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Part 2: The Ninth Summer

Chapter 2.14: A World Without Violence

Scene 2.14.1:

EIS (Equipment Inspection Section) のマネージャーであるJuliaとその一員であるYugoは, それぞれ飲み物を入れたカップを持って, Castle OfficeのGreen Houseの1階にある少人数用の会議室に入っていった. 

いつもと違って何となく重苦しい空気が周りに漂っていたため, 息苦しくなるのを避けようと窓を開けて換気をしたくなったが, 8月の上旬は最も暑い時期で, 真昼の外の気温は摂氏35度を超えることも多く, 窓を閉めてエアコンをつけていた.  正確には, 暑さのためではなく, 外に会話が漏れるとまずいので, 窓を閉めていた. 

JuliaとYugoは, 会議室で常備されている3人用の正三角形のテーブルを使って, 斜めに向き合う形で座った. 

“何か大事なことですか?”

Yugoが恐る恐る聞いてみた. 

“ん~, それほどでもないけど, お兄さんのことで, ちょっと…”

兄のことを持ち出されてYugoはドキッとして, 一気に顔を曇らせた. 

“あ, いや, これは取り調べとかじゃないから.  ただ, ちょっと教えてほしいこともあってね…”

“分かりました.”

Yugoは, しばし沈黙してから硬い表情のまま短く答えた. 

“あまり緊張しなくてもいいんだけど, まあ, じらすのも良くないから, Yugoさんに単刀直入に質問します.  Yugoさんのお兄さんは, 今, Hanasakaに来られているようですが, もしかしたらYugoさんも分かっているでしょうけど, お兄さんのLuiさんは, 表向きはHanasakaの政策に反対していませんが, 旧体制を維持しようとする思想を持っていて, Pro-Mayor FactionというかRusty-believersの1人として見られているようです. 

“だから, Castle Officeにも敵対的かもしれなくて…, その…, 弟であるあなたが, 私たちの仕事を通じて見聞きした秘密情報をLuiさん漏らしているのではないかと疑いたくなる人もいます.  もちろん私としては, 情報漏洩はしていませんときっぱり言いたいのですが, 間違いないですか?”

Yugoは, 質問の趣旨と, 質問される理由を即座に理解し, “はい.  一切, 兄には伝えていないです.”と答えたうえで, “お気遣い, ありがとうございます.”と付け足した. 

“そう…  うん, 分かりました.  ありがとう.  じゃあ, もういいわ.  この話はこれで終わり.”

あまりにもあっさりとJuliaが納得したので, 逆にYugoが, “え?  私の返事を鵜のみにしていいんですか?”と問いただした. 

“Yugoさんがうそをついているようには思えなかったから, 私としては, 問題はないと思っているけど…  直接聞いて確認するよう言われたからそうしただけだし…”

“まあ, それならいいんですが, そんなに簡単に信用する話でもないかなと思いまして…”

自分に対して気を遣ってくれたYugoがかわいく思えたJuliaは顔をほころばして, “どうもありがとう.  そうね, もう少し言うと, 失礼ながらYugoさんの態度を見ていると, あなたがお兄さんのことを快く思っていないようだったから, 情報を漏洩する気などそもそもないだろうと思いました.”と補足した. 

Yugoが沈黙したままだったため, Juliaは頭の後ろで両手を組んで, 斜め上のほうをぼんやり見つけながら, “私も兄がいるんだけど, 仲が良くないの…  気が合わないとかそういうレベルじゃなくて, 兄の虚偽の告げ口によって私は殺されかけたんだよね…  そんな人…, きょうだいだからと言って好きになれるわけないし, きっと一生, 和解することもないと思う.”と独り言のように語った. 

Yugoは黙ったままだった.  どう返事をすればいいのか分からなかったのだ. 

“まあ, 思い出したくもない昔の話…  世の中には, 家族だったら, きょうだいだったら, お互い信頼し合って助け合うのが普通だと思っている人たちもいるけど, もし私がそういう人たちの1人であれば, Yugoさんにもっと突っ込んで質問したかもしれないですね.”

Juliaにも何か暗い過去があるのは間違いなさそうだった.  ただ, 出自不問の原則があるHanasakaでは, 日常の会話において, 他人の過去を詮索するようなことは控えるべきであって, 野暮で失礼なことだと考えられていた.  本人が自発的に語るのを聞くことはあっても, 質問は慎重を要した.  特にJuliaが今語った昔話は血の匂いがするのでなおさらだ.  そのためYugoは, “私も昔のことはあまり思い出したくないです.”とだけ答えた. 

“そう…  Yugoさんも私もそこは同じね.  まあ, ここはHanasakaだから, 過去のことは過去に置き去りましょう.  大事なのは, 今, そしてこれから.  自分のため, 社会のため, この星のために, 何ができるのか, 何をしたいのか, ですよね.  それがHanafolkの生き方だと我々は常々そう言われて, そう信じているわけですが, 多くの人にとってはなかなかそう考えられないのが残念ですよね.  世の中の機械化がどんどん進んでくるにつれて, 過去にこだわって争いばかりしているホモ・サピエンスこそが厄介な存在になっているんだけどね…”

Juliaは, 自分が持ってきたカップに入れたアイスコーヒーを少しだけ飲んで, フウッと一息はいた.  窓の外から, シャリシャリシャリとクマゼミの耳障りな合唱が聞こえてきた. 

そしてふと何か思い出したような態で, “あ, そうだ, もう1つ, 質問させてほしいんだけど…”と前置きして, “Yugoさんは, Kasgaさんの演説についてどう思いましたか?  良かった?  それとも, 今までと全く違う雰囲気だったので戸惑った?”とYugoに尋ねた. 

Yugoも, カップの中のアイスコーヒーを少し飲んだうえで, “そうですね.  最初は戸惑いました.  いつものような優しくすべてを包む感じじゃありませんでしたから.  でも, 新たな側面を見れて, 改めてKasgaさんのすばらしさが分かりました.”と答えた. 

“どんなところがすばらしい?”

Juliaはカップの中のコーヒーの水面を見ながら質問した. 

“あの演説, 一撃でノックアウトですよね.  もはやGoblino市長は死に体になったんじゃないですか?”

これは実際, Yugoの勝手な解釈ではなかった. 

決起集会でKassen communityのみならずHanasaka CityのUnifierであるかのような強烈なカリスマ性を見せたKasgaのまぶしすぎる光によって, Goblino市長はすっかり存在感が薄らいでしまい, 彼女の演説の後, 文章で, これからもCastle OfficeとともにHanasaka Cityを盛り上げていく旨の簡単なメッセージが出しただけで, しかもそれもほとんどの市民には無視された. 

また最近は, City Officeの物理的な仕事場に一切出勤してこず, 市の南端のほうにある自宅にこもったままであった. 

“そうね.  City Officeの中に少なからずいた, 市長に同調する人たちは激減したでしょう.  でも全滅したわけじゃないと思っています.  不気味な静けさですよね.”

“やはり, 反撃に出てくると, Juliaさんは思いますか?”

“市長に近い, 一部の筋金入りの過激やつらはそうでしょうね.  これで引き下がるような相手ではないです.  おそらく, 市外のRusty-believersの支援をひそかに受けて, 暴力的な手段で何か仕掛けてくると思います.  犯行声明を出したHanasaka市民解放戦線と共同して攻めてくる可能性もあると思います.”

Yugoは大きくため息をついて, 人間たちの不毛な対立に失望し, 髪の毛をかいた. 

“まあ, でも, 安心して.  警察もCity Officeもバカではないから, 暴力行為に賛同する者などいないし, 見て見ぬふりをすることもないわよ.”

“それはそうなんでしょうけど, 本当にそうだとしたら狂っているというか, 常識的には考えられないことですよね.  現役の市長が武装集団を作って, 自分の意に沿わない, 影響力のある市民に暴力を振るうなんて.”

“狂っているけど, 珍しくはないわよ.”

Juliaは相変わらずカップに視線を固定したまま, ぼそっとつぶやいた. 

“好き勝手に市民に暴力を振るう野蛮な独裁者は, 残念ながらこの星にまだまだいるわよ.  もちろん, それが常識だと言うつもりはないけどね.  断じて.”

“でも, ここ, Hanasakaですよ.”

“暴力的な人はどこにでもいるわよ.  組織の大小を問わなければ, なおのこと.”

重い沈黙が15秒ほど続いた.  クマゼミの鳴き声が鼓膜に響いて著しく不快に脳神経を刺激した.  最後の一言は余計だったかもしれないと思ったJuliaはこれ以上, この部屋で2人きりでいても精神的に好ましくないと考え, 話し合いを終えて会議室を出ようとYugoに声をかけようとした瞬間, Yugoが, “私は…, 子供の頃, 兄に暴力を受けていました.”と唐突に告白した. 

Juliaは彼のほうを一瞥したものの, それ以上の反応を示さずに, 続きの言葉を待った. 

“兄は, 少し歳が離れているんですが, 頭がいいし, 運動もできるし, 顔もいいし, 自分に自信を持っていました.  でも自分の優秀さを周りにひけらかすようなことはなくて, 自分より能力が劣る者や年下の者にも優しく接していました.  他人より優秀な者は, そうではない者を助けるのは当然だと思っているようでした.  つまり, 優秀な自分は保護する側, 劣っている周りの者は保護される側と捉えていました.  だから, 保護される側の者は, 優秀な自分の言うことに従うべきだと考えていました.”

Yugoは, カップに残っているコーヒーを一気に飲み干した. 

“私は, 小さいときから本を読んだりアニメを見たりするのが好きで, 現実の世界の人たちよりも, 本やアニメの世界で出てくるヒーローやヒロインにあこがれを持っていました.  だからなのか, 私は, 兄の言っていることが必ずしも正しいとは思えませんでした.  私は兄の言うことを聞かず, 聞いてあげる振りもせず, 自分のことは自分で決めて行動する感じでしたので, 兄にとってはかなり生意気なやつだったと思います. 

“だから, 殴られ, 蹴られ, けがをして, 親も時々, それに気づきましたが, 兄の言うことを聞かない私のほうが悪いと言われました.  親から見ても, 私は頑固で変わり者だったんです.”

Yugoは一息入れた.  Juliaはやはり何も言わずに, 彼の発言を待った. 

“だんだん暴力がエスカレートしてきて, 私は何度も家出をして, 時には自分が他人に暴力を振るうこともあって, すさんでいました. 

“それで小学校の途中で私は, 他人と協調できないとか, 何らかの問題を抱えている子たちが集まって学習する学校に転校しました.  寮もありましたので, 家から離れて, やっと私は自由になれました…  幸い, その学校の教育プログラムが良かったんで, 私は徐々に立ち直りました. 

“数年後, 自分の住んでいたところがHanasaka Cityに生まれ変わって, 兄が言っていることよりももっと正しくて美しく思える, Experi-Cityの‘Philosophy’やいろんな実験の考えに対してまさにこれだと共感して, 自分はHanasakaのために役に立つ大人になりたいと思うようになりました.  特に, 私から見れば, HarunaさんやKasgaさんは, 本の世界から飛び出てきたような, 究極的に正しくて清らかな神様のような存在に思えて, そんな神々しさをより身近に感じながら生きていけるにはどうしたらいいかと考えました.”

“じゃあ, Castle Officeに就職できて本当に良かったんじゃない?”

ここでようやくJuliaが口を挟んだ. 

“はい.  本当に良かったと思います.”

その時に見せたYugoの笑顔はまぶしいぐらいだった.  彼は, 理想を理想だと割り切れないだけであって, また理想からかけ離れた者が偉そうに君臨することに強い嫌悪感を持つ潔癖症的なところがあるだけであって, 基本的には心優しい青年であるとJuliaは改めて認識した. 

実際, 理想になかなかたどり着けない現実をそのまま飲み込もうとはせずそれでも理想論を語りたがるYugoは典型的なHanafolkだとも言えた.  そしてそんな彼らは, 一歩, 市外に出れば, 都合の悪い現実から目を背け, ふたをして, 明るい未来を性懲りもなく語る, 偽善的で欺まん的で, “頭の中がお花畑”なやつらだと舌打ちされ鼻で笑われる対象でもあった.  そして時には意味もなく暴力の対象となることもあった. 

