Part 2: The Ninth Summer
Chapter 2.9: Hanasaka in a Tight Spot
Overview (Spoiler-Free)
The morning after Castle Keep’s destruction, the Kassen Representative Council convenes in emergency session. The members assess the fallout — from the mayor’s suspicious public response to the international reaction — and confront the reality that Hanasaka has been gradually cornered. One voice, above all others, is desperately needed to steady the community. But that voice has fallen silent.
Detailed Summary
At 10 AM on June 30th, the Kassen Representative Council convenes without Kasga. Castle Keep has burned to its frame and been extinguished after six hours — with no casualties, thanks to Haruki's preemptive evacuation the previous night. Prime Minister Matsudaira of Moto contacts Castle Office directly: he fears Mayor Goblino lacks the capacity to manage the crisis, and asks that someone with genuine moral authority urgently address the city before grief turns to retaliatory violence. Mayor Goblino's own press conference is read as an attempt to position the city as the castle's rightful protector, setting up a renewed push for Castle Park's ownership. Fighters across the community, meanwhile, post heartfelt messages online: grieving the castle, blaming themselves for failing to protect it, and calling for Kasga. The Council recognizes that Kasga alone can speak to that grief and prevent escalation into violence. But Lerhi reports she collapsed that morning upon hearing the news and is resting in a clinic in Guam. The Council turns to Club Manager Aila — and Sapphire West — asking whether Keiko might be the one to reach her.Scene 2.9.1:
9 E.E.の6月30日10時. 朝から晴れて蒸し暑い日だった.
急きょ招集されたKassen Representative CouncilのためにGreen Houseの地下にある電磁シールドルームに集まった, Kasgaを除くメンバー8人は皆, 全く晴々しくない重苦しい面持ちでうなだれ, 時折出てしまうため息を止めることすらできなかった.
“まさかいきなり, しかもここまで派手にやってくるとは思わなかった…”
Castle Officeで城の管理を担当するDirector Harukiがつぶやいた.
この日の0時49分, 正体不明の敵が大型mech-hawkをHanasaka CastleのKeepに突撃させ, その東面が燃え始め, 続いて9機のmech-hawkが次々とその4面に激突し, Castle Keep全体が炎上.
火は容赦なく獲物をなめ尽くし壁も柱も崩落していき, Hanasaka CityのEmergency Services Departmentが総出で, さらに市外からも多数の消防車が応援に駆け付け, 必死の消火活動の末, Keep付近の建物への延焼はほとんど防ぐことができ, 約6時間後に鎮火された.
Hanasakaのシンボルは全焼. 焼きただれた鉄骨と炭や灰だけが残された.
“でも, 人命を失うことがなかったことは不幸中の幸いですね. Harukiさんや皆さんには感謝しています.”
これほどの大火事であったものの死傷者がゼロだったのは, 前日の夜に差出人不明の手紙を受け取ったHarukiとその場にいたCastle OfficeのスタッフやCastle Guardiansの警備員たちにより, Main Keep Areaを閉門し無人にしていたのが功を奏したといえ, Director Prishaは謝意を示した.
“しかし解せませんなぁ. いったい何のためにこのような攻撃をしたんでしょうか. さすがにここまでやりすぎると, 我々のみならず, Hanasakaの全市民, さらには世界中の多くの人たちや機関を敵に回すことになりますが, そんなことをして何の得があるのでしょうか. その点からしても, 今回は市長の差し金とは思えませんが, いったい誰がやったんでしょうなぁ.”
“Lerhiさんは, 今回は市長対Castle Officeという構図では説明がつかない, つまり市外の勢力による犯行とお考えですか?”
Director Lerhiの発言に対して, Topaz SouthのClub ManagerのCristaが質問した.
“おそらく. 多くの人たちが推測するように, 本当に実験に反対する筋金入りのRusty-believersによるものなのかもしれません.”
Hanasaka CastleのKeepへの攻撃とその後の火災は, Castle Officeのスタッフが飛ばしていたmech-hawkやCastle Park内のいくつかの監視カメラが撮った映像のほか, たまたま目撃した市民が撮影したものが直ちに全世界に発信された. そして人々が起きている時間帯であった欧米各国のほうから先に反応が返ってきた.
Hanasaka時間の深夜の3時に, 世界23か所のExperimental Citiesを統率する“League of Experimental Cities”が声明を発表. Hanasaka市民に対する心からのお見舞いと必要な支援の約束, そして攻撃者に対する強い非難と, その攻撃が実験反対の趣旨であるならば断じて屈することはないと表明した.
続けて, その前日までTokyoで開催していた環境会議の主催元である世界環境機構も同様の声明文を出した. 一連の会議が終わった矢先に, 環境問題にも積極的に取り組むExperimental Citiesの1つが攻撃されたことは, 自らに対するテロ攻撃ではないかと捉え, 極めて不快であり野蛮であり愚かであり強い憤りを覚えると事務局長名で激しい調子で非難した.
そして6時に, 隣国“Moto”の政府が, 首相自らが出る会見を開き, 同様の趣旨を直接語った.
