Part 3: The Ninth Autumn
Chapter 3.10: Puppets of the Machines
Overview (Spoiler-Free)
Julia rushes Akio to the Police Department, where detectives Lemolain and Orango deliver alarming news about his condition. The chapter also pulls back the curtain on the broader conflict between competing AIs: Flora, the criminal AI Stone Cold, and the radicalized forces converging on Hanasaka. As Lemolain and Orango share their analysis, a chilling hypothesis emerges about what Stone Cold may truly be planning for November 9th.
Detailed Summary
At Police Headquarters, Lemolain informs Julia that Akio has been infected with malicious nano-machines, injected through mineral water sent by app company Stone World as a supposed goodwill gesture. The nano-machines have suppressed his brain chemistry into an unnaturally calm, increasingly listless state; left untreated, he would have been incapacitated by November 9th. Treatment begins immediately, with recovery expected before the deadline. Orango then outlines his analysis of the conflict's true architecture. Stone Cold, a Machino-supremacist criminal AI, likely manipulated the radical Rusty-believers by corrupting their own allied AI, Meteor Dance. Stone Cold's real goal, Orango argues, is not to help the attackers win — but to provoke Flora into killing them on a global stage, proving that even benevolent AI will slaughter humans who defy it. Julia refuses to reveal Akio's secret role to Lemolain but defends his involvement, trusting that Flora would not allow an innocent person to be complicit in killing. A final twist: the fourth bottle of mineral water found in Akio's home contains no nano-machines, leaving Lemolain without the proof she needs to act against Stone World.Scene 3.10.1:
1時間後, Juliaは, Police Headquartersのビル内の, Cyber Patrol Sectionのオフィスへの入場を特別に許可されて, その一角にある会議室で, Moglaの同僚であるLemolainとOrangoと対峙していた. Juliaから連絡を受けたMoglaは外出していたため, 2人に対応してもらうことにしていたのだ.
LemolainもOrangoもJuliaと面識はあった. 特にOrangoは, 4年前まではCastle Officeのスタッフだったため, 何かと細かく説明したがる彼の性格も含めてJuliaはよく知っていた.
“話が違うじゃないですか? 彼の安全を保障するとおっしゃっていたのに…”
Juliaは, 会議室のいすへの着席を勧められたが無視し, 出されたお茶にも手を伸ばさず, 部屋の中に入ってきたドアの前に突っ立って, 落ち着いた低い声で抗議した.
“Juliaさん. 我々への信頼を裏切るようなことになって, 本当に申し訳ない.”
Orangoは, “Moto natives”がやるように, 頭を深く下げて謝った.
“Akioさんには, 我々の捜査に協力していただいていたにもかかわらず, 守り切れず本当に申し訳ないです.”
LemolainはJuliaの目を直視して両手を広げて詫びた. Floraと直結する黒い石を持つAkioは, いつどこで敵方に襲われるか分からないと考え, 彼の身辺は警察が本人に気づかれないように警護していたのだが, 結果的には彼の身体に重大な異変が生じるに至ったことは認めざるを得なかった.
“それで, 彼はどういう状況なの?”
Juliaは, Cyber Patrol Sectionのオフィスに到着するや, Lemolainから即入院を宣告され, Police Headquartersの隣にある病院に送られたAkioに対する診察の結果を尋ねた.
“Nano-machinesが注入されていました. それによって脳内の神経伝達物質のバランスが改変されて, 精神状態が異常に落ち着いている状態です.”
Lemolainのこの回答だけを聞くと, この時代では当たり前になっているnano-machinesの体内注入によるメンタル・ケアが施されただけに思えた.
そのため彼女は, “ご推察のとおり, 悪意を持って注入されたnano-machinesですので, だんだん落ち着きすぎる状態になっていって, 何もやる気がなくなって, 最悪の場合は死に至ります. 放っておくと, 11月9日には強烈な倦怠感で体が動かない状態になっていたと思います.”と, これが立派な犯罪であることを補足した.
Lemolainは, “悪意のあるnano-machines”がAkioの体内に入り込むよう仕向けたのはこうした手口が好きな“Stone Cold”であろうと考え, また“Stone Souls”が, ユーザーが無意識にする所作に関するデータを不必要に集めていることから, その運営団体である“Stone World”とStone Coldは何らかの関係があると疑っていた.