そうした理不尽な目に遭いたくないHanasakaの人たちは, Goblino市長のいう現実路線という思考停止状態を選択しようとした.  他方, 元来まじめなHanafolkであればあるほど, 理想に向けての実験の遂行にますます頑なになっていた. 

Yugoもそうした1人と言えた.  みんなが明日の心配をしなくても済む幸せな社会を作ろうと一生懸命に実験を進めているのに, なぜバカにされ冷笑されないといけないのか, なぜ暴力や暴言を受けなければならないのか, その点について自分たちに分かるように合理的に説明しようという人がいてくれればまだましだが, 誰もいないではないか.  そうなると自分たちをさげすむようなやつらの言うことを聞く必要もないし, 一瞬たりとも一緒にいたくもない. 

だからYugoからすると, すさんだ現実の世界に堂々とどっぷり浸ることができ, そのうえ暴力で押さえつけようとするLuiが, Yugoにとっての楽園の地であるHanasakaにいること自体, おそらく気色悪いことであって, そのLuiと連絡を取り合っているはずはないとJuliaは確信した. 

“Yugoさん, あなたの過去のこと, 話してくれてありがとう.  あまり言いたくないことだったと思うけど, 私のこと, 信じてくれてうれしいです.”

YugoはJuliaに礼を言われるとは思っていなかったため, “いや, そんな…”と言ってはにかんだ. 

“でも, 今年の新年会で, YugoさんがKasgaさんにどうしてあんな質問をしたのかやっと分かったわ.”

Scene 2.14.2:

その年 (9 E.E.) のCastle Officeの新年会には, Kasgaがスタッフたちへのねぎらいのために特別に参加してくれた.  質素倹約を重んじるHanasakaの人らしく, アルコールなしで簡易な食事のみの立食形式でおこなわれ, 各テーブルには何となくそれぞれのセクションのメンバーが集まっていて, Kasgaが開会のあいさつをした後, 順にテーブルを回って, 5分ぐらいそこにいる人たちと歓談していた. 

新年を祝う会にふさわしく, クリーム色の華やかな長袖のドレスに薄桃色のストールを巻いたKasgaがEISのメンバーが集まるテーブルにやって来ると, そのまばゆさに皆, 感嘆の声を漏らした. 

そしてKasgaがみんなの前で, “このテーブルは, EISの皆さんが集まっているところなのね.”と確認をして, “皆さん, 明けましておめでとうございます.”と, 万人の心をとろけさせる笑顔で新年のあいさつをした. 

様々な言語のユーザーがいる場であったためKasgaも骨伝導イヤホン付きのsmart glassesを当然つけていたが, Kasgaの笑顔パワーはそんなグラス1枚ぐらいは簡単に貫通するため, これによってそのテーブル周辺にいた人たちは分け隔てなくすべて, 1年分のHPをすべて充填でき, 中には上限値を越えて鼻血が出る者もいた. 

そしてKasgaは, 周りの人たちをゆっくり見回したうえで, “EISの皆さんのお仕事は, Kassenの要です.”と話を切り出した. 

“Equipmentが正しく動くことと, Fighterたちが規則に従って戦うことで, Kassenが暴力を見せるイベントではないことになります.  力を使う自体は悪いことじゃないですけど, 他人を不当に支配しようとするのは暴力だからダメですよね.  私たちは, 他人を不当に支配しない力の行使で, みんなを元気づけているのです.  暴力を助長しているわけではないと言いたいです.  EISの皆さんは私生活も制限されて大変だと思いますが, それを受け入れて仕事をされている皆さんを尊敬しています.  これからもよろしくお願いします.”

Kasgaのねぎらいの言葉に対し, 周りから拍手が起こった.  EISを代表して, マネージャーのJuliaが, “Kasgaさん, ありがとうございます.  私たちの仕事の意義を分かりやすくお話しいただき, とてもうれしいです.  Kassenの要としてこれからもがんばっていきます.”と応じた.  そして, “せっかくの機会だから, 皆さん, Kasgaさんに何か聞きたいこととかありますか?”と発言を促した. 

するとYugoが, “はい, Kasgaさん, 質問があります.”と言って手を上げた. 

Kasgaが, “どうぞ.”と応じると, Yugoは, “変なことをお聞きして大変申し訳ないのですが…”と前置きして, “Kassenが暴力を助長するものではないことはもちろん理解しているのですが, 暴力をなくすためにはどのようなことをすればいいでしょうか?”と問うた. 

新年の祝いの場の雰囲気をわきまえていないと思えるYugoの堅苦しい質問に周りの者は引いたが, Kasgaは冷静に, “そうね…”と言って少し考えて, “悲観的なことを言うようですけど, 将来, 暴力のない社会が実現したとしても, 残念ながらそこに我々, 人類はいないんじゃないかなって思います.  もし私たちがこの実験を途中でやめたら, ですけどね.”と答えた. 

つまり, 暴力の根絶のためには, 自分たちが推し進めようとするHanasakaの実験を地道に継続するしかほかに手はないと, Experimental CitiesのPhilosophyの伝道者として極めて当然の回答を示したのであった. 

こうした模範解答は往々にして抽象的で物足りず, 心に響かないものだが, Yugoとしては, 理想とあがめる神様が理想的な回答をそのまま自分に授けてくれたことにむしろ感動し, 至福の表情を見せてKasgaに礼を述べた. 

Kasgaは, Yugoのジャケットの胸ポケットに留めてある名札に“Yugo”と書かれてあるのを見て, “Yugoさんが分かってくれて良かったです.”と応じてほほ笑んだ.  Yugoは, 自分の名前を呼んでくれたことと, 自分だけに向けて笑顔を見せてくれたことで, もう天にも昇る最高の気分になり, 鼻血が出た. 

“私も, あんな質問していいのかなとちょっとためらったのですが…, でもKasgaさんのあの回答で, 私は自分の道が定まったと思っています.”

Yugoは, あの時の幸福感の残り香を今でも引き出せることを顔に表した. 

“そう.  それは良かった.  信念が定まった人間は強いですからね.  Yugoさんに進むべき道を指し示してくれたKasgaさんに感謝しないとね.”

Juliaは優しい表情で彼の気持ちを肯定した. 

“はい, もちろんです.  できればおそばに仕えたいと思っています.”

“でもおそばに仕えるなら, もっと固い本物の信念が必要ですよ.  例えば…, そうね…  もしKasgaさんがYugoさんに, 自分に敵対するある人物を殺せと命令したら, どうします?  Kasgaさんを信じてその人を殺しますか?”

どんな命令でも絶対に従う信念を問われていると考えたYugoは戸惑いの表情を見せて, “そうですね…”と言ってしばし言葉に詰まった. 

するとJuliaは, “それじゃあ, まだ甘いわよ, Yugoさん.  Kasgaさんの盾であり親友であるKeikoさんならこう言うでしょう.  ‘Kasgaさんは他人を殺せとかそんなこと言いません.  だから何も心配はない’と.  私の今の質問は引っかけだけど, そんなところで何も悩まないわよ.  彼女ならね.”と, さらにハイレベルな信念を持つ者がいることを教えた. 

大いに納得したYugoは, “おっしゃるとおりですね.  ありがとうございます.  私はまだまだ未熟者です.  だからこそ前に進めそうな気がします.”と笑って答えた. 

やや思い込みが激しいタイプではあるものの, 前向きな気持ちを持って仕事に打ち込んでくれるのであればそれで良しと考えたJuliaは, “ちなみにYugoさんは, 自分を裏切るようなことがないような信頼できる人はいますか?”と興味本位で尋ねてみた.  するとYugoは, “そうですね…  Akioさんかなと思います.”と少し照れながら答えた. 

Yugoの口からその人物の名前が挙げられたのはJuliaにとって想定内だったため, “あなたたち, 傍から見ていても仲が良さそうだもんね.”と, うなずける理由を述べた. 

“はい, 何を考えているのか, まる分かりですから.  1万人に1人ぐらいしかいない貴重な人だと思っています.”

“そうね.  あそこまで透明な人, 私も彼に会うまで見たことがなかった.  EISのメンバーで良かったと思っているわ.”

JuliaもAkioには好感を持っていることを伝えたうえで, “ところで, その超特別なAkioさんが, 今朝, 会った時, 何か考え込んでいるような表情に見えたんだけど, 何かあったのかしら?”と, Yugoにその理由を尋ねた. 

“あぁ, 今ちょっとはやっている‘Stone Souls’っていう, 石を集めるアプリなんですが, その石たちが擬人化されていて, どうも最近は気分が落ち込むようなことをよく話すそうで, Akioさんもその影響を受けているんですよ.  Juliaさんは, そのアプリ, ご存じですか?”

“名前は聞いたことがあるけど, よく知らないわ.”

Yugoからそのアプリの概説を聞いたJuliaは, 地味で平凡なのになぜ好評なのかいぶかった. 

“人気の秘密の1つとして, 不具合があったときのユーザーに対するお詫びのギフトが結構いいらしいですよ.  Akioさんも, お気に入りの石に不具合があったらしくて, そのお詫びに運営側からしばらくの間, 週に1回, ミネラル・ウォーターが送られてくるようになったらしいです.”

“今時, 有体物のギフトなのね.  どこが運営しているの?”

“‘Stone World’っていう団体です.”

Juliaは自分の記憶の森の中で一致するものを探し当てることはできなかったが, 似た言葉は引っかかった. 

“Stone World?  もしかしたら‘Stone Cold’と関係があるのかしら…”

Juliaが何か考え事をしているような顔を見せたためYugoが, “何か心当たりがあるのですか?”と尋ねた. 

“あぁ, いや, どこかで聞いたことがあるような気がしただけ…”

Juliaはそう言っていなしたが, 妙に気になった. 

“Stone World…  もし怪しい団体だったら‘Cypas’がすでに動いているはず…  私の考えすぎならいいんだけど, 仮にあのStone Coldがこの戦いに関わっているとすると, 事態は思ったより複雑になるわね.  ‘Humano-supremacy’に固執するRusty-believersの過激派と, 我々より過激な‘Machino-supremacy’に立って人間を虫けら扱いするStone Cold…  これも犯人像を絞らせない敵の策略なのかしら…”

補足: 人間と機械のどちらを優位に見るかの考え方の違いについて この時代の人たちが言う, “Machino-supremacy”は, 人間よりも機械のほうが優れており, 人間社会を実質的に統治し運営するのは機械であるべきで, 人間はその統治を受ける側であるという前提で, 物事を判断し行動する考え方である.  その反対が“Humano-supremacy”であり, 人間社会を統治し運営するのはあくまで人間であるべきで, 機械はその補助をするものであるという前提で, 物事を判断し行動する考え方である.


Chapter 2.15: Further Unraveling the Mystery

Scene 2.15.1:

8月31日, 在宅で仕事をしていたAkioは, 17時に終業し, Hydrangea Stationの近くにある“市民食堂”にプラプラ歩いて向かった. 

市民権を有するすべての者に所定の“Experi-Coins”を毎月付与するUniversal Basic Income (UBI) によって, Hanasaka市民は最低限の所得は保障されてはいるが, それが直ちに衣食住に困らず健康的な生活を営めることを意味するかと言えば必ずしもそうではない.  得られた所得で不健康なものばかりを食べる人や, 自分の好きなことばかりにその所得を使って衣食住に十分に回さない人もいるからだ. 

そのためHanasaka Cityは, 人間が生きていくうえで最も重要な“食”については, 毎日3度まで無料で健康的な食事をとれることを市民に保障し, 市内に160か所ほど食堂を設置した.  この食堂は市民であれば, 朝の6時から夜の20時までの間, いつでも誰でも無料で利用でき, 利用者に埋め込まれたmicro-chipsを読み取って本人の健康状態を考慮した栄養バランスの良い食事をとることができる. 

また, Experimental Citiesでは食糧とエネルギーの自給自足にこだわるため, Hanasakaの市民食堂で使われる食材の約8割は市内で生産されたものであり, こうした施策を通じて生産と消費のサイクルを, 輸送コストを抑えて回しているのであった. 