彼らとしては, 元々自分たちの領土だったHanasaka Cityが, そこの伝統や文化をどんどん失っていく姿を見て, 憂うべき存在だと内心思ってはいたが, さすがに今回の攻撃はひどすぎるし, 強く非難しないと国際的に疑いの目で見られると考え, Rusty-believersによるテロ行為の可能性に言及し, 政府としてはこのような卑劣な行為は断じて許さず, Hanasaka Cityとの友好に基づきしっかりサポートすると明言した.
“国際的な機関の反応は予想どおりとして, ‘Moto’の政府の早急な, しかもHanasaka寄りの反応はやや意外でした. 現に, Matsudaira首相から我々, Castle Officeと話をしたいと連絡が来て, 先ほど9時過ぎにオンラインで15分ほどお話ししました. 我々に対して美辞麗句しか使わずなんとなく距離を取ってきたこれまでの態度とは違って, 終始心配されていました.”
Director MonicaがBoard of Directorsのメンバー4人で首相との対話を実施したことを紹介すると, Emerald NorthのClub ManagerのAlcesが, “心配? あの首相が? 我々の実験が大失敗に終わって, いつかこのHanasakaを取り戻そうとたくらんで, 我々につれない態度を取り続けているあの首相が, いったい何を心配しているのですか?”と, 薄ら笑いをして問うた.
それに対してMonicaは, “それについては, 後でお話ししたいと思います.”と一旦いなしたうえで, “その前に, Goblino市長が今朝おこなった会見について, 皆さんのお考えを先にお聞きしたいと思います.”と, 最初に意見を募りたい事項に一同をいざなった.
“まず, あいつは8時半になってやっと会見をした. Matsudaira首相は6時という早朝に異例の会見をしたのに. さらに言うと, 我々のライバルである‘Kassen Liberty League’でさえ, 7時にトップ自らが自宅から, 暴力は許されないというメッセージを出したのに, あいつは普通に起きて普通に出勤してきたんじゃないのか?”
Garnet EastのClub ManagerのRudraは, 有事とは思えないほど気持ちがたるんでいると批判した.
Prishaも, “Hanasaka Cityは長時間労働には規制がありますが, 早朝に働いてはいけないという規則はないです.”と同調し, “それに比べたら, うちのスタッフは昨日から長い時間よく働いてくれました. それにあんな衝撃的なものを見てしまったら眠たくても寝られないし, Harukiさんも徹夜ですよね.”と心配した.
“はい. 明け方に1時間ほど寝ました. MonicaさんやGASのメンバーが, 現場に居合わせたスタッフたちやCastle Guardiansの警備員のために, 急いで近くのホテルの部屋を確保していただいたので本当に助かりました. 十分寝られているかは分かりませんが, 今頃, みんな部屋で休んでいるはずです.”
“Castle Officeの皆さんには敬意を申し上げます. しかし気に入らないのは, 市長が会見でCastle Officeについて彼の口からは一言も触れなかったことです. あれは意図的としか思えません.”
Sapphire WestのClub ManagerのAilaがそう指摘すると, Alcesが, “私もそう思います. 対照的に, 消防士や警察官の働きについては最大限にねぎらって, 市民の安全のみならず城を守るのは市の務めであることを強調していました. そうすることで彼は, 城を所有し守っているのはCastle Officeではなく市であるという印象を世間の人に持たせようにしていると思います.”と解説した.
“まあ, City OfficeがしっかりしていればCastle Officeは目立たぬ存在であっても構わないんですが, あれは我々へのプレッシャーでもありますよね. 市長は, 今回のCastle Keepの炎上はRusty-believersによる犯行であることをほのめかしつつ, 今後も彼らの攻撃対象にCastle Park全体が含まれていると考えるのが当然だろうと決めつけて, その全体の管理を強化して, Autumn Gamesも安全に実施できるようにすると力強く宣言しました.
“ということは, この危機に乗じて, Castle Officeでは頼りないからこういうことになったのだと言って, 我々に対して城とCastle Parkの明け渡し, もしくは全面的な管理権の譲渡をより強く求めてくるでしょう. なかなかこれは厄介ですわ.”
Castle Officeの最年長のDirectorであるLerhiは, この会議のメンバーの中では長老のような存在であり, その言葉は重かった.
“あぁ, もう最悪だ. こんな時こそKasgaさんがいてくれたら…”
Cristaが髪の毛をかきむしってうなだれた.
その様子を見てPrishaが空中で指を操作し彼女のAR viewの中で検索をかけながら, “今, Fighterたちのネット上での発信を見ていますが, Cristaさんと同じ思いを持つFighterが多いようです. おもしろいことに, Fighterたちは市長の会見に特に何の反応も示していませんね. 各々, 自分たちの城への熱い思いを述べています. Kasgaさんが休業宣言をされたときと同じです.”とFighterたちの反応を紹介した.
そして, “例えば, GarnetのCaptain Donはこんな感じです.”と言って, それを指でホールドして, 部屋の中にいる全員に投げ渡して各人のAR viewに見せた.
“人生で最悪の朝だ. 我らの城が燃やされた. こんなにつらくて悲しいことはない. 心の中に大きな穴ができてしまった. 私は立ち直れるのだろうか. こんな時こそ, やはり我々にはあの方しかいないと思う. Kasgaさんが優しい一言をかけていただければ少しは救われるのだが. 我々がしっかりとKasgaさんとお城をお守りしていなかったために, こんなことになってしまった. 本当につらい.”