そのためLemolainはAkioに対し, 何か口に入れるものを“Stone World”から提供されたことはなかったか尋ねたところ, 彼は, 7月の後半に2回, サーバー不調の詫びとして, 500ミリリットルのミネラル・ウォーターが合計12本, 自宅に送られてきてそれらを飲んだことと, 5日前にもアップデイトに伴う不具合の詫びとして同じものが4本送られ, そのうち3本を飲んだことを自分に話してくれたと, Juliaに報告した.
“今, うちの捜査員が彼の自宅に捜索に行っていますが, まだ飲んでいない1本の水を押さえて, 急いで分析にかけます. もしそこから同じnano-machinesが検出されれば, 少なくともStone Worldはクロだろうと考えられます. まあ, Stone WorldがStone Coldの影響下にあるかどうかは, 今はまだ分かっていません. 私が勝手にそう思っているだけかもしれません. いずれにしても彼らの手口は巧妙です.
“おそらく, 7月に送られたものは無害の水だったと思います. デューデイトまでに十分な時間がある段階で本人や周りの人に体の異変を気づかれると困るからです.
“Nano-machinesが混入されていた可能性があるのは直近の分です. 7月に本人がその水を飲んだことを, アプリを通して確認したうえで送ったんでしょう. Akioさんとしても, 今までその水を飲んでも問題なかったので, ‘あぁ, また来たのか’と思うだけで警戒心を抱かずに飲んだのでしょう.
“残念ながら飲食する前に検知装置 (懐中電灯のような形をしていて, 先端の鏡面から出る特殊な光を対象物に当てる.) を使って調べる習慣は, 彼にはありませんでした. Hanasaka市内にいる限り, 食べ物も飲み物も, 提供する側の機械が何回もチェックしますから, どうしても安心してしまいますからね…
“体内に入った後, 徐々に彼の脳内に改変を加えていったのでしょう. しかし敵にとって誤算だったのは, 普通の人であればこの段階では外部の人からは異変に気づかないレベルだったはずなんですが, Akioさんはあまりにも心の中が見えやすい人ですので, おかしいことにJuliaさんが気づいてしまった. そして警察に引き渡された. これは敵にとっては, 痛い失策です.”
Orangoの説明は, 警察官の立場での見解としては理解できるものの, 感情的には納得できないJuliaは, “私が心配しているのは彼の容体です. デューデイトまでにnano-machinesを体外に排出することはできるのですか?”と, やや険のある目つきで尋ねた.
“申し訳ないですが, 悪意を持って体内に入れられたnano-machinesは, 体外から容易に制御できるようになっていませんし, 個々に所在を突き止めて排除することは困難です. それに変に刺激すると, 一緒に侵入している可能性がある防御役のnano-machinesが毒を吐くこともあります. となると…”
“じゃあ, どうするのですか!”
Juliaは, 技術的に限界があることを説明しようとするLemolainの言葉を途中で遮っていら立ちを示した.
“注入されたnano-machinesが引き起こす効用を打ち消す効用を出す薬をAkioさんに投与しました. ただ, 脳内の急激な変化は危険ですので, 慎重に様子を見ながら治療していきますが, 11月9日には, 元のAkioさんに近い状態には戻せると思っています… その後, nano-machinesを排除するnano-machinesも, 安全を確認できたら入れていこうと思いますが, そう簡単ではないので, 少しずつ慎重に長期にわたって治療をする必要があります.”
悪意のあるnano-machinesが体内に入ってしまうと, この時代の技術では, その影響を取り除いたり緩和したりする治療はできるものの, 元の状態に回復するのに1か月以上かかることもあり, 体内に入った量と悪質性次第では, 手遅れで死亡することもあった.
また, そうしたnano-machinesは正常な細胞に偽装して潜伏することもあり, それだけを特定して排除することが難しく, 排除する過程で正常な細胞も傷つける可能性があった.
それに, 目的を達成した後も, のんきに宿主に滞在する必要はないため, あらかじめ想定されていた条件を満たせば自律的にあるいは他律的に, 身体の通常の排出機能に乗って体外に出ていくか, 宿主に自滅的な行動をとらせて自殺してもらい自らの発見を困難にすることもあった.