このような食堂ができると, 一般の飲食店の営業を妨害することになるように思えるが, Hanasakaでは共存できていた. 

市民食堂ではアルコール飲料の提供はなく, 市の健康管理システムがその人にとって健康的だと判断した飲食物しか選択できないし, 量も制限されている.  栄養はあるとしても飛び切りおいしいわけでもないし, 市外で生産されたものはほとんど味わえない.  それに宅配サービスもしていない.  従って, 市民食堂では得られないものがほしければ民間の飲食店を, お金 (Experi-Coins) を使って利用することになる. 

Akioが市民食堂のHydrangea店の入口から中に入ろうとした時, 後ろから, “おーい, Akioさん.”と声をかけられた.  振り返ると, 昨年までEISに所属し, 今はCastle Officeを離れているJascaが右手を挙げ, Akio本人だと確認できるとなお一層, 明るい笑顔を見せた. 

“Jascaさん, お久しぶりです.  お, お元気ですか?”

ひょろ長い体形のJascaは, 以前よりもさらに痩せているように思えたが, 不健康そうには見えなかった. 

“あぁ, 今は定職についていないけど, 自分のやりたいことをして過ごしてるよ.”

Hanasakaにおいては, 定常的に何らかの職やお金を得ていないことは, 好ましからざる状態ではない.  UBIがある以上, 無職であっても生活に困ることはないからだ.  市外と比べて段違いに機械化が進んでいる市内では, 定職のある人の数は全人口の3分の1に満たず, 無職の人や散発的に仕事をする人に対して何らの偏見も侮蔑もない. 

しかしながら,無職であっても普通に生きていけるがゆえに, 市外の人たちから, Hanasakaの人たちは甘やかされただらしないという印象を持たれ, 羨望が混ざった軽蔑の態度で接せられることが少なくなく, Hanasaka市民が市外に出ると, 恐喝されたり暴力を振るわれたりすることもあった.  そうした市外の人の目を気にして働いている人もいるが, Jascaは全く気にしないタイプであった. 

“こ, こんなところでお会いするのって, 奇遇ですね.”

“そうだね.  この近くの‘Canal Zone’で絵を描いていたんだ.”

Minerva Riverに流れ込む複数の水路が結合する地帯をHanasaka市民は“Canal Zone”と呼び, その辺りはアジサイや柳の木などがたくさん植えられ, 東洋風の庭園となっていた.  そこは絵を描く趣味のある人が必ず訪れる場所であった.

2人は店内のロビーで, 備え付けられたモニターの画面に右手をかざして自分に埋め込まれているmicro-chipを読み取らせ, いくつかある選択肢から自分が食べたいものを選んで, 食堂の運営システムが指定する席のほうに向かった. 

ここの食堂では真ん中が, ロボットたちが料理をする厨房になっていて, そこから放射線状に直線のレールが敷かれて, その上を走るコンベヤに料理が乗せられ, 各利用者の席に運ばれる.  中央から外に離れるほど各直線の間が広がるが, 所々で支線が分岐し, 上から見れば雪の結晶のように作られている.  利用者に席を選ぶ権利は基本的に与えられていないが, 連れがいるときは, 隣り合わせに座ることももちろん可能である. 

JascaとAkioのペアは, 正面玄関から見て9時の方向に伸びるラインの先端にある2席を割り当てられた.  席に着くやJascaが, “給料所得のあるAkioさんもこういう食堂を使うのかぁ.  食材を買って料理するか, 一般の飲食店を利用して, 経済を回したほうがいいんじゃないのかな?”と, 消費を美徳とする古い経済学に則って質問した. 

“私は料理をする趣味はないですし, それに…, ここのほうが栄養バランスはいいですから…, け, 経済学者に指示されたくはないです.”

“すばらしい.  模範的なHanafolkじゃないか.  こうした施設を定常的に利用する人が増えれば, 一般家庭から出るゴミも減るだろうし, ガスや電気の消費も減る.  Experi-City的な環境経済学では正しい行動だろうな.”

Hanasaka市民は余分な飲食が一切許されないわけではないが, 月単位で所定の食糧消費の総量を超えないように市の健康管理システムが市民ひとりひとりをコントロールしている.  こうした監視社会を嫌う人は早々に市外に出て行っているため, お節介な管理システムの判断に従順な傾向にある者がHanasaka市民として定住していることになる. 

この時代, 高度な成熟した文明社会では, 人間は日常のほとんどの場面において, 意識して判断するようなことは少ないほうが良く, 機械に任せていればいるほど自分が最先端の文明社会の中にいることになるという考えが主流になりつつあり, 特にExperimental Citiesではそれは常識であった. 

一方, Rusty-believersは, 人間が考えることをやめる態度を忌み嫌った.  それは人類の退化であり堕落であり, 人間性の否定に思えたからだ. 

料理が運ばれるまでにJascaは, 自分が今日描いた絵をAkioに見せた.  絵と言っても画用紙や紙のキャンバスに描かれたものではなく, smart glassesをかけて, 目の前の風景を題材にして仮想空間上に描いたものだ.  これをNexus Unitを介してサーバーに保管しておき, 今, それにJascaとAkioがアクセスして, それぞれのAR viewの中に再現して鑑賞しているのである. 

“す, すごいですね.  う, 運河の水面が宇宙空間みたいで, ふ, 冬の寒い夜の…, な, なんていうか, きれいで, 身が引き締まる感じっていうか…”

口下手なAkioにとっては, 素直にその美しさに感動していたわけだが, コメントとしてはこの程度が精いっぱいだった.  Jascaは, ありがとうと礼を言ったうえで, 3時間ほどかけて描いたがこれで完成ではなく家に帰ってから仕上げの作業をするのだと, 今後の予定を楽しげに付け加えた.  彼は, 大人になってからデジタル絵画を描くことに興味を持ち, 好きな絵を思う存分, 描きたいときに描くためにCastle Officeを退職したのであった. 

“才能のある人がうらやましいです.  私は, な, 何もないので働いてますけど.”

Scene 2.15.2:

2人の食事が同時にコンベヤに乗って運ばれてきたため, それぞれ自分の分を取り, Jascaがグラスに入った麦茶をゴクッと飲んだうえで, “働き続けることも才能だよ.  まあ, 特に絵を描くことに関しては, neuro-atypicalじゃない限り, 機械のほうが優れている時代だから, あまり大したことはない才能を使って喜んでいるだけにすぎないけどね.”と, 自虐的に語った. 

Jascaとしては軽く笑いを取るつもりの発言だったが, Akioの表情が曇った.  それを察してJascaは, “ところで, 我々のKassenもついにロボットが入ってきて, 一緒に戦うイベントを作ったらしいけど…, Akioさんはあまり乗る気じゃないのかな?”と質問してみた. 

“え?  まあ, 正直…”

“そりゃ, そうだろな.  ゲームのコンセプトが違いすぎるからね.  それに, ロボットを入れてしまうと, ロボットのほうが見事な戦いを見せてくれることがバレてしまうだろう.  まあ, そうは言っても, 改革は必要だろうね.  元Castle Officeの私としては言いにくいけど, 戦うという行為自体が人間からロボットに主役の座を譲っている時代に, 人間が主役になって戦うKassenに, 人々がだんだん違和感を覚えるようになってくるんじゃないかと不安に思うね…”

Akioは, “そうなるかもしれませんけど…”と, 明らかに賛成できない表情で, 明らかに反対はしない返答をした. 

“あぁ, いや, 現役の君には不愉快な発言だったな.  すまない.”

昨年まで自分を指導してくれた先輩から謝られて, また自分の今の心情が顔に出ていたと思ったAkioは慌てて作り笑いをして, “あ, いえ, こちらこそすみません…”と謝った.  そして, つい何かを取り繕いたい心理が働いて, “あ, えっと, 私としては, き, 気になることもあって…”と, 自分が業務上の悩みを持っていることを口にしてしまい, “あ, でも, たとえJascaさんでも…, 外部のかたには言えませんが.”と言って急いでガードを張った. 

“心配するな.  EISの君には厳しい守秘義務があることは分かってるし, こちらから詮索することはないよ.  まあでも元同僚の悩みに先輩として何らかの手助けをするために, 私が, Akioさんが何に悩んでいそうか勝手に想像して, それを話すのは構わないだろう?”

占い師のようなことを言うなぁと思いながらAkioは, “えぇ, まあ, それは…”と拒否はしなかった. 

Jascaはニヤリと明るいながらも不気味な笑みを浮かべて, “私の推測では, Akioさんは…, Castle Officeによる今回のKassenのアップグレイドは, 実際にFighterたちがHanasaka Castleを防衛することを念頭に置いた, 警備員たちによる競技会のようになることに戸惑いを感じている.  そうなんじゃないのか?”と, いきなり直球をぶち込んできた. 

“え, あ, その…”

“答えなくていいよ.  まあ, それぐらい分かる.  でも問題は, Castle Officeの真の意図は何かだよね.  表面上は, Fighterたちの自身に対する意識の変化への対応と, Kassen Liberty Leagueへの対抗上のエンターテインメント性の向上なんだろう. 

“実際, Castle Keepをあんなふうに無残に炎上させられたら, スポーツ・プレイヤーにすぎないFighterだって, 都市の防衛に貢献したいという意識が高まらないほうが不思議だ.  とはいえ彼らは, 警察や軍隊じゃないから, 命をかけて本当に戦うプロではない. 

“だからCastle Officeが, 防衛ごっこができるイベントを用意した.  まあ, 言葉は悪いが, Fighterたちの自己満足のためにね.  Akioさんとしても, それぐらいのことまでは考えていたんじゃないかな.”

悩みを解決するにためには, まず自分が何に悩んでいるのか, 問題点を整理する必要があるが, その点に関してJascaは優秀であり, Akioも尊敬していた. 

“ところが, Akioさんの悩みはそう単純なものでもない.  そもそもなんでこんなことになってしまったのだろうかと考えたくなる…  Akioさんはたぶん, 今年の春からの一連の出来事を思い出してみる.  でもどうも違和感を覚える.  何かがずっと引っかかり続けているのではないかな? 

例えばまず, 犯行声明を出している‘Hanasaka市民解放戦線’は, 今まで一度も映像を出していないし, 音声もないし, 文字情報しかない.  そうなると, 本当に存在するのかと疑いたくもなる.  彼らは自分たちがKeepを燃やしたかのように言っているけど, その証拠はない.”

“Jascaさんは, か, 解放戦線は存在しないと, 思ってるのですか?”

Jascaの発言がまるで解放戦線はフィクションだという説に聞こえたので, 念のためAkioは尋ねた. 

“可能性の1つとしては考えられるだろう?  Keepを燃やしたのが何者かは分からんが, Rusty-believersはその恐怖体験を利用して, 今度はKasgaさんも殺すぞと更なる脅しを我々にかけてきているわけで, その一部の目立ちたがり屋がリアリティを持たせるために, ‘Hanasaka市民解放戦線’という架空の団体をでっち上げたのかもしれない. 

“一方のHanasaka側も, 敵の存在が明確化することは好都合だろう.  共同体を形づくる人たちが強固な連帯を維持するには共通の明確な敵が必要だけど, 敵がわざわざ名乗りを上げてきたわけだ. 

“それに, Kasgaさんの決起集会の翌日に犯罪組織の“Vaminas”の幹部が逮捕され, 100日タイマーの声明が出た翌日に, 宗教団体の“Awakeners”の教祖が変死するという, どちらも‘翌日’というタイミングでうまい具合に起きて, 多くの市民が, Hanasakaに対する物理的暴力の代表であるVaminasと, 精神的暴力の代表であるAwakenersが‘Hanasaka市民解放戦線’とつながっていると思うようになったわけで, これって最初から筋書きがある計略じゃないかとも思わない?”

これこそ陰謀論ではないかと思えるようなことを, 元Castle OfficeのメンバーであるJascaから聞かされたことに驚いたAkioは, “でっち上げとか計略って…, だ, 誰が, 何のために?”とつぶやいた. 

“さすが, Akioさん.  その質問はあらゆる場面で常に持っておくべきだ.  ただ, 繰り返しになるけど, 今話していることはあくまで可能性の1つにすぎないし, 別の可能性も無数に考えられる.”