Prishaはさらに続けて, “彼らに共通するのは, Hanasaka Castleは自分たちの城だと言っていること. それから, 自分たちがしっかり守っていなかったからこんなことになったのだと. だからこれからは自分たちが城を守る役目を持ちたいと. そして, Kasgaさんのお言葉がほしいという思いです.”と補足した.
最後の一言を聞いてRudraはニヤリとして, “やはりKasgaさんのほうがGoblinoよりはるかに格上だということだ. こういう非常時にこそ, 日頃の徳性のレベルが万人の下であらわになる. あいつの言葉など‘路傍の石のつぶやき’にすぎない. Fighterたちにも市民の皆さんにも聞こえない.”と言って, いすの背もたれに体を預けた.
“Fighterたちには助けられます. Kassenの主役は彼らです. 彼らが今のこの状況を安易に他人のせいにすることなく, 自分たちの問題として向き合う姿には頭が下がります. 本当にありがたいです. Club Managerの皆さんにも感謝します.”
Harukiが4人のClub Managerのほうに順次視線を向けて礼を述べた.
“で, そのKasgaさんは, 大丈夫なんでしょうか?”
Cristaが恐る恐る尋ねた.
“それが…, せっかく病状が回復しつつあって, 来週ぐらいには帰国できるんじゃないかと思ってましたけど, 今朝, 現地でこの事件を知って, えらく落ち込んでしまったようで, 朝食の際に気分が悪くなって立ち上がれんようになったらしくて, 今, ホテルの近くの診療所で休養しているようです.”
LerhiがNaoe社長から聞いた今朝のKasgaの状況について知らせると, 一同, ますます深いため息を何度も吐いた.
“はぁ…, Hanasakaは終わった. 我々の切り札が…”
Cristaがつぶやくと, Rudraが, “いや, 終わってない! 私は, あんな低能なGoblinoに負けるつもりはないです. 勝負はこれからだ. 多くの市民だってKasgaさんを必要としているはずです. Kasgaさんには, なんとか元気になってもらって, Hanasakaの精神的支柱として存在感を出していただけるだけでいいんです. あとは我々の仕事です.”と, Lerhiに向かって, なんとかならないかと訴えた.
“そのことに関してですが, 実は, Matsudaira首相から今朝言われたのも, Kasgaさんのことでした.”
Monicaの意外な発言に4人のClub Managerたちは顔を上げて彼女に注目した.
“ご存じのとおり, 隣の国の政府とは微妙な関係, つまり協力と緊張の関係ですが, Experi-City Hanasakaが彼らから生まれたという事実によって, 彼らは世界から先進国の一員だと認知されているわけですから, 何かと面倒なHanasakaをこの機に乗じてつぶしたり縮小したりするようなことは画策していないと首相はおっしゃっていました. そんなことをわざわざ言うのも変な話ですが, まあ, その点は我々もそうだろうと考えています.
“彼らは, すぐ隣で起きたこの大事件の後始末をおろそかにしていると自国に悪影響を及ぼしかねないと心配しているのです. 混乱の火が自国に延焼してくる前に消したいのです.
“彼らにとっても, 我々が平和的に実験を進めている限りは, Hanasakaの存在は問題ないということであって, 物騒なことを引き起こす過激な因子が暴れ出すようなことは, 両者で協力して防止すべきだと首相はおっしゃっていました. つまり攻撃的なRusty-believersと攻撃的な実験推進主義者を警戒し抑え込む必要があるということですが, その点も我々としては賛成できます.”
“ちょっと, いいですか?”
Alcesが割り込んで, “そういうことは首相と市長で話し合うべきことではないのですか?”と常識的な視点で質問した.
“おっしゃるとおりです. とてもいいご質問です. なぜこういう話をCastle Officeにしてくるのか. 実のところ彼らは, Goblinoの能力では, そもそもこの国際的なExperi-Cityを, 世界から合格点がもらえるレベルで統治することはできないと考えています. そのため今回の大事件後の混乱をGoblinoではまともに収拾できないのではないかと疑問を持っています.
“先ほどRudraさんがおっしゃったとおり, 市民にとっては市長の発言は‘路傍の石の寝言’程度であって, 彼がいくら平静を呼びかけても動揺が一向に収まらない可能性があります.
“そうすると, Hanasaka市民の中の攻撃的な人たちが報復を宣言してRusty-believersと思える者に対して攻撃を加えるでしょう. つまり次はこちらが加害者となるのです. そしてまたその報復がなされ, 連鎖していきます. 彼らとしても我々としてもそれは絶対に防ぐ必要があります.
“だから首相は, Hanasaka市民の悲しみに温かい心で寄り添いつつ, 攻撃的な人も含めて全市民に対して平静を呼びかけ動揺を抑えることができる人が可及的速やかにメッセージを発信してほしいと求めてきたのです. もうお分かりですよね. そのかたが誰なのかは.”
“Monicaさん, ありがとうございます. Kasgaさんは, 大きな存在になってきましたね.”