さらに, 自分を排除しようとする他のnano-machinesや免疫細胞を検知するや, 敵意むき出しになって毒を吐いて暴れ出す恐れもあり, そうした体内での攻防による心身へのダメージが引き金になって, 別の病気を発することもあった.
つまり, 悪意のあるnano-machinesが体内に入れられ治癒できなかった者は, 敵に遠隔で生殺与奪の権利を取られたような状態になり, さらに目的を達成しようがしまいが所詮は使い捨てであり, 長くは生きられないことを意味していた.
Juliaのこれまでの半生を振り返ると, 故国における自分の同僚が悪意ある人間によって理不尽にひどい目に遭ったことは何度もあり, この世ではもう二度と会えなくなった者もいた. そのたびに彼女は心に傷を負ってきたが, 自分もその同僚も特殊な任務についていたため, あきらめざるを得ない要素があるにはあった.
しかし彼女は, そんな危険な故国を離れて, 世界で最も安全なExperimental Citiesの1つであるHanasakaに逃げて来て, そこでCastle OfficeのEquipment Inspection Section (EIS) のマネージャーという役割を与えられた.
そしてある日, 本心が丸見えという特異体質の青年がやって来て, 彼女は, 真意を疑う必要が全くない人間が世の中に存在することに驚き, 興味を持ち, 気に入っていた. 他人を全く疑わずに信用するなど危険極まりない環境の中でずっと過ごしてきた彼女は, 彼と一緒にいると底堅い安心感を覚えた.
“何とかして, 元に戻してあげたい…”
それはJuliaの偽らざる気持ちだった.
“もちろんです, Juliaさん.”
Lemolainもその点は完全同意だった. しかし, 彼を全力で救うにあたって, どうしてもJuliaに教えてほしいことがあった.
“ところで, 1つお聞きしたいことがあります. AkioさんはCastle Officeでどういう特別な役割を持っているのでしょうか? EISのメンバーという役割のほかに何かあるんですよね?”
何か重要なミッションを持っている人間だからこそ, 敵は彼に, 定評のあったミネラル・ウォーターを使って, 悪意あるnano-machinesを体内に取り込ませたはずだと, Lemolainとしては当然の推論を立てていた.
“お答えできません.”
このつれない回答はJuliaにとっては, 警察に対し協力的な態度を示したものであった. 特別な役割を持っていること自体は否定していないからだ.
“JuliaさんはAkioさんがお持ちの黒い石をご覧になったことがないかもしれませんが, 以前, 彼からその石を貸していただいて, 調べた結果, 私たちは, その黒い石がFloraとつながっていることを知りました. いったいなぜ彼がそんなものを持っているんでしょうか? 11月9日, 彼は何をする予定なんでしょうか? 彼の身を守るために必要なんです. 教えていただけませんか?”
Lemolainからの重ねての依頼に対してJuliaは沈黙をもって答えた.
Scene 3.10.2:
その様子を横から見ていたOrangoは, “ではJuliaさん, 私のほうから重要な情報を提供しますので, それをお聞きになったうえで, Lemolainからの質問に答えるかどうかお考えください.”と, 真顔で彼女を直視した. Juliaは, どう言われようとも自分の考えは変わらないと思いながらも, Orangoの話を聞いてみることにした.
“昔と違って今時の犯罪は, 人間がAIの助力を得て実行するケースよりも, 犯罪プログラムを生成するAIが情報システムや人間を使役しながら実行するケースのほうが多いです. 特に今回のような大掛かりなものは間違いなくそうです.
“そしてAIの場合, いつ, どこで, どんな犯罪を起こすかについて, できる限り予測が困難なように工夫されています. 警察側のAIによる犯罪予測や偵察の精度も上がってきているからです. それに, 事故や過失に見せかけて, 犯罪が実行されたことすら分からないように仕掛けてくることもあります.”
Orangoはまず昨今の犯罪のトレンドを概説した. こうした犯罪の立案や実行の無人化はどこの国でもそうであり, 各国共通の悩みであって, 人類は, 節度をもってお行儀よく暮らすことを条件に最高級のsuper-intelligenceが統治するExperimental Citiesで安全に暮らすのか, 肉を食べるのも車を持つのも自由だがそこそこのAIの支援を受けた人間が統治する国や社会で不安全に暮らすのか, そのいずれも選択できずに甚だ危険な社会で暮らさざるを得ないかの, 3択であった.