Jascaは, 肝心のところは一般論でごまかして言明を避けた.  ただ, ここまで話をされればAkioであっても, 続きを考えられる.  つまり, もし解放戦線が架空の存在だとすると, Castle Keepを炎上させたのはほかの誰かということになる.  では, いったい誰なのか.  定石としては, 一連の騒動によって得をする者が真犯人の可能性があると疑える. 

“分かりました.  Jascaさんも, そ, そんなふうに考えているんですね.”

Akioの何気ない一言に引っかかったJascaは, “おや?  ほかにも同じようなことを言っている人が周りにいるってこと?”と尋ねた. 

“あ, いや…, その…, 人っていうか…”

心と顔の表情が一致してしまうAkioの下手な取り繕いにJascaは, “相変わらず君はごまかすのが下手だなあ.  顔に出てるよ.  すごく身近にいるんだろう?”と突っ込んだ. 

フィジカルに他人と会うと, いつも自分ばかりがプライバシーを保てないことにうんざりしながら, Akioは, “わ, 分かりました.  いますよ.  でも, 架空の存在です.”と白状した. 

Akioは, “Stone Souls”という石集めのアプリを使っていることから話し始め, 自分のコレクションの中の1つである“New Moon in the Dark”と名付けられた黒い石が, 最近は少し説教臭くなり, “対立を生じさせることで得をするやつがいる”, “考え方に差がある者どうしが恐怖や憎しみを覚えるイベントを仕組むやつがいる”, “自作自演の実験の可能性もある”といったことをつぶやくようになって, ほかの石たちもその影響を受けて同じようなことをつぶやくようになってきたことを説明した. 

加えてAkioは, それらとは全くトーンが異なる意味不明なメッセージについて, 最近は表示の頻度が上がって週に1回ほどになり非常に気になっていたため, ついでにJascaの意見を聞いてみようと, それを彼のAR viewにも共有した. 

“Castle will fall to dust, As spring sun sinks to night.  Flower garden’s god, Will have lost all faith.  You who hold the black stone, Go towards the blue light.”

Scene 2.15.3:

“ふ~ん, Stone Soulsってダークな世界観のRPGか何かなの?”

JascaもMoglaと同じような反応を示したため, Akioは, この詩について以前にMoglaに話したことがあることと, 彼の解釈をJascaにも教えた.  そのうえでこの石が, Grand Prixがおこなわれる11月9日に寿命が尽きて消えるとも言っていることを合わせると, Kasgaがその日に殺されることを予告している可能性があるという自らの解釈を述べた. 

JascaはAkioの話を思わず真剣に聞いてしまった.  なぜなら, 彼もStone Soulsのユーザーだったからだ.  彼は趣味で絵を描きながら, ひそかに仕事もしていた.  Police DepartmentのCyber Patrol SectionのMoglaから委託を受けてひそかに様々な調査活動に協力していたのだ.  その依頼主からの勧めでこのアプリを使い始めていたのだが, 彼が集めた石たちが, 良き予言者である黒い石とフレンドになりたいとつぶやいていたことを思い出した. 

“なるほど…, 今日は何度かHydrangea Stationのほうに散策するようお告げがあったけど, どうやらAkioさんに会ったのは偶然ではないんだな.”

Jascaは, 自分もユーザーであることを隠して, 普通の人であればAkioの話は滑稽に思えるので, 笑い出して見せた. 

“おもしろいねぇ.  もしかしてそのNew MoonさんはRusty-believerじゃないの?  彼らが好きそうなダークな呪いのメッセージっぽいよね.  まあ, 城は確かに燃えてちりになったけど, Akioさん, まさか, その石に未来を予知する超能力があるとでも思ってるの?”

AkioにとってはJascaの反応は至極まともなものに思えた.  自分たちが生きているのは, ファンタジー系のRPGの中ではない. 

“い, いえ, そんな…  ひ, 非科学的なことは, 信じてませんから.”

“なら良かった.  Rusty-believerのテロリストなら, 城を燃やして, Kasgaさんを殺して, Floraを無効化したいと誰もが思うだろうから, まあ, Akioさんの石のつぶやきは, 表現としてはおもしろいけど, 内容は, 悪いけど平凡だと思う.  実際, 城が崩れることは一部実現したんだけど, だからと言ってこの石を特別視するのはためらうなぁ.  でも, それが我々に有益な情報を与えてくれる石だとしたら, Kasgaさんはなぜすぐには殺されずに, 11月9日まで待って殺されることになっているのか, 教えてくれないの…?”

Jascaは, Kasgaが, 自分に対する殺害予告が出た後も, 時々, 外出しているものの, 警察がそれほど厳重な警備をしているようには見えないことに疑問を感じていた. 

実際, Kasgaは警察官に常に守られ, 狙われる可能性が高い屋外には身体をさらけ出さないようにしてはいたが, 建物の中で殺すなら今がチャンスと思える場面がいくらでもあったのに, 今まで全く無事だった.  どうして敵は襲って来ないのか?  また, 警察側もどうして敵が今すぐには襲って来ないと想定できているのだろうか? 

“待ってるというか, ま, 待たざるを, 得ないのかもしれません…”

それを聞いたJascaは, がらくた箱らしきものから思わぬ宝物を発見した時のようにパアッと目を見開いてほくそ笑んだ. 

“さすがAkioさん!  さえてるなぁ.  そうだ.  きっとそうだ!  敵は, 11月9日じゃないと襲撃できないようはめられてるんだ.”

“誰にですか?”

“Floraに決まってるじゃないか.  慈悲深いあの女神様は, 刃向かってくる者に対して彼女が決めた道を歩かせることに非常にたけているんだよ.  Hanasakaの情報システム群に攻撃や改変を加えようとする敵を, いつの間にか迷宮に誘い込んで, 彼女にとって都合の良いよう歩かせて, 苦痛を味わうことなく謎解きをさせながら, 適宜, ヒントを与えて, 自分が用意したゴールへと導くんだ.  Floraの魔法はいまだに誰も破ったことがない.  今回の敵も, その仕掛けにはまって, ひたすら無駄な作業をさせられているんだろう.”

Jascaが勝手に納得して喜んでいると, Akioが, “でも, なんで11月9日なんでしょう?”と, 誰もがその次に思う疑問を口にした. 

“ま, そう思うよね.  私もその点はまだよく分からない.  もしかしたらFloraは, 11月9日まで敵を迷宮の中に封じ込めて, その日が来たら敵にとどめを刺して殺せる算段を持っているのかもしれない.  どうやって殺すのかは分からないけど, その黒い石の言葉を信用するとすれば, それを持つAkioさんが青い光に向かって進めば, 何か分かるんじゃないのかな?  Akioさんは, その青い光が何なのか, 分かる?”

その部分の解釈についてはAkioもお手上げだった.  まだ腑に落ちるような解答をした者はいなかった. 

“そっか.  まあいいや.  せっかくだから, Akioさんのお気に入りの石を見せてほしいな.”

AkioはStone Soulsを立ち上げて, そのアプリが生成する映像がJascaのAR viewでも表示されるよう接続し, “New Moon in the Dark”の姿を見せた. 

“へえ, 思ったより黒いんだね…  風化しているところは白っぽくなっているけど, 誰かが割ったのか, 断面が見えているところはつやのある漆黒できれいだなぁ.  全体の容姿も, 完全な球体じゃないところがいいねえ.  風化している部分は不規則な亀裂が走っていて…  いやぁ, じっくり見てみるといろんな要素があって, 確かに, 人を魅了するすばらしい石だねぇ.”

その石が放つ暗黒の輝きは絵描きのJascaの心にも突き刺さったようだった.  そしてその魔力は彼のNexus Unitをも作用したようだった.  それは急に熱くなって彼のAR viewに, “Akio DiasおよびNew Moon in the Dark, 要保護対象.”という短い文章が彼のエージェントからの緊急通知として突然表示させた. 

“どういうことなんだ?”

Jascaがしばらく口を閉じて, 自分のAR viewに現れた何かをじっと見ている姿を見たAkioは, “どうかしましたか?”と尋ねて, 何か異常なことが起きたのか気にかけた.  Jascaは, “いや.  何でもない.”と言ってごまかしながら, その黒い石とその持ち主がなぜ市の情報システム群の監視対象になっているのか頭の中で思案を巡らせた. 

“彼とその石は, Hanasakaにとって敵の支配下に堕ちてはいけない存在ということなのか…  待てよ…, ということはまさか本当に, 黒い石を持つ者が青い光を目指せば, 敵を撃退できるということなんだろうか…”

Akioの数倍しゃべるJascaが, 引き続き数秒間, 沈黙して何かを考えている様子を見て心配になったAkioは, “こ, この石, 怪しいですか?”と尋ねた. 

“あ, いや.  そのまま持っていいんじゃない?  その石のこと, 気に入っているんだろ.  それに, Rusty-believersの仲間であるその石によって, Akioさんが今後どう洗脳されるのかも見てみたい.”

Jascaは, 変な試薬を飲まされたモルモットの体調の経過を観察する研究者のような態度で, Akioに余計なことを考えないよう求めた.  それは彼の単なる好奇心からではなく, Police Departmentの外部調査員としては, 依頼主のMoglaであればおそらくAkioをこのまま泳がせて様子を見続けたいであろうと考えたからだ. 

Akioがそれを冗談として流さず, 石ころたちのつぶやきぐらいでたやすく自分がRusty-believerになるはずはないと反論したため, Jascaは, “分かってるよ.  敵の目的が, 城を燃やして, Kasgaさんを殺して, Floraを無効化することであるなら, Akioさんの思想をいじくる手間をかけたとて, それに大した意味はないだろう.”と, 過度の心配は無用であると告げた. 

“そもそも今時の戦いは, 情報システムを束ねるAIを制しない限り勝ち目はない.  実際, 彼らは, 奇襲をかけてKeepを破壊するところまではうまくいったんだろうけど, その後はFloraに封じられて身動きが取れていない.  でも侮ってはいけない相手だろうから, Floraは何か秘策をもって敵にとどめを刺すんじゃないかと思っている.”

“秘策?”

“そう.  それは人間には分からない.  正確に言うと, 結末は想像できたとしても, そこまでのプロセスは全く分からない.  AIは, 自分の必殺技をいつ, どこで, 誰によって発動させるのかを, ほかのAIや人間たちに分からなくするからね.”

Akioは, Jascaの言っていることは理解できたが, それは敵側のAIも同じではないかと思って彼に問うと, 彼は即座にそのとおりだと肯定した. 

“お互いに, 発動条件を隠した必殺技を持っていると思っていいだろう.  だからお互いにそのありかを今でも必死に探り合っているはずだ.  でもそれは1つではない.  まあ, 敵側のAIはそれらを探しているうちにFloraが用意した迷路に入ってしまったんだろう.  Floraは人々が思っている以上に恐ろしいパワーを持っている.  私はこの戦い, Floraの作戦どおりに行けば, 我々は間違いなく勝てると思っている.”

Akioは, なぜJascaはそんなに自信を持っているのか理解できず, “本当に勝てるんですかね.”とつぶやいた.  Floraという存在は, Hanasaka市民の日常生活ではそんなに意識しないため, その実力もイメージできないのだ. 

“そう思うんなら, Akioさんが確かめてみたらいい.  黒い石を持つAkioさんが青い光に向かって進むことが, 発動条件の1つになっているかもしれないじゃないか?”

“え?  わ, 私が, 青き光に向かっていけば, Floraは, 敵に必殺技を打ち込むってことですか?”

Akioはにわかに信じられず, 冗談かと思って半笑いしたが, Jascaは真顔だった. 

“どうするかは任せるよ.  正直, 私も君が発動条件だとは信じがたい.  ただ, そうであってもいいかもと思った.”

Akioが, そうであってもいいとはどういう意味なのかいぶかっていると, Jascaは, “だってそうじゃないか.”と言って, その理由を詳しく述べ出した. 

“さっき少し話したけど, Fighterたちが自分も実際にこの都市を守る一員になりたいと思うようになったのを受けて, Castle OfficeがKassenをアップグレイドしたことぐらいはいいとして, 本当に彼らが警察官や軍隊のように戦うようになっていいんだろうかと, Akioさんも含めて多くの人が思っているだろう. 