“Alcesさん, それは違いますな. Kasgaさんは最初から大きな存在です. 周りが過小評価していただけだ. Fighterたちもそれに気づいて, 今, 彼女との関係を再定義しようとしていると言えるでしょう.”
Rudraは, 自分は最初から彼女の真価を分かっていたとアピールした.
“しかしそのKasgaさんは, 今, 病の身で動けない… 困りましたね.”
Prishaはそう言って腕を組み, Ailaを見据えて, “どう思われますか?”と, ゆっくりと丁寧に語りかけた. それは, あなたが答えを持っているでしょと言っているに等しかった. そしてそのとおり, Sapphire Westは答えを持っていた.
“Prishaさん, 分かっております. ただ, 彼女も今回のことにはショックを受けているでしょうから, 精神的な状況を確認してからとさせてください.”
“もちろんです.”
Chapter 2.10: Keiko’s Persuasion
Overview (Spoiler-Free)
A terrorist group issues a chilling statement claiming responsibility for the Keep’s destruction and threatening Kasga’s life. With Hanasaka on edge and Kasga’s voice desperately needed to prevent the situation from spiraling, Club Manager Aila turns to a messenger: Keiko. The chapter follows Keiko’s attempt to reach Kasga by phone — and the unpredictable direction that conversation takes.
Detailed Summary
A group calling itself the "Hanasaka Citizens Liberation Front" claims responsibility for the Keep's destruction and threatens to publicly behead Kasga before year's end. With Kasga's calming voice urgently needed, Club Manager Aila and Captain Soa summon Keiko and ask her to call Kasga directly — knowing Kasga has opened a private monthly communication channel for her alone. Keiko doubts she can persuade someone far more intelligent than herself, but Soa challenges her directly: what does it mean to be the strongest Fighter? Alone in the room, Keiko calls five times before Kasga answers — only to find her in a deeply fragile state, saying she is a burden to everyone and wants to disappear. Keiko responds not with comfort but with escalating frustration: villains are always in the wrong, and Kasga's role is to protect people with love and courage. When Kasga dismisses this as naive, Keiko shouts at her, calls her a fool, and bursts into tears. The raw emotional outburst breaks through Kasga's despair. She declares she will return to Hanasaka the next day — and speak to everyone as Unifier.Scene 2.10.1:
“な, なんやと, こいつら. ふざけやがって. マジで許さん. ほんま許さん. 絶対許さん! ボコボコにしばき倒して串刺しにしたるわ.”
Victoria Sports Centerの食堂で, 壁掛けの大型スクリーンで昼のニュースを見ていたKeikoは無言で大激怒して, 目の前にある自分の昼食である, 人工培養の牛肉風ステーキを上からフォークでめった刺しにした.
7月3日午前, 後に, “The Great Keep Arson”と呼ばれるようになった, Hanasaka CastleのKeepを炎上された事件の犯行声明が文章で仮想空間上に現れ, 人々の目に留まり拡散され, テレビのニュースにも取り上げられた.
“Hanasaka市民の皆さん
私たちもあの美しいHanasakaのシンボルが焼け落ちたことには深い悲しみを覚える.
しかしながら, 陰の支配者たちがExperi-Citiesという虚構を作り, それを使って人類家畜化計画を強力に進めようとする中で, 陰険な支配を望まない, 自由を愛する人たちの覚醒のためには, どうしても必要なことだった.
私たちは, 偽善と欺まんに満ちあふれたExperi-Citiesをこの世から消し去り, 自由と希望を取り戻そうと活動している解放戦線の一組織である‘Hanasaka市民解放戦線’である.
支配者たちにとって都合のいい‘禁欲と従順’の宗教的教義を, Experi-CitiesのPhilosophyという美辞麗句で飾り立て, それを金科玉条とするAIが市民を洗脳し, おとなしく従う者には生活を保障し, 従わない者は容赦なく追放する. 自由な発言は許されず, 少しでも節度を欠くと途端に軽蔑し非人間的な扱いをする. これでは, 独裁的宗教国家と同じである.
市民たちを鎖でつないで飼いならし, 自らの思うままに操ろうとするその強欲な宗教的支配者は誰か, 皆さんはお分かりであろう. Castle Officeという, 単に城の事務仕事をするスタッフの集まりに思わせた, 謎の多い怪しげな組織が‘Unifier’という名で祭り上げるKasga Wisteriaである.
彼女は危険である. インチキな笑顔で人々をだまし, 心を狂わせ, 自分の奴隷にしていくのである.
もし城のKeepを失ったHanasaka市民がなおも目覚めないのであれば, 次は, 彼女を排除せざるを得ない. このままでは, Hanasakaは偽りの天使であるKasga教祖の支配下に完全に落ちてしまうからだ.
我々は, 自由と民主主義を否定する悪魔の化身, Kasga Wisteriaを今年中に始末する. 暗殺などしない. 堂々と本人の前に現れて, 正義の刀剣によってその首をはねる. そしてDigital Dystopiaの根城も粉砕する.
Hanasaka市民解放戦線”
この犯行声明文はやや奇妙に思えた. もし, このHanasaka市民解放戦線と名乗る団体がもっと多くの仲間を作りたいと本当に思っているのであれば, このような声明文を出すことは, すでにRusty-believerである者以外には, 全く逆効果と言えるからだ.
