ったクールダウンの方法であった. Sapphire Westの拠点があるVictoriaには交通博物館があり, そこには巨大な鉄道模型のジオラマがあることから, 彼女は頻繁にそこを訪れ, 長いときには1時間ほど, 行き来する列車を眺めていた.
“でも, それってやっぱり変かな?”
“いや. 電車好きな女の人, い, いっぱいいるし. まあ, Apex Fighterのイメージからしたら, その…, 意外かもしれんけど.”
“そうかも.”
Keikoは, 顔を上げて少し遠くをぼんやりと見た.
“ウチって, そうゆうキャラやからなぁ. ‘Sapphire Comet’ってきれいな名前付けてもろたのに, 最近は‘Sapphire Beast’とか全然かわいくない名前で呼ばれたり… KasgaさんとかMeiちゃんの仕草をちょっとまねしたら, うちのVice-Leaderなんか, 似合わないからやめてくださいとか平気で言いよるし…”
Akioは, 表面的な彼女の印象を語ることで彼女の感情を損ねてしまったと思って, 何か言い挟もうとしたが, 彼女は, “ま, 昔からそうなんやけど…”と言葉を続け, そしておもむろに顔を下げ, “あん時も…, 普通の女の子やったら…, あんなことせえへんかったのに… ほんま, ウチ後悔してんねん. ごめんね…”と言って, 白い息を吐いた.
あの時のことにやはり話が及んでしまったかと思いながら, Akioは, “あれは, あいつらが悪いよ. Keiちゃんは, な, 何も悪くない. あの時のケンカも, と, 友達のためにやったんだし.”とフォローした.
先日のHanasaka CastleのPalaceでの“Diamond Sword”の授与式で, Keikoは, その式典に参加していた3人から同じような評価の言葉を受けていた.
まずそれを授与したKasgaは, Keikoが最強のFighterであると思える個人的な理由を問われた時に, “私が困った時にいつも助けてくれる優しいFighter”だからだと答えた.
また親友のChammeiは, Keikoがどのような感じの友人なのか聞かれ, “私が迷っている時に, 私の隣で一緒に前に進もうと背中を押してくれる優しい友達”だと述べた.
そしてteammateでありVice-LeaderのFalconは, Keikoがどのようなリーダーなのか尋ねられ, “この人に悔しい思いをさせたくないと思わせる優しいリーダー”だと評した.
Akioは, その出来事をたどたどしく話して, Keikoが決して粗暴な人ではなく, 他人に対して有形力を行使したとしてもそれはその優しさから発せられるものであることを説明した.
“ありがと… でも, Akiくんもそうやん. あん時, Akiくんが助けに来てくれて, ほんまにうれしかってんで. それは今でもずっとそう思てるから.”
KeikoはAkioのほうに顔を向けてそう言った. Keikoに見つめられたAkioは, “あ, いや, は, 恥ずかしいな…”と言って照れ笑いをした. その様子を見てKeikoは, さらにまじめな顔をして, Akioの顔を正視した.
“せやないねん. もしAkiくんがあん時のことで, その…, かっこ悪かったとか思てんねやったら, 絶対ちゃうから. そんなんちゃうから… だってそんなん, めっちゃかっこいいに決まってるやん. 全力でウチのこと助けてくれてんから. せやから…, そんな恥ずかしいことなんかないんやで…”
最後は消え入るような声になりながら, Keikoは精一杯, 自分の思いをAkioに伝えた.
Akioは, その思いを聞いて, これまでずっと心の底でくさびを打ち込まれてこびりついていた腫れ物が根こそぎ溶けていき, 胸の内がじわ~っと暖かくなるのが分かった.
“あ, ありがと… そう思って, くれてたんだったら…, なんか, その…, 救われた感じがする.”
Akioは低い声で落ち着いて答えた.
今度はAkioに見つめられ, Keikoは恥ずかしくなって, 再び電車を見始めた. 2人はまたしばらく無言で電車の行き来を眺めていた.
“今度, よ, 良かったら, Victoriaの, 交通博物館, 行く?”
沈黙がもったいないので, Akioから切り出した. 彼は, 今でも電車が好きだと言った彼女であれば, 当然, そこはお気に入りスポットであろうと考えた.
“うん. 行こ! 絶対行こ! ウチ, あそこの年間パス持ってんねん. せやから何回でも行けんで. Akiくんの分も発行してって頼んでみよかな…”
Akioが, そのようなパスを売ってたかなといぶかっていると, Keikoは何か名案が浮かんだのか, さらに顔色を明るくさせて, “あ, そうそう! そう言えばあの模型, まだ持ってんの?”と声を弾ませた. 模型というのは, 電気で走らせることができる鉄道模型である.
“ん? あぁ, あれ. た, 確か, 親の家にまだ置いてると思うけど.”
“じゃあ, あれで久しぶりに遊ぼ!”
“えっ! 10年ぐらい遊んでないから, ほこりまみれで, う, 動かないかも…”
“じゃあ, 掃除しといて. 遊びに行くから.”
Keikoにだんだん遠慮がなくなってきた.
“なんか懐かしいなぁ. あの頃, よう遊んだね. 線路つなぎながら, ブロックとかでビルとかお店とか建てたりして町作って, 段ボールでトンネル作ったり… あの2年半, 楽しかったわ… まあ, ほんまゆうたら, お母さんがお父さんと離婚して, それであの町に来たから, やっぱりさみしかったけど, Akiくんとかいろんな友達が遊んでくれたし…”
走り行く電車を背景に, 小学生の自分の姿を重ねて眺めているかのようなKeikoの横顔を見て, Akioは, “かわいい”と感じた. そんな気持ちは初めてだった. そして, 自分の心に引っかかっていたものがあまりにもくだらないものであることに気づいた.