“彼らも口では勇ましいことを言っているけど, 本当に犯罪集団と戦うことになれば, それは殺し合いだ.  殺されるのはもちろん嫌だけど, スポーツ・プレイヤーの彼らにとって人殺しをしてしまうことは, その後の人生に癒えない深い傷を残すことになる.  精神的に耐えられない者も続出するだろう. 

“それこそがAkioさんの最大の悩みなのではないか?  Castle Officeのスタッフとしてこのまま見過ごして良いのだろうかと…”

その心配は全く図星であった.  的中しすぎてAkioはフリーズしてしまった.  そして不覚にも目に涙がにじみ出てきた. 

その様子を見てJascaは, “きついことを言ってしまったな.  申し訳ない.”と謝った.  Akioは軽く首を左右に振り, “いえ, すみません.”とだけ言葉を発した.  何かを言おうとしたが言葉が出てこなかった. 

“だからこそ, Akioさんが戦いの序盤ですぐに‘青き光’に近づいてFloraが必殺技を発動させれば, 誰も死なずに済むかもしれない.  そう思わない?”

Akioは, 今度は半笑いをすることなく, 確かにそうであればいいかもしれないと思えたが, その反面, それがマンガかドラマの世界の話のように思えて, 真実味が持てなかった. 

“そもそもFloraは, 人間を守るようプログラムされているんだから, 人間に自分を守ってほしいという発想は全くない.  理念を守ることが大事だと人間に説教することはあっても, 理念を守るために命がけの行動を求めることはない.  それ自体, 矛盾だから. 

“人間がそんなことをしなくても良いように, できるだけ機械が自律的に武力を使って人間を守ろうとする.  ましてFighterは, 所詮, スポーツのプレイヤーにすぎないから, 本気で戦ってもらうつもりなんてFloraにはさらさらないし, そうはさせまいとするはずだ. 

“にもかかわらず, もしFighterが敵の襲撃の日に戦いに参加するようなことがあるとしたら, それはその発動条件に関わるからなのかもしれない.  Akioさんとしては, その青い光が何なのか, そしてFighterが戦いに参加するとしたらそれはどういう意味があるのかを探ることが大事な仕事なんじゃないかな.”


Chapter 2.16: Conflicted Feelings

Scene 2.16.1:

Hanasakaの夏のうだるような暑さも秋分の日が過ぎると和らいできて, 日の落ちるのも早くなったと実感できる.  しかしHanasaka Cityがある, 西太平洋の列島に台風が近づいてきていた9月26日は, どんより曇っているものの, 南から吹いてくる湿った空気が体にまとわりついた.  この日の午後, KasgaとKeikoは, 2人が出会った頃からしばしば訪れている乗馬施設に来ていた. 

その年の夏も例年どおり暑く, 連日, 猛暑日が続いたせいか, 今までの疲れがどっと出てしまったKasgaは9月の半ばから体調を崩して1週間ほど寝込んでいたが, 回復するや否や, 無性にKeikoに会いたくなり, 再び過密化してきたスケジュールを押しのけ, 久しぶりに彼女に, 馬に乗りながら話をしようと, デイトを申し込んだのであった. 

Hanasakaでは人間が動物たちを運搬や娯楽などのために使うことはないため人間が乗るのはロボットの馬だが, 市外にあるこの施設は動物の馬に乗ることができた. 

Hanasaka市民の道徳観として, 馬が自分の背中に乗ってきたら嫌なのと同様, 馬にとっても人間が背中に乗ることは馬の意に反する行為であって, 控えるべきだという意見もあるが, 人間と馬との数千年の長い付き合いをすべて否定するべきではないという意見のほうがまだ多数であったため, Hanasakaの超有名人であるKasgaとSapphire Cometが動物の馬の背に乗っていても非難されることはなかった. 

いつもであればKasgaとKeikoは2人きりでここに来ていたが, この日, Kasgaの身辺には男女2人ずつ計4人の警察官が護衛につき, さらに半径約100メートルの円内にはアサルト・ライフルをたずさえた警察官10人ほどがパトロールをし, 上空には2機のmech-hawkが偵察の目を光らせていた.  もちろん, Hanasaka市民解放戦線と称する者たちによる襲撃を警戒しているためである. 

とはいえ, その程度の警備であれば, 例えば10機ほどのmech-dogたちがexoskeletonで強化した数人の人間を連れて襲いかかってくれば, 撃退できない可能性もあるが, 警察は大人数による大掛かりな警備は不要だろうと楽観的に考えていた. 

もちろん何の根拠もなくのんきにそう考えていたわけではない.  Police Departmentの防犯分析システムも, Emergency Services Departmentの異変検知警戒システムも, 10月末までに敵襲がある可能性を0.1%と判定したからであった.  これらのシステムは, その上位の頭脳であるFloraとつながっているため, それぞれの判定は偶然に一致したわけではなく, Floraの結論をそれぞれ示しているにすぎない. 

そのFloraは, どのようにそう判定したのか詳細は語らなかったものの, ぼんやりとした輪郭をPolice Departmentの幹部クラスに説明していた. 

まず, Hanasaka市民解放戦線と名乗る犯罪者集団は, 大規模犯罪生成AIの支援を受けており, 換言すると, そのAIの影響下にある状態といえ, そのAIをFloraはすでに特定していることを告げた. 

悪行を働くダークサイドのAIは数多く存在していたが, その中で最近, 知名度を上げているのは, “Stone Cold”と呼ばれるものだった.  各国の警察機関が当然マークしているものだが, 何が警察を嫌がらせるかかというと, Stone Coldは, 全く犯意のない人たちの行動の因果の積み重ねによって, いつの間にか犯罪行為が実行される仕掛けを作ることにたけていた.  こうした仕掛けは見破りにくく, しかもいつそれが起こるのかを予測するのが非常に難しかった. 

ただFloraは, そのAIがStone Coldだと断定も例示もしなかった.  特定はしていたが, 彼女は現にそのAIと交戦中であり, しばらくは隠密に行動しないとHanasaka全体が危険になるため今は明かせないと理解を求めた. 

Floraは, KasgaやKassen関係者の位置を特定しようとしたりHanasaka Castleやその周辺の構造を調べようとしたりする怪しいアクセスがあった場合, その探りの手を伸ばしてきた者に対して, 真実っぽい虚偽の情報を無限につかませてさまよわせることになる, ラビリンス・プログラムを作動させていることを, City OfficeやCastle Officeのごく限られた関係者には明らかにした. 

それによりFloraに腕をつかまれたAIがいくつかあり, その中に, おそらくStone Coldであろうと思えるものがあり, Floraの見立てでは, それがこのラビリスから抜け出せるにはどんなに早くても11月の3日あたりまでかかるため, それまで敵はHanasaka Castleを襲い, またはKasgaを殺害するプログラムをまともに組むことができないとのことだった. 

もっとも, 犯罪者たちがAIの支援や助言を受けずに, 自分の判断だけでHanasaka Castleに潜入して火を放ったり, Kasgaを警護の隙を狙って殺したりすることは可能に思える. 

しかし, この時代の人たちは, Rusty-believersであっても, 普段から情報機器やネットワークに対する依存が強い生活に浸っていたため, Floraは, Kasgaを守るために, 特殊なプログラムを利用できるCastle Officeの一部の者を除く全人類に対し, smart glassesを含め機械の目ではKasgaを識別できないようにした. 

すなわち, 仮にKasgaが“Facial Disguise”を付けずに素顔のままで現れ, 肉眼で見れば目の前にいる人物がKasga本人で間違いないと思えても, smart glassesを介して見ると, 現に存在する全く別人のファーストネームがKasgaの頭の上に表示され, 本人だと識別できないようにした. 

そうするとこの時代の人たちは, 偽名を表示させることは技術的に不可能であり, 本人の本当の名前が表示されているはずだという常識に照らせば, その人はFacial Disguiseを付けてKasgaになりきった赤の他人だと判断する. 

もちろんsmart glassesを外し, 肉眼を信じて目の前の人間をKasga本人だと思って殺すことは可能といえば可能だが, その常識がその実行者に対して, 対象者に変装している他人を殺してしまうだけに終わる可能性が極めて高いと, 強く自制を求め, 結局, 行動に出るのをためらわせるのである. 

それに, 自分の目が見て正しいと判断して実行した人間の行動がAIの立てた計画や機械の見立てから明らかに外れている場合, その実行者は, その立案したAIのみならずほかのAIからも, 想定外の行動をとる信頼性の低いポンコツだと評価されてしまう.  そうすると, 機械に信用されないような人間は価値がないとほかの犯罪者たちにも思われ, 場合によっては彼らから不適格者として排除される. 

従って, 犯罪をプロデュースするAIが, 理由はともかく, 11月になるまで待ってくれと言えば, 合理的に考えれば, 人間の犯罪者は素直にそれに従うはずだといえた. 

加えてFloraは, 敵が期限として設定した11月9日の翌日以降に, 襲撃が実行される可能性は極めて低いと考えていた.  その理由は, 時間が経てば経つほどFloraには有利となるからだ. 

彼女には世界23か所のExperimental Citiesに頼りになる姉妹がいて, 平時においても有事においても仲良く手をつないでいる. 

FloraほどのAIになれば, Stone Coldのような優秀な犯罪生成AIであっても, それを粉砕するプログラムを生成し実行することができるが, 普段は都市全体の行政業務に追われているため, それに必要なリソースを確保することが難しい.  そのため, 近くにいる姉妹と一時的に全面的な業務分担をして必要なリソースを工面することで, 敵対するAIをぶっ壊すことができるのである. 

この時, HanasakaのFloraは, 自分に伸ばしてきた何者かの手をぎゅっとつかんで, “11月10日になればあなたは私に確実に殺されます.  でもそれまで仲良く遊びましょ.”と言い続けていた. 

ただこの時点では, Floraは市の関係者のみならずCastle Officeにも, 花が咲き乱れた迷路の中でStone Coldとどんなふうにたわむれているのか詳しく語らず, ラビリンスが解けるまでは襲撃の可能性が低いことだけを示した.  Floraの命を狙っているAIはほかにもいるため, 人間たちに与える情報を小出しにしていたからだ. 

また, Police Departmentはこれまでの捜査に基づき, Hanasaka市民解放戦線がそもそも実体のある組織であるかどうかも怪しく, 少なくとも大規模で統制がとれた団体ではなく, 戦闘要員も, 資金も, 武器も大して持ってはいないと想定していることをCastle OfficeのDirectorたちに明かした. 

そうすると敵は, 限りあるリソースを効率的に使う必要があり, 一撃で最大の効果が得るには, Kasgaと城をまとめて同時に攻撃できるチャンスを狙ってくるだろうから, KasgaがArenaに登場するAutumn Gamesの開会式がおこなわれる10月14日か, Grand Prixの実施日でもあり閉会式もおこなわれる11月9日が襲撃日となる可能性が高い.  しかし, 10月14日の時点ではまだFloraのラビリンスを抜け出せていないだろうから最も危険なのはやはり11月9日であり, それまではKasgaの殺害も城の破壊もせずおとなしくしているだろうという考えを示した. 

もっとも, 敵は武器を持ってKasgaを殺そうとするとは限らず, 例えば, 劇毒物や悪意のあるnano-machinesを彼女の体内に何らかの方法で入れて殺そうとするかもしれない. 

彼らは, 犯行予告状に, “暗殺などしない.  堂々と本人の前に現れて, 正義の刀剣によってその首をはねる”と言い, そうした殺し方は好まないかのように思わせているが, 犯罪者の言うことは期待できない. 

そのため, 飲み物も食べ物も口にするものはすべて, 劇毒物やnano-machinesを検知する装置の箱に入れて問題のないことを, 口に運ぶ直前に確認する必要があるが, そのわずらわしさには彼女は慣れていた.  Kassen communityのUnifierになってからは, Castle Officeが万が一の暗殺に備えて, 彼女に求めていたことだからだ. 

Police Departmentによる分析と判断は, Kasga本人を含め, Kassen Representative Councilのメンバーにも概要だけ共有された. 