すなわち, 歌手でありKassenのadvocateであるにすぎない1人の民間人の女性に殺害予告をするというのは, テロリストにしては掲げる目標がずいぶん小さく思え, 何をそんなに仰々しく語る必要があるのか疑問に感じ, 共感を得られない.
それに, Kasga Wisteriaに好感が持てるかという意識調査では, “好感が持てる”, “どちらかといえば好感が持てる”の2つで, 隣国“Moto”で約6割, Hanasaka市民では約8割を占め, “どちらでもない”人も合わせると, いずれも約9割に達する. 中立的な意見の人たちとしても, 彼女を殺すことまで賛同するわけではないと考えると, そういう評価をされている人を殺すと宣言するのは, 圧倒的多数の人を敵に回すことになる.
しかし, Kasga WisteriaこそはHanasakaの真のリーダーと信奉する人たちの怒りを爆発させて過激化させ, あなたの敵は自分たちですよと表明することで, 分かりやすい対立の構図を作り出し, 憎しみと不安を喚起し増幅させることが目的であれば, こうした独りよがりな声明文でも効果があると言える.
熱烈なサポーターは市民全体からすれば少数かもしれないが, 熱いがゆえに簡単に火がつくし, なかなか消えない. 一度発火すれば安定的に燃え続け, ちょっと刺激すればたちまち燃え広がる. そういう火種を作ることができれば, その反射的効果として自分たちのほうの火も同様に安定性と拡張性を持ち続けることができるのだ.
余計な対立軸を自国に持ち込まれたくない“Moto”の政府は6月30日以降, Castle Officeに対し, UnifierのKasgaからメッセージを早く出すよう再三に渡って催促してきたが, こうした厄介な犯行声明が出されたことでいよいよ待てなくなってきた.
そしてそれはKassen communityの人たちのみならず, Hanasaka市民にとっても同じであった. 衝撃的すぎる出来事によって, 悲しみ, 怒り, 不安といったネガティヴな気持ちがそう簡単に和らがない中で, 春の陽光のようなKasgaから慈悲のこもった言葉を聞きたいと願いつつも, その彼女が今回の事件を知って再び症状が悪化し倒れてしまったとの報もあり, 今すぐそれは期待薄だとあきらめかけていた.
しかし, 対立と争いをあおる輩が出てきて彼女の殺害予告が出されるや, もう我慢できなくなってきた. ターゲットにされている本人から, 断じてそれは許さないという強い意思だけでも確認することで, 自分たちの心づもりを固めたいのだ.
KeikoのAR viewに, Captain Soaからの音声コールが入った.
“はい, もしもし.”
Keikoは自動で表示される承諾ボタンを空中でタッチして, 非常に不機嫌な声でぶっきらぼうに応答した.
“昼休み中, 悪いんだけど, 食べたら, 第1会議室まで来てもらえるかしら?”
“私, 今, めっちゃむかついてるんですけど.”
Keikoは, 回答になっていない返事をした.
“明らかにそのようね. 声で分かるわよ. 大事な話なの. Kasgaさんについて, Keikoさんにぜひ頼みたいことがあるの.”
特定の固有名詞が鼓膜を刺激し頭の回線が切り替わったKeikoは, “分かりました. すぐ…, あ, いや, 1分後に行きます.”と, 極めて従順な姿勢をとった.
“慌てて食べて, のどを詰まらせないでね.”
Soaに先読みされて注意されたにもかかわらず彼女は, ひどく痛めつけられたステーキを急いで口の中に放り込み, 案の定, のどに詰まって息苦しい思いをしながら, 会議室によたよたとたどり着いた.
室内には, clubのユニフォームであるインディゴ色のスポーツウェアを着たCaptain Soaのほかに, 水色のシャツに黒のパンツをはいたClub ManagerのAilaがいた.
妙に息が荒いKeikoを見てAilaは, “大丈夫, Keikoさん. 気分が悪いの?”と気遣った. 予想どおりの展開に, “全く.”とつぶやいたSoaは, Keikoが返事をする前に, “彼女は大丈夫です.”と代わりに答え, “Keikoさん, そのへんのいすに座って.”と, 室内に無造作に十数個置かれている木製のストゥールを指さした.
Keikoが適当に選んだストゥールに腰を下ろすと, ほかの2人も近くにあったものを手に持って彼女のもとに近づけて座った. SoaはKeikoから見て右手の方に座った. 彼女は左の耳の本来の聴力が, 骨伝導は使えるものの, ほとんどなかったからだ.
“急にお邪魔してごめんなさい, Keikoさん.”
Ailaが語りかけるとKeikoは, “いえ, お邪魔じゃないです.”と, 両ひざの上に両手を乗せて棒読みで答えた.
“Keikoさん, 緊張しなくていいのよ. Ailaさんは, あなたを叱りに来られたわけじゃないから.”
Soaは, 視線を合わそうとせずおとなしく縮こまっているKeikoが勘違いしているのではないかと疑った. 実際, Keikoは誤解していた. 直属の上司とその上の上司が直接自分と話をしたいというのは, 過去の経験に照らし合わせて, きっと自分が何かとんでもない悪いことをやってしまったのだろうと思った.