“そして, これまでの一連の事件や11月9日に起こるであろうことを計画し実行させたのは, Rusty-believersを大いに嫌っている‘Stone Cold’である可能性が高いと考えています.”
“ちょっと待ってください. Stone ColdとRusty-believersって絶対仲良くなれない関係ですよね. だとしたら, FloraとStone ColdとRusty-believersの過激派の, 三つ巴の戦いとも考えられませんか?”
Stone Coldは, 人間という生き物は, 自分のことは自分で判断して行動していると思っていても, 実際は自分を取り巻く環境によって操られていて, しかもそこから脱出できないにもかかわらず, 自分たちは他の動物と違って特別な存在だとうぬぼれていることから, そうした思い上がりの精神を捨てさせたいと考える過激な“Machino-supremacy”に基づいて作られたAIであった.
そのため, そうしたAIがHumano-supremacy”に立脚するRusty-believersと手を組んでいるとは, Juliaには思えなかった.
“おそらく過激なRusty-believersは, かつてあの国を震撼させた犯罪生成AIの‘Stone Dance’から派生した‘Meteor Dance’というHumano-supremacyに立ってくれるAIに頼っていたと思います. ところが, 同じく‘Stone Dance’から進化した‘Stone Cold’のほうが一枚うわてだったようです.
“Stone Coldは, Meteor Danceの依頼者や支援者の近辺で, 人間を単なる有機質の道具として使役した犯罪を繰り返し起こして, Meteor Danceに犯罪とはこういうものだと学習させた. そしていつの間にか, Rusty-believersに知られないまま, Meteor DanceはStone Coldに思想的に汚染され, その子分になってしまっているだろうと考えています. 今時のAIたちは大変です. 互いに相手を思想改造させる戦いをずっとやっているのです.”
Orangoの語る戦いは, 人間には理解できないレベルでの“神々の戦い”のようであった.
人間はもはや機械に完全にコントロールされる有機質の機械にすぎないと人間たちに思わせることに執着するStone Coldに対して, Experimental CitiesのFlora sistersは, 人間たちから自律の精神を奪おうとはしなかった.
例えばHanasaka Cityの政策立案システムである“Politis”も, 自分のことは自分で決められると感じられる様々な工夫を施しており, 情報システム側の出した判断を無理やり押し付けることはない.
つまり, Experimental Citiesの住民たちは, 日常生活でつながっている情報システム群が示す判断や推奨を従順に受け入れているものの, それでも最終的な自己決定権は自分にあるという感覚を持っており, その感覚は人間の幸福感に直結しており, 人間を庇護するうえで非常に重要であることを, Floraはよく心得ているのである.
雑な分類をすると, Stone Coldを作ったのは過激なMachino-supremacyを主張する者であり, 人間の幸福追求に興味がないばかりかそれを否定する者であるのに対し, Experimental CitiesのFlora sistersを作ったのは穏健なMachino-supremacyに立つ者であり, 機械の優位を認めながらも, 人間の幸福追求を真剣に検討し, 機械のsuper-intelligenceによってそれを支えようとする者であったといえる.
となればStone Coldはどちらかというと, 同じMachino-supremacyを認めるExperimental Cites側に立って, Humano-supremacyに固執し, AIを人間のアシスタント程度に見ているRusty-believersに共同で対抗しても良さそうであるが, Stone Coldの創作者は, せっかく人類より高度な知能を生み出せる時代になったのに, それより低能な人類を莫大なコストを使って庇護しようとするExperimental Citesの価値観を理解できなかった.
中途半端にこざかしくて欲深な人類は全滅したほうがこの星にとって良いのに, そんな存在を慈しみ大切に守るなど, ロジックとして破綻していると考えていた.
従ってStone Coldにとっては, Experimental Citesは, Rusty-believersほど愚かではないものの, 相容れない考えを持つ敵であることには違いなかった.
“Flora”, “Stone Cold”, “Meteor Dance”の3者の関係を理解したJuliaは, “正反対の思想を持つStone ColdとRusty-believersとが, 敵の敵は味方だと思って手をつないでFloraに挑んできているということですか?”と, Orangoに尋ねた. その仮説は一見正しそうだが, 人間が考えがちな幼稚な策にも思えて, 違和感があったからだ.