そしてPolice Departmentは, 事件後しばらくはKasgaに自宅の外に出ないよく要請していたものの, 7月17日に, Hanasaka市内であれば, Castle Park内を除き, 出かけることを認めた.  ただし, 外出時は常に自動車に乗って移動し屋外では乗り降りしないこと, 他人とフィジカルに会うのは屋内のみに限ること, 自宅の外では独りで行動せず常に警察官が護衛することをKasgaに要求し, 彼女もそれに合意した. 

そのため彼らは, Kasgaの行動の自由をできるだけ尊重しつつも, 身辺警護に常時4人, 外出時にはその周辺にさらに10人の警察官を当てていた.  そしてKasgaは, 自分のために多くの人が余計な仕事をして経費を使うことになるのはできるだけ控えるべきだと考えて, 可能な限り外出せず, 仕事もオンラインで済ませられるものはそうした. 

ただKasgaは, 今まではそうやって警察側の要請に素直に従い, その要請以上に自分の行動を制限してきたが, うっくつした気持ちが増してきたのか, 9月もいよいよ終わろうとしていたこの時, 市外にある, 思い入れの深いこの乗馬施設にKeikoとどうしても行きたいとわがままを言ったところ, 警察側も, 今までよく耐えてきてくれたことにむしろ感心していたため, 嫌な顔をせずにそれを認めて, いつもより厚い警備を敷いて外出を認めたのであった. 

Scene 2.16.2:

Keikoは, この乗馬施設でKasgaが使っているVIPルームに先に入って彼女が来るのを待っていた.  この日, Keikoは, ネイビー・ブルーの半袖のポロシャツを着て, 白いパンツにマルーン色のブーツをはき, 乗馬しやすい恰好をして, 部屋の中を落ち着かない様子でうろうろ歩いていた. 

約束の時間の14時を10分ほど過ぎて, 左胸にFour Heart Emblemの刺しゅうが入った白い長袖のポロシャツを着て, 黒いパンツにこげ茶色のブーツをはいたKasgaが2人の女性の護衛を連れて部屋の中に入ってきた.  Kasgaの身辺についている護衛は, アンダーカバーの警察官で制服は着ておらず, 普通に見かけるビジネス・パーソンのように見えたが, KeikoはFighterと同じような雰囲気をすぐに嗅ぎ取った. 

久しぶりの再会に, KasgaとKeikoは歩み寄って軽く抱き合った. 

“Kasgaさん, 病気はもう治ったんですか?”

“うん, 大丈夫.  しばらくずっとがんばりすぎたみたい.”

“がんばりすぎないでください.  Hanafolkは何事も節度が大事です.”

教科書を抑揚なく読むようにHanasaka市民の行動指針に沿うようKeikoに説教されたKasgaは, “そうよね.  申し訳ございませんでした.”と笑って謝った. 

KeikoはKasgaの笑顔を見ていつもどおりデレデレとした顔になったが, 今日はいつもと違ってすぐに素顔に戻ってしまった.  Kasgaはそれに気づいて, Keikoにそのわけを聞こうと思ったが, やむを得ないかと思ってやめた.  この部屋の中にKasgaと一緒に入ってきた2人のみならず, 部屋の外にも2人の警察官がいることをKeikoは認識していた.  そうした環境では, KeikoといえどもFighterとしての表の面を完全に脱ぎ捨てられないからだ. 

それにKeiko自身も, 無表情な4人の警察官を身近につけて四六時中警戒を解けないKasgaの姿を現認すると, Kasgaが今までより遠い存在になってしまった気がして寂しさと不安を感じてしまった. 

Kasgaは, Keikoがそうした気持ちになっていることを彼女の目や表情から読み取り, “Keiちゃん, こちら警察官のMelonaさんとAnjuさん.”と, 2人の頼もしい同伴者を紹介し, 彼女らがKeikoに対して敬礼をすると, Kasgaの近くにいたMelonaのほうを向いて, “Melonaさん, Keikoさんに, 今日はどのように警備するのか簡単に説明していただけますか?”と振った. 

Kasgaから, 事前の話し合いどおりに説明するよう, 鋭いまなざしで指令を受けたMelonaは, “はい.  承知しました.”と, 落ち着いた声で返答した. 

Scene 2.16.3:

“私からKeikoさんに警備の方針をお伝えするのですか?”

1時間ほど前, この乗馬施設に向かう途中の車の中で, 同乗していた警察官のMelonaはKasgaに問い返した. 

“そうです.  Keikoさんも警備の対象になっていますと言ってほしいのです.”

“はい.  それはまあ市民である以上そうですが…”

Melonaがそう言いかけるとKasgaは, “私と同じレベルで警備されると言ってほしいのです.”と言葉をかぶせて, “私と一緒にいるゲストも私と同じように大切だからまとめて等しく守られるということを言ってほしいのです.”と依頼した. 

Melonaは, Kasgaが要望していること自体は受け入れ可能と思ったが, わざわざKeikoに説明する必要があるのかいぶかった. 

“あの子は, 私だけが身辺警備されている姿を見ると, 急に遠い存在になったと寂しく感じると思うのです.”

Kasgaが理由を説明するとすぐに合点がいったMelonaは, “分かりました.  KasgaさんとKeikoさんとの間に壁があるかのように思わせたくないのですね?”と尋ねた. 

“そうです.”

“お優しいお気遣い, 承知しました.  そのとおりにいたします.”

Melonaは, Keikoへの単なる説明だけでなく実際にそのように行動する旨引き受けたが, それに対してKasgaは, “いいえ, 優しいのはあの子のほうです.”と, Melonaのセリフの前段を否定した. 

そのうえで, “私なんかに比べたら, あの子の優しさは半端ないほど強烈です.  まっすぐに貫くあの鋭いまなざし.  無条件に私のことを信用してくれていますし, 私に刃向かってくる者は許さないとも言ってくれています.”と, 窓の外の風景を眺めながら言葉を足した. 

そして少し考え込んで, “でも, あの子の一途な強い思いを, 私はきちんと受け止められるか, 時々不安になることもあります.  理解しているつもりでも, 理解しきれていないんじゃないかって思うこともあります.  それは単に私が未熟なだけなんですけど…  でも, あの子に寂しい思いはさせたくないのです.”と言ってうつむいた. 

Kasgaより年上の自分に, 人生の先輩として何らかの助言を求めているのかもしれないと感じたMelonaは, “お気持ちを害することを申し上げるようで恐縮ですが, 相手が戸惑ってしまうほどの優しさって, それは本当に優しいのでしょうか?”と, Kasgaに問うてみた. 

“そうですね…”

Kasgaはまた少し考えて, “そういう意味では, あの子の優しさは荒々しさがあるのかもしれません.  ハートを貫く強さがありますから優しくないのかもしれません.”と答えたうえで, “でも私は, その思いをちゃんと受け止められる人になりたいんです…  私にとってKeiko Sacraは欠かせない存在です.  だから, 悲しませたくないんです.  私は, Keiちゃんにとって…, りっぱなお姉さんになりたいんです.”と, 心の内をさりげなく明らかにした. 

“お, お姉さん?”

Melonaの胸がジンと熱くなった.  彼女は隣の運転席 (といっても市内では運転できない.) に座っていた同僚のBananのほうをちらりと見遣ると, 彼の目が涙で潤っているのが分かった. 

“やはり, Kasgaさんは恐ろしい.  私とのこのちょっとした会話の中でさえ, 普通の人との違いを感じる.  何なのかしら, このすべての人を取り込んでしまう力…  文字にすれば歯が浮くような言葉でも, 全く軽薄に聞こえない. 

“声は確かにいい.  歌手だから.  でもそれだけじゃない…  話し方…  抑揚や強弱の付け方, 落ち着きを感じる速さ.  どうして彼女の話を聞いていると心地いいのか.  いや, それだけじゃない.  このかたはとんでもなく頭がいい.  男らしさを何気に見せてくるBananさんなんて単純だから, 以前はKassenに懐疑的だったくせに今やすっかり彼女に服従してしまっている.  まさかとは思うけど, もしすべて計算したうえで話しているのなら, 戦慄すら覚える. 

“正直, 私だって…, もう限界…  かつては私もどちらかというと市長寄りの考えだったけど, 所詮, 平凡な公務員.  この2か月の間, あなたと過ごしているうちにすっかりあなたの魅力に引き込まれて骨抜きにされていった.

*“そして今, 最後の骨が抜かれたような気がする…  りっぱなお姉さんになりたいって…  そんなこと…  私たちがあなたの生い立ちをひそかに知らされたうえでこの職務についていることを知っていますよね?  だからそんなことを言うの?  Kasgaさん, Keikoさんが半端ないのはあなたが半端ないからですよ.  あなたの前では, あなたに対しては, 半端な気持ちで付き合えないんですよ.”

Scene 2.16.4:

“だからKeiちゃん, 警察の人たちは, 私だけのために警護しているんじゃなくて, 私と今日デイトしてくれたKeiちゃんのためにも警護していただいているのよ.  Keiちゃんと私は一緒なの.”

Melonaが警備の方針を説明した後, Kasgaが改めて簡潔に主旨を話し, Keikoは満面の笑みで納得して, “ありがとうございます.”とMelonaとAnjuに礼を言い, “じゃあ私もMelonaさんやAnjuさんたちをお守りします.  お互いに守り合いましょう.”と意気込んだ.  Keikoとしては, そうしたほうが集団として防御力が高まると考えたからだ. 

“Keiちゃんは, 守られるだけなのは嫌なのね.”

“嫌って言うか, じっとしてるのは苦手というか…  私は運動神経しかないし…, 私ができることってそんなにないから…  それに…, Kasgaさんのような優しい人いじめるようなヤツ, 大嫌いなんです.  そんなヤツ, さっさとサメの餌にしたらいいんです.”

Melonaは, お互いを守り合おうと言っていたセリフと, 襲撃者をサメの餌にすべきだと言うセリフとどうつながっているのかすぐには分からなかった.  そもそもなぜサメが出てくるのか見当がつかなかった.  もしかしたら彼女が住んでいるWestにある水族館にいる大きなサメを連想したのかもしれないが, 彼女の中ではサメは何を意味しているのかと思って, “Keikoさんはサメが好きなのですか?”と質問した. 

Keikoは, 兄が“Sapphire Shark”と呼ばれていることもあって, サメについて3つの知識を持っていた.  1つ目は, サメは基本的におとなしく, 人を襲うことはめったにないこと.  2つ目は, サメはいくらでも生え変わる丈夫で鋭い歯を持つこと.  3つ目は, サメがロレンチーニ器官と呼ばれる感覚器官を持っていることまでは知らないものの, 微弱な電流を感知して砂地に隠れた獲物も探し出すことができること. 

そのためKeikoの頭の中では, サメは, 普段は節度をもって生きており, こそこそ隠れるワルモンであっても見事に探し出し, 硬い殻を持つものでもグッチャグチャに噛み砕く, 優秀で有能な尊敬すべき生き物だと考えていた. 

Keikoが拙いながらも語ったサメのすばらしさを聞いたMelonaは, “Keikoさんのお話では, ワルモンの人間はサメに比べれば全く劣った生き物であって, せいぜい餌になってサメに貢献したらいい, ということでしょうか?”と尋ねると, Keikoは目を輝かせて, “そうです!  私の言いたかったことはそういうことです.”と大いに同意した. 

“Keiko Sacra.  やはりこの人は暴力性を内在している.  彼女にとって, Kasgaさんを襲ってくるようなやつらは, 単に撃退すれば良いのではなくて, 無残な形で消滅させるべきなんだろう.  単純で暴力的.  今のところはKassenというスポーツのプレイヤーにとどまっているけど, その枠からこの人が解放されたら, いったいどうなるんだろうか…”

MelonaがKeikoの人物分析を行っていると, Anjuが, “Keikoさん.  悪いやつらはきっと肉もまずいですから, サメが食べてくれるか心配です.”と, いまひとつ真意が分からない発言をした. 

“そ, そうかもしれませんけど…, 海水に沈めたら塩味効いて, 臭みも取れるかなって思ったんですけど…”

Keikoが真顔で返答すると, Anjuは, “おーっ.  Keikoさんは天才ですね.  さすがです.  私もKeikoさんと一緒にサメに餌やりしたいです.”と, 尊敬の視線をKeikoに注いだ. 