“安心して, Keikoさん. 今日はお願いしたいことがあるの.”
Ailaは笑顔を見せ, ここからは自動翻訳で会話することにした. SoaはKeikoと同じぐらいに彼女の母国語を使えるが, Ailaは日常の簡単な会話は問題なく使えるものの, この場では正確なコミュニケーションをとりたかったからだ.
“早速, 本題に移りたいのですが, Keikoさんは, あの犯行声明を読みましたか?”
“はい, 読みました. めちゃめちゃ腹が立っています. Kasgaさんに対してあんなひどいことをいうやつなんて, spearでボコボコに叩きまくってグサグサに刺しまくってHanasaka湾に沈めたいです.”
どこかのClub Managerと同じ発想の持ち主がここにもいるのかと思ったAilaは, “そ, そう. いいですね. 私もとてもむかついています.”と同意した.
“でも, 私はそうした制裁をせずに平和的に解決できる道があると思っています.”
いきなり話の腰を折られたKeikoは, “どういうことですか?”と尋ねた.
“簡単に言うと, Kasgaさんはめちゃくちゃ強いからです. Kasgaさんが本気を出せば, 余裕で解決できるからです. 敵はKasgaさんの本当の力を知りません. そうね, 例えば…, Keikoさん, あなたもKasgaさんから何か教えてもらうことがあると思いますが, その時, 彼女の言っていることが分からないということはありますか?”
“いえ, いつも優しく教えてくれますので, 私のようなバカにでも分かります.”
Keikoの表情がわずかに明るくなった.
“そうでしょう. あ, いや, あなたがバカだと言っているわけじゃないですよ. Kasgaさんは, 誰にでも分かるように説明できると言いたいのですが, これはすごいことじゃないですか? みんなそれぞれ考えていることは違うし, ほかの人が言っていることをすぐに理解できる人もいれば, そうでもない人もいるのに, 誰にでも分かるよう話ができるってそう簡単なことじゃないと私は思いますが, Keikoさんもそう思いませんか?”
“そうですね. すごいと思います. Kasgaさんは頭がいいと思います.”
Keikoはもう少し気分が乗ってきた.
“はい. とても聡明なかたです. しかも自分の優秀さを自慢したり, 私たちを見下したりするようなこともしませんよね. いつも私たちと同じ目線に立ってくれる. それに, 今, Keikoさん自身の気持ちが明るくなってきたように感じましたが, どうですか? Kasgaさんのことを話すだけで, あるいは思うだけで, 前向きな楽しい気分になりませんか?”
“はい, なります. 楽しいです. めっちゃ幸せな気持ちになります.”
Keikoの目が輝いてきた.
“そう. 私もそうです. みんな, そうです. みんな, Kasgaさんの言うことに納得するし, 楽しい気持ちになります. それって, とってもすてきなことじゃないですか? そんな能力がある人なんてめったにいません. Kasgaさんだからこそできると思いませんか?”
“本当にそうですね. 私は, Kasgaさんは神様みたいな人だと思ってましたけど, Ailaさんもそう思いますか?”
逆に質問されたAilaは, “はい, 私もそう思います.”と言って, 両手を組み合わせた. そして, “だから私は, 今, Castle Keepを燃やされ悲しんでいるHanasakaの人たちに対してKasgaさんから直接, 話しかけてほしいと思っています. ‘みんな, 大丈夫よ. みんなでHanasakaを守れば心配しなくていい. 私も殺されない. みんな幸せになれる.’と言ってくれさえすれば我々は, 少しは救われるのです.”と, Kasga自身に言ってほしいセリフを混ぜながら, 話の核心に入ってきた.
“でも…, Keikoさんも心配だと思いますが, 残念ながら, 今, Kasgaさんは病気で苦しんでいて, そうしたことが言える元気がありません. 私たちにもっと能力があれば, 彼女を優しく見守って回復するのを待つべきでしょうが, 情けないことに, 今, 正直, 全く待てないのです.
“このままでは, 怒りと憎しみに支配された人たちが暴れ出すのも時間の問題です. 報復が報復を呼ぶ泥沼の戦いに陥るかもしれません. 一刻も早く, Kasgaさんの慈悲にあふれた言葉で, Hanasaka全体を落ち着かせる必要があるのです. Keikoさん, 私の言っていることが分かりますか?”
なんだかとてもやばい状態になっていることと, この大ピンチを救えるのはKasgaさんしかいないことはKeikoにも理解できたので, “どうしたらいいんですか? Ailaさん.”と思わず尋ねた.
“KeikoさんからKasgaさんに電話をかけて, 助けてくださいとお願いしてほしいのです.”
Ailaは優しくかつストレートに要求を伝えた. しかしKeikoはためらった. Kasgaを説得できる自信がなかったのだ. 自分よりはるかに優秀なClub Managerのような人ができないことを自分ができるとは思えなかったのだ.
“でも私は, その…, 頭が悪くて, うまく話ができないから… かえって傷つけたりするかもしれんし, 変なこと言うたらまたCaptainに怒られるし…”
こんな場面で2つ上のボスに, 1つ上のボスが普段から威圧的な接し方をしているかのような印象をさりげなく, しかも悪気なく報告する部下にイラっときたSoaは, “あなた, それでも最強のFighterになる気があるの?”と, Keikoに直球をぶち込んだ.