今まで彼女を“Sapphire Comet”として意識しすぎていた. 確かに彼女は世界中にたくさんのファンを持ち, Kassen Fighterの中で最強のApex Fighterであり, Stone ColdがHanasaka Castleに送り込んだ悪魔の兵器をFloraの化身であるShining Black Sapphire Boosterでぶった切った神の代理人である.
しかしそれはそれとして, 今, 自分の目の前にいるのは, 5年2組のASAKURA Keikoが大人になった姿であり, ちょっとボーイッシュな25歳の普通の女の子であって, 自分が好きだと思うのなら好きになってもいいではないか, 素直に自分自身の気持ちに従って考えればいいのではないかと考えるに至った.
AR viewに示された時刻は, 19時20分を指していた.
“実はさ…”
今度はAkioの番だった.
“その…, Keiちゃんがあの町から出ていった時にくれた手紙…, あれ…, ず, ずっと今も, 持ってる. つ, 机の引き出しにしまってる. 時々, 読み返したり, してた. EISに配属された時, あの手紙を持っているのは, ま, まずいかなって思って, その…, 捨てようと思ったんだけど, やっぱり捨てれなくて… たぶん, あの手紙に返事できていなかったからだと思う. だから…, 今日, こうやってまた会ってくれて, ほんとに, うれしいって思ってるから…”
Keikoはうつむいたまま黙っていた. しかしそれはKeikoにとって彼の言葉が十分すぎるからだった. 小学5年生のときに, 泣きそうになるのを我慢しながら書いたあの手紙を今でも持っていてくれているというその事実の表明だけで, もういくら満足してもしきれないくらいだったからだ. 彼女が握る手すりにはぽたぽたと涙が落ち, その両手は小刻みに震えていたが, 何とか感情を抑えようとしながら, “ありがと. ウチもうれしい… そうやったんやね. ほんま…, めっちゃうれしい…”と涙声で返答した.
彼女は, 急いでハンカチで涙と鼻水を拭いて, ひと呼吸おくと, 前方にお目当てのものがやって来たのを認知した.
“見て! 来たよ. ‘Obsidian-Nine’.”
Keikoが勢いよく, Fortuna Stationのほぼ中央の9番線に入ってきた, 蒸気機関車ふうの列車を指差した.
オリジナルの蒸気機関車“Obsidian”は, 20世紀の半ばに引退し, 今はもう走っていないが, その形を模した電動の機関車が隣国“Moto”で1台だけ生産され, 黒と紫を基調にしたレトロな客車を8両けん引して, このHanasakaにやって来たのだ.
今年の9月に初めてHanasakaに来て以来, おおよそ毎月1回, 不規則に予告なく現れるのだが, Keikoは, 自分が持つ情報網から, この12月8日の19時10分から40分までの間にFortuna Stationに入ってくると予想していた.
“蒸気を出して走るような, ふ, 古いものが, よ, よく, Hanasakaに入って, 来れたね.”
Akioが, オリジナルのObsidianと同じ蒸気機関車だと勘違いして, そのような旧時代のものがこの最先端都市に現れたことに驚くと, “煙突から湯気出てるけど, あれは雰囲気出すためだけやで. 中身は, 普通の電車. ‘Vulcan’に制御されて動いてるから.”と, 鉄道に詳しいKeikoが解説した.
“へえ, そうなんだ. あれって, 写真で写した, あの機関車を, ふ, 復元したもの?”
この機関車のオリジナルのものは, 彼らが小学4年生の時に, 近くにあった博物館で写真に収めたものであった.
“そう! 良かった. Akiくんが覚えてくれてて. ウチ, 今日, これを, Akiくんと見たかってん.”
Keikoは心の底から満たされた気分に浸った. そして彼女のその笑顔を見ることができて, Akioもこの上ない幸せを感じることができた.
2人にとって大切な思い出の一部となっていたObsidianは彼らの中ではセピア色にあせつつあったが, 今日, 色鮮やかによみがえったObsidian-NineをFortuna Stationで一緒に見ることで, 彼らが共有する時間が再び始まったのであった.
Obsidian-Nineが駅に停車してから10分が経ったところで, 機関車があと5分で発車することを予告する汽笛を軽く鳴らした. この列車のこの日の最終目的地はAndromeda Stationであったため, Fortuna Stationはその前にちょっと立ち寄ったにすぎず, そう長くは停車するつもりはないようだった.
KeikoはAkioのほうを向いて, “じゃあウチもそろそろ行くね. 今日はごめんね, こんな短い時間で.”と小声で言った.
“いや, こっちこそ. 忙しいのにありがとう.”
Akioは, 両手をコートのポケットに突っ込んだ.
“また会おね…”
Keikoはそう言いつつ, またハンカチで目を当てた.
“へへっ, あかん, また涙出てきた… またすぐ会えるのにね. ウチ, こんな気持ち初めてやから.”
Akioがうれし泣きで目を輝かせているKeikoを優しく見つめていると, 彼女は, “じゃあ, またね.”と言ってほほ笑んで胸元で小さく手を振った. そしてまた新たなドラマが始まる予感を残しながら, 小走りで広場の端にあるエスカレーターのほうに向かい, 空中のステージからさっそうと駆け下りていった.
(Part 3 finished. Part 4 will be continued, but it is still a work in progress.) <- Previous | -> Back to OUTLINE