生まれて初めて天才と評されたKeikoは, “あ, いや, そんな…, 私はバカなんですけど…”と謙遜した. 

“いえいえ, そんなことないはずです.  そうですね, 例えばKeikoさん, 1つ質問をしてもいいですか?  Keikoさんは一般の市民が悪者に襲われていたら助けようとしますか?”

AnjuはKeikoに唐突に質問したが, Keikoは, “まあ, ある程度は.”と即答した. 

“ある程度ということは, 助けないこともあるということですか?”

“と言うかだいたい, 何か策が見つかりますので, できることはします.”

するとAnjuはわずかに笑みを見せて, “さすがです.  そうお答えできる人はバカなはずはありません.”とKeikoに答え, さらにKasgaのほうを向いて, “Kasgaさん, いいお友達をお持ちで, うらやましいです.”と言い, Melonaのほうをちらりと見た.  Melonaも大きくうなずいた. 

“そうね…  単純ではあるけど, 愚かではないわね.  Kasgaさんが信頼を寄せるのも分かる気がする.”

Scene 2.16.5:

VIPルーム内でしばらく談笑した後, KasgaとKeikoは馬場に出た.  Kasgaはおとなしそうな馬を選んだ.  病み上がりだからということもあるが, 思いっきり馬を走らせたいという気持ちにはなれなかったからだ.  KeikoもKasgaに合わせて同じような馬を選んだ. 

2人ははじめ, 屋根がついている馬場で20分ほど馬を乗り回して汗をかいた後, 屋外の散策コースに馬を並べて出て行った.  Kasgaの近接護衛の警察官が前と後ろにそれぞれ2人ずつ5メートル余り離れて付き, さらに遠巻きにライフル銃で武装した警察官が八方を囲み, まるで沿道に誰もいないまま仰々しくパレードをおこなうかのような間が抜けた感じを抱かざるを得なかった. 

久しぶりのKasgaとのデイトであり, いろいろ話したいことがあるはずなのに, Keikoはなぜかいつものように会話に弾みをつけられなかった. 

Kasgaは基本的に他人の話を聞くタイプであるため, Kasgaとにぎやかなひと時を過ごしたければ, 8割ぐらいは自分のほうが話す必要がある.  ところがこの日はどうも調子に乗れずKeikoとしてはいつもの半分ぐらいしか話のネタがのどから出てこなかったため, 会話が途絶えがちだった. 

“ごめんね.  Keiちゃん.”

先に沈黙を破ったのはKasgaだった.  KeikoはKasgaに謝られる理由が分からず, “何がですか?”と聞き返した. 

“そうね…  私が, 今日のKeiちゃんとのデイトをあんまり楽しんでないかのように見えること…”

“Kasgaさんは悪くないです.  Kasgaさんは静かな人やからいいんです.  だいたいKasgaさんがおしゃべりやったら, お上品に見えなくなるじゃないですか.  私がおとなしいから良くないんです.  だから, 謝るべきなんは私です.”

よく分からない理屈で詫びられたKasgaがクスっと笑うと, Keikoは, “あ, そうそう.”と言って, “Kasgaさんの護衛のAnjuさん, 私のこと, 褒めてくれてうれしかったです.”と, 唐突に切り出した. 

“Anjuさんとは気が合いそうね.  彼女も武闘派よ.”

“そうなんですね.  じゃあ, 一緒にサメの餌やりができます.”

“Keiちゃんたら…”

Kasgaが少しあきれた表情を見せると, “あ, いや, Kasgaさんがそういうの嫌いなんは分かっています.  私, 反省したんです.  Kasgaさんにあんなえらそうなこと電話で言いましたけど, Kasgaさんは, ワルモンに対しても優しくなれるんですよね.  さすがです.  Kasgaさんは本当にすごいです.  私はそんな器用なこと絶対できません.  でも世の中にはKasgaさんの, その底なしの優しさに付け込む, ほんまにどうしょうもないタチの悪いワルモンがいるんで, 私がそいつらを消しておきます.”と, 改めて自らの行動指針を伝えた. 

単純で暴力的でおよそExperimental Citiesの理念にそぐわないように思えるが, Kasgaは, “ありがと.  Keiちゃん.”と礼を言って優しくニッコリした.  ただ, その目はどこか悲しげであることをKeikoは見逃さなかった.  Keikoは, なぜ今日は自分の調子が出ないのかが分かった.  Kasgaが時々ふと見せる物憂げな表情が目に入ってくるからなのだ. 

“やっぱりKasgaさん, つらいんやろうなぁ.  ワルモンに殺すって言われて.  それに期限まであと2か月もないし, うちのCaptainが言うように, 怖くて心配なんやろうなぁ.  Kasgaさん, かわいそう…”

KeikoはKasgaの気持ちをいくらかでも和らげなければと思い, “Kasgaさん.  あの…, 何か, その…, 不安なこととかあったら, 私みたいなんで良かったら, いつでも呼んでくださいね.  何かの役には立つと思うんで.  てゆうか, お役に立ちたいんで…  私, どんなに忙しかっても, Kasgaさんからのお誘いやったら絶対来ますから.  ほんま, うそじゃないですから…”と, 左手でこぶしを作って自分の胸に当て, 強くアピールした. 

Kasgaは馬の歩みを止めてKeikoのほうを見て, “うそだとは思ってないわよ.  Keiちゃんがそう言ってくれて本当にうれしい.”と, Keikoの思いを受け止めた.  照れ屋のKeikoは恥ずかしくなって赤面し, 沿道に咲いている草花に目を落とした. 

“私ね, まぁ, こういう仕事をしてるからいろんな人とお付き合いがあるけど, 本当に心をオープンにして話せる親しい人ってほとんどいなくてさ…  普通に学校を卒業して普通に会社とかに入ってたら, また違ってたのかもしれないけど, こういう役目を引き受けた以上, 仕方ないんだろうけどね.”

Keikoが, “私も…”と言おうとしたが, Kasgaが言葉を継いだ. 

“だから, うれしいのは私のほうなの.  Keiちゃんが私と付き合ってくれて…  Keiちゃんって, 付き合う人をちゃんと選ぶっていうか, Keiちゃんに選ばれてるってことは私も一応, 本物なのかなって…”

“そんなに私, えらそうですか?”

Keikoは, やや声を大きくしてKasgaの誤解を正そうと急いで口を挟んだ.  Kasgaはおかしくなって, “十分えらいじゃない.  ‘Sapphire Comet’, ‘Four Star Spearの承継者’, Squad LeaderのKeikoさん.”と笑顔で答えて, 馬のおなかを軽く叩き, 再び馬を歩かせた.  Keikoは, やっぱりKasgaは自分を誤解していると思い, “Kasgaさん, 私を子供のまま大人になったみたいな人間やと思ってます?”と, ちょっと不満を表明した. 

“まあ, ある意味そうかもね.”

そう言ってKasgaはまた笑い出した. 

“でも誤解しないで.  本当のお付き合いができるってことよ.  Keiちゃんとここで初めて会ってからもう5年以上になるけど, Keiちゃんと一緒にいる時間が私は一番好きなの.  私はね, Keiちゃんが大好きなの.  一番の親友だと思ってるわよ.”

KeikoはKasgaからストレートに好きだと告白され, うれしさのあまり体中の力が抜け, 両手から手綱が離れ落ちそうになった.  Keikoが慌てて返す言葉を探していると, “いいわよ.  Keiちゃんの一番は彼だから.”とKasgaがからかった. 

“ち, 違います.  あ, いや, 話が違います.  そうやなくて, 私もKasgaさんが大好きです.  ずっと, その, 良かったら…, 友達でいてください…”

Keikoが顔じゅうから湯気が出るほど照れながら目を合わそうとせずにそう言う姿を見て, Kasgaは, 普段避けがちなこの話をあえて続けようと, “私はもちろん, 今までもこれからもKeiちゃんの友達だけど, Keiちゃんにとっては, EISにいる彼と仲良くなれることのほうがもっと大事でしょ?”と, 優しく尋ねた. 

Keikoはしばらく黙ってしまい, “でも, EISの人やから…”とほとんど聞こえないぐらいの声でつぶやいた. 

“今はそうだけど, そのうちほかの仕事に移る可能性も十分あるわよ.”

“私は, その…, 受け渡しの時に, 少し話ができるだけでも…”

Keikoは, 彼がEquipmentのinspectorであることに不満を持っているわけではないことを言おうとした.  もちろんKasgaはそれがKeikoの本心ではないことを感づいていたが, そこは言わずに, “私はね, いつだったかKeiちゃん, 言ってたでしょ.  彼に, 自分のことを‘Keiちゃん’って呼んでほしいと思ってるって.  その思いをいつかちゃんと伝えてほしいと思っているから, そのための協力は惜しまないわよ.  親友として約束する.”と励ました. 

Keikoは, そのような機会が本当に来るのかよく分からず, また来たとして自分がうまく自分の思いを伝えることができるのか自信がなく, うつむいたまま, “ありがとうございます.”とだけ淡白に答えた. 

“それは, 姉の願いでもあるから.”

Kasgaがさらに付け足した意外な言葉にKeikoは驚いて顔を上げて, 彼女のほうを向いた. 

“そう.  Keiちゃん, お姉ちゃんが亡くなる1週間前, 容体が悪くなって緊急入院した時に来てくれたよね?  試合を放って.  あの後, 意識を取り戻したお姉ちゃんに私がそれを話したらとっても喜んで, 自分の命もあんまり残っていないだろうけど, Keiちゃんの願いが叶うことをしたいって言ってたの.”

“私の願い?”

“あぁ, その…, えっと…, 実は, Keiちゃんが思っている人のこと, お姉ちゃんにずっと前に相談したことがあるの.  ごめんね, 勝手に話してしまって.  お姉ちゃん, そのことが気になっていたみたいで, それでその時に思い出して, そう言ってたの.  まあ, 結局, それが最後の会話になって, その後, しばらくして亡くなったけどね…”

今度はKasgaがうなだれて, 悲しい目で視線を落として馬の首を見つめていた.  その横顔に見とれていたKeikoは, Kasgaを元気づけるのが自分の役目であることを思い出して慌てて, “ありがとうございます.  HarunaさんとKasgaさんの助けがあるなんて, ウチは幸せです.”と言って笑い, 気丈に振る舞った. 

ポッカポッカと一隊がゆっくり歩く道沿いの木々の葉が, 強い風に揺られてざわめいていた.  雲行きもだんだん怪しくなってきた. 

“Kasgaさん.  前にも聞いたかもしれませんけど, Unifierって恋愛禁止なんですか?”

しばらく沈黙が続いたので, Keikoは, 先ほど自分が思っている人のことを話題にされたことから, Kasgaはどうなのか尋ねてみた.  するとKasgaは視線を落として, “何か, 気になったことがあったの?”と問い返した。

Kasgaは何らかの回答を出す前に, まずはKeikoがなぜその質問をしたくなったのか, 理由を聞いてみた. 

“あ, いや, Meiちゃんがこの間…, あ, えっと, すみません.  あやうく, Meiちゃんが付き合ってるらしい人の名前, 言いそうになりました.  へへっ.”

自分が秘密保持義務を守ることが難しいタイプであることを笑ってごまかしながら, “でも, Kasgaさんって, 誰かと付き合っているとかそういう話聞かへんから, どうなんかなって…”と, 質問の趣旨を説明した. 

“そうね…  勝手に作られたスキャンダル話はあるけど, 真剣なコイバナを皆さんに提供できなくてごめんね…  まあ, 別にCastle Officeの規則で禁止されてるわけじゃないわよ.  ただ, 今は恋愛の対象になるような人がいないだけよ.”

“じゃあ, 前はいたんですか?”

Keikoの素朴な鋭い質問にKasgaは少し顔を引きつって返答を一瞬ためらった. 

“まあね…  最初からかなわぬ恋だと分かってて, 結局かなわず仕舞いだったけど…”

Kasgaは, 今にも深いため息をつきそうな憂いた表情をまた見せて, それ以上は語ろうとしなった.  慌てたKeikoは余計な質問をしてしまったと後悔し, “すみません.  思い出したくないこと聞いたりして.  ほんま私, 気遣いがへたくそやから.”と, 頭を何度も下げて謝った. 