“Keikoさん, あなたは最強のFighterになるつもりじゃなかったの? Kassen communityの頂点に立つKasgaさんが殺されたりしたら我々はどうなると思ってるのよ. そんなの想像したくないでしょ. そんなピンチを救おうとせずに, Kasgaさんに最強のFighterだと認められるとでも思ってるの? 最強とは, 単に力が強いとか, 運動神経がいいとか, そういうことじゃないわよ. この人ならきっと助けてくれる, きっと守ってくれる. そういう可能性が誰よりも高いことをいうのよ.”
やっぱり叱られてしまったKeikoは少しうつむいた姿勢で, “すみません. 私が間違っていました.”と素直に自らの非を認めた.
“じゃあ, 念のためにもう一度聞くけど, Keikoさんは, Kasgaさんを助けたいの? 助けたくないの? どっち?”
“助けたいです.”
“じゃあ, 電話はできるの? できないの?”
“できます.”
“今, できる?”
“はい. 今します.”
組織のトップが大きな視点で優しく語りかけて共感を誘い, 今やってほしいことを1つだけ具体的に示し, 現場監督者が本人の主義や願望から推し量って迷いやためらいを断ち背中を押す. 元来, 根が素直で正直なKeikoに対してはそれで十分だった.
“ありがとう, Keikoさん. 本当に助かります. Kasgaさんはあなたには心を開いています. KeikoさんはKasgaさんにとって特別な存在です.”
AilaはKeikoの肩に手を乗せて, Kasgaの説得を託した.
“Ailaさん, 私たちは部屋を出ましょう. Keikoさん, Kasgaさんへの電話が終わったら, 呼んでちょうだい.”
Soaがそう言い残して, 2人は部屋から出て行った. といっても, 2人とも気が気でないため, 部屋の扉の向こうで聞き耳を立てていたが.
Scene 2.10.2:
“Kasgaさん, 電話出てくれるかな… いつでもいいって言うてくれたけど…”
部屋に独りで取り残されたKeikoは早速, AR viewに表示されたでコミュニケーション・ボタンを空中でタップして, Kasgaのアイコンを選んでコールした. 数秒間, 無音の状態が続いた後, 呼び出し音が鳴った. 急に緊張してきて生唾をのんだ.
しかし呼び出し音が鳴り続けるだけだった. 少し時間を置いてかけ直しても同じだった. Kasgaは今, グアムにいるはずなので, 時差はほとんど無視してもいい. もう一度かけて1分間呼び出し音を鳴らし続けたが出なかった. Keikoはいらだち始めた.
“なんで出てくれへんのよ!”
あきらめずにもう一度かけた. やっぱり出ない. そして5回目のコール. わずかにカチッと音がして, やっとKasgaと回線がつながった. しかし電話の向こうからは何も聞こえてこなかった.
“もしもしKasgaさん? Keikoです.”
通信状態が悪いのかもしれないと思って, Keikoは大きめの声で話しかけた. しかしグアム側からは反応がなかった.
“Kasgaさん, 聞こえていますか? 今, 大丈夫ですか? あの, すみません, Kasgaさんが今, どんな感じか分からへんのに電話したから, その…, 忙しかったら…”
“Keiちゃん…”
Keikoが話している途中であったにもかかわらずお構いなしにKasgaが声を発した. いつものKasgaであれば, このようなことはない.
“私…, もう, ダメかも…”
Kasgaのいつもの声とはまるで違って, 暗くてか弱くて泣いているかのような声だった. 明らかに尋常ではない. 病状がひどいに違いない. 悪い方向への思考のスパイラルが止められなく, 相当参っていて, 追い詰められているとみていい. しかしKeikoは気遣うどころか, “あの, ダメってどういうことですか?”と普通に, 意味が分からないから教えてほしいという態度で質問した.
答える元気も乏しくなっているKasgaにとっては, そのようなまともな質問をされるときついが, なんとか気力を集めてきて, “私の存在自体, みんなに迷惑だから… もう, いいの… 消えたほうがいい.”と自虐的に自己を完全に否定した.
“そんなん, ワルモンが勝手に言うてるだけやないですか. あいつらはそうやって他人を傷つけたり怒らせたりして, 戦いを仕掛けてくるんですよ…, だからワルモンじゃないですか.”
Keikoは, Kasgaの気持ちがさっぱり分からず, “悪者論”という学問の入門編, つまり当然すぎる基礎を教えているかのように説明した. Kasgaは, Keikoが子供向けのアクション・ムービーの世界の理屈をもって, 大人の, しかもユーモアを楽しむ余裕が全くない精神状態の人に対して, 本気で説得しようとしているのか真意が分からず黙っていると, Keikoは自分の言っていることが通じていないのかと思い, “ワルモンが, おまえは悪いやつやって言うてんのを真に受けて, はい, 私は悪いですって主人公のほうが認めたらおかしいじゃないですか.”と, より丁寧な説明を試みた.