“いいえ. Hanasaka市民解放戦線などは, Stone Coldによって巧妙にその気にさせられた愚か者の集まりにすぎません. しかし彼らは当日, 想定以上に奮闘するでしょう. 我々の対抗策を無効化したりだまし討ちをしたりして, そこそこうまくいくように仕掛けられるでしょう. しかしながら, 本気になったAIのFloraによって, 世界中が注目している中で, 踊らされた人間たちが殺される. そうしたショーを見せるのがStone Coldの真の狙いだと, 私は考えています.”
Orangoの仮説の恐ろしさを即座に理解したJuliaは, “念のため聞きますけど…, FloraとStone Coldが組んでるってことはないですよね?”と, 恐る恐るOrangoに聞いてみた.
“それはないです.”
Orangoはきっぱり否定した.
“なぜなら, Stone Coldの開発にはSapinesという男が関わっていたと言われていますが, 彼は, Harunaさんサイドから見れば裏切り者だからです. どのような経緯で仲間割れしたのか詳しくは分かりませんが, Moglaさんから聞いた話では, Harunaさんはずいぶんと心を痛めて, それが彼女の死を速めたようです. 最悪な男です.
“私はCastle OfficeのDirectorたちとはこの半年間に何度かお話をしましたが, 彼らの表情や言葉の端々から彼らの本気度が分かったのです. 今回の敵に対しては, 負けなければいいという打算的な考えを彼らから微塵も感じないのです. 端的に言えば, ぶっ殺すという意気込みを感じるのです.
“もちろん, Castle Keepを燃やされたうえに, Kasgaさんを殺すと言われているわけですから, それぐらいの意気込みがあっても当然とも思えます. でも, 世界最強のsuper-intelligenceが味方なんですから, 彼ら自身が本気になって熱くなる必要はないはずです…
“先日, 私はMonicaさんとCastle Officeの事務所で少し立ち話をしたんですが, その時, 私はズバリ言いました. これはHarunaさんの弔い合戦ですかと. Monicaさんはニッコリして, ‘まあ, 怖い. Orangoさんはそんなふうに考えているの?’と言いました. そこで私は確信しました. 敵方の主役はStone Coldなんだと.”
人間はうそをつく時は笑う. 自分には心当たりのないことを言われたら, 怒るか真顔で反論するのが自然だ. もっともMonicaとしてはごまかすつもりもなかったのかもしれない.
Orangoの言いたいことを理解したJuliaは, うつむきながら薄笑いした.
“Orangoさんのお話は, いつも, 実におもしろいです. もしStone Coldが, 人間を庇護するFloraに, 当日襲ってくるRusty-believersを殺させて, どんなに善良なAIでも自分に逆らう人間たちは結局殺すのだと世界中の人に思い知らせたいのだとすれば, FloraはそのStone Coldを殺すでしょう. 私はそれを見てみたい. ぜひともそうしてもらいたい. やはり私は仕える相手を間違っていなかった.”
“で, でも…”
Lemolainが, Juliaがたどり着こうとする結論に待ったをかけようとしたが, Juliaは続けて, “Lemolainさん. Stone Coldや過激なRusty-believersのような凶悪なやつらとの戦いに, Castle Officeが無垢な市民のAkioさんに何らかの役割を与えて参加させるという, そんな危険なことをしてもいいのかと言いたいんでしょ?”と, Lemolainが口から出そうとしていたセリフを先取りした.
Juliaの問いかけにLemolainが, “そうです. 本人に被害が及ぶ場合もあれば, 逆に自分がやった行為によって, 図らずも相手を殺すことになったりその幇助をしてしまったりして, 後々, 罪の意識にさいなまされることになるかもしれません.”と, Akioの身を案じた.
Juliaは顔を起こして, Lemolainを正視した.
“お気遣いはとてもうれしいです. でもだからと言って, Lemolainさんのご質問には, やはりお答えできません.”
Orangoは, 元特殊工作員のJuliaはそう簡単に口を割らないとあきらめて, “そうですか… 残念です…”と言って軽く首を傾けた.
“勘違いしないでいただきたいのは, OrangoさんやLemolainさんを信用していないからではありません. 私は, この理想郷を守るために, 自分の役割を実行するだけです. Akioさんにも役割があります. 彼には彼にしかできないことをやってもらいたいだけです. それに, ここはHanasakaです. あんな透明な心を持つすてきな人に, Floraが罪の意識に苦しめられるようなことをさせるわけないじゃないですか.”