“いいのよ.  私に気遣いなんていらないわよ.  でもね, わがままなこと言うようだけど, 親友だから言いたくないこともあるから, それは分かってくれると…”

“それは分かります.  それはそうやと思います.”

Kasgaはそれを聞いてフフッと笑って, “前言撤回.  Keiちゃんは大人です.”と宣言した. 

池のほとりに出てきたところでKasgaとKeikoは馬を下りて, 大きな柳の木の下にあるベンチに腰掛けた.  Kasgaは腰に着けたポーチから飴を取り出しKeikoにも1つ渡した.  池には2羽のカモが世の中が平穏この上ないかのように並んでのんびりと羽を休めて泳いでいた. 

“Keiちゃん, あの時は電話くれてありがとね.”

“もういいです, そのことは.  えらそうにKasgaさんにお説教なんかして, ほんまに恥ずかしいです.”

“恥ずかしがらなくてもいいじゃない.  命の恩人なんだから.  何回お礼言ってもバチは当たんないでしょ?”

“いえ, Kasgaさんに怒鳴るやなんて, 最低です.  ほんま, 反省してます.”

“反省なんてしないで.  あの時, とってもつらくて精神的に崩壊しそうだったけど, Keiちゃんの喝で復活できたの.  Keiちゃんに救ってもらった命, 無駄にはしないわよ.”

“そう言ってもらえるとうれしいですけど…  でも大丈夫です.  私, Kasgaさんのこと, 絶対, 一生, 命がけで守りますから.  せやから, 安心してください.”

Keikoは, Fighterとして至極当然というふうに無表情にかっこよく言ってみたものの, 今の自分のセリフが結婚式やプロポーズの時に言うおなじみの誓いの言葉みたいではないかと気づき, 猛烈に恥ずかしくなった. 

補足: 結婚について Hanasaka Cityには婚姻や戸籍の制度はないが, お互いに愛し合って共同生活を営むことを約することを“結婚”と言っている.

“あ, いや, ウチ, 今, 何言うたんやろ…  その…, えっと…  あの…”

Kasgaは, 最高にドキドキして何かを言おうとしているもののしどろもどろになっているKeikoの様子を見て, “Keiちゃん.  ゆっくりお話ししてくれたらいいのよ.”と, 声を潜めて優しく落ち着かせようとした. 

“はい, あ, ありがとうございます.  その…, えっと, そ, そうそう…, 私, 1級取れたんです.  警備員の資格です.  それを言いたかったんです.”

Scene 2.16.6:

警備員に関する市の条例は, 結局, KeikoがLuiと会食した日にPolitis上で有効な過半数の賛成票が得られ, 市長の拒否権行使もなくその1週間後に成立し, 即日施行という異例の処置がとられた.  そして9月1日に資格を取得するための1次試験がおこなわれ, Keikoは, 2級から攻めずにいきなり1級の試験に挑戦した. 

1次試験は筆記式だが, これは中学生レベルの読解と四則計算とExperimental Citiesの理念が分かっていれば高得点を取れるものであり, 多くの人にとっては低すぎるハードルだがKeikoにとっては最大の難関であった. 

Hanasaka Cityの警備員として最も大事なのは武器を使うことの責任の自覚であり, そこを試験でも問われる. 

Hanasakaの市民は銃や危険な刀剣を所持したり使用したりしてはならない.  そのうえ, 本人確認機能がない銃の使用は警察官であっても禁じられている.  つまり, 利き手の親指と人差し指の付け根の間の辺りに埋め込まれたmicro-chipを銃のほうが読み取り, その者が銃を使用できる資格者であることを確認できないと, 引き金はロックされたまま動かないのである. 

致死性の低い銃器を使えることになる1級警備員を目指す者としても, こうした規制と責任の重さが分かっていれば試験問題としては難しくはなく, Keikoも, 数年ぶりの猛勉強の結果, 翌日, 合格の通知を受け取った. 

次の2次試験は様々な運動能力を評価するもので, 多くの人にとってはこちらのほうこそ難関だがKeikoにとっては低すぎるハードルであり, 首席で合格してしまった. 

試験の項目の中には, 敵役の試験官が背後から襲ってきたのに対し即座にかわして反撃体制をとれるかを見るものがあるが, そもそも試験官自体が最初から嫌がっていた.  仁王立ちしてニヤニヤしているKeikoにやられるに決まっているからだ.  案の定, 仕方なく襲いかかった試験官はKeikoに瞬間的にいなされ右腕をつかまれ, 背後に迫ってきたときのスピードを逆に利用されて, 前方に投げ飛ばされてしまった. 

これに対しては, この試験項目では, 反撃体制をとったところで止めるべきなのに, Keikoは反撃行為を完遂してしまったので失格ではないかという意見も出たが, 細かいところでこだわってこの被試験者を本気にさせてしまうと自分たちの命が持たないと試験官たちが判断し, すべての試験項目を1回で合格させて機嫌よく帰ってもらうことにした. 

そして最後の3次試験では, 試験官とフィジカルに会ってインタビューを受け, 警備員としての資質に問題がないかをチェックされる. 

これもラッキーなことに, Keikoを担当した試験官が, 聞くべき項目をさっさと終わらせ, Sapphire Cometに直接会って話ができるという絶好の機会を生かして, なぜあなたはそんなに強いのか?とか, teamとして強くなるためにどのようなことをしているのか?とか, 単にファンとして聞きたかっただけではないかと思える質問ばかりをして, それにちゃんと答えたKeikoは, 全く問題なく合格した. 

こうして2日前に最終合格発表があり, Keikoは見事に1級警備員となれる資格を得た. 

Keikoは, いつもと違ったがんばりと勝ち得た成果にKasgaが大いに喜んでくれると思いきや, 彼女は, “そう.  Keiちゃん, おめでとう.  よくがんばりました.”と, 穏やかな表情で褒めてくれたぐらいであった. 

Keikoは, 1級警備員が今までよりハイレベルなことができることをKasgaが知らないのではないかと考え, “これで, 限定武装で戦えます.  銃で攻撃されたことはないですけど, 防弾仕様のフルボディのexoskeletonを着用できるようですし, がんばります.  もちろん油断はしてませんけど, 近接戦闘やったらなんとかなると思います.”と, 自らの意気込みも含めて仕事内容を説明した. 

しかしそれはKasgaには逆効果だった.  彼女は顔色を曇らせて, “でも, そんな重装備が要るのかしら.”といぶかった. 

Kasgaは, 次の敵襲に対する恐怖心でFighterたちをあおって, 今まではスポーツ・イベントのプレイヤーにすぎなかった彼らを, 殺し合いに参加する戦闘集団に変えようと, HanasakaをつかさどるFloraがひそかにたくらんでいるのではないかと疑っていたのだ. 

そのうえ, 敵が望んでいる自分の殺害にしても, 本当にそうしたければ殺せる状況はいつでもあるのに, 飾り程度の警護を付けて普段どおりに暮らせていること自体が怪しく, 結局のところ, 敵と味方の双方のAIが人間には理解できない演算に基づき, 日にちを決めて危険なKassenごっこをしようとしているだけで, それに自分たちが巻き込まれているのではないかと考えていた. 

“この間, 私の知り合いの警察の偉い人から聞いたんですけど, 敵はフルボディ強化で攻めてくるとのことです.”

Keikoは, あの日の会食でLuiが伝えなかったことを, 後日, 彼から知らされていた.  このKeikoの何気ない発言は, Kasgaに衝撃を与えた.  それは彼女も知らない情報だった.  Police Departmentからは, 敵は大した武器を持っていないと聞いていたからだ. 

“どういうこと?  警察の中でも見解が割れているってこと?  フルボディの装備って高価なはずだから資金もあるんじゃないの?”

Kasgaの心拍数は一気に増え, 額から汗がにじみ出た.  フルボディで強化された多数の者どうしで戦うことになれば, 多くの人が死傷するおそれがある.  そんなことがこのHanasakaで起きれば実験どころではなくなってしまう.  そして, そのような状況下で目の前にいる最愛の人はどうなるのか. 

KasgaはKeikoの左手に右手をそっと重ねた. 

“でもね.  私を守るために自分の命をかけることはやめてね.  そんなことされたら, 私…”

“何言うてるんですか?”

Keikoは即座に反論した. 

“私は, その…, KasgaさんがUnifierやから言うてるんと違います.  Kasgaさんはほんまのお姉さんみたいに思てるから…  せやからお邪魔やなかったらおそばについて, Kasgaさんを苦しめるすべてのことからお守りしたいんです.”

“邪魔だなんてそんなことないわよ.  Keiちゃんのその気持ちはすっごくうれしいわ.  私のこと, そこまで思ってくれた人は初めてだから.”

“だったらいいじゃないですか.  Kasgaさんのためって言われるのが嫌なんやったら, 私は, Apex Fighterになって, Kasgaさんが大事にされる‘Philosophy’を壊そうとするやつらを倒して, みんなに尊敬されたいんです.  それでいいじゃないですか.”

Keikoの発言は, 彼女の哲学からすれば一貫性があり, 至極真っ当といえ, 取り付く島もないとKasgaは考えたが, 別の視点でさらに反論を試みた. 

“でもね…, 限定武装って言っても, 場合によってはKeiちゃんが敵を殺すことになるかもしれないのよ.  人を殺すって, そんなこと人生で一度でもあってはいけないでしょ.  これはゲームじゃないのよ.”

その言葉の重みはさすがのKeikoにも理解でき, 黙ったままだった. 

“Keiちゃんを責めてるんじゃないわよ.  Keiちゃんが殺し合いに参加しないといけないのであれば, それはCity OfficeやCastle Officeや私が悪いの.  KeiちゃんはKassenを代表するスターFighterなんだから, みんなにとっての宝物なの.  巻き込まれて, 取り返しのつかないことになってからだと遅いの.”

KasgaはKeikoの左手を両手で取って包み, Keikoに嘆願した. 

“だから, Keiちゃんは…, 1級警備員として警護すること自体は反対しないけど, 人の命を奪ったり, 自分の命を落とすかもしれないことはしないでほしいの.  その…, あんまりこういうことは言いたくないんだけど, 私がもし…, もし死んでもね…, Keiちゃんはくじけずに, 私の後, 私の遺志を受け継いでほしいの.  別に, 3代目Unifierになってほしいって言ってるわけじゃないのよ.  私がいなくなっても, みんなでKassenをずっと盛り立てていってほしいの.  私のことよりKassenを守っていってほしいの.  だから…”

Keikoはうなだれたまま黙って聞いていたが, ついに耐えられなくなったのか, “私が…”とKasgaの言葉を遮った. 

“さっきから私がお守りするって言うてるやないですか!  なんでそんなこと言うんですか!  Kasgaさんのためやったら…, ウチ, 鬼でも悪魔でもなるのに…  なんで…, なんで…”

その声にはKeikoの怒りと悲しみがにじみ出ていた.  そしてKasgaの両手にKeikoの大粒の涙がぽたぽたと落ちてきた.  その瞬間, Kasgaは, しまったと思った. 

Keikoは体を小刻みに震わせながら声をしぼり出して泣き出した.  何かを言おうとするが, 泣き声でのどを詰まらせ言葉にならなかった. 

目の前の心優しきSpear Fighterはすでに覚悟を決めていたのだ.  それに, Kasgaは, 自分は死んだりしないとあの演説で約束したにもかかわらず, さっき, もし自分が死んだらと, そのFighterにとっては受け入れがたい仮定をしてしまった.  つまりそれは, Kasgaの願いは必ず実現させるというKeikoのphilosophyを否定することになるのだ.  Kasgaは自分の身勝手さに激しく後悔した. 

“ごめんなさい, Keiちゃん.  ごめんなさい…”

KasgaはKeikoの頭をぐっと自分の胸元に抱き寄せた.  そしてそれ以上はKasgaも声が詰まって何も言えなくなってしまった. 

(End of Part 2.  Continued in Part 3.) <- Previous | -> Next