しばらく沈黙が流れたがKasgaがまた気力を再充填して, “どっちが悪いかなんて, そんなの光の当て方次第じゃない. あっちから見れば, こっちこそ悪者よ…”と弱々しい声で反論した. 善悪など相対的なものであって, 自分のほうが正しいと主張するのは構わないが, 結局, 独善的なものではないかと, Kasgaとしても当然の理屈を述べたが, Keikoは, Kasgaが自分の言っていることを理解しようとしない態度にいら立ち始めた.
“何言うてるんですか. Kasgaさんのほうが光ってるに決まってるじゃないですか. それに, ワルモンのワルモンは, イイモンじゃないですか.”
Keikoは大まじめに答えた. この危険なほど単純な正義の信念を, Keikoは自分なりの理解力で一貫性を持たせて堅持していることをKasgaも理解した.
“Keiちゃんは強いのね… Keiちゃんらしい.”
なんだかごまかされたと感じたKeikoは, “Kasgaさん, ウチの言うてること, 分かってくれてないんですか?”と不満を示した.
“そうじゃないけど… でも私は, どの道, 要らないの… 子供の時からそうなの. 父親も母親も姉も去って行って… 歌の神様にも見放されて声が出なくなって… 最後に, Unifierなんて邪魔だからって殺されるの…”
“なんでそんな悪いほうに考えるんですか. お父さんもお母さんもお姉さんも, Kasgaさんが嫌いになって逃げたわけやないじゃないですか. それに声が出なくなったからって, なんで歌の神様に見放されたってことになるんですか. ワルモンに殺すって言われたからって, なんで自分が邪魔者やって認めるんですか.”
“Keiちゃんがそう言ってくれるのはうれしいんだけど…, でも…, もう疲れたの. どっちでもいいの. もう…, ほんとにどうでもいいの… ごめんね, Keiちゃん…”
Kasgaは, 本当にもう気力が尽きかけていた. これ以上, 声も出ないぐらいだった. そんな, いよいよ命の炎が消えかかっているようなKasgaに対して, Keikoは慰めるどころか, ついに怒りが爆発した.
“バカッ! Kasgaさんのバカ! 何言うてるんですか!”
Keikoは思わずストゥールから立ち上がった. 扉の向こうに控えるAilaとSoaもびっくりして思わずノブに手をかけて中に入ろうとしたが, Keikoの主張をもう少し聞こうと, 思い留まった.
“Kasgaさんがワルモンなわけないでしょ! どう考えたって, みんなに優しいし, みんなが幸せになるために励ましてくれるやないですか. ワルモンはあっちです. せやからあっちが負けるんです. Kasgaさんは死んだりしないんです. そんなことも分からないんですか? Kasgaさん, Unifierやのに…, そんなんでいいんですか? Unifierは…, ワルモンなんかに負けんと…, みんなを守るんじゃないんですか?”
Keikoとしても, 大好きなKasgaにバカと怒鳴り, けんか腰で主張するようなことは今まで一度もなかったことであり, 悪者論を力説するにつれ興奮して涙がボロボロ出てきた.
“ウチが…, さっきから一生懸命…, 言うてんのに…, Kasgaさん, ウチのこと, バカやと思って…, ちっとも聞いてくれへんけど…, ワルモンは絶対あっちやのに…, こんなんであきらめるなんて… Kasgaさん…, Kasgaさんは…, ‘クソ, しばくぞ’とか, そんなんはないんですか? もういいって…, どういうことですか? ウチはアホやから…, 全然分かりません…”
それ以上は言語として成立せず, Keikoは声を上げて泣き出した.
Keikoの泣き声の音を浴びながら, Kasgaの心境は大きな変化が生じていた. まず, “バカ!”の怒りの一撃が, Kasgaの心にいつの間にかくくり付けられ, グゥーッと引っ張っていた鉛の重りの糸をシュパッと切断し, その真っ黒の塊がドスンと音を立てて地面に落ちる感覚を覚えた.
そして, 愛と勇気を信じる側の敵であるワルモンは絶対負けるというKeikoの“悪者論”に基づく彼女の必死の思いを乗せた一言一言が, 摩訶不思議な力を持ち, Kasgaの心の外面にこびりついた泥の殻をガツガツと次々叩き割っていき, Kasgaが元来持つ, まさに愛と勇気の器が露出し輝き始めたのであった. それに伴い辺りが明るくなってきて視界が広がり, わずか1分余りの間についに, いったい自分はなぜ落ち込んでいたのか, それさえも分からないぐらいに自分を取り戻した.
精神的に参っている人に対して怒鳴りつけるというのは, 基本的な対処方法としては避けるべきであろうが, Kasgaはそれによって奇跡的に復活した.
“ありがとう, Keiちゃん… 私が間違っていた… 本当にごめんなさい.”
Kasgaはいつもの落ち着いた声で, しかしそこには強い信念をにじませて, まずは自らの誤りを認めた.
“明日, Hanasakaに帰ります.”
それを聞いてKeikoはピタッと泣きやんだ.
“ほんまですか? Kasgaさん, 帰ってくるんですね?”
Keikoの喜ぶ声を扉の外で聞いた2人も思わずガッツポーズをした.
“ええ. そして皆さんに, Unifierとして愛と勇気のお話をします.”