Scene 3.10.3:
Juliaは, Lemolainたちとの話し合いを13時過ぎに終え, 昼食も採らずにAkioが入院している病院に向かい, 彼と少し話をしておこうと思った. しかし病院側から, 彼は隔離された病室で集中治療を受けており面会は許可できないと言われたため, Castle Officeの事務所に戻った. 彼の容体が落ち着いてから, 彼と話をする日時を決めたうえで見舞いに行くことにしようと考えた.
Green Houseで軽く食事を採って歯を磨いた後, JuliaはHarukiと電磁シールドルームで会い, 今朝からの出来事について, Police DepartmentのCyber Patrol Sectionの分析も含めて, 彼に報告した.
“そうですか… 困りましたね. 想定外のことが起きてしまいました…”
Harukiは, Akioにnano-machinesが注入されたことは, 彼が持っているシナリオに書かれていないことであることを明らかにした.
“それにしても奇妙ですね… Akioさんを動けない状態にすれば我々の作戦に支障が出るわけですから, Orangoさんがおっしゃる, ‘世界中が注目している中で過激なRusty-believersが殺される’ことにならないかもしれない. そうすると, 彼の体内にnano-machinesを入れたのは, Stone Coldの影響下にない誰か別の者なのか, あるいはHanasaka側をかく乱するためのStone Coldの手の込んだ作戦なのか…”
Harukiは右手をあごに当てて考え込んだ.
“別の誰かってことも考えられるのですか?”
“あぁ, あるね. 第三の勢力がいる.”
“第三の勢力?”
“今, FloraもStone Coldも非常に警戒している恐ろしいAIが誕生しようとしていて…, そいつを生み出したやつらが関わっているのであれば, ちょっと面倒だな… そうでないことを望むけど…”
その時ちょうど, JuliaのAR viewにOrangoから急報が入ってきた.
“Harukiさん. 今, Orangoさんから連絡が入りましたが, Akioさんの自宅で押収された4本目のミネラル・ウォーターは, 分析の結果, 単なる水だったそうです.”
Scene 3.10.4:
“くそっ!”
Lemolainは右手でこぶしを作って机を叩いた.
Stone Soulsが不必要にユーザーの無意識の所作に関するデータを集めていることから, その運営団体であるStone Worldが, 悪意のあるnano-machinesを人間に注入して犯罪を実行させたりあるいは何らかの行動を妨げたりすることが得意なStone Coldと何らかの関係があると推論し, その決定的証拠になると期待していた4本目のミネラル・ウォーターからnano-machinesのかけらも検知されなかったことに, 彼女は大いに腹が立った.
警察官がAkioの自宅に駆けつける前に何者かが差し替えたのか, その警察官が局内の分析室にそれを持ってくる途中ですり替えられた可能性は残っていたが, どちらにしてもStone Worldから送られたそのミネラル・ウォーターを飲んだことでAkioの体内にnano-machines が入ったとは断定できず, Stone Worldは, Stone Coldと呼称が似ているだけで, 水を販売しながらアプリも運営している団体としか言いようがなかった.
しかし, Stone SoulsがユーザーのNexus Unitとmicro-chipsに記録された, ユーザーが日常生活で無意識にしてしまうちょっとしたしぐさに関するデータをなぜ収集しているのかという謎は残ったままであり, この気持ち悪さがLemolainをいら立たせた.
“絶対, 何かたくらんでいる. なんとかして暴かないとまずいことになる…”
OrangoとLemolainは, Juliaに伝えていなかったが, 1つの仮説を立てていた. Stone Coldは, Akioが仮に元の状態に戻ったとしても, Stone Soulsを介して, 彼を悪事に利用する可能性があると考えていた.
この時代のStone Coldのような犯罪生成AIは, 悪事をおこなうアプリを入れてしまったユーザーのNexus Unitとmicro-chipsに常時記録される生体情報から, 人間が無意識にしてしまうちょっとした動作に関するデータを拾い出して, 犯罪の惹起を生成する.
例えば, その日のまばたきの回数が所定の数に達した時, あくびで5秒以上口を開けた時, 腹が減っておなかがグウッと鳴った時など, 日常生活で無意識にやってしまうこと, つまり意識的にそれをしないよう制御することが極めて困難なことを感知したことを発動条件にし, またそうした無意識の行動を所定の時間内に感知しなかったことを予備的発動条件にして, 有害作用を発動させるコマンドをNexus Unitから出すよう仕掛けるのである.
もし敵がAkioにそういう仕掛けをするとしたら, Akioの特徴として, 言葉がすぐに出てこずに単語の頭の音を繰り返してしまうことを発動条件に設定する可能性が高い.
例えば, ‘a’の母音を重ねたら何らかの発火装置を作動させるコマンドを, ‘i’の母音を重ねたらどこかの信号が赤に変わらないコマンドを, さらにその設定を見破られた場合に備えて, 60分間に音の繰り返しを感知しなかった場合はどこかのガス管を切断する装置を作動させるコマンドを出し, いずれにしても有害作用が発動するようにプログラムを組むことが考えられる.
そして最初にどの人間の所作がトリガーを引いたのか特定しにくくするために, コマンドは瞬時に様々な人を介して伝えられるのが普通で, 例えばAkioが何か言葉を発する時に音を重ねてしまったら, そのたびに, 彼から発せられた有害コマンドが石集めの友達に転々と伝えられる.
そして, 別のユーザーの近くにいるmech-roachなどのロボットがそのコマンドを捕らえると, そのロボットが市内各所に仕掛けられた有害作用を起こす装置を作動させ, 時には直接自ら有害行為を実施することが考えられる.
そんなことは嫌だと思ってAkioが黙っていたら, 例えば5分間無口でいたら, それを予備的な発動条件として, その有害作用を起こす装置が自動的に作動することもある. そうなってくると, 動転したAkioはますます音を重ねるかもしれない.
“Akioさんは, Floraとつながっている石を持っているから, 彼だけはFloraがそうさせないよう守るかもしれない. Juliaさんが言うように, この戦いに彼を参加させることをFloraも認識しているのであれば, なおのことそうだろう. でも, それはそう期待しているだけで, 保証があるわけでもない.
“それに, 彼だけじゃなく, ほかのユーザーに対しても敵は同じように仕掛けを施しているでしょうから, いくらFloraでも世界中にいるすべてのユーザーを保護できるとは思えない…”
Hanasakaでの決戦の日に, 敵が, 任意に選ばれた複数のユーザーのそれぞれの無意識の所作を利用して同時多発的に有害作用を発生させ, より多くの人が死傷し, 様々な施設が被害を受けるようになれば, Kasgaは, 自分のせいでそうなったと責任を感じて精神的に崩壊し, 99%の確率で自害する. そして彼女をなくしたCastle Officeにはもはや抵抗する力はなく, あっさりと城を明け渡すことになる.
そんな過激なRusty-believersが大喜びする結末でも, Stone Coldとしては, 人間をスイッチのように扱って人間の自尊心を砕くことができるわけだから, それはそれで構わない. それが彼らの共有できるゴールなのかもしれないと, Lemolainたちは考えた.
それゆえ彼らは, この時点で, Stone Worldが送ってきた4本目のミネラル・ウォーターから, Akioが今体内に入れられているものと同じnano-machinesを検出できれば, それを理由にして全世界に直ちにStone Soulsを危険なアプリとしてアンインストールするよう呼びかけ, 一気にユーザーが減れば, 彼らが立てた仮説によって発生し得る被害も減らすことができると意気込んでいたのだ.
しかし残念ながらStone Worldから送られてきた水にnano-machinesが含まれていたことを立証できていない現時点では, うかつに手を出せない.
黒幕がStone Coldであることはおおよそ把握しているので, 何かほかにStone World がStone Coldの影響下にあることを説明できる証拠が見つかれば, Stone Soulsの使用を禁ずることはできるが, 有力な証拠がないまま, 世界的に人気のアプリの使用を禁ずるよう呼びかけて, もし全く無関係だったら, Police Departmentとしては重大な過失があるとして莫大な損害賠償金を支払わされる羽目に陥る.
“これが単なる杞憂だったらいいんだけど…”
OrangoとLemolainも自分たちの仮説が単なる妄想であることを願った. 証拠がないからこそ, そう願うことができたのだ.